第52話

◇◆◇


 アルカとシェルドは研究所見学を終え、応接間に戻ってきていた。


「この世界が五〇〇〇年前に出来ただなんて信じられません。もし、それが本当なら一万年前に現れた東の勇者と東の魔王が戦った伝説は嘘っぱちだったことになります」

「それは北の勇者も同じですよ、シェルドくん。前任の北の勇者と北の魔王が戦ったのは三〇〇〇年前と言われていますが、その時の北の魔王の年齢は三〇〇〇歳をゆうに超えていると伝わっていますから計算が合わなくなります」


 ふたりはうーんと考え込むが、アルカは開き直ったように言葉を発した。


「……興味深いことではありますが、今はこんなことを考えている場合じゃありませんでした。そんな大昔のことより、今ピンチに陥っている師匠を助けなければ」


 シェルドがそうですねと頷いた時、応接間の扉が開き、魔導研究所の所長と一緒に白い髭を蓄えた老人が入ってきた。


「その白いひげのおじいさんが精神魔法の権威の方ですか?」とシェルドが尋ねると所長が頷く。

「ええ。精神魔法を研究して四〇年のミンド氏です」


 紹介を受けたミンドは頭を軽く下げる。


「あなたが由緒正しいガード家の二男……シェルド様ですか。初めまして。お役に立てるかはわかりませんが、私の知り得る限りのことをお教えしましょう」

「……もう所長さんから聞いていると思いますが……完全魅了パーフェクト・チャームの解除方法を教えて欲しいのです」

「はい、伺っております。しかし、結論から申し上げましょう。私も完全魅了の解除方法は持ち合わせておりません。そもそも、完全魅了にかかった人間の解呪を試みたというサンプル自体が少なすぎるのです。この連合国が所有する完全魅了の事例は3件しかなく、内2件はサキュバスに連れ去られております。残り一件についてはかけられたものを助けることができたのですが、生涯完全魅了から解けることなく死去しております」

「そんな……。何か方法はないんですか!? ヒントだけでも欲しいんです!」

「……もし、本当に手段を選ばないのであれば、一つだけ可能性はあります。科学的、魔導的ではない荒っぽいやり方にはなりますが……」

「そ、それは……?」

「思い切り頭をド突くことです」

「は?」


 口を開くアルカとシェルドを他所にミンドは大まじめな顔である。


「そもそも精神魔法とは脳内の回路を強引に固定させるものなのです。よって、弱い精神魔法ならげんこつ程度の衝撃でも解けます。精神魔法における解ける解けにくいは回路固定の力が弱いか強いかというシンプルなことで決まるのです。ですが、シンプル故に強い精神魔法は解くことができなくなる。激しい脳への攻撃はそのまま受術者の死を意味しますから。現にこの方法をその一例しかない被害者に試そうとしたらしいのですが、何分その被害者が高貴な身分であったため、行われなかったそうなのです。しかし、勇者様御一行のその強い魔法使いの方ならあるいは……」


 リリスは魔族で魔王である。普通の人間よりも格段に防御力も体力も高いはずだ。もし、ミンドのいうことが正しければ、ド突いて元に戻すことも可能かもしれないとアルカとシェルドは判断する。


 アルカは思い出していた。リリスはシェルドの頭に魔力を流して魔法を覚えさせようとした時、失敗して回復魔法をかけていたことを。脳をある程度ぶっ壊されても回復魔法をすぐに掛ければ元に戻ることはシェルド自身が証明している。回復魔法もアルカはリリスに教えてもらっていた。条件は揃っている。


「……ありがとうございます。たしかに科学的、魔導的ではないかもしれませんが……、可能性は見出せませた。行きましょう、アルカさん!」


 シェルドが所長とミンドに謝礼を渡すと、二人は南の魔王国へ出発する。ホワイト国の王ルークとの決闘は4日後に迫っていた。二人は3日かけてアロワの元へ……、南の魔王国の集落に戻る。


「やっぱりお前らだったか。巨大な魔力が近づいていると思っていたが邪悪な感じはしなかったからな」とアロワが二人を出迎える。

「それで、姉御を元に戻す方法は見つかったのか?」

「ええ!」と二人は声を合わせる。

「頭を思い切りド突くんです!」


 二人は得意気な笑みを浮かべて言い切った。そんな二人にアロワが口撃する。


「えっと、その、なんだ。ちょうどいい機会だ。言い返しておく。お前ら脳筋か!?」

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