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鋼鉄の棺の蓋が開き、そして閉じる。深紅の装甲に身を包んだ五メートルの巨体の中に二人の男女を内包し、そして閉じ込めた。
暗い閉鎖されたコクピットの中、スタンバイ状態になった計器類だけが薄く二人を照らし出す。コクピット・シートの背後にある僅かな隙間に身体を突っ込み、頭をつっかえさせながら半身を乗り出すユウに見守れながら、リンは四点式のシートベルトを締めて華奢な身体をシートに縛り付ける。
そうすれば正面や左右のコンソール・パネルにあるスウィッチ類を弾き、彼女は手慣れた風に機体の起動操作を開始した。燃料電池からの通電が始まり、計器類が光り始め、そして前方と左右を囲む三面のモニタが息を吹き返し、頭部を始めとしたカメラが捉えた外界の景色を映し始める。
そのとき、機体のセンサが治安部隊の連中が現れたことを察知していた。さっき二人が曲がってきた曲がり角を曲がり、五人の兵士と四機の治安ドローンがこの袋小路に殺到してくる。向こうはユウたちを追い詰めたと思い、それこそ舌舐めずりする勢いだったが。しかしどうやら、こちらがPAに乗り込んでいることにはまだ気付いていないようだった。
またセンサがそんな治安部隊の気配を捉えた時点で、リンが操作する≪飛焔≫の殆どの起動手順は終了していた。昔ながらの化石燃料の発動機と違い、燃料電池を主電源にしているPAは起動が早くて助かる。
「行くよ……! ユウ、しっかり掴まってて!」
握る左右の操縦桿と、足を置く二枚のフットペダル。彼女の巧みな操作を正確に受け取り、≪飛焔≫はゆっくりとトレーラーから起き上がり始めた。
膝関節ユニットが軋み、唸り。ヒトを模った身長五メートルの紅い巨人が、永い眠りから眼を覚ます。二本の脚で立ち上がった鋼鉄の棺は、その冷え切った肌を雨に濡らし。頭部カメラを低く低く唸らせた。
「ふふっ、驚いてる驚いてる……」
ニヤリと笑うリンの視線の先、モニタ越しに捉え見下ろす先では、立ち上がり姿を現した≪飛焔≫の姿を見た治安部隊の連中が、慌てふためき蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める光景があった。まさにしてやったりだ。こんなものを見せられてしまえば、思わずユウも口角をほんの少し釣り上げる。
が、治安ドローンは人間と違い逃げなかった。尚も無機質な警告音声を垂れ流すソイツらを、リンは機体が携えていた二十ミリ口径のアサルトライフルで掃討した。対空戦闘に使われる、戦闘機すら撃ち落とす二十ミリの徹甲榴弾の雨あられだ。立ち止まっていた四機の治安ドローンたちは、ほんの僅かな欠片だけを残して文字通り消え失せる。後に残るのは大きな空薬莢と、クレーターみたいな酷い弾痕の穿たれた地面だけだ。
「で、逃げるのか?」
ひとまず、これで治安部隊は追い払えた。ユウはコクピット・シートを掴みながら、身を乗り出してリンに問う。するとリンは「そうしたいのは、山々だけれどね」と首を振り、やんわりとその選択肢を否定した。
「でも、仲間たちを見捨ててはおけない」
「仲間……さっきのバーに居た連中か」
唸るユウに、リンは「そう」と小さく頷く。
「こっちがPAを出した以上、治安部隊も私たちを無視できないはずだよ。だから必然的に、敵の眼はこっちに向く。私たちが囮になって、同志たちが逃げる隙を作るの」
「……
疑問符を浮かべるユウに「一応はね」とリンは肯定の意を返した。
「それより、巻き込んじゃってごめんなさい。でも、あの時はああするしか他に選択肢がなかった」
「過ぎたことだ、今更仕方ない。……それより」
「ええ、分かってる。反応は五つ……ああ、もうっ。流石にドローンは出てくるのが早いか」
機体のセンサが捉えた反応をリンと眺めながら言葉を交わしていると、その内に二人の乗る≪飛焔≫の目の前に治安部隊の増援、三メートルの大型ドローンが姿を現した。数は三機、どれも鳥の脚みたく逆向きに折れた膝関節を持つ暴徒鎮圧型のドローンだ。
「悪いけれど、ユウ。覚悟を決めて」
操縦桿をぎゅっと握り締めてリンが言うと、ユウは「覚悟なら出来てるさ」とシート越しに答える。
「もう、七年も前にな」
「なら、しっかり掴まってて――――!」
リンがフットペダルを踏み込み、深紅に染め上げられた鋼鉄の巨人が鉄の軋む唸り声を上げる。リン・メイファとユウ・ガーランド、二人分の
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