第71話

「シェルドくん、大丈夫!?」

「僕は大丈夫です、先生。だけど、ドラゴンの盾が……」


 シェルドはショックを隠し切れない。幾度となく自身の危機を助けてくれた伝説の盾。シェルドにとってアイデンティティの一つとなっていた盾を壊されてしまったことに動揺してしまう。


「あなた、さっきまでとは比べ物にならないくらい、能力が上がっているわね。一体何をしたの?」

「なぁに。ちょっとばかし、ボク自身のステータスを最大限にまで上げたのさ」

「……ステータス?」

「ああ、君たちにこの言葉では伝わらないか。簡単に言えば、今のボクに勝てる存在はいないってことさ。パワー、防御、スピード、魔力などなど全ての能力がこの世界で達しうる最大値になっているんだよ」

「説明されても、やっぱりわからないわね」

「わからなくてもいいさ。どうせ、お前たちに勝機はないからね」

「そんなもん、やってみなきゃわからねえだろ!」


 アモンはミスリルの剣を掲げ、切っ先をベルに向ける。


「だったらやってみるといいよ、西の勇者アモン」

「ほざいてろ! オレの最大魔力の斬撃を受けてみやがれ……!」


 アモンが持つミスリルの剣に次々と魔力が集約されていく。


「な、なんて魔力なんですか!?」と驚くアルカ。

「せ、先生に勝るとも劣らない洗練された魔力。これが先生のご子息の力……!」

「うらぁああああ!! 一・刀・両・断!!」


 アモン渾身の一撃がベルに繰り出される。誰もがアモンの勝利を疑わないくらいの魔力の高まりだった。しかし……。


「そ、そんな……」


 アモンの代わりに絶望の言葉を漏らしたのはシェルドだった。アモンの剣はベルに受け止められていた。しかも片手で……。


「バ、バカな。俺の全力が……!?」

「いやぁ。凄い攻撃だったよ。魔力に物理的攻撃力も加えた一撃。おまけにミスリルの剣による攻撃力増加だ。局所的とはいえリリスをも上回っていたんじゃないかな? 世界最強の攻撃だったよ。でも残念、ボクは世界の理を超える存在になったんだよね」


 ベルは受け止めていた拳に力を入れ、ミスリルの剣を握り潰して破壊すると、電撃魔法をアモンに流す。


「ぐぁああああああああああああああああ!?」

「野郎……! 今助けてやるぞ」


 アロワはアルテミスの弓を引き、矢を放つ。油断していたのだろうか、ベルの胸の中心に矢が突き刺さり、アモンへの攻撃を止めることに成功する。アモンはその場に倒れ込んだ。どうやら気絶してしまったらしい。


 ……ベルにダメージが入っている様子はない。それどころか笑ってさえいた。ベルは突き刺さっていた矢を引き抜く。ベルの胸にはダメージどころか傷一つ入っていなかったのである。


「な、なんだと!? なんで無傷なんだ!?」

「これまた残念だったな、アロワ。お前の弓アルテミスは邪気を持つ者を撃ち抜けば、その邪気を増幅させ内部から破壊する武器だ。ボクには邪気がない。故にアルテミスの矢も効かない」

「てめえに邪気が無いだと? ふざけるな。邪気の塊……権化だろ、お前は!」

「フフ。たしかにステータス変更前のボクなら多少はダメージを負ったかもね。でも、今のボクは自分の感情さえもコントロールできるのさ。ボクの心に邪気はない。君たちがいくら叫ぼうがその事実は覆らない」

「意味の分からねえことを言いやがって……!」

「理解してもらう必要はない。これは独り言のようなものさ。さて、いくらダメージが入らないとはいえ、その弓も目障りだな。消させてもらおう」


 ベルがアロワの持つアルテミスの弓と矢筒に焦点を合わせ、かざした手を握り込む。すると、一瞬でアルテミスが粒子となり消え去ってしまった。


「な……!? そんな……」

「はっはは。お前たち自身にシステム改変の力を行使することはできないが、伝説の武具にはアクセスできるのさ。お前らの防具など一瞬で塵芥にしてやれるんだ。クク。どんな気分だい。ダークエルフとホワイトエルフの対立の原因ともなったアルテミスだが、ボクの手にかかれば一瞬で消滅さ。君たちはそんなくだらないもののために命を張っていたわけだ……! 無様だね」

「……ふざけんじゃねえ! 元はと言えばてめえがけし掛けたんだろうが……! 絶対許さねえ……!」


 アロワは丸腰でベルに殴りかかる。だが、世界最強の存在となったベルに敵うはずもなく、返り討ちに合うのは必然であった。


「鬱陶しいダークエルフだな。静かにしてなよ」


 ベルはアロワの腹部に拳を叩きこんだ。正確に急所を突いた攻撃にアロワは白目を剥いて気絶してしまう。


「まだ、生かしておいてあげるよ。これから始まるショーの見物人は必要だからね。……さて、まだ諦めずにやるのかい?」とベルはリリス、アルカ、シェルドに問いかける。

「……当たり前です。私の得意魔法であなたを炭にしてあげます……!」とアルカが言えば、「もちろん、私も加勢してね」とリリスが呼応する。

「面白い。北の勇者と西の魔王の全身全霊の攻撃というわけか。クク。ヨルムンガンドの杖を消去するのは容易いが……良いだろう。好きに撃ってみなよ」

「後悔しなさい……!」

「やりましょう師匠!」

「ええ! ……リリース・ファイアァアアアアアアアアアア!!!!」


 リリスとアルカの全魔力を投じた炎がベルに襲い掛かる。圧倒的な熱量を前にベルの周囲の地面が溶岩と化す。しかし、ベルが動じる様子はない。


「……最強の西の魔王リリスと魔法使いの勇者アルカの二人が協力して全魔力をかけて放つ炎。おそらく、このゲームで最高の力だろうね。……さて、そんな魔法に詳しいお二人にクイズだ。炎魔法に強いのは水魔法ですが、炎魔法に弱い魔法は何でしょう?」


 もちろん、魔法を放つので精いっぱいの二人はベルのクイズを無視した。


「無回答か。一番つまらない答えだよ。正解は風魔法だね。……『リリース・エアー』」


 ベルはリリスたちの炎魔法に対して、風魔法を放出する。本来ならば炎魔法と相性が悪いはずの風魔法。だが、ベルの風はリリスたちの炎魔法をいとも容易くかき消そうとする。


「どうした。その程度か」

「なめないでください! はぁああああああ!!」


 アルカはさらに魔力を振り絞る。しかし、ついにベルの風を突破することはできなかった。ベルの風は刃となり、リリスたちに襲い掛かる。


「あ、ああ。ヨルムンガンドの杖が……」


 ヨルムンガンドの杖はベルの風によって無残にも切り刻まれ、バラバラにされてしまった。リリス、アルカ、シェルドにも無数の切り傷が付けられる。


「これで伝説の武器はすべて失われた。お前らは勇者代行からただのNPCに格下げさ。さて、観客として生かすために手を抜いてやったんだ。まだ死ぬなよ?」


 ベルは倒れ込むリリスと勇者たち5人に見下した口調で声をかけるのだった。

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