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 しめやかな雨の降りしきる裏路地を駆け抜ける二人と、近づく追っ手の気配。逃げながら、駆けながら。ユウは前を往くリンとともに、必死に逃げていた。

 が、あるタイミングでのことだった。二人は偶然にも目の前に滑り込んで来たスクーター小僧に道を阻まれ、勢いを削がれ立ち止まってしまう。すぐにそのスクーター小僧は何処かに逃げていったが、僅か数秒の静止でも二人にとっては命取りだった。背中越しに伝わる追っ手の気配が、さっきよりも格段に近くなってきている。

「こっちっ!」

 と、リンはまたユウの手を引いて路地を折れ、狭く暗い細道へと彼を誘う。

「ユウ、少し下がってて!」

 とするとリンは立ち止まり、振り返り。ユウを庇うように彼の前へと躍り出ると、たった今二人が折れてきたばかりの曲がり角から現れた治安ドローンと正対した。

 そうすれば、リンの右手が烈火の如き速度で閃く。ジャケットの裾でバレないように隠し、スカートの腰に帯びていたホルスター。そこに差さっていた大柄な自動拳銃を抜き、一切の迷いなく彼女はそれを構えた。

 ――――FNハースタル社製・FNX-45タクティカル。

 ささやかな街灯の明かりを吸い込むような黒をしたそれは、ベルギー製の古い四五口径の自動拳銃だった。

 リンは親指でFNXのサム・セイフティを押し下げると、慣れた手つきでそれを構える。左手も添えない、右腕一本で支えるラフな構え。彼女の細い腕ではとても四五口径の反動を受けきれなくも思えたが、しかし可能だと思わせるほどの説得力が全身から、そして何よりも目付きから滲み出ていた。

「君は――――」

 戸惑うユウの言葉も半ばに、リンは唐突にFNXの引鉄ひきがねを引く。雨の路地裏に、四五口径の重くやかましい銃声が何度も木霊する。

 そうすればユウの、そして何よりもリンの見る視界の端で、フルメタル・ジャケットのラウンドノーズ弾頭にボディを砕かれた治安ドローンが残骸と化し、倒れる光景が映る。カメラ部分に一発、胴体に三発。治安ドローン程度なら拳銃弾で貫通できると知った上で、その上で確実に機能停止を狙った手際の良い早撃ちだった。

 硝煙の匂いが、降りしきる雨の匂いに混じって仄かに漂う。小さく煙を吐く銃口を気にも留めないまま、残心のように小さく息をつく。そんな彼女の後ろ姿を、横顔から垣間見える瞳の色を目の当たりにしたとき、そのときになってユウは漸く全てを察していた。

 ――――彼女が、リン・メイファが確かに戦士であることを。





(第一章『濡れる錆鉄の肩と戦女神の瞳』了)

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