第29話

「いだだだだだ!」


 翌朝、アルカは大声で痛みを訴えていた……。


「どうしたの? アルカちゃん、そんなオッサンみたいな声を出して……。乙女失格よ?」

「き、筋肉痛が、ひどすぎます……。し、師匠、今日は休みましょう……!」


 アルカは昨日の長距離移動のダメージが大きく、ひどい筋肉痛に襲われていた……。ベッドから体を起こすのも辛いほどだ……


「なに、情けないこと言ってるのよ。シェルドくんを見なさい! しゃきっと立っているわよ!」


 アルカがシェルドを見ると、シェルドは確かに立っている。しかし、アルカは見逃さなかった……。シェルドが剣を杖代わりにし、やっとのことで立ちあがっていることを……。


「えい!」


 アルカは、シェルドの足を軽く足で小突く……。


「いだだだだだだ! 何するんですか!? アルカさん!」

「自分だけやせ我慢して平気なふりをして、師匠に良く思われようとした罰です……」


 アルカはにやりと笑みを浮かべる……。


「師匠……。シェルドくんもこんな調子です……。今日はやめときましょう……。こんな疲れている状態ではまともに動けません……!」

「アルカさん! それ以上は言ったらいけません!」


シェルドはアルカの言葉を聞き、アルカの口を手で押さえる……が、もう遅かった……。


「全く、二人ともしょうがないわねえ……。それなら私が回復魔法をかけてあげるわよ!」


 リリスはアルカとシェルドに回復魔法をかける。ふたりの体の状態はあっという間に元通りになった……。


「うわあ、師匠、ありがとうございます!」


 リリスにお礼をいうアルカを引っ張って、シェルドは宿泊室の外に出る……。


「シェルドくん、なんですか? 部屋から私を連れてきて……」


 シェルドは小さな声でアルカに文句を垂れる……。


「アルカさんのばかぁ……! 筋肉痛の状態なら、先生が今日走る距離を短くしてくれたかもしれないじゃないですか……! 昨日の半分、いや三分の一で済んだかもしれません! 回復魔法をかけてもらったら、絶対に昨日以上の距離を走らされるじゃないですか……!」


 アルカはシェルドの話を聞いて、『しまった』という表情をする……。


「あらあらあら、そんな姑息なことを考えていたのねぇ……」


 シェルドとアルカは声のする方に振り向く……。そこには不自然な表情で笑みを浮かべるリリスがいた……。


「し、師匠、私は言ってませんよ? シェルドくんだけが勝手に……」

「そうね。たしかに喋ったのはシェルドくんだけよ。私見てたから……」

「じゃ、じゃあ私は無実ですね……!」

「でも、アルカちゃん……。あなた、シェルドくんの話を聞いた時に『その手があったか』って顔してたわよね? 私見てたわよ?」


 二人は『あわわわ』と体を震わせる……。


「二人とも性根が曲がっているようね……。覚悟しなさい! 今日こそは、南の都に到着するわよ! 到着するまで休憩なし!」


 アルカとシェルドはその場で膝をつく……。二人に大ウソを吐いているリリスが性根が曲がっていると指導するのは腑に落ちないところではあるのだが……。


 三人の様子を窺っていた店主のおばあさんは『嘘だよねぇ。聞き間違いだよねぇ』と呟くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る