第70話

 ベルはリリスと勇者たちに殺害を予告すると、刀身のないどこか機械的な『柄』だけの剣を取り出す。柄に向かって光の粒子がどこからか集約され刃を形作った。


「どうだい。SFっぽくて格好いいだろう? おっと、SFと説明しても君たちには理解できないか」


 ベルは作り出した光の剣でリリスに向かって斬りかかる。だが、それを阻止せんとシェルドがドラゴンの盾で受け止めた。


「さすがはこのゲーム最強の防御力を誇る盾。僕の作り出した『ライトサーベル』を阻むとはね」

「……まだ、アルカさんの質問に答え終わってないぞ! なぜ僕たちは先代の勇者とやらと姿が似ているんだ!?」

「そんなに知りたいのか?」


 ベルは飛び退くと余裕めいた表情で説明し始めた。


「大した理由じゃないよ。この世界を長年繰り返す中でお前たちは偶然、先代勇者のアバター情報と同一の身体を持って生まれた。それだけさ。実を言えば、勇者として覚醒していなかっただけで、先代勇者と同じ身体情報を持って生まれたNPCはお前ら以外にもちらほらいたんだ。だが、条件は整わなかった。適応する伝説の武器の近くに生まれなかったり、武器を扱うのに必要なレベルまで上がりきらなかったりしてね。そんな中、お前ら4人がメイン電源停止後、すなわちノーティスの死後、同時に誕生したんだ。ボクは打ち震えたよ。十億通りを超えるアバターが作成できるこのゲームにおいて勇者の代替となりうるNPCが4人同時に誕生するなんてのは天文学的確率だったからね。ボクの力を解放するにはどうしてもシステム制限解除する必要があった。そしてそれを実行するには4人の勇者が揃わなければならない。これは神が下さったチャンスだと思ったよ」


 ベルはクククと笑う。


「でもまさか、勇者としての覚醒が最も遅いのが、ボクの入った石板を受け継ぐダークエルフのアロワだとは思わなかったよ。条件的にはすぐ勇者として覚醒しそうだったのに中々勇者にならなかった」

「悪かったな」と返すアロワ。

「ああ、本当に想定外だったよ。ボクの予定では早々にアロワに覚醒してもらった後、アルカ、シェルドの人間勇者二人を覚醒させに動くつもりだったからね。だが、良い方の想定外もあった。リリス、お前が二人を勇者として育ててくれたからね。手間が省けた。おまけに息子のアモンも早々に勇者として覚醒させてくれたしね」

「お前のためにやったわけじゃないわよ」と反論するリリスはさらに続ける。

「さっさと皆を絶望とやらから解放しなさい。じゃないと痛い目を見ることになるわよ!」

「ああ、解放してやるさ。ノーティスの置き土産であるお前らを殺してからね!」


 ベルはライトサーベルでリリスに再び斬りかかる。先ほどとは比べ物にならない速さだ。


「聞いてれば、勝手なことばかり言いやがって。これ以上母上に危害を加えさせたりしない!」


 ベルの攻撃を受け止めたのはアモンだった。アモンのミスリルの剣とライトサーベルがぶつかり、鍔迫り合いのような構図になる。


「さすがは最も覚醒の早い勇者だ。今の攻撃にも付いてこられるなんてね」

「今だ。後ろを取ってやる!」


 アモンと拮抗しているベルの裏を突き、シェルドが剣を振り下ろした。


「な、なに!?」と驚愕するシェルド。シェルドの剣は確実にベルの装甲の隙間を捉えた……にも関わらず、ベルにダメージを与えるどころか剣が折れてしまった。


「そんなローレアリティの剣がボクに通用するわけがないだろう?」


 ベルはアモンを蹴り飛ばし、さらにその流れでシェルドに回し蹴りを喰らわせる。跳躍したベルは左手を地上にいるリリスたちにかざした。


「お前たちまとめて一瞬で消してあげるよ。『リリース・ファイア』」


 巨大な炎がリリスたちを襲う。


「アルカちゃん!」と合図を送るリリスに「はい!」と答えるアルカ。二人はリリース・ウォーターと唱え、協力して水魔法を放つ。ベルの炎とリリスたちの水がぶつかり合った。


「くっ!? なんて圧なんですか!?」

「あのクソガキ。大口を叩くだけの力を持ってるってわけね」

「どうした? そんなちょろちょろした水じゃあボクの炎を消せなどしないぞ」


 ベルは笑いながら炎の威力をさらに高める。リリスたちの水流が押される中、一筋の光が炎をかき分け一直線に突き進む。超高速のそれはベルの頬をかすめて上空へと消えていった。思わぬ光の乱入にベルは炎の放出を停止させられた。


「……アルテミスの矢か。小賢しいまねを……!」

「ちっ。外しちまったな」

「やるわね、アロワ! ……どうやら少しばかり力を持てたことがご自慢みたいだけど、私とこの子たちを相手にして勝とうなんて無理なのよ!」

「……いい気になりやがって。厄介なことだ。ノーティスの加護を受けたリリス、そして先代勇者と同一の身体情報を持つ4人のNPC、お前らにボクのシステム改変は干渉しないからな。……だが、お前らを殺せないわけじゃあない」


 ベルの体が再び光り出す。ベルのエネルギーがどんどんと高まっていく。まるで、世界のエネルギー全てを自身に集めているかのように……。リリスたちはあまりの光の強さに眼が眩む。光が収まったとき、そこには不敵な笑みを浮かべるベルの姿があった。外見に大きな違いは見られない。だが、明らかに内部が変わっている。リリスたちはそれを肌で感じていた。


「……一体何をしたの?」

「何だと思う?」


 ベルは軽く腕を振る。ベルの腕から暴風が吹き荒れ、リリスたち以外の絶望でうずくまっていた西の魔王軍の兵士たちは吹き飛ばされてしまった。


「う、腕の振りだけでこれほどの風を……!? でたらめなヤツだ。大丈夫かお前たち!?」


 アモンは自身の配下たちの身を案じるが、ただでさえ絶望の感情に侵された者たちが散り散りとなり確認することは不可能だった。


「アーくん! 今は目の前の敵にだけ集中しなさい! 大丈夫よ。私たちの仲間があの程度でやられるわけないじゃない!」とリリスはアモンを励ました。根拠のない激励だが、今配下に情をかけることは敵であるベルに隙を与えるだけだとリリスは判断したのである。


「さすがだな、お前たち。間接的な攻撃では殺せないということか。なら直接殺してあげるよ。光栄に思うといい!」


 そう言い残し、ベルは姿を眩ます。


「くっ!? どこに行った」と戸惑うシェルドの耳元で「ここだよ」と囁く中性的な声。

「い、いつの間に!?」


 超スピードで間合いを詰めたベルが挑発する。


「そうら! そのご自慢の盾でボクの攻撃を止めてみなよ」


 間髪入れずにベルが拳での攻撃モーションを開始する。咄嗟にドラゴンの盾で防御するシェルドだったが……。

「く!? そ、そんな素手でこれほどの力が!?」


 ドラゴンの盾でベルの拳を受け止め続けるシェルド。しかし、盾からピシピシという嫌な音が聞こえてくる。


「そ、そんな、まさか。ドラゴンの盾が!?」


 次第に大きくなるピシピシという音。そして、大きく何かが割れる音がした。……ドラゴンの盾は木っ端微塵に砕け散ったのである。


「う、嘘だ……。龍王の攻撃にも先生の攻撃にも耐えたドラゴンの盾が……」

「残念だったね。シェルドくん。これでお前はただのNPCだ」


 ベルの顔貌は愉悦で醜く歪んでいた

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