第62話
「うっ!? な、なんだこの悪意に満ちた魔力は……!?」
「うきゃああああああああ!!!!」
大猿と化したルークは理性をかけらも感じさせない雄叫びを上げる。
「な、なんで……。ルーク……」
「アロワさん、呆けてる場合じゃありません!」
アルカがうわの空になっているアロワに呼びかける。
「す、すまねえ。く、くそ。一体何が起こりやがったんだ!?」
ルークは見境いなく暴れ始めた。観客席にも飛び込み味方であるホワイトエルフにも爪を立てる。
「くそ、このままじゃ、ここに来ている他の部族にも被害が出かねねえ……!」
「なら、こっちに気を向かせなくちゃね……!」
リリスはルークに向けて弱い魔法を放つ。魔法の直撃を受けたルークはリリスたちを睨みつけた。
「どうやら挑発に乗ってくれたみたいね。さて、ここからどうしましょうかね?」
リリスもアルカたち3人も前の戦闘で満身創痍だ。リリスの魔力も既に尽きかけている。しかし、そんな事情など凶暴化したルークには関係ない。ルークは巨大な拳をアロワに向けて繰り出した。
「ぐっわあああ!?」
「アロワさん!?」
アロワは決闘場の壁に叩きつけられた。
「我が部族の兵たちよ。この猿を止めるぞ……!」
審判を務めていたリザードマンの族長が部下たちに指示を下す。審判として中立を保たなければならない立場であったが、無差別に攻撃し始めたルークを止めるべく動きだしたのだ。しかし……。
「うわあああああ!?」
巨大な力を持ったルークの前にリザードマンの精鋭たちもなす術なく叫び声を上げながら倒れていく。
「うぎぃいいいいいい!!」
咆哮を放つルークはリリスを視界に捉えると一直線に突進し始めた。
「くっ!? いつもの力があればあんなやつ倒せるのに……。力が入らない」
「先生危ない! ぐ!? うわあ!?」
シェルドはドラゴンの盾でリリスを守ろうとするが殴りとばされてしまった。動きの鈍くなったリリスの体をルークは大きな掌で掴むと潰すように握りこむ。
「きゃ、あああああああ!? な、なんて力なの!? 北の魔王の力すら超えている。なんで一介のホワイトエルフがこれほどまでの力を……!?」
「師匠を離しなさい! リリース・ファイア!」
アルカが魔法を放つ。いつもより数段弱い炎魔法だったが、ルークからリリスを引き剥がすには十分な威力であった。
「大丈夫ですか、師匠!」
「ええ。助かったわ。でも、まずいわね。どうにも倒せそうにない」
「観衆が逃げ終わったら僕たちも逃げましょう、先生!」
「それが一番賢いわね。問題はそれまで耐えられるかというところね」
「うぎぃいいいい!」
ルークは唸り声を上げて相も変わらずリリス達を睨みつけていた。
「なぜ、ルークは急にあんな力を……? あんな力があるなら、わざわざ先生を懐柔する必要もなかったはず……」
ルークの凶暴化の原因、それは邪気の増幅であった。何者が手を加えたのかはわからないが、ルークの邪気が膨大に膨れ上がっている。それに気付いているのはこの決闘場においてただ一人。南の魔王アロワだけであった。
「う……。これはあの時と同じだ……。あの時もホワイトエルフは邪気に侵されてしまったんだ」
アロワは肌で邪気を感じることができる。それが南の勇者の能力だからだ。そして、ルークを止める方法も直感で理解していた。邪気に染まりやすい魔族を邪気から解放することこそ南の勇者の本質。伝説の弓『アルテミス』こそが邪気を払う唯一の武器であることをアロワは勇者としての本能で見極めていた。
「く、くそ」
アロワははいずりながらアルテミスの弓と矢筒が置かれた卓上を目指す。もっとも、卓はすでにルークの暴走で破壊されており、アルテミスは地面に放り出されていた。矢筒を担ぎ、弓を取ろうとするが……、弓はアロワに手を付けられるのを拒むように高熱を発する。
「なんで、まだアタイを拒むんだよ!? ……っ! わかってる。わかってるんだ。まだアタイが覚悟を決めてないからなんだろ!? ちくしょう!」
アロワは下唇を噛み締めて一筋の涙を流した。
「私はルークを殺す! だから力を貸しやがれ。アルテミス!」
アロワの言葉に反応し、瑠璃色のアルテミスの弓は同じく瑠璃色のオーラを放つ。発していた高熱は消え、アロワの体に馴染んで行く。
「す、すごい。なんですか!? あのオーラは……!? まるで、全てを浄化するかのような……!?」と驚くアルカ。
「あれが伝説の弓『アルテミス』の力。全ての邪悪なる者を滅する瑠璃色の光……」とリリスは言葉をこぼす。
瑠璃色のオーラを眼にしたルークは焦った表情を見せながら、アロワに突進する。
「……さよなら、ルーク。今お前を救ってやる」
アロワは背中に担いだ矢筒から光の矢を取り出し、弓を構える。そして射出した。矢はルークに向かって加速し続け、ルークの胸部を貫通する。貫通した矢は空に軌道を変更し、上空で炸裂した。炸裂した矢は光を放ち、決闘場にいたホワイトエルフたちに降り注ぐ。
「あ、あれ? わたし達は一体何をしてたんだ?」
ホワイトエルフたちが戸惑いながら口々に確認し合う。そこには先ほどまでの下卑た笑いを浮かべていたホワイトエルフの姿はない。
「ま、まさか『戻った』のか? 50年前のホワイトエルフたちに……」
リザードマンの族長はホワイトエルフたちの表情を見て分析する。
「ちょっと、そこのリザードマンさん! 戻ったってどういうことよ?」と質問するリリス。
「……ホワイトエルフは温和な部族だったのだが、50年前突然凶暴化し南の魔王国を切り離しにかかったのだ。誰もが驚いたものだ。アルテミスの弓を紛失した南の魔王国アロワとその部族であるダークエルフを糾弾する彼らの姿はまるっきり別の種族だった。しかし、今の純粋な表情はまさに我々が知るホワイトエルフそのもの……」
「……何者かがホワイトエルフの人格を変えたってこと?」
「わからん。当時から今まで我々はホワイトエルフが裏の人格を表に出してきたという認識だったからな」
「し、師匠。ルークの姿が……!」
リリスは闘技場で倒れているルークの方に視線を向ける。大猿の姿をしていたルークが元のホワイトエルフの姿に戻っていた。そんなルークの元に駆け寄る一人の魔族の少女……。南の魔王国魔王アロワである。
「ルーク! しっかりしろ!」
アロワはルークを抱きかかえる。ルークの胸にはアルテミスの弓で貫いた風穴が空いていた。大量出血も起こしている。
「……ア、アロワ……?」と弱った声でルークは答える。短い一言だが、そこには先ほどまでの粗暴な姿はない。邪気が払われたのだとアロワは確信する。
「その話し方……。元に戻ったんだな!?」
「ぼ、僕は一体……。ぐ、ぐふっ!?」
ルークは咳き込み、鮮血を吐きだす。
「だ、大丈夫か!? ルーク!?」と心配するアロワの姿を見てリリスが動く。
「……嫌なホワイトエルフだけど、南の
「あ、姉御……。すまねぇ」
「別にいいわよ。ま、私も魔力切れ寸前だから全快とまではいかないでしょうけど……。致命傷を直すくらいはできるはずだわ」
リリスはルークに回復魔法をかけた。しかし……。
「な、なんで……? どういうことなの!? 私の回復魔法が効かないなんて……」
ルークの受けた傷が治る様子はない。
「あ、姉御どうしたんだ!? 魔法が効かないってどういうことだよ!?」
「わ、わたしにもわからないわ」
「……多分無駄なんだ。少しずつ思い出してきたよ、アロワ……」
ルークは息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「……どうやら、僕はひどいことをしたみたいだね……。南の魔王国に、ダークエルフに、……そして君に……」
「ルーク、喋んな! 死んじまうぞ……! おい、誰かこいつに回復魔法をかけてやってくれ。頼む。姉御の回復魔法がなぜか効かないんだ!」
アロワはホワイトエルフたちに向かって叫ぶ。
「私がかけよう。ルーク族長、今助けます……!」
一人のホワイトエルフの魔術師が回復させようと試みる。しかし、結果はリリスと同じだった。ルークの傷はそのままの状態で一向に回復する気配がない。
「一体何が起こってんだよ!? 回復魔法が効かないなんて……!」
「アロワ……。聞いてくれ……」
「喋んなって言ってるだろ!?」とアロワが促すが、ルークは言うことを聞こうとはしなかった。これが最後の言葉になると解っているかのように。
「50年前、僕たちホワイトエルフに『声』が囁いてきた」
「声? なんだよそりゃ……」
「……わからない。その声は僕たちホワイトエルフに言った。『あなたたちには役割があります。ただ、その役割を果たすにはあなた方は優し過ぎる。造り変えてあげましょう』と……。直後、僕らは自分を失った。僕らの心は狡猾で残忍な性格に支配されてしまったんだ。……今、僕に回復魔法が効かないのも声の『あいつ』が何かしているに違いない……」
そう言うと、『ごふっ』と咳き込みながらルークは血を吐きだす。
「しっかりしろ、ルーク!」とアロワは目に涙を浮かべる。
「ふふ……。あれだけひどいことをしたっていうのに……。僕のために泣いてくれるのか、アロワ」
「当たり前だろ!? お前は色々償わないといけないんだ……」
「……そうだな。多くの間違いを犯してしまった。君との約束も守れなかった……」
「アタイとの約束?」
「ふ、ふふ……。覚えてないか? 百年くらい前だったか……。僕たち二人は若くして族長になってしまった。だから、意気投合したじゃないか……。二人で南の魔王国を変えよう、と」
アロワはハッとした顔をする。あの約束を覚えていたのは自分だけじゃなかったのかと。
「大きくなったら、夫婦になろうと。ホワイトエルフとダークエルフが種族を越えてひとつになる姿を他の種族にも見せれば、きっとまたひとつ南の魔王国は良くなる、と」
「ば、ばかやろう。あんなの子供の頃の戯言だろ!?」
「そうか……。それは残念だな。僕は結構本気だったんだよ? 『あいつの声』に支配される50年前までは……」
「『あいつ』ってだれなんだよ!?」
「わからない。人智を越えた何かとしか……。……アロワ、お願いがある。僕のことは許さなくても良い。でも、他のホワイトエルフは許してやってくれ……。彼らは何も悪くないんだ、頼む……」
言い残して、ルークは瞼を閉じた。
「……ルーク? ルーク!? 目開けろ、ルーク!」
アロワが声を荒げるがルークが応えることはなかった。
「なに、死んでんだよ……。アタイもあの約束、ホントは結構本気だったんだぞ。約束破ってんじゃねえよ……!」
アロワは下唇を噛みしめながら、涙をこぼすのだった。
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