幸せの散らし寿司

街のご飯屋さん”宵”はドアの前に”本日急遽休業致します。”の看板がぶら下がっていた。

でも扉の向こうは沢山の声で賑わっていた。


「宵ちゃーん!見て見て!」


幼い少女は二階から階段を駆け下りながら店主である宵を呼んだ。店主はキッチンに立ち何やら妻である和歌と作業をしていた。


「んー?なあに?」

「ほらこれ!」


くるっと回った少女は新しく買ってもらったのかフリルの沢山付いたアニメに出てくるようなスカートを履いて頬を真っ赤に染めていた。


「可愛いね、花ちゃん。」

「うん!ママが宵おじさんに見せておいでって!せっかく可愛いんだからって!」

「と、とっても素敵!でも宵おじさんはやめて…」

「どうしてー?」

「だってまだ僕21歳だから…」

「ふうん。宵ちゃんはおじさんやならわかったよ!

宵ちゃんは”宵ちゃん”って呼んであげるー!」


“花”と呼ばれた少女はにっこり笑ってまた二階へと駆け上がっていった。

店主は思わずため息をつく。


「和歌…おじさんって立場でもおじさんに見えないよね…?」

「当たり前。私だっておばさん。」


苦笑いを浮かべる和歌は大きなタライ型の木の容器にお米を沢山入れて団扇で扇いでいた。

店主は卵を薄く焼いたものを丁寧に細く切っていた。


「和歌、ご飯冷めた?」

「うん、もう盛り付けできるよ。」

「じゃあ盛り付けするよ。」


色とりどりの小皿をご飯の周りにおいて2人はビニールの手袋をした。


「あれ、桜でんぷん?」

「うん。僕の家はいつも入れるんだ。黄色とピンクで可愛いからって祖母からの教え。」

「確かに、可愛い。」


和歌は事前につけ戻しておいたしいたけとタケノコをご飯の上に散らしながら店主に聞くと、

店主は細く切った卵と桜でんぷんを散らしながら答えた。中心に細く切った海苔を乗せて周りには小さくちぎった三つ葉をオシャレに盛り付ける。

その上に星の型でくり抜いた茹で人参を乗せる。


「完成!可愛い。」


ニコニコする和歌に店主は散らし寿司を持って

言った。


「花ちゃんの所持って行こうか。」


二階へ上がると店主宵の姉が息子におっぱいをあげて旦那はその双子の娘をあやしていた。長女の花は

今日で4歳になる。テーブルには唐揚げやエビフライの揚げ物と大きなチョコレートケーキに4本のロウソクがささっていた。


「電気消すよー。」


宵の姉が電気を消すと4本のロウソクが揺れる。


「ハッピーバースデートゥユー・ハッピーバースデートゥユー・ハッピーバースデーディア花ちゃん〜

ハッピーバースデートゥユー」

「花ちゃんふーして。」


ロウソクが花の息で消された後電気が付き盛大な拍手が花を取りまく。いつしか双子の赤ん坊も泣き止み笑っていた。


「花、4歳になった!」

「おめでとう、はい、みんなからプレゼント。」


渡されたプレゼントは少女アニメの変身グッズで

履いているスカートと同じようだ。

プレゼントをすぐ開けてくるくる回る花を

花の父が座らせる。店主の宵はケーキを切り分けて和歌は散らし寿司を小さく取り分ける。


「和歌ちゃん、散らし寿司美味しいよー!」


花が2人の作った散らし寿司を見て興奮気味に言うので和歌はびっくりした顔で花をみる。


「う、うん。美味しいってわかるの?」

「うん!だって桜が付いてるもん!」


店主の宵がまぶした綺麗な桜でんぷんを花は指差して和歌に説明する。


「これね、花のおばあちゃんがいつも作ってくれるご飯なの!お祝いの時いつも食べるんだよ!」


興奮気味の花に和歌は固まっているのを見た店主の宵は花を膝に座らせた。


「花これ好きだよね、お星も一緒に食べようか。」

「食べるー!」


和歌が取り分けた散らし寿司を店主の宵は受け取り花に食べさせると花は幸せそうな顔をした。

そばで見ていた花の両親も安心して笑い散らし寿司を頬張る。和歌はそれをずっと見つめていた。

店主宵の姉家族が帰り誕生日パーティーの片付けを一階のキッチンでしていると髪を下ろしていた店主の宵が言った。


「和歌、楽しかった?」

「うん。初めて大勢の人とお家でご飯食べた。」

「またやろうね。」

「うん。」


お皿を拭く和歌は店主の宵から皿を受け取り次々と拭く。楽しかったと言う言葉とは裏腹に和歌は少し寂しそうに笑っていた。


「和歌、これから僕達も家族作っていこう?」

「…うん。なれるかな。宵のお姉さんみたいに。」

「きっとなれるよ。大丈夫。」


いつのまにか洗い物を終わらせて手を拭いていた宵は和歌の頭をポンポンと撫でた。

和歌はじわりと出た涙を腕で拭き宵に笑いかけた。


「おじさんになる前に、ね。」

「気にしてるのに!」


夕方、お昼に残った散らし寿司を2人で食べた。

その夜、ご飯屋”宵”の二階の明かりは遅くまで

灯っていた。






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