本日休業
ご飯屋”宵”はドアに“本日休業”と書かれたプレートがぶら下がっていた。今朝はこの前の賑やかな休業と違って静かだった。
「よいしょっと。」
いつも先に起きる店主の宵よりも先に和歌が動いていた。時間は朝8時。洗濯物が溜まっていた。
普段夜に洗濯をする和歌だが最近忙しく溜めてしまい朝早く洗濯機を回していたのだ。
洗い終わった洗濯物はハンガーにかけてずらりと窓の前に並ぶ。乾燥した部屋は洗濯物の水分で潤い始めていた。洗濯を終えた和歌は着替えて髪を解かす。短い黒髪は少しだけ伸びていた。
「宵、行ってくるね。」
リュックにエコバッグと財布と電話を詰め込んで寝室で夢を見ている店主宵に声をかけて家を出る。
ジーンズにふわふわの黒いニットとカーキ色のMA-1を羽織り和歌は一階へ降りて裏口から外へ出る。
「寒い…」
風が吹くたびに髪が揺れ身震いをする和歌は街のスーパーへ向かった。ご飯屋“宵”から徒歩数分にある大きなスーパーは朝早くからやっており朝はびっくりするほど安いのだ。
長年の主婦が行き来するスーパーで浮いていないかと少し心配になる和歌に誰かが話しかけた。
「あら、あんた“宵”の店員さんじゃないの?」
振り返るとエプロンをしたまま上着を羽織った見知らぬ女性がいた。
「はい、そうです。」
愛想よく、とは無縁だがお店に立っている時のように笑って頷いた和歌を見て女性は笑った。
「かっこいいわねえ、身長いくつ?」
背の高い和歌を上から下まで見て和歌の肩を女性は軽く叩く。
「170cmくらいです。」
「まあ、おっきい!モデル出来るわ!イケメンで!
うちの娘は150cmしかないから羨ましいわ!」
「そう、ですか、?」
反応に困る和歌はふと、女性の言葉に反応して聞き返した。
「あの私女だって…」
「当たり前じゃない!わかるわよそれくらい!身体つきが華奢で女の子だもの!」
和歌は少し嬉しくなった。
「見た目はカッコいいし、背も高いから男の子に間違われるかもしれないけど話したら女の子よ。それに娘がいる親は大体わかるわ!後は女の勘とかかしらね!」
楽しそうに笑う女性に和歌も頷いた。
「そうだ、今日きゅうり安いわよ!詰め放題!」
「きゅうりですか?」
「そうそう、塩で揉んで置いておけば美味しいのよ!他の調味料何ていらないの!」
それでね、ときゅうりの調理法を女性が和歌に教えた後女性は楽しそうに店内へ姿を消した。
和歌はいろんな野菜とお肉を買ってきゅうりの詰め放題もした。
近くにいた主婦が詰め放題のやり方を教えてくれて大量のきゅうりがリュックに入った。
家に帰って二階へ上がると宵が迎えてくれた。
「お帰り。行くならついて行ったのに。」
「ただいま。宵、ぐっすり寝てたから。」
拗ね気味の宵は和歌から荷物を預かって重いと感じたのか口を尖らせた。
「楽しかったの?」
和歌の顔を見た宵は覗き込むように和歌に聞くと和歌はいつも以上に頬を赤くして言った。
「うん。でも寒かった。」
「そっか。」
ぽんと宵の手が和歌の頭に乗って撫でる。
和歌はリュックを見て思い出した。
「きゅうりの詰め放題で10本くらい買えたの。」
「え、そんなに?すごい。」
「後、“主婦友”が出来た。」
「お友達?」
「うん、主婦の。」
多くを語らない和歌に疑問を抱く宵だったが和歌が楽しそうなのを見て一緒に笑った。
和歌はリュックの中の大量のきゅうりを見せると楽しそうに話す。
「塩漬け、作ってあげる。」
二本きゅうりを取り出した和歌はピューラーできゅうりの皮を縦にシマシマに剥いた
ヘタを両サイド切り落として袋に入れる。
袋にスプーン一杯分の少し多めの塩を入れて揉み込む。コロコロ転がしたり袋の外から揉んだりしているうちにしなしなになったきゅうりを出して塩のざらつきが無いか確認した後二ミリくらいに斜めに切ってお皿に盛り付ける。
途中見ていた宵の口に入れると宵は喜んだ。
「美味しい。塩漬けってすぐ出来るんだね。シマシマに剥いたのはなんで?」
和歌は盛り付けて冷蔵庫へしまうと人差し指を立てた。
「秘密。」
「教えてよー。」
「だめ。」
クスクス笑う和歌に宵がまた拗ねる。
「デートもできなくて秘密にされるなんて…」
和歌は仕方なく笑って答えた。
「皮を剥いた所から塩が入りやすくなるの。」
「何となくわかってたけどやっぱりそうなんだ、主婦の知恵だね。」
「わかってるのに聞いたの?」
「和歌の楽しいを共有してもらいたくて…」
「面白い理由は他にもあるんだけどね。」
「え、何々、知りたい!」
「秘密。」
ソファに2人横に並んで座った。
和歌は洗濯物を見てまたクスクス笑う。
「あのね…」
ご飯屋“宵”は不定期休業。
いつ休みになるかは2人次第。
「実は入れ歯のある人でも噛みやすくする為だって教えてくれたの。」
「え、そうなの?」
また明日から10時に温かいご飯と共に優しく不思議な夫婦がお出迎えいたします。
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