五段階のカレーライス
その日、ご飯屋”宵”はカレーの五段階チャレンジをやっていた。
元々は普通にカレーを売っていたのだが毎日だと余ったルーがもったいないので売り切れるよう限定食にしてさらに辛さを選べるようにしていた。
1番奥の席は激辛カレーで手前が一段階の甘いカレーを食べているお客さんが座る。
列はお店の外まで続き大繁盛していた。
「不定期のカレーライスは外せないよなあ。」
「1ヶ月に1回逃したら来月までって中々きついですよね。」
「そうなんだよ、ここのカレー、中毒性あるんだよなあ。」
ほとんどは仕事の昼休憩のOLやサラリーマン、
時々時間外れにショップ店員の人が訪れる”宵”は
一段とサラリーマンで溢れて、熱を帯びていた。
まだジリジリ暑い中袖をまくってがっつくお客の前で和歌は大忙しだった。
前日から仕込んだカレールーを一人前よそって、
段階に合わせてスパイスと辛さを足す。
ゴロゴロと入った野菜はほくほくと味が染みていてルーでツヤツヤしていた。食器を洗いながら注文を受ける店主も米を研いだり福神漬けを足したりと
ワタワタしていた。
「まあ、なんといってもほとんどの目当ては美人店主だよなあ。」
「でもなんで奥さんが店主なんですかね?」
「そりゃお前、ここが奥さんの親の店だったからとか色々あるだろー、こんだけイケメン美人そろっていりゃあ。」
「たしかに。」
外で待つサラリーマン達は窓から見える2人をのぞいて勝手な想像を膨らませては暇つぶしをしていた。近くのOL女性陣も和歌の顔を見ては過ぎ見ては過ぎ、結果並ぶほどだった。
「汗拭ってカッコいい…」
「カレーなら食べれるわ、並びましょう!」
回転の早い店内以上に店の外は賑わっていた。
三時を過ぎお客の足が途絶えた頃、2人は疲れ切っていた。
「カレーの日は戦争だよね。」
水の入ったコップをおでこに当てる和歌は顔を真っ赤にしていた。さらに店主の宵も洗い物をしながら苦笑いを浮かべた。
「でも和歌のカレーをこんなに楽しみにして来てくれるお客さん見たら頑張れるよ。カレーは和歌の得意料理だもんね。」
「まあ、本格的。企業秘密だけど。」
「留学先で本場を見ただけあるね。」
幼い頃、和歌は父の仕事でインドへ行くことがありそこで本場のカレーを見たと付き合う前に自慢していた和歌を思い出して店主は笑う。
それが恥ずかしいのか和歌はコップの水を飲み干して店主に渡した。
「カレー少し残ってるし。キーマカレーにする?」
「うん、食べたい。」
軽く炒めた挽き肉に残ったカレーを入れ少し水分が飛ぶまで炒めた後すぐご飯にのせて盛り付けた間に穴を開ける。卵の卵黄だけをその穴に入れて残った卵白をボウルに移して店主に渡す。
店主らラップをボウルにして冷蔵庫で冷やす。
「いただきます。」
2人は遅めのお昼ご飯を勢いよくかきこむ。
「ん〜和歌、美味しい。」
「よかった。」
「残った卵白でお菓子作るよ。」
「楽しみ。」
お店のカウンター、誰もいない店内で2人並んでキーマカレーを口に運ぶ。
後から来る辛さもルーのしみたホクホクの野菜も
どれも口に入れるたびに2人は笑顔になった。
「来月は五段階にしないでキーマカレーでもいいかもって思ってるんだけど…」
スプーンを止めた和歌は店主の方を向く。
汗を拭って笑った店主は和歌の頬についた米粒を取って言った。
「うん、いいと思うよ。イケメンシェフ。」
「もう、聞こえてたんでしょ?」
「ちょっと僕も妬けちゃうなー。」
「モテる対象がお互い同性だけどね。」
「今度裸エプロンしてみようかな。」
まじめに考える店主に和歌は肩をバシッと
叩いて突っ込んだ。
「通報されるか店潰れるからヤメテ。」
「これでも筋肉あるのに…」
腕をさする店主に和歌は叩いたところを撫でながら
質問した。
「髪、切らないの?」
店主はお団子を解いて髪の毛先を撫でる。
「うん、切らない。だって和歌が褒めてくれた
髪の毛だもん。あ、でも。」
「でも?」
「結婚式前は男前に切った方がいいよね…?」
悲しげに質問し返す店主に和歌は立ち上がって髪を撫でた。
「髪なんてまた伸びるのに。でも、宵の好きなようにしていいよ。」
2人はまだ結婚して間もない新婚さん。
2人にしか知らない物語りも、これからたくさんある新たな物語りもこのご飯屋”宵”で。
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