魔弾の奏者
電咲響子
魔弾の奏者
△▼1△▼
「よオ、例のモんは出来てルかい?」
こいつが吐き出す言葉からは腐臭がする。嫌悪感の塊のような
私は客の求めるものを創り、客はそれに対価を払う。商売相手を選ぶ必要はない。理由もない。この
「私が約束を違えたことが一度でもあったか? ほら、その箱だよ。きっちり二十発」
「いツものと違うじゃねェか」
「
「ちっ。相変わラず素っ気ねぇナ」
札束と腐臭をぶちまけてヒトガタが去る。互いに目を合わせることもなく、取り引きは終わった。これから
あの弾丸に込められた"
△▼2△▼
音には色がある。
「あ! カナデさん、こんにちは!」
久しぶりに外に出て地下街を歩いていると、馴染みの音がした。心地よい音色だ。
「
「でも、ここはいつだって明るいよ」
「確かにそうだな。ここはいつだって昼だ」
夜が嫌いでここに来た。かつて彼女はそう言っていた。考えてみれば当たり前の話だ。闇夜はまさしく絶好の狩場。いくら夜目が利こうと、陽光の中とは比ぶべくもない。
「あたし、ここが好きだよ」
「そうか」
「最初は嫌いだった」
「だろうな」
「でも、今は好き」
「……慣れたのか?」
「うん」
強がりを言うな。喉元まで出かけた言葉を、こらえる。慣れるわけがないだろう。喉元まで出かけた言葉を、こらえる。こんな
「最初やさしかったのは、カナデさんだけ。今じゃみんな、やさしいんだよ」
「そうか」
悪くない考え方だ。この子は、できる限り前向きに生きようとしている。だが私は。私はどうだろう? またね。と手を振る彼女の声が心地よい。
△▼3△▼
「どうしたどうした。今日はいつにも増して飲んでるな。何かあったのか?」
「いや…… 別に」
地下街のさらに地下にある酒場"メタノール"では、いつものごとく
「ま、そう暗い顔しなさんな。演ってんのは"グラジナル"の新曲だぜ。イケてるだろ」
「そうだな。確かにクールだ。青…… 薄暗い青、か」
「おいおい、
「知ってるさ」
「こいつぁ失敬。釈迦に説法だったな。それにしても」
空になったグラスに
「それにしても、カナデ。お前さんの親父はすげえもんだ。今じゃ、どいつもこいつも彼が創った楽器を使ってる。
「そいつは光栄だ」
「……やっぱり継ぐ気はないのか?」
「何度でも言おう。私はただの冴えない武器屋だ。"クレモニカ"を継ぐ気は微塵もない」
「もったいねえ。もったいねえよ」
「偉大な親の子は、大抵のケースで凡人だ。あんたのようにな」
「ディスってくれるなよ。なかなかのもんだろ? こいつは」
満たされたボトルを荒々しく振りながら、マスターがしゃべる。
「俺は親父の跡を継ぐために魔法を修めたんだぜ? ちょっとは誉めてくれよ」
「このクソ不味い魔酒に、誉めるべき点などない」
「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから」
「まるで工業用蒸留酒だな。ヒトガタには悦ばれるだろう」
「相変わらずキツいねえ! 言葉責めは趣味じゃないぜ」
ひと通り軽口をたたき終わった瞬間、酒場のドアが跳ね開いた。
「おやっさん! やべえのが出やがった!」
ドアから転がり込んできた男が、早口でまくし立てる。
「またやべえのが出やがった! ありゃ
「落ち着けよ、リョウ。毎度毎度うるせぇんだよ。ま、そう心配しなさんな。今日はこのお方がいらっしゃる」
「あ、あ、あ? ああ…… カナデ! カナデじゃねえか!」
リョウの大声はいちいち癇に障る。
「どこに姿をくらましてたんだ! とんと見かけねぇもんだから、てっきり
「インストルメントは二十四時間営業だ」
「ずっと引きこもってたのか! そりゃすげえや! いや…… 違う違う。世間話ってな場合じゃねえ」
「聴けばわかるよ。いつものように闖入者が暴れてることは」
「そうだ! その通り! いや…… 違う違う。いつものってな具合じゃねぇんだよ! 前前前回ぐらいのやべえやつなんだって!」
リョウの大声はいちいち癇に障る。だが、嫌いな色じゃない。
「ほらほら、客連中が呆けたツラして見てるぜ。じゃあ、すまんが、カナデ。往ってくれるか?」
「私は武器屋だと言ったはずだ」
「曲が今、ちょうどいいとこなんだよ。弾の代金は酒代とトレードでどうだ? 頼むわ」
「……足りないぶんは、後できっちり請求するぞ」
マスターには恩がある。私は
「ひょおっ! カナデがいりゃどうにかなる! かも?」
店を出る私とリョウの背後では、
△▼4△▼
路上には得体の知れぬ肉片が散らばり、街灯には血飛沫がへばりついている。客観視すれば、さぞかし恐るべき光景に違いない。だが、地下街の住人にとっては見慣れた日常だ。
「弱ぇ弱ぇ! もちっと歯応えぁるもんだと思ってたが…… しょせんは負け犬のぉ集まりってこった!」
かつて街灯だったものを振り回しながら、その
全身に染み浸き、もはや拭い去ることも叶わぬ紅が、殺戮に明け暮れた日々を誇示していた。
「オイオイ! ここに来りゃ、殺りたい放題できるって噂は、どうやらマジだったみてぇだな。ナァ? これからミンチになるぅお二人さん?」
満面の笑みを浮かべながら、こちらに向かって巨躯がにじり寄る。まだまだ距離はあるが、手早く済ませてしまおう。耐え難い
「見ろよカナデ! あいつ、
思念を練り込む。
標的がさらに近づく。
銃を抜く。
標的が駆け出す。
完成した"
標的が得物を振り上げる。
銃を構える。
「
私は
──ギンッ!
キキキキキキキキキキ──
射線の彼方まで降り注いだ氷の嵐が、空気を白く湿らせた。
「ひゅうっ! こいつぁすげえぜ! なんもかんも凍てつきやがった!」
リョウが震えながら言う。
「おおお…… さっぶ! 年がら年中あったかいっから、薄着してんだ、俺は!」
「すまん。加減を間違えた」
「見ろよカナデ! 奴さん、跡形も無く消し
かなり
「なんにせよ、サンキューな! 俺ぁ、努力のリソースを情報収集に割いてっから、
△▼5△▼
疲れた。即興で奏でるのは楽しくもあるが、やはり疲れる。
クライアントが満足するモノを創れ。それが職人の使命だ。……父の言葉を思い出す。ハルマンが"余計なこと"をしなければ。あの忌々しい戦争さえなければ。父は死なず、私は今、父と同じ道を歩んでいたのかもしれない。……やめよう。いくら『もしも』に考えを巡らしても詮無きことだ。
私は眼前のテーブルに銃弾を並べ、"演奏"を始めた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。それぞれに魔法で
世界内戦後、世を捨て地下に潜った私は、流れ着いた酒場のマスターから魔法を教わった。浮浪者から魔法を教わった。
「こんばんは」
私は弾かれたように椅子から立ち上がり、
「おや。驚かせてしまったかな」
いつの間にか開いていた扉の前で、深々とフードを被った男がしゃべる。
「弾丸専門でやってる腕の良い武器職人がいる、と聞いてね。仕事の依頼に来たのだが」
……何者だ? 心臓の鼓動が早まる。この男は
「入ってもいいかな?」
「ここは店で、あんたは客だ。断る理由はない」
動揺を押し殺し、職人として応じる。男がゆっくりと店内に
「では、早速だが仕事の話をしよう」
「どんな
「相手を無苦無痛で屠りたい。ひとかけらの悔恨も残さず完殺可能な銃弾。それが注文だ」
私は耳を疑った。注文内容は理解できる。しかし、前例がない。
「できるのか、できないのか。それだけ答えてほしい。代金は言い値で払う」
「弾数は?」
「一発」
「期限は?」
「即時」
「……やってみよう」
私は
想い(音は絶)、
記し(色は透)、
詠み(心は虚)、
念ず(体は死)。
奏で終えた暁に、"
「五百万」
法外な値段を吹っかけてみる。この
「五百万円だ。びた一文負からんぞ」
だが、その期待はあっけなく裏切られた。
「約束は守る。売り手と買い手の間柄で、絶対に破られてはいけないルールだ」
男はコートの内側から札束を取り出し、そっとテーブルに置く。それを見た私は、完成したばかりの魔弾を彼に手渡した。
「ご高説痛み入るよ」
「おっと。釈迦に説法だったかな。ふふ…… 君は実におもしろい」
「どういう意味だ?」
「感情を隠そう、隠そうとして、まるきり隠せていない」
確かにその通りだ。目の前に立つ謎の男に、感情を
「ステキな"作品"をありがとう」
そう言い残して、おそらく
△▼6△▼
音には色がある。
久しぶりに外に出て地下街を歩く。あの馴染みの、心地よい音色は、もう聴こえない。全くもってどうでもいいことだ。創り終えた弾丸の行方など、知る必要はない。理由もない。
ひと雫の涙が、私の胸に、ぽとり。
<了>
魔弾の奏者 電咲響子 @kyokodenzaki
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