第66話

◇◆◇


「それではアロワ様、お気をつけて……」

「ああ、ドグ。魔王国再建中の忙しいときに済まねえが、留守を頼む」

「はっ。お任せください。リリス様たちも道中お気を付けて」


 リリスと3人の勇者たちは南の魔王国を後にした。目指すはリリスの実家、西の魔王城である。


「師匠、西の魔王城周辺には何があるんですか? おいしい食事処があると嬉しいのですが……」

「なーんにもないわ。岩山だけのさびしいところよ。だから私、暇で暇で仕方ないから魔王の職をアーくんに押し付けて家出してきたのよ」

「先生が仕切りに会わせようとしていた『親戚のアーくん』というのは息子さんだったわけですか」

「ええ。西の魔王城には同年代の子もいなければ、人型の魔族もいないの。仲良くしてあげてちょうだい!」


 身体能力強化魔法を使って西の魔王城へと急ぐリリス達一行。いかにリリス達といえども、南の魔王国から西の魔王国へ行くには3日はかかる。日も暮れ、リリス達は適当な宿を見つけて泊まることにした。


「はぁ。疲れましたね。やっぱり自分の脚で走るのはしんどいです。師匠、馬車で行きませんかぁ?」


 宿泊室のベッドに横たわったアルカの泣きごとにリリスは首を振り、口を開いた。


「ダメよ。私だってゆっくり馬車に乗って景色を楽しみながら向かいたいわ。でも、アロワさんの留守期間をなるべく少なくしないといけないもの。それに……」

「それに?」と聞き返すアルカ。

「何か嫌な胸騒ぎがするのよね。早く決着しないといけない何かが起きている気がするの」

「胸騒ぎ、ですか……」

「ええ。さ、皆早く寝るわよ。明日も早いんだから!」


 リリスは3人に促すとベッドにもぐりこみ眠りに就いた。

 二日後、3人は西の魔王城近くまで来ていたのだが、アロワが違和感に気付く。


「……姉御、何やら気配を感じる。殺気……とまではいかねえが、歓迎はされてないみたいだぜ?」

「……たしかに、敵意みたいなのは感じるわね。監視されているみたい。一体何かしら? ま、いいわ。とりあえず、魔王城に向かうわよ!」


 気付けば、岩山ばかりのさびしい土地に来ていたリリス一行はついに西の魔王城へ辿り着く。門前で軍を引き連れて待ち構えていたのは、西の新魔王アモンだった。アモンは眉間にしわを寄せながら苦言を呈する。


「母上! さすがに戯れが過ぎます! どんな理由があったか知りませんが、北、東の魔王を勝手に倒してしまった上に、人間の勇者と手を組むとは……。南の魔王に肩入れしているのもいただけません! 今に魔族と人間のバランスが崩れます。このままでは魔族か人間どちらかが滅びの運命を辿ることになる。けじめは着けなくてはなりません! 覚悟してください……!」


 激昂するアモンを見て、アルカがリリスに尋ねる。


「師匠。間違いありません。私が夢の中で見た少年と同じ顔です。彼が師匠の息子の『アモンくん』なんですか?」

「ええ、そうよ」

「先生。彼、何やら怒っているみたいですが……、北の魔王と東の魔王を倒したのはそんなにまずいんですか?」

「まあ、アーくんの言うとおり、魔族と人間とのバランスが崩れちゃったのは間違いないと思うけど……」

「そうなんですか!?」

「でも、もう大丈夫よ。あなたたちがいれば……。それに怒りを鎮める方法もあるし……。これもあなたたちがいてくれるからできることなのだけど……」

「怒りを鎮める方法?」とシェルドはオウム返しする。

「アーくん! 西の魔王国に入ると同時に私たちに監視の視線を送っていたのは偵察兵ね?」

「ええ、そうです。奇行に走っている母上の様子を伺わせていました」

「そう。でもねアーくん、きっとアーくんが危惧しているようなことにはならないわ」

「どういうことです?」

「もうこの世界は魔族と人間でいがみ合うようなことはないということよ」

「何を言っているのですか!? 人間と魔族はいがみ合う。それは太古の昔から続く宿命。我々に与えられた本能です。解り合うことは不可能。だからこそ、母上も魔王となられてからの一五〇年間、人間と魔族のバランスを保とうとしていたのではないのですか? 人間、魔族双方の血が流れないように……」

「確かにそうね。でもきっともう大丈夫よ」

「なぜそんなことを言い切れるのですか!?」

「ここにいる娘たちがその証拠よ……!」


 リリスは自分の背後に立っている3人の勇者たちをアモンの視線に入れさせる。


「ここにいるアルカちゃん、シェルドくん、アロワさん。3人の勇者は人間と魔族の垣根を越えて一緒に戦ってくれたのよ。催眠にかけられた私を助けるために……。魔王の私を助けるために。この子たちが証明してくれたのよ。きっと私たち魔族と人間は解り合えるって……」

「くっ……!?」


 アモンはたじろぐ。確かに、自身の母親と勇者たちが違和感なくその場に共にいた。人間と魔族が手を取り合う……。そんな幻想のようなことが本当に可能になるのではないかと思わせてくる。


「アーくん、それにね、そんなことより大事なことがあるのよ!」


 突如、リリスが胸を張ってフフンと鼻息を荒くする。


「……そんなことより? 各魔王国と人間の国とのバランス崩壊以上に大事なことなどあるのですか!?」

「ええ、あるわ! それを知ればアーくんも怒りを鎮めるに違いないわ! ここにいる勇者たちを見てみなさい!」


 アモンはまじまじとアルカ達三人を見た。三人とも整った容姿をしている。事前に偵察兵に書かせたモンタージュ通りの顔立ちだ。幼い容姿の魔法使い、一見美青年と見紛うような男装女騎士、それに弓を背負ったダークエルフの魔王……。


「どう? アーくん、この娘たちは!」

「『どう?』とはどういうことですか? 母上……」

「アーくんが持ってる春画にいた女の子たちみたいでしょ!? 童顔に一人称が僕に褐色よ! 仲良くなっときなさい!」


 ブフっとアモンは噴き出す。


「なに言い出すんですか、母上!?」

「手紙に書いてたでしょ。かわいい女の子を連れて来るって! アルカちゃん、シェルドくん、アロワさん! どう、うちの息子は!?」

「ど、どうと言われましても……まあ、凄いイケメンだとは思いますが……」とアルカは感想を述べ、「僕も彼は容姿が整っていると思いますが……」とシェルドは言い、「ああ。まあ確かに良い男だ。さすがは新西の魔王っていったところじゃねえか?」と付けた。

「なんなんだあんたらは!? おだてて罠にはめようってのかよ!?」


 アモンは可愛い娘たちに容姿を誉められ、つい赤面してしまう。


「さ、アーくん。皆もこう言ってることだし、もう春画を見る必要はなくなったわよ!」

「意味わからんわ!? 大体さっきから春画春画ってでけえ声で言ってんじゃねえよ!? こんのクソババアぁあ!?」


 アモンはマントを振り払いながら左腰に付けていた剣を抜く。剣からは神々しい光が放たれる。


「し、師匠。な、なんですか? あの光は……!?」

「凄いエネルギーだ。さすがは先生のご子息……!」

「あれは……まさか……。ミスリルの剣? そうだろ姉御!?」

「ええ。そのとおりよ」

「アロワさん、ミスリルの剣ってなんなんですか?」とアルカが尋ねる。

「……アタイの弓、そしてお前らの杖、盾と同じさ。伝説の勇者だけが手にすることができる剣。それが『ミスリルの剣』だ。太古の昔、西に住んでいた魔族が人間に滅ぼされかけた時、魔族を救った西の勇者が所有していた剣だ。その勇者こそ初代西の魔王アモン。そう言えば、姉御の息子もアモンって言うんだったな。初代魔王から名前をとったのか……」

「ええ。私はもっと違う名前にしたかったんだけど……旦那様が言うこと聞いてくれなかったから……」

「オレは父上が名前を決めてくれて良かったと思っている。そこのクソババアの考えていた名前候補はファンシーすぎたからな!」


 剣を抜き終わり、光を消したアモンがリリス達の会話に割って入る。


「へぇ。師匠が考えていたのはどんな名前だったんですか?」と尋ねるアルカ。

「…………きらり……」

「え? もう一度言ってもらえますか?」

「……きらり」

「ぷふっ。……い、いい名前じゃないですか」

「笑い堪えてんじゃねえよ!? もういい! 全員ぶっ飛ばしてやるぅう!」


 アモンが逆上し、リリスたちに切りかかろうとする。そのときだった。


 アモン達、勇者四人の頭の中で彼らの聞いたことのない『警報音』が鳴り響く。


「パーティの再結成を確認しましタ。パーティの再結成を確認しましタ。なお、パーティー同士の戦闘は認められませン、パーティー同士の戦闘は認められませン。繰り返します。パーティー同士の戦闘は認められませン!」

「な、なんだ? この気色悪い声色は!?」


 アモン達勇者四人は得体の知れない音声に頭を抱えるのだった。

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