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「動くな! 静かに両手を挙げろ!」

 怒号とともに、しめやかな雰囲気の漂っていたバーの中は一機に凍り付いた。

 乱暴に蹴破られた扉から殺到してきたのは、公安局の治安維持兵たち。スマートなスタイルをした豊和28式の自動ライフルの銃口がバーの客や店員たちを睨む中、兵たちの傍では「こちらは公安局です。速やかに指示に従ってください」と無機質な警告を垂れ流すだけの、こけしのような形をした保安ドローンたちが肩を寄せ合っている。

 兵士たちの持つ豊和28式自動ライフルと違い、こけし型の保安ドローンたちに殺傷能力はない。強いて言えば強力なテイザー・ガン、飛ばした電極を突き刺して強烈な電流を流す遠隔式のスタンガンが、酔った身体を文字通り痺れさせてくれるぐらいだ。

 それでも、兵たちと構える銃口の威圧感に気圧けおされ、バーの中の誰も彼もが凍り付いていた。マスターやバーテン、僅かな客たちと、そしてユウでさえもがどうしたものかと対応に困って硬直していた。

「…………」

 しかし、たった独りだけ。隣に座るリンの眼光だけは鋭く、それこそ獲物を前にした猛禽類のように鋭くなり始めていた。危険なほどに、研ぎ澄まされた刃を思い起こさせるほどに、彼女の纏う雰囲気は加速度的に尖り始めている。

「ああもう、こんなに早く嗅ぎつけられるなんて」

 と、リンが囁くような小声で独り毒づいた。困惑するユウは同じく小声で「……リン、なんだこの状況は?」と問う。

「説明は、後だよ」

 その問いに答えるみたくリンが言った途端、凍り付いていた状況は一瞬の内に過熱し、そして動き始める。

 カウンターの奥に立っていたバーのマスターが、カウンターの下に隠していた自動拳銃――グロック19を隙を見て取り出し、それを治安部隊に向かって発砲したのだ。無煙火薬の乾いた銃声が落ち着いた雰囲気のバーに木霊したのとほぼ同時に、リンがユウを床に押し倒して庇った。

 覆い被さるような彼女の華奢な肢体に床へと引き倒されたユウが見たのは、唐突に撃ち放たれた9ミリパラベラムの拳銃弾を喰らい、治安部隊の兵が事切れて倒れる瞬間。そして、たった一発の銃声を皮切りに始まる、銃撃戦の光景だった。

 撃たれた最初の一人を庇うようにして他の治安維持兵たちが躍り出て、自動ライフルを発砲し。それに応戦するマスターと、同じように店のあちこちに隠していたショットガンやら拳銃やらを取り出して、それに対抗するバーテンたち。悲鳴を上げながら伏せたり逃げたりする客の中には、流れ弾を喰らって倒れる者も居た。

「……冗談抜かせ。デッドウッドの酒場に迷い込んだ覚えも、イーストウッドの世界に飛び込んだ覚えもないぞ」

 突然始まった治安部隊とショット・バーの店員たちとの銃撃戦に、ユウはただただ皮肉めいた言葉を虚空に打ち上げる。こうでも言っていないと、本当にやっていられない気分だった。

「此処は俺たちで引き受けるから、リン! お前は先に裏から出ろ!」

「分かったよ、恩に着る!」

 と、その間にもリンは撃ちまくりながら叫ぶバーのマスターと意思疎通を交わし、そして立ち上がると、床に伏せったままなユウの方にそっと手を差し伸べた。

「行くよ、ユウ!」

「……行くって、何処にだ?」

「何処でも良い!」

 絶え間なく反響する銃声に負けじと、リンが叫ぶ。ほっそりとした長く白い指先を、招くようにユウの方へと差し出しながら。

「けれど、貴方が今の世界に……今の自分に不満を、違和感を感じているのなら! 私の手を取って、ユウ・ガーランドっ!」

 ――――世界に、自分に不満を、違和感を感じているのなら。

 その言葉に、ガラにもなく感化されてしまったのか。それとも、無意識の内に思うところがあったのか。気付けばユウは、差し伸べてくれていた彼女の手を自然と取っていた。二度と違えられぬ契約の証と言わんばかりに、リンの手を強く強く握り返して、ユウは転がっていた身体を彼女に引き起こされる。

 そしてリンに引き起こされるまま、連れられるがまま。ユウは走る彼女に手を引かれ、裏口からバーの外へと連れ出されていった。暗闇の路地裏を抜け、横丁へと紛れていく中。後を追う治安部隊の気配を、確かに背中の向こう側に感じながら。

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