第4話  失態の代償 復鼓




「――以上が。今回、ヴァーセルリア公爵夫人エレンフェンシル様がスカーレット様に望まれる。"要望"の全てに御座います……。」


「判ったわ。……全くっ…は、本当にっ、"無茶な注文"ばかりするのね…。

、普通…まだ12歳になったばかりの小娘に、任せられる様な事ではないと思うのだけど…。まぁ、私に――「拒否権」なんて、初めからないのでしょうけど……。」



 モリーの言葉によって齎された。昨日の一件スカーレットの転倒事件でヴァーセルリア公爵家……正確には、ヴァーセルリア公爵"夫人"――"エレンフェンシル・ハーン・ヴァーセルリア"。つまりは、スカーレットの婚約者エレルドの"実母"であり。スカーレットにとっては未来の"お義母様かあさま"であり、同時に"しゅうとめ"に当たる人物からの「要望」に。スカーレットは今だ麗しいネグリジェ姿のまま、ベットから体を起こしつつ。その要望の内容を吟味し、更に、頭を痛くさせる……。



 …未来の姑・ヴァーセルリア公爵夫人"エレンフェンシル"から、突き付けられた要望。それは本来…12歳の小娘どころか、16歳の一応の成人として一端いっぱしの"淑女レディ"と認められる年齢にあっても。そう軽々と、全て、任せられるものではない……。そんな公爵家からの「要望」…それは――…。



「――…、ヴァーセルリア公爵家が主催する『淡蕾の集いブトン・ラソンブレ』の――を私に任せるなんて……無茶を言ってくれるわ…。」


「…はい…それと恐らく。いえっ、間違いなく。スカーレット様にも、そのパーティーには…。あくまで、"主賓"としての出席を願われる事でしょう。…そして、何より――…。」


「――…期日はもう1程……今日を入れなくても、たったのしかないわ…。それも今年は"ヴァーセルリア派"に、"旧ロウンゼウナ派"の子息子女が入り乱れる『混沌こんとん季節きせつ』であるのに…。ただ荷が重すぎるという、話ではないわ……。」



 …深い深い溜息を、モリーと共に吐き出しつつ……。スカーレットは事の余りの大きさにまだ、ベットへ潜り込んでいたい衝動に駆られるが…それをグッと堪えると。モリーへ更なる詳細な情報と、ちょっとした気休め程度の話し合い。明日から取り掛からねばならぬ、"問題"に応える為の小さな小さな下準備を進めて行く……。



 スカーレットが、ヴァーセルリア公爵家夫人エレンフェンシルに任されらた"会"…。それは『淡蕾の集いブトン・ラソンブレ』――12歳という年齢へ達し、漸く「小さき貴族」の一員として恥ずかしくない"分別"を持ったと認識された。今年で満12歳の少年少女達を集め。各公爵家…正確にはが、其々の領の貴族家に対し開く事が慣例となっている。所謂「小さな社交界プティ・デビュタント」とも呼ばれる。子供限定の、大々的な

"お茶会ティーパーティー"の事である――…。


 …そんなパーティーの"全取仕切り代行"という。本来はパーティーを主催するヴァーセルリア公爵家の夫人エレンフェンシルと、その唯一の息子且つ12歳となったエレルドが中心となって行われる行事を。…昨日の失態の"埋め合わせ"と称し、スカーレットへと押し付けられるというのは。色々と少々、余り考えられない事なのだが…。しかし、スカーレットにその事実を言い募り。抗議する力も、資格も無いのは明白である……。



 そして、その問題を更に難解としているのが――『混沌こんとん季節季節』…。この国で三家しか存在しな公爵家の内、ヴァーセルリア公爵家と双極を成していた"公爵家"――「ロウンゼウナ公爵家」が。"現王家"…ひいてはローゼオン王国に対する『』によって。公爵家そのもの、それに関わった重罪貴族家が軒並み"取り潰し"という……「大粛清」が行われた事で。事態は非常に複雑なものと成っている…。


 予てより、その言動の酷さに下級貴族家からでさえ非難の声が高く。本家である現王家への、執拗で過剰な反発と不信を隠しもしない強硬姿勢に…。最も古い公爵家である"カラドルーヴス公爵家"に次ぐ、歴史あるロウンゼウナ公爵家より。多少新参なヴァーセルリア公爵家に対しても、緩める事の無い過激な敵対姿勢に加え。その後、昨年の「風礼の月9月~11月」中旬に勃発した。ロウンゼウナ公爵家の思想に賛同する「真革新派」の上流下流貴族家と、神輿である当時のロウンゼウナ公爵家当主による。ローゼオン王国史初の『国家への叛逆クーデター』が引き起こされたが……。


 そのロウンゼウナ側の発言の正統性の薄さと…。そもそも、ただ単に家の意向と周囲の圧力で派閥の方針に従い、扱き使い潰された貴族家や。密かに、反抗していた者達によるささやかな妨害と密告で。クーデター自体は、防ぎきれなかったものの…。その決起の行動に籠められた、酷く歪み肥大した「貴族思想」と傲慢な「王位簒奪」に「新王家の擁立ロウンゼウナを新王家にする」を目指す異様な熱気は――ついぞ叶えられ、完遂もままならぬ内に……。



  …――呆気なく阻止され、大した偉業も残せぬ儘。


     一欠片の慈悲もなく、全てを討ち砕かれ。


     "玉砕"してしている……。



 そうして、「三大公爵家」の内…それに恥じない規模の領地と権力、財力を持った大貴族家が消滅し。話だけで聞く…隣国「カラドラ国」王族の血を引き、国家財政の柱としてこれまで"絶対中立"の立場を崩さぬ「古き公爵家」――カラドルーヴス公爵家と。王家への篤い忠誠と、何よりも国家政治に精通した親王家派の「国政の守護者」――ヴァーセルリア公爵家の二家には、今現在。抜けた一柱ロウンゼウナの"穴埋め"をするべく……。


 クーデターに余り関わる事も関わらせられる事も無かった、又は密かに抵抗し抗っていた。比較的危険度が非常に低く、再度の現王家への忠誠を多くの別派閥貴族家と王の玉前で誓い立て。最早、二度と、その忠義を破後し謀反の姿勢を見せようものなら…。即刻、その誓いによって掛けられた「首輪」の下に。…再びの、"粛清"という名の極刑が下されることで。最低限の信頼と地位を維持できた、その"ロウンゼウナ派"の貴族家の統率を。今や"二大公爵家"が代行し、膨大な移行・運営の雑務を余儀なくされている…。



 …そうした、ローゼオン王国史上在り得ない混乱と混沌を孕む今を――『混沌の季節』と呼び。大いに悲観的な、大いに嘆かわしい影響が今だ残る今季の春は…。暖かな陽気と、それ程変わらぬ様な生活を送れている裏で。有能な文官武官を多く輩出する上流貴族家や下流貴族家問わず、目には見えぬ…多くの障害や問題が転がり込む事も多いこの時期に。スカーレットにはまだ遠く険しい、"エレルドとの結婚"後。…確かに、いずれは経験する事に成る事であるとしても……。


 まだまだ弱冠12歳のスカーレットには、少々どころではない"荷の重さ"に。頭を抱えようとする両手を何とか抑え…。片手を額の元へ持ってくる事に留めると。少しでも早い問題の解決と、昏睡していた約丸一日の間で欠けている情報の収集に。何よりも、今の自分の中に吹き貯まり…。急発生した、ストレスの解消の為にも。スカーレットはモリーとの会話を続行する――。



「…のうのうと寝ていた私が、本当に恨めしいわ……。明日にでも、直ぐに、ヴァーセルリア公爵家へ向かうべきね…。モリー、今から手紙を書くから、それを……。」


「いえ、御嬢様。……その必要は御座いません。、ヴァーセルリア公爵家から御嬢様宛に。…エレンフェンシル公爵夫人様よりの――「…目覚め次第。お伺いの手紙や早馬を出す必要なしに、当家への来訪を心待ちにしている。」っという有無の、お手紙が…もう、届いております…。」


「…ああ、そう…。流石は私の、未来の"お義母様かあさま"だわ。本当に、何て、のかしら……。」



 まさに"想像以上の事態"に、つい軽口を叩いたスカーレットだが。自身が着ている服を見て、部屋の時計に刻まれる現在の時刻を見ると…。モリーへ直ぐに着替えの用意と、今屋敷に居るであろう父オルゼンへの言伝を頼む…。


 それへモリーは、スカーレットの要望に応えるべく…。かれこれ1時間程前に退室させた、侍女見習い――"ワンフェナ"と"ゲルシャ"を…ベット脇に置かれた「魔導具:伝令の鈴コール・ベル」を四度鳴らし「急げ」の意味呼び寄せると。指南役として…ワンフェナにスカーレットの言伝をオルゼンへ知らせるよう指示し、ゲルシャにはスカーレットの着替えの補助を命じる。直ぐに部屋を後にしたワンフェナの姿を横目に、ベットから出たスカーレットは。モリーとゲルシャに、来客のない日の屋敷内で着る"普段着用のドレス"を見繕って貰うと。それへ、袖を通してゆく……。



「――…御嬢様。旦那様からは夕食のお席で是非、詳しいお話しを御聞きしたいとの言伝を承りました。御話しには様……そして、"ウラリス"様も参席するとの有無も伺っております。」


「そう、ありがとうワンフェナ。…まぁ、当然ね。ウラリスとお義母様セウレはともかく…クロウ《クローリウス》は面倒ね。最後まで、話を聞いてくれると良いのだけど…。」


「…そうですね。ですがクローリウス様も、もう10歳の"オロレウムの男児"ですから。きっと、最後まで御聞きになって頂けますわ。」



 …――時刻は、午後6時半…。外は確かな夜の帳が迫り、美しい杏子色と薄紫色に染まる夕方の景色が窓越しに垣間見える頃…。


 自身が犯した、失態の"代償"を払うべく。明日、ヴァーセルリア公爵領へ向かう前に…。まず先に済ませなければならない――「家族」達への謝罪と、その上での挽回の機会である…。今回のエレンフェンシルからの要望『淡蕾の集い《ブトン・ラソンブレ》』の全設営取仕切り代行を無事完遂し。何が何でも、"成功"させる為にも……。


 その設営に関しての助力や人員の手配に、それなりの纏まった資金の捻出についての相談を…。厳格で厳正な父オルゼンと、それを支え彼の不在の屋敷を取り仕切る…。スカーレットからは「継母」に当たる、父オルゼンの"後妻"――"セウレ・ナバ・オロレウム"に。そのセウレの息子で、スカーレットの2歳年下の"腹違いの弟"――"クローリウス・オゼ・オロレウム"と。…その更に5歳年下のクローリウスと同じセウレの娘で、スカーレットのもう一人の"腹違いの妹"――"ウラリス・セレ・オロレウム"まで参加する。家族一同が揃う、食事の席に…。



 スカーレットは、それを避けられない"現実"として…。何より、明日からの「苦闘」の前の"下準備"として割り切ると。…一応は病み上がりとあって、ゆったりとした藍色に白の落ち着いたスレンダードレスを身に纏い。若干色褪せる顔色を隠す為薄く頬紅を落とし、降ろしていた髪を緩く上へ留めると。



 …そこには。何時何時とも然して変わらぬ、力強い気迫を放つ"紅き少女"――…。


  "スカーレット・ディア・オロレウム"の姿が…其処にはあった……。



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