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「……ユウ、正気? もしかしてさっきの戦いで、頭でも打っちゃったの?」

 きょとん、と呆気に取られた間抜け面でこちらに振り向くリンが首を傾げて問いかける。ユウの言っていることがあまりにも突拍子もなさすぎて、幻聴だと思いたかったのだが。しかし当のユウ本人と回答といえば「俺は至って正気だ」と、いつもと変わらない仏頂面で断言する言葉だった。

「残念だが、君の腕前では一二機を一気に相手取るのは不可能だ」

「馬鹿にしないで」

「馬鹿にしてるワケじゃない。ただ、客観的に見た事実を述べたまでのことだ」

「なら、貴方にならそれが可能ってワケ?」

 呆れ返った顔で言うリンのそんな問いかけに、やはりというべきかユウは至極当然といった調子で「可能だ」と即答してみせた。するとリンは「冗談じゃないよ」と大袈裟すぎるぐらいに肩を竦め、

「本当に頭でも打って、おかしくなっちゃった? それとも、単なるPAマニアが好奇心で言ってるだけかしら」

「ただのマニアなら、今頃実戦の雰囲気に怯えきって、小便でも漏らしている頃合いだ」

「だったら、まさか自分がプロフェッショナルだって言いたいの?」

「逆に、そうじゃないとでも思うか?」

 ひとしきり大袈裟に肩を揺らした後で、猜疑心に揺れるリンは言われるともう一度、彼の方に振り返った。

 そこにあったのは、彼の……ユウ・ガーランドの顔だ。今ではすっかり見慣れてきた、心が死んでいるような仏頂面。死んだ魚みたいに虚無を湛えた双眸の目元にはうっすらと消えないくまが浮かんでいる。

 そんな彼の双眸、揺らぎのない蒼い瞳の中に、リンは確かに垣間見た。ただただ虚ろで、色のない虚無のような瞳の中に。そこに並々ならぬ闇の色と、ただならぬ説得力を……確かにリンは、感じ取ってしまったのだ。

「選べ、リン・メイファ。多勢に無勢で無謀な戦いを挑み、俺たち二人で無様に犬死にをするか。それとも俺を信じて、見えない明日と奇跡って奴を手繰り寄せる方に賭けるか。俺たち二人が取れる選択肢は自棄ヤケか博打か、二つに一つしかない。

 ――――選んでくれ、リン。どのみち俺たちは一蓮托生だ。君がどちらを選ぼうと、俺は君の意思を尊重する」

 そして、最後にユウの言い放ったそれこそが。何処か自分に対する意趣返しめいたその言葉こそが、リンに決意させ、そして同時に彼の言葉を信じてみる根拠となり得た。

「……分かったよ、私の負け。悔しいけれど、ユウの言う通りだよ。確かに一二機を私ひとりで相手にするのは無理、絶対に無理。正直言っちゃうとね、さっきからユウをどうやって逃がそうか、そればっかり考えてたもの」

「逃げたところで、どうせ俺に行く場所なんてない」

「治安部隊に追われてる今なら、尚更ってこと?」

「その通りだ」

「……ふふっ」

 真顔で答えたユウに、リンは小さく笑う。それに「何がおかしい?」なんて風にユウがきょとんとすると、リンは彼に対し「やっぱり、ユウって面白いヒトだなって思っただけ」と、柔らかな笑顔で返した。

「いいよ、どうせこんな最低最悪の局面だからね。貴方に賭けてみるよ、ユウ・ガーランド」

 リンが頭に着けていたヘッドセットを脱ぎ、それを手渡されると、受け取ったユウは彼女に対して小さく頷き返した。

「――――了解した」と。

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