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 接近する敵機の反応に、狭いコクピットではけたたましく警告音が鳴り響く。あまりのやかましさにリンが「うるさいな……分かってるよ!」と吐き捨てても、接近警報は鳴り止まない。五機の敵PAが迫り来る気配に、リンは緊張からか無意識に生唾を呑んでいた。

 それから十秒と少し後、遂に敵機が姿を現す。一ブロック先の交差点から滑り込んで来た敵機は、白黒のカラーリングに治安部隊のマーカーを貼り付けたPA……第五世代機のJPX-45≪翔雷しょうらい≫だ。幾ら警察機構の機体といえど、流石に真っ赤なパトランプは着けていなかったが。どうやらIFFに反応のない五機はやはり、治安部隊のけしかけてきたPA部隊で間違いないようだった。

「≪翔雷≫か、厄介だな」

 と、現れた敵機を見てユウがひとりごちた。向こうも旧式といえど、二〇九〇年代の鎖国直前にロールアウトした機体だ。古くても、性能の面ではあきらかにこちらの≪飛焔≫に勝っている。機体性能で差を付けられている上に多勢に無勢となると、予測出来ていたことといえ分の悪い勝負であることは否めない。

「でも、やるしかないでしょ?」

 だが、そんな不利な状況下でも、リンの眼から闘志の炎は失われていなかった。少しの緊張感こそ垣間見えるが、それでも雰囲気は新兵のそれではない。ある程度の自信を秘めた声を前に、ユウは「だな」とだけ短く返す。背の高いビルの陰に隠れた機体の、狭いコクピットの中。短い付き合いの二人の間には、それでも確かな信頼関係が生まれていた。

「で、どう攻める?」

「どうもこうも、頭を使ってやるしかないよ。この辺はある程度の土地勘があるから、地の利はある程度こっちにある。

 ……大丈夫、上手くやってみせるよ」

 リンはニッと微笑んで言うと、すぐに微笑みを崩し表情を強張らせたものに戻してしまう。彼女の全神経はもう耳に、機体の外部音響センサ越しに聞こえる、敵機の近づく足音にだけ注がれていた。

 そして足音がかなり近くなったとき、リンと≪飛焔≫は遂に動き出した。

「そぉら、びっくり箱よっ!」

 ギリギリまで引き寄せたタイミングで、リンの≪飛焔≫は身を潜めていたビルの陰から一機に飛び出し、二機の≪翔雷≫の前に躍り出る。とすると、リン機は飛び出しざまにアサルトライフルを撃ち込んだ。

 完全な奇襲だった。しかし向こうもそれを警戒していたのか、深紅の≪飛焔≫が飛び出してきたのを見るなり、すぐにバッと飛び退いた。リンがアサルトライフルから放った二十ミリ砲弾は敵機に掠りこそしたが、しかし被害のほどといえば塗装の塗膜を少しばかり頂いた程度で。撃破までには至らないまま、≪翔雷≫二機はすぐにローラーダッシュを使い、方々に分散しリンから距離を取り始めた。

「チッ!」

 それを受け、リンは大きく舌を打ちつつも同じくローラーダッシュで後退し始める。奇襲が失敗した以上、長居は無用だ。一旦距離を置いて、また敵の出方を見る必要がある。

「さてと、どうしようか……」

 一旦大通りを避けて横丁の方に引っ込むと、リンは敵の次なる動きを予測し始める。後退した敵機は一ブロック先の交差点に陣取り様子を窺っていて、こちらも距離はそう遠くなかった。

 思案すること、十秒と少し。リンは意を決すると機体に向きを反転させ、ローラーダッシュで大通りとは真逆の方向に駆け出す。網目のような横丁を縫うように超高速のローラーダッシュで火花を散らしながら駆け抜けて、目指すは敵の背後だ。この状況、数もPAの質も向こうに負けているが、土地勘という一点だけでリンは勝負を対等以上の状況に引き上げていた。

「取った、後ろっ!」

 そうして横丁を抜ければ、リンの思惑通りに敵機の真後ろを取れた。ザァッと大通りの車道に火花を散らして横滑りしながら現れたリン機の場所は、丁度敵機が潜んでいた交差点の真横。交差する大通りを挟んで向こう側に一機、そして手前にもう一機が見えた。手前の方の一機に至っては、完全にこちらに背中を晒している。

 好機。リンはこの機会を逃さないといわんばかりにアサルトライフルを構える。火を噴き吠える砲口から撃ち出された二十ミリ・徹甲榴弾は、今度こそ敵機の背中を捉え刺し貫いた。

 正確にコクピットを撃ち貫く、至近からの一撃。幾らかは装甲で弾かれたが、それでも突き抜ける砲弾はあった。コクピットを焼き、中のパイロットまでをも殺し尽くせば、動きを止めないPAは居ない。コクピットを撃ち貫かれた手前の≪翔雷≫は一歩も動くことなく撃破され、ちからなく前のめりに倒れ伏した。

「させないっ!」

 そんな風に奇襲を仕掛けて来たリンを見たもう一機、交差する通りを挟んだ向こう側に居た≪翔雷≫が反撃を仕掛けようとするが、しかしリンはそれを許さなかった。

 横滑りで横丁から現れたままの勢いを利用し、ローラーダッシュをフルスロットルで回し急加速で前進。すぐに交差点を抜けると、今まさに砲口を向けようとしていた≪翔雷≫に肉薄する。

 そうすれば、リンは反撃の隙も与えずその≪翔雷≫を左腕のトンファで殴打した。踏み込みが浅く、胴体を圧壊させるにまでは至らなかったが。しかし右腕の肘関節辺りに直撃したお陰で、≪翔雷≫が武器を持っていた右腕の肘から下を丸ごと吹き飛ばせた。

 右腕を壊された≪翔雷≫はバランサが衝撃に負け、千鳥足を踏むとそのまま仰向けに道路へと倒れる。リンの≪飛焔≫はそんな仰向けに転がった敵機の前に仁王立ちをし、その足で胴体を踏みつけた。

「ごめんね」

 小さく呟いた後で、≪飛焔≫の右手の先、睨んだアサルトライフルの砲口が火を噴く。真正面の至近距離からコクピットを撃ち抜かれた敵機が沈黙するのは、当然の帰結だった。

「これで二機だ、残りは三機」

「分かってる、分かってるからユウ! 気を逸らさせないでっ!」

 と、そうやって二機目を撃破したのとタイミングを同じくして、残りの三機がリンの至近に到着する。残骸から離れたリンは現れた新手に対し、アサルトライフルを当てずっぽうに撃ちまくって牽制しつつ、ローラーダッシュで素早く後退する。

 一旦交差点を折れ、ビル陰に隠れて弾倉交換。リンはそのまま隠れたまま、まアサルトライフルを撃って敵の出方を見ようとしたが、

「チッ、向こうの方が早い!」

 三機の≪翔雷≫はそのままの勢いで既に突進を敢行してきていて。互い違いになるみたく大通りの上をジグザグにローラーダッシュで駆け抜けつつ、一気にこちらへと距離を詰めてきていた。

 敵は数で勝る優位性を利用し、リンの≪飛焔≫を囲んで叩いてしまおうという算段らしい。三機に囲まれてしまえば、もう単機での勝ち目は薄いだろう。

「冗談、やめてよね……!」

 仕方なしに、リンはそのままアサルトライフルで迎え撃った。ジグザグに走るあの≪翔雷≫たちには中々当たらないが、それでもリンの射撃の腕も中々のもので。上手く脚を貫いて転倒させると、一機を狙い撃ちにして撃破してみせた。

 しかし、残った二機には肉薄を許してしまう。迫り来る白黒のカラーリングをした敵機、振りかぶられるトンファ。リンは咄嗟にローラーダッシュを起動し回避行動を取った。

「くっ……!」

 が、それでもコクピットを強烈な衝撃が襲う。咄嗟の回避機動で胴体に貰う致命傷こそ逃れられたが、トンファがめり込んだ左肩の装甲が軽く破損してしまっていた。

 しかし、致命傷ではない。まだ≪飛焔≫は死んでいない、動ける。歯を食い縛り強烈な振動に耐えたリンは、雄叫びを上げながら操縦桿を激しく動かした。

「このぉぉぉっ!」

 左腕のトンファを展開し、破れかぶれの一撃を見舞う。振り上げる一撃は、今まさに≪飛焔≫の左肩にキツい一撃をくれた≪翔雷≫の腹にめり込んで。深紅の左腕から生える無骨な鉄柱は、そのままコクピット部分までをも下から潰し圧壊させた。窮鼠きゅうそ猫を噛む。どんな優位に於いても油断は禁物。PAパイロットの抱くべき心得を、この≪翔雷≫のパイロットは忘れていた。

「まだっ!」

 そうして強引に一機を撃破しても、リンの逆襲はまだ終わらない。今まさにトンファで圧壊させた≪翔雷≫の脇から自分の右腕を突き出させると、奥に居たもう一機目掛けてアサルトライフルを撃ちまくる。命中こそしなかったが、しかし慌てて逃げた敵は上手く距離を取ってくれた。

 この機会を逃してなるものか。リンはトンファが突き刺さったままな残骸を振り払うと、トンファを展開させたままローラーダッシュでその最後の一機を追いかける。

 強引に追いかけ、追いつき、突き放つトンファの一撃で右腕を破壊する。今度は肩口の関節部を丸ごとへし折り、右腕を丸ごと吹き飛ばした。

「これで、ラストぉぉぉっ!」

 引き抜くトンファ、そして振りかぶってから頭上に叩き付ける一撃。正中を目掛けた叩き付けの一撃をモロに喰らった最後の≪翔雷≫は、頭部ユニットは当然のこと、そこから首、更にはその下の胴体と、複合装甲に護られたコクピットまでをも圧壊させられてしまう。圧倒的質量を利用した、力任せの一撃。幾らPAの装甲といえども、この質量任せの乱暴極まりない必殺の一撃には耐えられなかった。

 コクピットまでトンファの鉄柱が到達したのだから、当然その≪翔雷≫は崩れ落ちる。足元に転がった最後の一機の残骸を見下ろし、肩で息をしていたリンは安堵の息を漏らす。

 ひとまず、これで戦いは終わった。が、そう思ったのも束の間だった。

「えっ!?」

 鳴り響く警告音、センサが捉えた新たな反応。リンは眼を見開き、後ろで全てを見守っていたユウの顔付きが険しくなる。

 ――――事態は、どうやらこの程度では終息してくれないらしい。

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