第63話
◇◆◇
南の魔王を決めるルークとの一戦を終え、南の魔王城は雑踏に飲みこまれる。下卑た笑いを浮かべていたホワイトエルフたちは正気を取り戻し、自分達の状況を掴むのに必死になっていた。そして、彼らの族長ルークが命を落としたことに気付くと、涙しながら亡骸を連れて彼らの故郷へと帰って行った。各部族に今までしてきた悪行を謝罪しながら……。
ホワイトエルフに対して激昂する者もいたが、本来の温和なホワイトエルフたちの心からの謝罪を受けたからか、最終的には怒りの言葉を飲みこんでいた。
「……一体どういうことなんでしょうか、先生。本当に性格が変わったとしか思えない。彼らの謝罪はうわべだけのものとは思えません。間違いなく心の底から反省している。人間である僕とアルカさんにも謝罪をしてくるくらいだ……」
「……本当に性格を変えられていた? ……誰に?」
「二人とも、その話は後にしましょう。今はアロワさんを励まさないと……」
アルカはルークを失ったアロワを案じていた。
「誰を励ますって?」
アロワは三人の前に姿を現す。その眼には既にもう涙の跡は残されていなかった。
「アロワさん……。もう、立ち直れたんですか?」
「立ち直るも何も……、最初から落ち込んじゃいねえよ」
「う、うそです! さっき間違いなくホワイトエルフの王が亡くなった時、涙を流していたはずです。大事な人だったんでしょう!?」
「アルカちゃん!」とリリスはアルカのアロワへの質問を止める。
「本人が落ち込んでないと言ってるの。だから大丈夫よ……」
「で、でも……」と腑に落ちないアルカを含む三人にアロワは声をかけた。
「さて、勝ち名乗りくらいあげとかないとな。南の魔王アロワが復権したことを知らせとかねえと……」
アロワは決闘場の中央に向かうと、アルテミスの弓を引き、空に向けて光の矢を放った。自身がアルテミスの所有者であり、南の勇者であり、南の魔王であることを再び示したのである。ホワイトエルフの族長ルークが亡くなっていたこともあるのだろう。歓声もなければ、拍手もなかった。だが、間違いなく、南の魔王国に属する全部族がダークエルフの族長アロワの南の魔王復権を認めている。それは各部族の魔物たちが見せる表情と南の魔王城跡を包む空気がそれを証明していた。
その後、アロワは南の魔王城跡に来訪し決闘の一部始終を見守っていた各部族の族長と挨拶を交わす。内容は南の魔王城を再建することや、南の魔王国がなくなったことで暴走している『ならず者たち』をどうするかなど、南の魔王国立て直しに関するものでどの部族も協力をアロワに約束してくれていた……。
「アロワ様……。各部族とも南の魔王国の安定を望んでいたようですな。……早急にこの南の魔王国をかつてのように……いえ、かつて以上に繁栄させねばなりませんな……!」とアロワに語りかける側近のドグ。
「ああ。やることが山ほどある……。これからもよろしく頼むぜ、ドグ」
「もちろんでございます」
「だが、とりあえず今日は疲れてるからさ。皆のところへ帰ろう。勝利も報告しねえといけねえし……」
アロワたちは彼女たちの集落に帰る。サラダ国と呼んでいた集落に。しかし、その名も今日限りだ。内戦状態が解除された今、サラダ国を名乗る必要はもうない。集落の魔物たちはアロワたちの帰りを出迎える。決闘に勝利したことをアロワが伝えると、集落は歓声に包まれた。アルカとシェルドのもとに魔族の子供たちが駆け寄り労いの言葉をかける。夜にはささやかな宴会も行われた。
「それじゃ、アタイはお先に寝かしてもらおうかな。明日から本格的に南の魔王再建に取り組まなきゃならねえからな。まずは集落の引っ越しだ。ここから魔王城周辺に移動するぞ。みんな協力たのむぜ」
「おぉ。やってやりますよ!!」
酔っ払っている青年連中は酒の勢いそのままに叫ぶ。アルカとシェルドは慣れない酒を飲まされ酔っ払って杖と盾を振り回し、それをリリスが制止していた。
「こ、この子たち酒癖悪過ぎでしょ!?」
「はは。姉御、あとは頼んだ」と言い残し、アロワは自分のテントに入っていく。
テントに入ったアロワは卓に置かれたアルテミスを一目した後、自分の掌を凝視する。
「くっそ……」
アロワは拳を握り込み、顔をしかめる。平静を装っていた彼女だが、自分自身の手でルークを殺したことを悔いていたのだ。南の魔王としてルークを殺す判断に間違いはないとアロワは信じていた。しかし、それでも心のわだかまりは残る。わだかまりは涙となってアロワの双眼に溜まっていた。
「……失礼するわよ」とテントに入って来たのはリリスだった。突然入って来たリリスに涙を見せまいとアロワは指で涙を拭う。
「なんだよ姉御。いきなり入ってきて……」
「……南の魔王殿を労いに来たのよ」
リリスはアロワを抱きしめた。突然の行動に虚を突かれたアロワだったが、そのままリリスの胸に顔をうずめ、身を任せる。
「辛かったわね。あのホワイトエルフの族長と仲がよかったのでしょう?」
「姉御、アタイ……」
アロワはリリスの胸に顔をうずめたまま涙を流す。
「あなたの選択は間違いじゃなかったわ。邪気の暴走したあのホワイトエルフをそのままにしていたら、何人も殺されていた。でも苦しいわよね。自分の見知った人間を手にかけるのは……。例え正しい行いだったとしてもね……。私も経験があるから……」
リリスは思い出すように言葉を紡ぎながらアロワを抱きしめた。
「大声を上げて泣きたかったでしょう? 南の魔王としての役目を果たすため、よく我慢したわね……。……防音の魔法をこのテントにかけたわ。……今だけ、今だけ普通の女の子に戻りなさい。私が全部受け止めてあげるから……」
「姉御……。アタイ、アタイ……」
嗚咽を出しながら、アロワは心情を吐露する。ホワイトエルフに裏切られたこと、南の魔王国を壊され非難を浴びたこと、それでも付いてきてくれた仲間に貧しい思いをさせたこと、ルークをその手で殺してしまったこと……、南の魔王になってから今までで辛かったことを全て……。リリスは耳を傾け頷いていた。時折、アロワを肯定する優しい言葉をかけながら……。それはアロワが泣きつかれてベッドに横たわるまで続いたのであった。
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