第76話
◇◆◇
――一年後、連合国と西の魔王国、国境付近――
「あ、きたきた。久しぶりですね、シェルドくん!」
元気な声を上げる一人の少女。北の勇者アルカである。彼女の挨拶に、東の勇者シェルドもまた大きな声で答えた。
「お久しぶりです、アルカさん!」と言いながらシェルドはアルカの手を取る。
「聞きましたよ、アルカさん!? 人間なのに北の魔王になっちゃったらしいじゃないですか!?」
「ふっふっふっふ。そうなのですよ。私は北の魔王なのです」と誇らしげに胸をアルカは胸を張る。『なんで誇らしげなんだろう』とシェルドは思いながら、アルカに尋ねる。
「大丈夫なんですか、周りは魔族ばかりなんでしょう?」との問いかけにアルカは杖を掲げて答えた。
「大丈夫ですよ。私にはこれがあるんですから!」と叫ぶアルカの手には『ヨルムンガンドの杖』が握られていた。シェルドもまた、『ドラゴンの盾』を装備している。ベルに破壊された彼女たちの伝説の武器だが、ノーティスが復活させたのだ。
「それにしても、なんでまた北の魔王になろうだなんて思ったんです?」
「ノーティスさんに聞いたんですよ。なんでもこの『あーるぴーじー』では必ず北の魔王が出現してしまうようにできているらしいのです。それなら、悪い魔族が魔王になる前に私がなってしまおうというわけです」
もっともらしいことをアルカは言っているが、この少女おとなしそうな顔をしてその実、中身は名誉欲と権力欲に溢れていた。どうやら、進んで北の魔王になったらしい。
「でも、アルカさん。これから僕たちは旅に出るんですよ。その間、魔王の座はどうするんですか?」
「大丈夫です。お父さんに代理を頼みましたから!」
「ええ……」とシェルドは呆気にとられた。アルカの父親は薬草取りの普通の村人だとシェルドは聞いている。北の魔王代理にさせられて今頃、とてつもない苦労をしているだろうと、アルカの父サイエンのことをシェルドは気の毒に思ってしまう。
「そう言えば、シェルドくん。あなた連合国の兵士の大隊長になったそうじゃないですか」
「はい、おかげさまで」
シェルドは連合国内で異例の大出世を遂げていた。大隊長は連合国ではトップである総隊長の次に当たるポジションである。九つある大隊の内の一つをシェルドは任されたのだ。というのもシェルドは南の魔王国と西の魔王国と交渉して平和条約を結んだ立役者となっていたからである。その功績を認められてのことだった。もちろん、シェルドの実力が他の兵士たちよりも抜きんでているのも要因ではあるのだが。シェルドはすでに自身が女であることを連合国にさらけ出していた。男しか騎士になれない連合国において彼女は特例で初の女性騎士にもなったのである。それを受けて、少しずつではあるが、女性の騎士団入団を認める気風が連合国で高まっているらしい。
「さて、じゃあ次の待ち合わせ場所に向かいますか」
彼女たちが向かったのは西の魔王城の城門前。そこには褐色の肌と銀髪を持つ少女が矢筒と弓を背負って待っていた。
「よう。一年ぶりだな。二人ともちょっとデカくなったか?」
アルカとシェルドに声をかけるのは南の魔王であり、南の勇者でもあるダークエルフのアロワだ。
「そういうアロワさんはあんまり変わらないですね」と問うアルカに「アタイは魔族だから仕方ないだろ」と答えるアロワ。
「そういや赤髪、お前北の魔王の仕事はどうするんだ? アタイたちしばらく留守にするんだぞ」
「お父さんに任せてきました」
「お前のおやじさんってたしか普通の人間だろ。鬼かよ、お前……。ああ魔王だったか」
「べ、別にいいじゃないですか!? それを言うならアロワさんだって南の魔王の仕事どうするんですか!?」
「あん? そうか、まだ連絡が行ってないのか。アタイは魔王やめたぜ?」
「ええ!?」と驚くアルカとシェルド。しかし、シェルドは少し思考してから納得したように頷いた。
「そうか。ルークさんに譲ったのか」
「ああ。そういうことだ」とアロワは肯定した。ノーティスはホワイトエルフの王、ルークの自我情報も守っていたのである。ベルとの闘いの後、南の魔王国に戻ったアロワを蘇ったルークが待ってくれていた。本来ならば死んでしまったNPCの自我情報は消滅してしまうのだが……、ノーティスの粋な計らいであった。分裂状態の南の魔王国であったが、純王国ホワイトとサラダ国が和平を望んだことで少しずつ元の平和な国に戻りつつあった。
「それでぇ。ルークさんとの関係はどうなんです? 良好なんですかぁ?」
アルカがいたずらな笑みを浮かべながらアロワに聞く。
「ったく、どういう意味だよ、それは」と答えるアロワは恥ずかしそうに、「いい感じだよ。……この旅が終わったら一緒になろうと言ってきた」と続ける。
「ええ……。そんな縁起でもないこと言って出てきたんですか、アロワさん! それはあれですよ。ノーティスさんが私に教えてくれた『死亡フラグ』ってやつです!」
「なんだそれ、死亡フラグ? また、変な知識をアイツから教えてもらってるのか。赤髪、お前暇なのか?」
「なんですと!?」と怒るアルカをなだめながらシェルドが口を開く。
「さ、早く城内に入りましょう。二人が待っています」
「母上、いい加減機嫌を直してくださいませんか?」
――一人の男が跪き、段上の玉座に腰を置く少女に問う。男は好青年と呼んで恥ずかしくない整った顔立ちをしている。玉座の少女は男によく似た顔をしており、彼女もまた、整った顔立ちだ。十人男が居れば十人すべてが振り向くだろう美貌だ。ただ、彼女は人間ではない。それは彼女の頭上に浮く光の輪がそれを証明していた。
「なんで、また私が魔王にならなくちゃいけないのよ! せっかくアーくんに魔王を譲って自由になれたのに!!」
「仕方ないでしょう!? これから私は世界を救う旅に出なくてはならないのです。そもそも、正式な王位継承式はしていませんでしたから、まだ西の魔王は母上のままですしね!」
「ヤダヤダ! 魔王なんてやりたくなーい!」と駄々をこねる少女。
「子供みたいなことをしないでください!」
「だってリリスは子供だもん」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ!? 子供なのは姿かたちだけだろうが! このクソババア!!」とアーくんことアモンは敬意を忘れて母親を怒鳴りつける。
「ハハ……。相変わらずですね」と城内に入ってきたアルカたちは呆れていた。
「……来たか。……母上、あとは頼みますよ?」
「……わかったわよ。しょうがないわね。すぐ帰ってくるのよ。アーくん、アルカちゃん、シェルドくん、そんでもって南のクソガキ!」
「揃ったようですね」
……城内に声が響き、紅の髪を持つ妖精が現れる。妖精ノーティスは深々と礼をする。
「協力ありがとうございます。勇者様たち……」
「礼はいいさ。俺たちの世界の存亡に関わることだからな」とアモンが答える。
ベルとの闘いの後、ノーティスは四人の勇者たちにお願いをしてきた。「世界を救って欲しい」、それがノーティスの願いだった。このゲーム世界は既にメイン電源を失い、予備電源を残すのみ。しかし、本来予備電源の担当はベルであった。ノーティスも予備電源をコントロールできないわけではないが、どうしてもその能力は本来担当するはずのベルよりも拙い。効率的なコントロールを失った予備電源の残量は尽きかけていた。ベルの支配からは逃れられた世界だが、終焉の危機はすぐそこまで迫っていたのである。故にノーティスは最後の一手に踏み切ろうと考えたのだ。
「さぁて。一体どんな場所なんだろうな。外の世界ってのは」
アロワが景気づけるように声を出した。そう、四人の勇者たちは外の世界に行こうとしていたのである。勇者たち四人は本物の人間である『プレイヤー』のアバターと全く同じ身体情報で構成されていた。彼女たちならば、この世界から『ログアウト』できるかもしれない。そして、メイン電源を復活させればこの世界は救われる。そうノーティスは考えたのだ。
……しかし、成功するかはわからない。ログアウト先の人間とこのゲームがすでに繋がっていないかもしれないし、すでにプレイヤーが死亡しているかもしれない。最悪、そもそも『ログアウト』すらできないかもしれないのだ。そうなれば、勇者たちの命の保証はない。それでも、彼女たちに怯えた姿は見られなかった。
……『ログアウト』の条件は四人のプレイヤー全員が揃うこと。条件は整った。ノーティスはVRMMORPGアシスタントAIとして『ログアウト』の準備にかかった。勇者たちの体が淡い光に包まれると、次第に薄く透明になっていく……。
「師匠、待っていてください。すぐに帰ってきて隠居させてあげますから!」
「隠居じゃないわよ! 隠居じゃジジクサイでしょ! ……みんな頼んだわよ。この世界と……そして、私のセカンドライフのために頑張ってちょうだい!」
リリスのセリフに勇者たちは苦笑いを浮かべていた。
「……母上、行ってきます」
「……いってらっしゃい」
リリスは笑顔で息子たちを見送った。アモンたちの体は完全に透明になり、この世界からいなくなってしまう。
……未知の世界への旅立ち。勇者たちの心にももちろん不安はあっただろう。だが、彼女たちは困難を乗り越えて目的を果たすに違いない。なぜなら、彼女たちは最強の魔王が認めた伝説の勇者たちなのだから……。
〈了〉
女魔王のセカンドライフ! 向風歩夢 @diskffn
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