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 機体の足裏に仕込まれたローラーが凄まじいトルクで回転を始め、ローラーダッシュ機構が作動。火花を散らしながら≪飛焔≫の紅い巨体が超高速で地面を滑り、相対した三機の暴徒鎮圧ドローンに向かって突進する。

 滑走しながら、リンは≪飛焔≫に右手のアサルトライフルを構えさせた。リンが華奢な人差し指で操縦桿のトリッガーを引くのに呼応し、構えたアサルトライフルも発砲。バラ撒かれる二十ミリ砲弾に、暴徒鎮圧ドローン程度の薄い装甲では為す術もなく。ズタズタに引き裂かれタコ踊りを踊ると、まずは一機が抵抗する暇もなく無意味なジャンクへと変わり果てた。

 そんな風に一機が破壊されたタイミングで、残りの二機のドローンがやっと反撃を開始する。胴体の左右に吊した機銃が唸り砲火を瞬かせるが、しかしたかが七・六二ミリ程度のライフル弾だ。人間にとっては破壊的な威力を見せる大口径ライフル弾でも、PAの装甲には歯牙にも掛けられない。深紅の装甲に弾かれる潰れた弾頭が無意味に跳弾の火花を瞬かせる中、リンはもう一機に向かってアサルトライフルの砲口を向けた。

「その程度っ!」

 撃発の振動が、コクピットまでをも軽く揺さぶる。互いの距離が加速度的に狭まる中、リンはもう一機もアサルトライフルで破壊した。

 その後で、最後の一機と最接近。するとリンは今度は左腕を動かし、腕に装着した大きな鉄柱――トンファを展開。≪飛焔≫の左腕を乱暴に振らせると、その圧倒的質量に任せてドローンの胴体を上から叩き壊した。

 ひしゃげたドローンの装甲から、火花が散る。最後にダメ押しでトンファによる突きの一撃を喰らえば最後のドローンも吹き飛び、遠くの路上に転がると、そのまま動かなくなった。

「次――――!」

 これで、撃破数は三機だ。リンはまたローラーダッシュを再起動すると縫うように路地を抜け、大通りへと飛び出していく。突然現れた≪飛焔≫を目の当たりにした通行人たちが驚き、慌てふためいて逃げ出していくが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 火花を散らしながら車道の上を横滑りし、大通りに躍り出た≪飛焔≫の前にはもう、残り二機の暴徒鎮圧ドローンの姿があった。よちよちと歩いているようにも見える稚拙な歩行で接近する二機との距離、おおよそ二百メートル。遠いが、PAにとっては大した距離ではない。

「見えた、そこぉっ!」

 横滑りをしながら立ち止まると、リン機はそのままの格好でアサルトライフルを構え、斉射する。突然現れた≪飛焔≫の攻撃から逃れる間もなく、二機の暴徒鎮圧ドローンは二十ミリ・徹甲榴弾の豪雨に晒された。

 膝関節を折られ、機銃を破壊され、胴体装甲を容易く撃ち貫かれ。ひとしきりタコ踊りを踊った二機のドローンが壊れて車道の上に転がると、それと同時にリン機の構えたアサルトライフルの方も弾を吐き出さなくなり。雨の街にはただひたすら、タタタタッ……という空を切る虚しい音だけが響いた。

「ふぅ……っ」

 息をつき、リンは機体に空弾倉を落とさせる。大きな弾倉が足元に転がる中、トンファを仕舞った左手で手繰り寄せた弾倉をアサルトライフルに再装填させる。雨の降りしきる街の中、ネオンの退廃的な明かりに照らされた紅い鉄の肩は、その深い色合いもあってか、まるで敵の返り血に濡れているかのようだった。

「リン、これで全部だ」

 張り詰めた鉄火場の緊張が少しだけ弛緩すると、ユウがひとまず状況を脱したことを、操縦者であるリンに告げる。

「知ってる。けれど……ああもう、最悪だよ」

「最悪って、何がだ」

「どうやら治安部隊の連中、あのガサ入れにかなりの下準備をしてきたみたいね。敵の動きがあんまりにも早すぎるよ。だってもう、IFFに応答のないPAの反応が五機……うん、こっちに向かってきてるから」

 IFF、敵味方識別装置に反応のないPAということは、つまり敵であるということだ。稀に例外がなくはないが、しかしIFFに応答がない敵機の反応、しかもこんな最悪の状況下である以上、間違いなくその五機の反応は治安部隊の用意したPA部隊であることには、もう疑う余地もなかった。

「五機か、相手に出来るか?」

 ユウが問う。「難しいけど、やるしかないよ」とリンが渋い顔で答えた。

「まだ、同志たちは逃げ切れていない。敵に足止めを喰らって、思うように動けないみたいだから」

「なら、是が非でも敵のPAは押さえにゃならんってことか」

「そういうこと。やれるやれないじゃあなく、やるしかないみたい」

 全く、参っちゃうよね――――。

 参ったように肩を竦めてみせると、リンは自分の≪飛焔≫に身構えさせた。ユウがシートの後ろから固唾を呑んで見守る中、接近する敵PAの反応は、もうすぐ傍まで迫ってきていた。

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