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 ユウ・ガーランドが自宅にしている高層マンションの一室に帰り着いたのは、明け方頃。既に空は明るく、東の空に日が昇り始めているような時間のことだった。

 施錠されていた玄関扉を開け、雑に靴を脱ぎ捨てて。ふらふらと覚束ない足取りでワンルームに近いような間取りの部屋を歩けば、着替えもせずにベッドへだらしなく転がり込む。ベッドスプリングの反発力に出迎えられると、酔った身体がふわふわとした感覚を覚える。

 そうしてだらしなくベッドに転がりながら、ユウは何気なく傍にある窓の方を見た。下がったブラインドの隙間から漏れて差し込んでくる朝日と眼が合うと、そのまぶしさにクッと顔をしかめる。輝かしく、希望に満ち溢れた朝の陽光は、今のユウには眩しすぎた。

「朝、か」

 こうして……マトモな形ではないにしろ、朝日を眺めるのはユウにとって、一体どれぐらい振りだっただろうか。いつも出歩くのは夜ばかりで、こうして朝を迎えることは珍しかった。雨上がりの朝日は、眩しすぎるほどに煌めいていた。

 ……ユウ・ガーランドが国防軍を退役して、もう五年の歳月が経つ。あれからの五年で、今日出くわした朝日は一番眩しく、そして輝いているようにも思えてしまう。

 あれから五年、ユウはずっとこうしてこの部屋で一人、退廃的で孤独な生活を続けていた。別に働いてもいないが、軍から支給された今までの給金も殆ど手付かずのまま残されているし、それに毎月振り込まれる軍人年金も結構な額だから、生活には苦労していない。

 ユウは謂わば、社会からのドロップアウターだった。今の狂った社会の外側に立ち、ただただ横たわり、こうして自堕落な生活を続けているだけの、爪弾き者。苛烈な戦場で心を病み、生きる意義を見失った彼に取れる生き方はそれしかなく、またそんな生き方が『ユグドラシル』の大いなる判断を以てしても許されている。それだけの働きを、功績を、ユウは軍人時代に積み上げてきていた。自分の意志でなくても、数百数千の屍を積み上げた結果だとしても。その事実は、変わらない。

 東南アジアの戦場で、熱砂と灼熱のジャングルで。ユウはこの世の醜悪を煮詰めたような光景を、ありとあらゆる凄惨を目の当たりにし、そして自らの手でもその片棒を担いできた。自分の心が病んでいくのを、一秒ごとに壊れていく音を聴きながら、それでもユウはやめられなかった。手を止めれば、死ぬのは自分だと分かっていたから。

 だからこそ、かもしれない。これほどまでに空虚な感覚を抱き続けているのは。胸にぽっかりと穴が空いたような、こんな感覚をこの五年間……いやもっと長い間、抱き続けている理由わけは。

 ――――虚無。

 そう、喩えるならこの感覚は、虚無だ。失ったのはきっと、生きる気力と意味と、そして目的。これではまるで死人と変わらないじゃあないか。死体が息をして、死体が歩いているのと何ら変わらない。矛盾した言い方かもしれないが、今の自分は生きる死体も同義だった。

(何の為に生きているんだろうな、俺は)

 まるで、死んでいるみたいだ。死んだように、今をただ無為に生きている――――。

 フッと自嘲めいて笑うと、瞼を腕で覆い、ユウは睡魔に負けて眠りに落ちていく。今日も孤独なままに、どうしようもないほどの渇きと虚無を抱えて……。

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