邂逅

 少年の瞳は、鮮やかにその背景を焼き尽くした。

 夕立が通り過ぎた境内は、既にひぐらしの鳴き声で埋められていた。参道は色味を増し、その脇に咲く彼岸花は雫で飾られている。急な雨に追われくぐった鳥居の近くで、狛狐が一対、静かに佇んでいる。

 しかし、おれの目にはもう、その少年しか映っていなかった。

 小さな音を立てて、通勤用の鞄が手から滑り落ちる。

 濡れたワイシャツと前髪は肌にへばりついている。背中に汗が滲む。朝つけた香水など、とっくの昔に消えている。ひょっとすれば無精髭すら生えているかもしれない。

 決して他人に見せられる容姿ではなかった。

 それすら、気にならない。

「……君、は」

 ようやく絞り出した声が裏返る。

 ひぐらしも参道も彼岸花も、少年の夕陽色の瞳の前ではただのモノクロームにしかなり得ない。

 赤い鼻緒の下駄。狩衣にたっつけ袴と、いかにもこの場所に合わせたかのような装いで立っている。

 肌は白く、髪の色素も薄い。

 そして、一目でこの世の人間ではないと分かる狐耳と大きな尾。

 まるでおとぎ話の挿絵から抜け出してきたかのような少年は、おれを見てにっかり笑った。

 否、とおれは唇を噛む。

 昔は、尖った耳もしっぽも無かったはずだ。少なくとも、おれには見えなかった。

 服だって普通だった。パーカーにジーンズを合わせ、少し大きなサンダルを履いていることが多かった。

 それに、彼はもっと無邪気に笑う少年だった。大口を開けてげらげら声を上げる、そんなやつだったはずだ。

 おれの弟分で。

 いたずら好きの食いしん坊で、よくコンビニのチキンをねだる子どもで。

 おれが唯一、「なぁ少年よ」と大人ぶれた相手だった。

 少なくともこんな風に、寂しげに笑えるやつじゃあ、なかったはずだ。

 しかし、その目はちっとも変わっちゃいなかった。

 夏の夕暮れのような虹彩は、おれを縛り付けたまま離さなかった。

 どころか、その背丈も幼い顔立ちも、何もかもがあの日のまま止まっていた。

 彼は、おれの記憶とまったく同じその声で小さな笑い声を上げると、口を開く。

「ーーもう、昔みたいに『少年』って呼んではくれないの? にいちゃん」

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