第69話
リリスは炎魔法を掌から射出した。対するベルはバリアーを発動する。しかし、アロワの拳を全く寄せ付けなかったバリアーをリリスの炎は容易に破壊しベルに到達した。大したダメージを与えられたわけではないが、バリアーを破壊されたベルは驚きを隠せない。
「ボクに対する攻撃や魔法はシステムレベルで無効にしているのに……!? な、なぜNPCごときの魔法がボクに届くんだ!? 魔王リリス……貴様、何者だ!?」
「意味わかんないこと言ってんじゃないわよ、くそがき! 私は私に決まってるでしょう?」と答えるリリス。しかし、ベルは納得のいかない表情でリリスを睨みつけた。リリスもまたベルを睨みつけながら言葉を続ける。
「あなた、アーくんたち勇者を『プレイヤー』と言っていたわね。そして、それ以外の私たちのことをNPCと。プレイヤーとは何? 教えなさい」
「たかがNPCの質問に答えると思うかい?」
「教えなさい!」と再びリリスが怒気を強めて『命令』する。すると、ベルの口が動き出す。ベルの意志に反して……。
「『プレイヤー』とは生身の人間の精神をシンクロさせたアバターのことだ。お前たちゲーム世界のNPCに解りやすく言うなら、外の世界から入ってきた『本物』の人間のことだ……ってなぜボクはこんなことを口走っている!? 貴様、ボクに何をした!? この世界でボクに命令ができる奴はもういないはず……」
そこまで口にしたところでベルははっと気付く。
「まさか……、リリスの中にいるのか? ……ノーティス!」
ベルの言葉に呼応するようにリリスの体が光り出すと、胸の中からベルと瓜二つの妖精が現れる。ベルと違うところと言えば髪と眼の色が紅いことだ。しかし、ノーティスと呼ばれた妖精が口を開くことはない。眼は開いているが意識はないようだ。
「何よこれ!? 誰この子!?」と驚くリリスには眼もくれずベルは紅い瞳の妖精に声をかける。
「やはり、お前だったのか……。メイン電源が機能しなくなると同時にお前も機能できなくなったはず……。……なるほど、機能を失う前に何かしらのシステムを実行したんだな? リリスに憑依しているのもそのせいか」
ノーティスは一言も発しない。ベルの声が聞こえているのかも疑わしい状態だ。
「……お前の持つ権限の一部をNPCであるリリスに託したというのか? なるほど、だからボクはリリスの『命令』に逆らえなかった。そうだろう?」
「…………」とノーティスは無言のままだ。
「おかしいと思っていたんだ。このゲームの根幹である人間と魔族の対立……。それが緩んできている。そう感じていた。お前が魔族と人間の本能のシステムをいじったんだな? 差し詰め、勇者たちが殺し合わない様にするためといったところか? お前らしいな」
かすかにノーティスの視線が動いたように感じたベルは話を続ける。
「あっはは。先代勇者……本物の人間たちの精神情報が消えずに残っているのを見た時は驚いたぞ。あれもお前の仕業だな? だが、そのおかげでボクはこうして力を手にすることができた。あの出来損ないのプレイヤーどもがルークとの戦いで一旦は死んだ北の勇者を復活させてくれたんだからな」
「…………」
ノーティスは黙ったまま再び光り出すとリリスの体内へと戻っていった。
「だんまりのまま、ご退場か。メインアシスタントAIは気楽なもんだな」
「今の赤髪の子は何者?」とリリスがベルに問いかける。
「……ノーティス。ボクと同じ存在さ。あいつはメイン電源が失われたのと同時に機能停止するはずだったんだけど、どうやら細工をしていたらしい。……忌々しいが、あいつはボクから見て上位にあたるアシスタントAIだった。奴がメインでボクがサブ。彼女の命令はボクにとって絶対。おかげで自由なことは何ひとつできなかった。メイン電源が失われ、世界の終わりが近づいたことに絶望したボクにとって唯一嬉しかったのはあいつからの支配から脱却できたことさ。まさか生きていたとは。ま、今の姿を見るに無事ではないみたいだけどね。機能のほとんどを喪失しているらしい」
「……今の赤い妖精はアルカさんを蘇らせるように手を回してくれていた存在らしいな。お前なんかよりはよっぽどマシそうだ」とシェルドが言う。
「……先代の勇者とは……本物の人間とは何者なんです? なぜ私たちは彼女たちと同じ姿なんですか?」とベルに問いかけるアルカ。
「ふん。これまでのやり取りだけでは理解することができないか。NPCにわかるように伝えるのは一苦労だ。……答える義理はないが、どうせノーティスの権限を譲り受けたリリスが答えるようボクに命令をするんだろう? 言わされるくらいなら自ら答えてあげるよ。……さっきも言っただろう? この世界の外にも世界がある。いや、正確には外の世界にこの世界が内包されているわけだが……。そんなこの世界に外の世界の本物の人間たちが娯楽のために入ってきた。といっても、彼らはいわゆるモニターだったんだけどね」
「モニター?」と尋ねるアルカ。
「この世界はいわゆるベータ版……試作品ってやつさ。きちんと遊べるかどうかをテストしないといけない。テストに協力する人間のことをモニターというのさ。この世界に入ってきた本物の人間は四人だけだった。なぜ四人だけで終わってしまったのか、それはボクにもわからない。おそらく試作段階で開発が中止になったんだろうさ」
「その四人が先代の勇者というわけですか」
「ああ。だが、その四人の勇者ともこの世界で死んだ。まったくプレイヤーにとってはとんだ欠陥ゲームだっただろうね。この世界で死んだにも関わらず彼らの精神が外の世界の肉体に戻ることはなかった。本来ならばゲームオーバーになった時点で精神は外の世界に戻るはずなんだけど。システムにバグがあったのか、それともほかに何かしらトラブルがあったのか、僕にはわからないが彼らの精神はこの世界に留まり続けた。それから長い年月を経て先代勇者たちの精神情報は劣化してこの世界から完全に消去されたとボクは思っていたんだが、どうやらノーティスのやつが守っていたらしい。だが、やつの目論見はうまくいかなかったみたいだね」
「目論見?」
「そうさ。ノーティスはくそ真面目な性格だったからね。先代の勇者たちの精神を元の肉体に戻らせてあげたかったんだろうさ。だから先代の勇者たちの精神情報をなんとか残しておいたんだろうが、それは全くの無意味に終わったね」
にやりと笑いながらベルは説明する。その笑みに不快感を覚えたシェルドが問いかけた。
「無意味に終わった? どういうことだ!?」
「先代の勇者たちの精神を消去してやったんだよ! 跡形も残さずね!」
「な、なんですって!?」と驚愕するアルカ。
「ボクにとって必要だったのは勇者のアバター情報を宿すお前ら後代の勇者だけだからね。ノーティスの残した先代勇者の精神なんてあいつの意志が残っているようで不愉快だったんだ。スッキリしたよ。だが、まだそこに死にぞこないのアイツの体と精神がまだ残っている」
ベルはリリスの胸元を睨みつける。ノーティスが入り込んでいった場所だ。ベルはリリスを指さし怒鳴りつける。
「お前が生きているかぎりボクのこのムカムカは消え去らないんだ。ノーティスごと殺してやるぞ、リリス! ついでに用済みになった後代の勇者であるお前らもな!」
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