第二章:パーソナル・アーマー

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 破壊され倒れるドローン、雨の中を揺らめく硝煙。華奢な指に握り締められたポリマーフレームの自動拳銃、FNX-45。足元に転がった四発分の空薬莢に一瞥もくれず、リンは眼を見開き驚くユウの方に小さく振り返った。横目に視線を突き刺す彼女の瞳は、確かに暗い虚無の色を湛えた、戦士のそれだった。

「リン、君は一体……」

「話は後、とにかく行くよっ!」

 至極当然なユウの疑問に答えることもなく、またその暇もなく。リンは驚いて立ち尽くす彼の手を強引に取ると、また踵を返して路地の奥へと走り出した。

 拳銃を持たない彼女の左手が、自分よりもずっと体温が低くて冷たい手のひんやりとした感触が、雨水に濡れた肌から伝わってくる。そんなリンの手に籠もるちからが少しだけ強かったのは、どうしようもない焦りが故なのか。

(とにかく、今は彼女を信じるしかない)

 成り行きといえ、自分も治安部隊に追われる身となってしまったのだ。疑問は山のように積み重なっているといえ、まずはこの危機的状況を脱することが先決。そう思うとユウは黙ったまま、手を引く彼女に従うことに心を決めていた。

「リン、後ろからまたお客さんだ!」

「ああもう、鬱陶しいっ!」

 そうして走り出せば、すぐに更なる追っ手がさっきのドローンの残骸を踏み越えて追いかけてくる。今度はドローン二機に兵士二人だ。こちらが銃を持っていることは既に残骸の様相で察したのか、兵士たちは警告もなしに豊和28式を構え、セミオート(単射)で撃ちまくってくる。

「追ってこないでってのに!」

 走る二人の周囲を六・五ミリ・クリードモアの小口径ライフル弾が空を切って飛ぶ中、リンは小さく舌を打つと振り返り、走りながら後方に向かって自分のFNXを撃ちまくる。ロクに狙いも付けない当てずっぽうの射撃だったが、それでも牽制ぐらいにはなった。兵士たちは反撃に勢いを削がれ追いかける脚を動かせず、彼らとリンたちの距離は加速度的に遠ざかっていく。

 そうして銃撃戦を繰り広げながら、何度も角を折れて走り抜けた先。二人が辿り着いた暗く湿った路地裏のそこは、完全に袋小路となった行き止まりだった。

「……どうするつもりだ、リン」

 完全に退路は塞がれ、そして今来た方からは治安部隊の追っ手たちの足音が加速度的に近づいてきている。そんな状況に少しの焦りを覚えながらユウが問うと、しかし「予定通りだよ」とリンは答える。そう言った彼女の横顔は、確かな自信に満ち溢れていた。

 リンはユウを連れて、袋小路の隅に停まっているトレーラーへと駆け寄った。割に大きなそのトレーラーの荷台付近に近づくと、リンは慣れた手つきで被せられていた目隠しの覆い布を剥ぎ取る。

 すると、そこにあったのは。荷台の上に横たわっていたのは、深紅のロボットだった。

「これは……PAか?」

 パーソナル・アーマー――――。

 頭文字を取って、専らPAと呼ばれるそれは、二〇二八年に登場してから加速度的に戦争の在り方を一変させた人型のロボット兵器だった。

 中でも今ユウの目の前、トレーラーの上に横たわるそれは、≪飛焔ひえん≫という日本製の古い機体だったか。型式番号はJPX-31。鎖国前、二〇七二年に初号機がロールアウトした、完全国産の第四世代機だ。

 ちなみに余談だが、二一四五年の現在で最先端とされているのが第七世代のPAだ。故に、この≪飛焔≫は凄まじい型落ちということになる。年式や程度にもよるが、少なく見積もっても五〇年。下手をすれば七〇年落ちのとんでもない骨董品であることは確実だった。

「ユウ、乗って!」

 リンはそんな深紅のPA、≪飛焔≫の紅い装甲を慣れた手つきで胸部までよじ登ると、首元の前面にあるコクピット・ハッチを開いた後で振り返り、ユウに向かって叫んだ。

「正気か!? こんな街中でPAを――――」

「だったら選んで! 私に生命いのちを預けて一緒に戦うか、それとも治安部隊に捕まるか!」

 雨の中、リンが叫ぶ。トレーラーの足元から見上げるユウに向かって、雨に打たれながら。彼女の琥珀色をした双眸は、選べと。確かにそう、ユウに向かって告げていた。自分と来るか、それともこの街の中で生きた死人で在り続けるか。そのどちらかを、選べと。

「選択の余地はない、か……!」

 治安部隊に捕まるという選択肢はない。つまり、最初から選べる選択などひとつだけだ。

 ユウはリンの後を追って、同じように慣れた手つきで深紅の装甲をよじ登ると、彼女とともに手狭な≪飛焔≫のコクピットへと飛び込んだ。

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