魔弾の奏者

電咲響子

魔弾の奏者

△▼1△▼


「よオ、例のモんは出来てルかい?」


 こいつが吐き出す言葉からは腐臭がする。嫌悪感の塊のようなヒトガタヒューマノイド。そんな唾棄すべき存在であろうとも、或いは聖人君子であろうとも、常連となればお得意さまだ。

 私は客の求めるものを創り、客はそれに対価を払う。商売相手を選ぶ必要はない。理由もない。この掃き溜めアンダグラウンドに"秩序らしきもの"があるとしたら、カネの遣り取りのみが、それを成立させているのかもしれない。


「私が約束を違えたことが一度でもあったか? ほら、その箱だよ。きっちり二十発」

「いツものと違うじゃねェか」

容器イレモンなんざどうでもいいだろ。さっさとカネを置いて消えろ」

「ちっ。相変わラず素っ気ねぇナ」


 札束と腐臭をぶちまけてヒトガタが去る。互いに目を合わせることもなく、取り引きは終わった。これから同盟アライアンスの狩人は、いつものようにしみったれた依頼クエストをこなしにゆくのだろう。カネを稼ぐために。生きるために。もしくは、嗜虐心を満たすために。


 あの弾丸に込められた"魔の火焔カーマイン"が、次に焼き尽くすモノは果たして何なのか。全くもってどうでもいいことだ。創り終えた弾丸の行方など、知る必要はない。理由もない。それが我が店"インストルメント"の掟だ。他の武器屋ドウギョウの矜持など、興味も関心もない。


△▼2△▼


 音には色がある。


「あ! カナデさん、こんにちは!」


 久しぶりに外に出て地下街を歩いていると、馴染みの音がした。心地よい音色だ。


地上ウエはもう夜だが」

「でも、ここはいつだって明るいよ」


 半人半妖アヤカシの少女。いつからだったかは忘れたが、いつの間にかここに居て、私を見つけると話しかけてくる。どうやら、人権剥奪者ハグレ人権剥奪者ハグレの子らしい。


「確かにそうだな。ここはいつだって昼だ」


 夜が嫌いでここに来た。かつて彼女はそう言っていた。考えてみれば当たり前の話だ。闇夜はまさしく絶好の狩場。いくら夜目が利こうと、陽光の中とは比ぶべくもない。


「あたし、ここが好きだよ」

「そうか」

「最初は嫌いだった」

「だろうな」

「でも、今は好き」

「……慣れたのか?」

「うん」


 強がりを言うな。喉元まで出かけた言葉を、こらえる。慣れるわけがないだろう。喉元まで出かけた言葉を、こらえる。こんな瓦礫の街アンダグラウンドが好きな奴など誰もいやしない。そう思っていたが。


「最初やさしかったのは、カナデさんだけ。今じゃみんな、やさしいんだよ」

「そうか」


 悪くない考え方だ。この子は、できる限り前向きに生きようとしている。だが私は。私はどうだろう? またね。と手を振る彼女の声が心地よい。


△▼3△▼


「どうしたどうした。今日はいつにも増して飲んでるな。何かあったのか?」

「いや…… 別に」


 地下街のさらに地下にある酒場"メタノール"では、いつものごとく世捨て人ヒッピーたちが踊り狂っていた。カウンター席に座った私は、多彩な音色をバックに不味い酒をあおる。


「ま、そう暗い顔しなさんな。演ってんのは"グラジナル"の新曲だぜ。イケてるだろ」

「そうだな。確かにクールだ。青…… 薄暗い青、か」

「おいおい、分析アナライズもいいが、たまにはノッてみたらどうだ? 音楽ってのはな、ココロで聴くもんだぜ」

「知ってるさ」

「こいつぁ失敬。釈迦に説法だったな。それにしても」


 空になったグラスに魔酒セイレンを無雑作に注ぎながら、マスターがしゃべる。


「それにしても、カナデ。お前さんの親父はすげえもんだ。今じゃ、どいつもこいつも彼が創った楽器を使ってる。地上ウエは知らんが、少なくともここではな」

「そいつは光栄だ」

「……やっぱり継ぐ気はないのか?」

「何度でも言おう。私はただの冴えない武器屋だ。"クレモニカ"を継ぐ気は微塵もない」

「もったいねえ。もったいねえよ」

「偉大な親の子は、大抵のケースで凡人だ。あんたのようにな」

「ディスってくれるなよ。なかなかのもんだろ? こいつは」


 満たされたボトルを荒々しく振りながら、マスターがしゃべる。


「俺は親父の跡を継ぐために魔法を修めたんだぜ? ちょっとは誉めてくれよ」

「このクソ不味い魔酒に、誉めるべき点などない」

「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから」

「まるで工業用蒸留酒だな。ヒトガタには悦ばれるだろう」

「相変わらずキツいねえ! 言葉責めは趣味じゃないぜ」


 ひと通り軽口をたたき終わった瞬間、酒場のドアが跳ね開いた。


「おやっさん! やべえのが出やがった!」


 ドアから転がり込んできた男が、早口でまくし立てる。


「またやべえのが出やがった! ありゃ百鬼ナキリ狂人クルイだ! もう何人もんじまってる! こないだのとは、ケタ違いの、やべえやつが、出やがっ」

「落ち着けよ、リョウ。毎度毎度うるせぇんだよ。ま、そう心配しなさんな。今日はこのお方がいらっしゃる」

「あ、あ、あ? ああ…… カナデ! カナデじゃねえか!」


 リョウの大声はいちいち癇に障る。


「どこに姿をくらましてたんだ! とんと見かけねぇもんだから、てっきり地上ウエに往っちまったもんだと」

「インストルメントは二十四時間営業だ」

「ずっと引きこもってたのか! そりゃすげえや! いや…… 違う違う。世間話ってな場合じゃねえ」

「聴けばわかるよ。いつものように闖入者が暴れてることは」

「そうだ! その通り! いや…… 違う違う。いつものってな具合じゃねぇんだよ! 前前前回ぐらいのやべえやつなんだって!」


 リョウの大声はいちいち癇に障る。だが、嫌いな色じゃない。


「ほらほら、客連中が呆けたツラして見てるぜ。じゃあ、すまんが、カナデ。往ってくれるか?」

「私は武器屋だと言ったはずだ」

「曲が今、ちょうどいいとこなんだよ。弾の代金は酒代とトレードでどうだ? 頼むわ」

「……足りないぶんは、後できっちり請求するぞ」


 マスターには恩がある。私は不承不承しぶしぶ引き請けた。


「ひょおっ! カナデがいりゃどうにかなる! かも?」


 店を出る私とリョウの背後では、狂騒の舞踏メカニカルダンスが最高潮を迎えていた。


△▼4△▼


 路上には得体の知れぬ肉片が散らばり、街灯には血飛沫がへばりついている。客観視すれば、さぞかし恐るべき光景に違いない。だが、地下街の住人にとっては見慣れた日常だ。


「弱ぇ弱ぇ! もちっと歯応えぁるもんだと思ってたが…… しょせんは負け犬のぉ集まりってこった!」


 かつて街灯だったものを振り回しながら、その半人半機サイボーグは鈍色の言葉を吐き出した。全身を装甲材でブラッシュアップした姿は、まさしく血に餓えた獣。人間をやめてからどれほど経ったのだろう。

 全身に染み浸き、もはや拭い去ることも叶わぬ紅が、殺戮に明け暮れた日々を誇示していた。


「オイオイ! ここに来りゃ、殺りたい放題できるって噂は、どうやらマジだったみてぇだな。ナァ? これからミンチになるぅお二人さん?」


 満面の笑みを浮かべながら、こちらに向かって巨躯がにじり寄る。まだまだ距離はあるが、手早く済ませてしまおう。耐え難いオトだ。


「見ろよカナデ! あいつ、特殊強化手術イレギュラオペやってんだ! そんでもってバキバキにキマッてやがる! 超ヘヴィな混成麻薬カクテルかっ喰らって、攻めも防りも倍倍倍増しってな!」


 標的マトが近づいてくる。青…… 薄暗い青、か。私は雑囊ざつのうから空白の弾丸エンプティを取り出し、


 思念を練り込む。

 標的がさらに近づく。

 銃を抜く。

 標的が駆け出す。

 完成した"魔の吹雪プルシアン"を銃に装填する。

 標的が得物を振り上げる。

 銃を構える。


地下街へようこそ。Welcome to Undergroundそしてさようなら」


 私は引き鉄トリガいた。


 ──ギンッ!


 キキキキキキキキキキ──


 射線の彼方まで降り注いだ氷の嵐が、空気を白く湿らせた。


「ひゅうっ! こいつぁすげえぜ! なんもかんも凍てつきやがった!」


 リョウが震えながら言う。


「おおお…… さっぶ! 年がら年中あったかいっから、薄着してんだ、俺は!」

「すまん。加減を間違えた」

「見ろよカナデ! 奴さん、跡形も無く消しんじまった! かわいそうに。かわいそうによう。たとえミンチになっても、カタチ残して死にてぇよな」


 かなりココロが昂ぶっていたようだ。酒のせいか。いや、それとも…… 父が創った楽器の音色にてられたのか。


「なんにせよ、サンキューな! 俺ぁ、努力のリソースを情報収集に割いてっから、戦闘バトルはからっきし! お礼に次の情報料は半値にしとくから! いや、カナデなら無料タダでいいぜ! へへ…… じゃあな!」


△▼5△▼


 疲れた。即興で奏でるのは楽しくもあるが、やはり疲れる。インストルメントに帰った私は、いつものように作業椅子に腰を下ろし、目を閉じる。いつからだろう。他人に無関心になったのは。無関心を装いながらも、貫き通せなくなったのは。


 クライアントが満足するモノを創れ。それが職人の使命だ。……父の言葉を思い出す。ハルマンが"余計なこと"をしなければ。あの忌々しい戦争さえなければ。父は死なず、私は今、父と同じ道を歩んでいたのかもしれない。……やめよう。いくら『もしも』に考えを巡らしても詮無きことだ。


 私は眼前のテーブルに銃弾を並べ、"演奏"を始めた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。それぞれに魔法でオトを混ぜ合わせる。交響曲。私にとって、至福のひととき。


 世界内戦後、世を捨て地下に潜った私は、流れ着いた酒場のマスターから魔法を教わった。浮浪者から魔法を教わった。書物グリモアから魔法を教わった。いわば独学。広く、深く。広く、深く。ココロに根差し、身を焦がす漠然とした憎悪に抗うために。生きるために。もしくは……


「こんばんは」


 私は弾かれたように椅子から立ち上がり、咄嗟とっさに身構える。気づかなかった。気づけなかった。何の音も色も無く、にいた。


「おや。驚かせてしまったかな」


 いつの間にか開いていた扉の前で、深々とフードを被った男がしゃべる。


「弾丸専門でやってる腕の良い武器職人がいる、と聞いてね。仕事の依頼に来たのだが」


 ……何者だ? 心臓の鼓動が早まる。この男はヤバい。理性ではなく本能が警鐘を鳴らしている。


「入ってもいいかな?」

「ここは店で、あんたは客だ。断る理由はない」


 動揺を押し殺し、職人として応じる。男がゆっくりと店内にはいってきた。


「では、早速だが仕事の話をしよう」

「どんな弾薬モノが望みだ?」

「相手を無苦無痛で屠りたい。ひとかけらの悔恨も残さず完殺可能な銃弾。それが注文だ」


 私は耳を疑った。注文内容は理解できる。しかし、前例がない。殺す相手ターゲットに情けをかける……? こいつは、何者だ。


「できるのか、できないのか。それだけ答えてほしい。代金は言い値で払う」

「弾数は?」

「一発」

「期限は?」

「即時」

「……やってみよう」


 私は空白の弾丸エンプティを手に取り、


 想い(音は絶)、

 記し(色は透)、

 詠み(心は虚)、

 念ず(体は死)。


 奏で終えた暁に、"魔の永眠トランスパレント"が顕現した。


「五百万」


 法外な値段を吹っかけてみる。この暗殺者アサシンが狼狽することを期待して。


「五百万円だ。びた一文負からんぞ」


 だが、その期待はあっけなく裏切られた。


「約束は守る。売り手と買い手の間柄で、絶対に破られてはいけないルールだ」


 男はコートの内側から札束を取り出し、そっとテーブルに置く。それを見た私は、完成したばかりの魔弾を彼に手渡した。


「ご高説痛み入るよ」

「おっと。釈迦に説法だったかな。ふふ…… 君は実におもしろい」

「どういう意味だ?」

「感情を隠そう、隠そうとして、まるきり隠せていない」


 確かにその通りだ。目の前に立つ謎の男に、感情をさとられていること。これに疑問の余地はない。しかし、他の人間には。マスターやリョウには、どうなのか。私はこの街アンダグラウンドに来てから、自分を偽り続けてきたような気がする。


「ステキな"作品"をありがとう」


 そう言い残して、おそらく地上ウエの住人であろう客は姿を消した。


△▼6△▼


 音には色がある。


 久しぶりに外に出て地下街を歩く。あの馴染みの、心地よい音色は、もう聴こえない。全くもってどうでもいいことだ。創り終えた弾丸の行方など、知る必要はない。理由もない。


 ひと雫の涙が、私の胸に、ぽとり。


<了>

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