第2話  苦闘の始まり…




「――それでは、スカーレット御嬢様。何か御座いましたら、直ぐに、私共をお呼び付け下さい…。よろしいですか?」

「ええ、よろしくってよ。……ありがとう。」

「はい、勿体なきお言葉です。…では、失礼いたします――…。」



 …微かな、心地良い笑みをたたえ合い。柔らかな生成り色の絹のベットに今だ背を預けるスカーレットへ、スカーレット専属侍女――・ハナ・トールトン下級男爵家三女――"モリー"は深く一礼すると。静かに、寝室を後にする……。


 扉の閉まる音を最後に、寝室へ再び無音の静寂が訪れ。その静寂を唯一破る、スカーレットの何処か重く…悲壮感さえも籠った様な盛大な溜息が響き。先程浮かべていた、微かな余裕も感じさせる笑みを消し去り。スカーレットはすっかり健常通りの動きをする様になった体と手を見つめ…。しかし、唯一いつも通りとはいかない。自身の、心の中にわだかまる――あの、生々しい"悪夢"の情景と…。その後流れて来た、を思い出し。スカーレットは今度こそ、その顔へハッキリと険しい表情を浮かべ。独り、愚痴る……。



「…信じたくない、けど……。確かに、は"真実"だとしか思えてならないのだから。もう、仕方がないのでしょうけど…。でも、それで…私にどうしろっていうのかしらね……。」



 …昨日起きた、スカーレットのまさかのダンスの失態――突如婚約者とのダンス初っ端から足をくじき、そのまま後ろへ体勢を崩し頭を強打、大勢のパーティー客の前で失神するという…。何とも不幸で、不名誉な"不慮の事故"が起きたその夜…。

スカーレットが見た…、あの悪夢の情景に登場する人物達の姿と。その後直ぐ二度目の失神の際に知った、を知らされ思いだされた"記憶"に。スカーレットは思わず、はしたなく頭を抱える――…。



「…私の名前は"スカーレット"で。その名前が、訳の判らない「乙女げーむ」だとかいうものの登場人物で…。しかも、その"役名"が「傷薔薇の悪役令嬢スカー・ローズ」…ですってッ!なんなの…何なのよ、一体っ……!」



 ……正確には、"乙女ゲーム"――『ローズ・オブ・ローズ~七色の薔薇達との出会い~』なる題名の。は、れっきとした人気を博すというそのタイトルに…。スカーレットは小さく、拒絶の色の濃い声を荒げ首を横へ数度振るうも。それが、ただの無駄な抵抗でしかない事を悟ると。スカーレットは頭に回していた両手を退かし、項垂れる様に脱力すると。先程よりより深く、重い空気を溜息として吐き出し――。



  ……ぐるぐると頭の中を駆け巡る思考と、かの鮮烈な情景に眩暈を感じながら。スカーレットはそれらの印象、考察を纏めるべく熟考する――…。




 ――乙女ゲーム『ローズ・オブ・ローズ』の概要として……。


 ゲームの操作キャラクターであり、ゲームの"攻略挑戦者"でもある「女主人公ヒロイン」――朱髪朱眼の平民の美少女""が…母亡き後、「謎の人物」からの援助で。ゲームの舞台「ローゼオン王国」にある、平民が唯一通える学校「国立国民基礎教育学舎」の辺境舎に通い。それから、15歳の誕生日を迎えたある日……。


 突如、自身の"実の父親"を名乗る「謎の人物」――エストモーラ上級伯爵家現当主"レウリック・トル・エストモーラ"と再会し。平民であった母レイとの"愛の証"であり、ロゼルが母の形見として持っていた三つ揃いの紋章入りペンダント――「朱玉の紋章印」を持っていた事で。平民の少女ロゼルは、実父レウリックに連れられ……ひょんな事から、貴族の世界へと仲間入りを果たす事となり。…厳しい貴族令嬢としての基礎教養を僅か数か月で身に付けさせられると……。


 嘗て、夢にまで見た「王立貴族魔導学院」の門を潜り。そこで密かに保有していた、非常に稀有な魔法適性「生属性」を発現し。元より磨き抜かれていた感性と、努力を重ね培った知恵を生かし。……「平民上がりの令嬢」と陰口を叩かれながらも。健気に前向きに学院生活を謳歌し、そこで出会う――『七人の美男子セブンス・ローズ』達との交流を経て…。苦くも甘い、青春の恋愛を体験し成就させ。何時かは、真の『朱薔薇の乙女』となり。永久の愛と幸せを掴み取るラブロマンス――――。



 …っと、長々とした「前置き」が為されるこのゲームは。簡潔に纏めれば、「平民上がりの御嬢さんが、七人の美男子達とメロメロドロドロな恋愛を夢見て。彼らを攻略しようと、あらゆる知恵を絞ってハッピーエンドを目指す御話し」であり。更に、簡潔に言えば。スカーレットは、その主人公ロゼルの美男子攻略を邪魔する"邪魔者"――「宿敵・傷薔薇の悪役令嬢スカー・ローズ」という。…何とも大仰な仇名を付けられた"咬ませ犬"的な役回りの。…ある意味で、ですらある存在として登場するのである……。



 また、『七人の美少年セブンス・ローズ』っと銘打たれる"攻略対象者"達は。タイトルにもある「七色の薔薇」にあやかって、其々一色の薔薇に当て嵌めキャラクターをイメージされており――…。



『黒薔薇』――「ローゼオン王国」黒髪金眼の第一王位継承者である麗しの王太子。"レオナール・ノエ・ファス=ウルファ=ローゼガルオン"


オレンジの薔薇』――隣国「アラドラ国」の薄茶の癖っ毛と瞳の茶目っ気のある第三王子。"ヨルディック・ダノ・コーノルマン・ワレ=アラドラ"


『青薔薇』――ヴァーセルリア公爵家唯一の嫡子で壮麗な金髪碧眼の美青年。

 "エレルド・フェン・ローゼ=ヴァーセルリア"


『白薔薇』――ガランディア上級伯爵家次男の朗々とした銀髪灰眼の紳士。

 "コールズウェル・ヴィク・ガランディア"


『緑薔薇』――ハイノラ上級子爵家長男の濃い栗毛と翠眼の勇猛な未来の上級騎士

 "グラニル・バウ・ハイノラ"


『黄薔薇』――バンデール上級男爵家長男の淡い金髪と濃い琥珀色の瞳の生真面目な文学者"ハンゼル・ソブ・バンデール"


『紫薔薇』――名誉魔導子爵子息で黒髪に紫の瞳の非凡な魔導の才を持つ偏屈者

 "アルベト・コル・マーディン"



 ――…そして、これにヒロインの『朱薔薇』――"ロゼル"・レイ・エストモーラ上級伯爵令嬢が入り。七輪と一輪の薔薇の入り乱れ咲き乱れる光景は、まさに"圧巻"の一言で在り。スカーレットも、その七人と一人が揃って描写された。まるで景色をそのまま切り取ったかのような――"スチル一枚絵"が映し出された際…。思わず我を忘れ、見惚れてしまっていた……。



「……美しい、"尊き色朱又は黒"の上級伯爵家令嬢とは言え…。"庶子"――貴族と平民の間に出来た「不祥の子」又は「愛妾の子」――の、まだ貴族としての教養も拙い娘に。同じ伯爵家や…公爵家までは、何とかなるとして。……王太子と隣国の第三王子とまで、上手くいくとは思えないのだけど……。それも、"乙女げーむ"であるから問題ないと言うの?」



 いち"貴き血族貴族"としての…「当然の疑問」に、スカーレットは首を傾げ疑問を呈するが。スカーレットへ突如として授けられた、「乙女ゲームの知識」に照らし合わせると…。「それは、十分に許容できる事象。」っという、"結果"が導き出されてしまった事に。スカーレットは目を瞬かせ、唖然と驚きの表情をつくり。その意味が脳内へ十分に行き渡った処で、その表情を強張らせる……。



「…もし、もしそうなのなら。私が、もし彼女の――"ロゼル"の攻略対象の前に、立ちはだかれば…。その「乙女ゲームの法則」に従って。私は……必ず"自滅"するっていうのっ、冗談ではないわッ…!!」



 一人っきりの寝室に響く、独り言にしては大きすぎる声をあげ呟き続けるスカーレットだが…。幸い、その異様な姿を盗み見られる事もなく。声も寝室の構造上、スカーレットが発する感情を無理やり殺している様な声量程度であれば。難なく、寝室の扉に耳を着けようとも…。その内容を解読出来る程の音量を漏らす事の無い、高度な防音処理が施されている為。屋敷の使用人達がスカーレットの事を、「頭のおかしくなった御嬢様」と誤認され誤解される事もなく。事無きを得ていたが……。



 …その姿と言動は、まさに「何かに憑りつかれている。」っと言って過言ではない異常さを醸し出しており。そんな、危機迫る気迫を常に発し続けるスカーレットは――。



 自身の中に目覚めた、「乙女ゲームの悪役令嬢」としての自覚と…。その愚かな嫉妬と嫉みによって犯した、己の行いの最後の末路を、脳裏へ焼き付けながら。スカーレットはその後1時間以上……誰もいない、私室のベットの上で。流された赤錆色――赤銅色と自負する髪を、時折掻き上げ…。熟考され尽くされ、練り続けられる自身の考えの整理をつけつつ。



 スカーレットはこれから待つ、自身の預かり知らぬ……望まぬ"苦闘"の始まりを予感していた――…。



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