元気の出るTKG

ご飯屋”宵”は今日も朝10時から。

ドアを開けると味噌汁の匂いがした。


「いらっしゃいませ。お好きな席どうぞ。」


店の店主宵が中から顔を出すとお客に声をかける。


「先生、お久しぶりです。お仕事ひと段落したんですね、お疲れ様です。」

「宵ちゃん、ありがとう。」


親しく先生と呼ばれる人は長い黒髪を後ろで束ね、

分厚い眼鏡をかけてヨレヨレの服を着ていた。


「いつもの、お願い〜。」

「かしこまりました。」


カタカタと宵が食器を出す後ろ姿を見て先生はため息をついて顎をテーブルに直についた。


「また徹夜ですか?」


その音に気がついた店主はヤカンに水を入れてお湯を沸かす。


「そー、なんだけど、ちょっと揉めちゃって。」


先生は頭を人差し指でカリカリとかいて苦笑いをした。店主は湧いたヤカンを持って急須にお茶を注ぐ。湯気が出た番茶を先生と呼ばれるお客の前に出すと一口飲んでから話し始めた。


「もっと面白いものって言われても限界があるでしょう?だから無理って言ってるのに私を天才漫画家とか思っていないことを言って囃し立ててくるの。」

「先生も大変ですね。」


慰める店主は長ネギをテンポよく切りながら先生に相槌をうつ。


「お待たせしました。卵かけご飯です。」


切ったネギをご飯の上に乗せて昆布だしをかけ

開けたご飯の穴に卵を割る。

新鮮な卵はフラフラと揺れて先生の心を揺さぶる。


「やっぱこれ!いただきます!」


テンションが上がった先生は愚痴っていた事など忘れて真剣に卵を混ぜる。かきこんだ途端ため息をついて頬を赤らめる。


「美味しい〜。」

「それは良かったです。」


喜ぶ店主は木のお椀にネギとワカメの味噌汁をカウンターに置くとすぐに先生は味噌汁をすする。


「シンプルなのに安心するこの味。」


味噌汁をまじまじと見つめる先生にお冷を出して店主は言葉を添える。


「家でも作れますよ?」


その言葉に先生は首を振った。


「ううん、ダメなの。同じ味でもここじゃないと味わえない美味しさがあるの。美人店主を見ながら食べるご飯!たまに降りてくるイケメンな人!もう、

ここなしでは生きられない!」


勢いよく言った先生は店主が苦笑いして誤解を解こうとしている姿に目もくれず黙々とご飯をかきこむとあっという間に食べ終わった。


「ご馳走さまでした!」


立ち上がってお金を渡した先生は目を輝かせて店主に手をあげる。


「なんか良い案浮かびそうだから!また来るね!」

「はい、またのお越しをお待ちしています。」


ドアを勢いよく開け、入ってきた時の猫背の先生は

ご飯を食べて見違えるほど背筋が伸びて思わず店主も食器を下げながら笑った。


「頑張ってください。」


先生の出て言ったドアに向かって小さく言う。

そして店主はまたハッとする。


「また誤解を解くの忘れた…」


2人の性別の誤解が解けるのはまだ先の話だと仕方なくため息をつくとトントントンと軽快な階段を降りる足音が聞こえてきた。


「おはよう。和歌。」

「おはよう、宵。手伝うよ。」

「うん、お皿拭くのお願い。」


そんな新米夫婦が経営するかご飯屋”宵”は

今日もドアの向こうで味噌汁とご飯の匂いと一緒に

美人店主とイケメン旦那(?)がお待ちしております。

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