第75話

◇◆◇


「……結界が解かれている」


 周囲の環境が変化していることに気付いたのはアモンである。先ほどまで自分たちの行動を制限していた封印がなくなっていた。次の瞬間、暗闇に染まっていた空間が一転、白一色に変色する。


「……何が起こったんだ?」

「あなたの母親がベルに勝利したのです。ベルに移管していた機能が私の元に戻ってきました。共に行きましょう。あの子を迎えに……」


 ノーティスはアモンの手を取り、瞬間移動を開始する。そこにはすでにノーティスによって集められていた他の勇者たちも揃っていた。彼女たちは心配そうに眠った白髪の少女を覗き込んでいる。


「……誰だ、そいつは?」とのアモンの問いに、「先生……だそうです」とシェルドが答えた。


「は、母上だと……!? この妖精から転生したとは聞いたが……、魔族でも……人間ですらないじゃないか!?」

「天使だそうです」とアルカ。


「て、天使!? 元魔王が天使!? くっ。今はそんなことはどうでもいい。母上は無事なのか!?」

「どうやら眠っているだけみてえだな。だが、無事かと言われればそうでもねえだろ。ノーティスあんた言ってたよな。姉御はサードライフを迎えたって。記憶はどうなるんだ」とアロワは問う。


「……この子の場合、人間から魔族に転生したときは記憶を保持できませんでした。おそらく今回も……」

「そんな。じゃあ、師匠は亡くなったも同じじゃないですか!」とアルカが訴える。そんなアルカにノーティスは微笑みを返した。


「でも、大丈夫です。ワタシがいますから。今のこの子は生まれたばかりで自我が全くない状態です。それならば、魔王時代のリリスの精神情報を植え付けることができる。もちろん自我情報を保持したままで、です」


 ノーティスは天使となったリリスの顔に触れる。アルカたちはノーティスが何を言っているのかさっぱりだったが、『大丈夫』という言葉を信じ、見守った。ノーティスの手が柔らかに光る。その光が弱まって消えたると、リリスは「うーん」という小さな声を上げながら目を覚ました。


「師匠、大丈夫ですか!?」と問いかけるアルカ。


「あら、みんな無事だったみたいね。良かった。私は大丈夫よ。それよりも……なによ、この白一色の世界は……? あの緑色のクソガキがやったの!? ぶっ飛ばさないと!」

「もうベルは消滅しました。あなたが倒したのですよ」とノーティスが微笑みながらリリスに伝える。


「私が倒したですって? どうやって!?」と驚きながら、リリスは立ち上がった。すると、リリスは異変に気付く。


「……ちょっと、アルカちゃん。あなた大きくなったんじゃない? ……アルカちゃんだけじゃないわね。みんな、大きくなってる……なんで?」

「俺たちが大きくなったんじゃないですよ、母上。母上が縮んだんです」

「え!?」と驚愕の声を出しながら、リリスは自身の体のあちこちを触りまくる。

「な、ない!? 角がない! 髪も白くなっちゃってる!? 私、自分の黒髪が好きだったのにぃ!? む、胸も縮んじゃってる……」


 ショックを受けるリリスを四人は苦笑いで見つめる。少しだけなごやかになった雰囲気から現実に引き戻したのはアロワの言葉だった。


「……とんでもないことになっちまったな。見渡す限り真っ白……。そりゃあ真っ黒よりはマシかもしれねえが、アタイたちはこれからどうしたらいいんだろうな」


 とりあえずの危機からは脱したが、リリスたちの世界が崩壊したことに変わりはない。勇者たちは直面した事実を再認識し、落ち込み始める。そんな勇者たちの感情を切り裂くようにリリスがノーティスに問いかける。


「ちょっと、あの緑色のクソガキはアンタのお仲間なんでしょう!? アイツがやったんだから責任取りなさいよ! 元に戻せないなんて言ったらぶっ飛ばすわよ!」


 リリスの口からとても天使とは思えない口調が飛び出す。ノーティスはふふふと微笑むと、口を開いた。


「……この子の言うとおりです。ゲームの不具合は運営の責任。つまりはワタシの責任です。……ベルが消滅し、ワタシに権限が戻ってきました。……この世界を元に戻しましょう。ベルがシステム改変を起こす前に……! すべてのNPCたちも蘇らせましょう。もちろん自我情報もそのままにです」


 白い空間に粒子が現れ、世界を形作っていく。すべてが元通りに戻っていった。気付けば、リリスたちは西の魔王城の岩山に立っていた。


「な、なんだ? 俺たちは何をしていたんだ?」と復活した西の魔王軍兵士たちが互いに確認し合っていた。


「アモン様、我々は一体……? たしか、勝手に北の魔王と東の魔王を倒してしまったリリス様にお灸を据えようとしていたはず……」と重臣の一人が声をかける。


「皆無事のようだな。……お灸を据えるのはまた今度だ。悪いが皆の衆、とりあえず今日のところは下がってくれ」とのアモンの言葉に臣下たちは従う。だが、異変に気付いた重臣の一人がアモンに質問する。


「……あそこで勇者たちと一緒にいる白髪の女は何者ですか。えらく騒いでいますが」

「え?」と言いながら、アモンは振り返る。


「ちょっと、どういうことよ!? なぁんで、私の体は元に戻ってないのよ!? 戻しなさいよ、クソガキ!」と叫びながらリリスは小さなノーティスの胸倉を掴んでゆっさゆっさと揺さぶっていた。


「あ、あなたはシステム改変の影響を受けないよう保護していたんです。だから、ワタシのシステム改変でも変化はできないんです」と揺さぶられながらも説明するノーティス。


「わけわからないこと言ってんじゃないわよ! うわあああああ!!」

「先生、落ち着いてください!」と言って、シェルドはリリスとノーティスを引き離す。


「うっ。うっ。黒髪……」と呟いて落ち込み涙を浮かべるリリス。


「だ、大丈夫か?」とノーティスにアモンは声をかける。


「……ワタシは大丈夫。ショックを受けるのは無理もありませんから……」

「どうやら、本当に全部戻してくれたみたいだな。感謝するぞ」

「……感謝する必要はありません。元はといえば、ワタシの同胞が原因ですから」

「責任感の強いやつだ。同胞の罪を全て被るなど到底できん。魔王である俺でさえもな。……やっぱり感謝しておく」


 ノーティスはアモンの言葉を聞くと、顔貌を真剣な表情に変えてこう切り出した。


「……もし、感謝して頂けているのなら、ワタシに力を貸してくれませんか。あなたたち勇者の力を……」

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