第3話 小休止と、差し迫る問題
「――…そろそろ、うだうだしている場合ではないわね……。」
…あれから、寝室で一人頭を捻って3時間程経過し――…。
流石の侍女や使用人達も、何度か、呼びもしていないのに様子を見にくる頻度が多くなり。時刻も、いい加減午後の3時半をとうに回り。先程も侍女の
「
昨日の誕生日兼婚約発表パーティーでの転倒失神の一件と、あの悪夢の「乙女ゲームの悪役令嬢」という最悪最低な自身の役回りと悲惨な結末の。まさに、二重の意味でのその言葉に。何度目かの溜息を吐き出したところで。モリーとその補助で付き従う侍女見習い2人が、部屋への入室を請いドアをノックする音が響き。それへスカーレットは「入りなさい。」っと、よく通る声音で入室の許可を出すと。…フワリと薫る、お茶の暖かな香りと茶菓子の甘い匂いが寝室に広がり。その香りに、スカーレットの落ち込んだ気分を少し持ち直し。用意されたお茶と茶菓子への期待を高めてゆく。
「良い香り……。これは、
「はい、御座いますよ御嬢様。本日の午後の茶菓子は――オロレウム領産の
『三種のオレンのプティフール』に御座います。…お一つずつ召し上がりますか?それとも、一皿に?」
「そうね……フフっ…じゃあ、今日は"一皿"で頂こうかしら?」
「まぁ…さようですか?では、早速、お茶をお淹れ致しますね。」
ちょっとした、茶目っ気ある短い会話をモリーと楽しみつつ…。見習い侍女の一人によって取り分けられ、美しい造形を保つ小さな"三つのお菓子の芸術品"が一皿に盛られてゆき。モリーによって完璧な作法・温度・濃さでお茶が淹れられ。もう一人の見習い侍女が、ベットに伏せるスカーレットの為に…純白の"
「はぁ……美味しい。この、
「フフ…お気に召した様でよう御座いました。……少しは元気が出た様で良かったです、スカーレット様…。」
「…ええ、心配かけてごめんなさいモリー……。少し、色々あったものだから……。」
「心中、お察し致します……。」
…心底痛ましそうな、心からのモリーの心配気な言葉に「…ありがとう、大丈夫よ。」っと返し。スカーレットは、自身の胸の中に渦巻く不安と懸念を押し込め。……何時かは知る事と成る、あの"婚約発表パーティー"の後の事について。モリーに、簡単な説明を求めると。その端正な顔を少しばかり緊張させ、侍女見習い二人を下がらせると。…モリーは姿勢を正しスカーレットへ向き直ると、昨日の事の顛末を事細かに話し始める――…。
――スカーレットが初めのダンスで転倒し、昏睡状態陥ったその後。当然ながら場は騒然となり、一番近くに居た婚約者エレルドもまた酷く狼狽しスカーレットの名を叫んでいた……。…12歳という、貴族としても平民としても"節目の歳"である「晴れの日」に起こり。主に貴族として非常に重要な家同士の"
上級伯爵位という…公爵位の継ぐ高い"爵位"と、その公爵家の足元に迫れる程の権力と財力を有する"有力貴族家"であれ……。王家の血を引く、由緒正しい一国の代表として名高い"大貴族家"との婚姻に纏わる大事の場で。嫁入りする側の娘が、迎える側の息子の目の前で――パーティー初めの、最初のダンスも踊らない内に転倒し。それも、その転倒が本人の"預かり知らぬ"何らかの事故や、何者かの"故意"によるものであればいざ知らず…。その転倒がどう見ても、単なるその娘の自身のの"不手際"であったなら。その醜態と"恥じ"は、一体、いかほどのものであろうか…――。
「――…幸い、公爵様は鷹揚に事へ対処して下さり。
「はぁ…。予想はしていたけど、これは予想以上の"大失態"という処ね。……公爵家には何か"埋め合わせ"をした様だけど、何なのかしら?…またパーティーをやり直すというのは、流石に……私が言うのもアレでしょうけど。両家としても、"恥の上塗り"に成り兼ねないのではない?」
「はい、その通りです。…昨日のパーティーで一応は、スカーレット様とエレルド様の両家の婚約は宣言されていおりますし。…ある意味で…その事は既にパーティーに呼ばれる事もない他下級貴族家にも広まっておりますから。…一先ずは、本命である婚約発表はなされましたし。御嬢様の言われた様に…。また再度のパーティーの開催は棄却され、自ら再び醜聞を掘り起こす事の無いよう、両家とも合意がなされております……が。…………。」
「…?……。」
…今まで饒舌に、スカーレットへ事の詳細を述べていたモリーが口を閉ざし。何処か憂い気に顔を伏せ、スカーレットの顔色を窺うモリーの挙動に。スカーレットは暫し困惑し………"答え"に行き着く……。
「……構わないわ。話して頂戴、モリー……。例え、あの転倒が私の意図したものではないにしろ。結局、あのような重要な場で足を挫き自身の体調管理も出来ていなくて…。私の婚約者であるエレルド様と、ひいてはヴァーセルリア公爵家の顔に泥を塗ったのは。れっきとした、"事実"ですもの…。この問題に対し、あのような醜態を晒し失態を招いた私が、何らかの面倒事や罰を受けるのは当然の事だわ。……さっ、話してモリー。私はもう、心の準備は出来ているわ――。」
「ッ…スカーレット様……。」
今回、スカーレットが仕出かした"大失態"は。所詮まだ"子供"のスカーレットが思っているよりも、深刻なものなのかもしれない……。
『貴族』という、この世で最も"体裁"を重要視する傾向の強い「階級社会の人間」にとって。格上の家との婚姻はまさに"最良の未来"であり、貴族の令嬢にとっては"最良の幸福"を掴んだといってよい。……家の更なる繁栄と富、受けられる恩恵と待遇の向上が見込めるのだからそれは当然の事だ。そして、そんな千載一遇のチャンスを掴みながら。それを"自らの手で逃す"など、「愚か者」以外の何者でもないだろうし……『貴族』の風上にも置けない"害悪"であろう――…。
…それを、物心つく頃から教え込まれ。それを信じ実践し、その有用性と絶大な効力を何度も目の辺りにして来たスカーレットは。それがまだ子供であり、全てを理解しきれていなくとも……。その影響力の大きさと、それに伴う被害とリスクを微かにも判ってしまう為に。そして何より、まだ数時間前に得たばかりの…鮮明に過ぎる程の「乙女ゲームの知識」を持つスカーレットは。その乙女ゲーム上での自身の"役回り"を思い返し…。これから必ず差し迫る"苦闘の日々"を想像した、想像できてしまった事から。スカーレットは、モリーが恐らく言わんとしている、数ある「一つ目の苦難」を察知し。それを何としても乗り越えるべく、密かにその心に"闘志"を燃やしていた…。
「…承知致しました。
「…そう……エレンフェシル様、肝いりの御言葉だなんて――…ゾッとしないわね……。」
…モリーの口から上げられた、「ヴァーセルリア公爵夫人エレンフェンシル」の名前を耳にし。その名前を聞いて伝来し、僅かに生まれた"不安"と"怯え"を覆い隠さんと。その顔表へ強引に笑みを造ると、一口、甘く香る紅茶を含み嚥下すると……。
…正真正銘、自身の目の前に迫り来た"問題"――「苦闘」の訪れに。一体如何なる感情がそうされるのか、独り…その今だ小さな心を激しく震わせ……。
スカーレットは、次にモリーから告げられる"本題"に際し。その双方の赤く揺らめく栗色の瞳を狭め、その言葉を待ち、構える――…。
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