第13話

 翌日、騎士の仕事が非番だったシェルドとリリスの特訓が早速始まった。


「シェルドくん! 早速始めるけど、私のレッスンは基本的に基礎訓練だけよ! まずは私の動きを見切れるようになりなさい!」

「は、はい! 先生!」


 シェルドは模擬刀を構えた。対するリリスは丸腰である。リリスはアルカが始まりの合図を出すや否や高スピードでシェルドの懐に潜り込む……。


「がっ!?」


 リリスは腹部に一発拳を入れる……。あまりの激痛にシェルドはその場にうずくまってしまう……。


「ほらほら、この程度で音をあげてたら強くなんてなれないわよ!?」

「は、はい……!」


 その後もリリスはシェルドをしごき続ける……。傍から見ると、リリスがただ暴力を振りまいているようにしか見えない。二人の特訓をガード家の従者とシェルドの兄イルドはどこか落ち着かない様子で心配そうに見つめている……。リリスはその視線に気付かなかったが、アルカは気付いていた。なぜ、心配そうに見つめているのか、その理由にもアルカは気付いていた……。


「ぐうう……!」

「ほら、男の子でしょ! これくらいでへばってどうするの?」


 リリスがシェルドに発破をかけていると、アルカがリリスに近づき小さな声で話しかける……。


「師匠……。もう少しレッスンを優しくしてあげられませんか? 屋敷の人たちが心配そうにしてます……」

「え? でもこの子が言い出したんじゃない。レッスンを受けたいって……。ならある程度は我慢しないといけないでしょ……!」

「それはそうなんですが……。……師匠、この子……、シェルドくんは多分『女の子』ですよ?」

「……はああああああああああ!?」


 リリスはひそひそ話していたことを忘れ、声を大にして驚く……。


「師匠……、やっぱり気付いてなかったんですね……」

「アルカちゃんはいつ気付いたのよ!?」

「……会ったときから、ですかね? 体つきが明らかに細くて柔らかそうだったので……。屋敷の人たちは坊っちゃんと言っていましたから女の子であることを隠そうとしてるんだ、と思って確認はしませんでしたが……」

「ちょっと、シェルドくん! 風呂場に行くわよ! 私と一緒に!」


 そう言うと、リリスは半ば強引にシェルドと一緒に屋敷の中にダッシュで入って行った……。そして、またすぐに戻って来た……。シェルドは少し顔を赤らめていた……。


「師匠、何をしてたんですか?」


 アルカがリリスに問う。リリスは少し声を震わせながら哀しそうに答える。


「この子、ホントに女の子だったわ……。私より胸が大きかった。ちょっと、どうやってそんな大きいものを鎧の中に隠してたの? 反則よ!」

「師匠……。別に反則ではないと思いますが……。……シェルドくん……、なんで男の子だなんて嘘を吐いてるんです?」

「……それは……、これが原因なんです……。出でよ……! 我が盾よ!」


 シェルドは転移魔法を使用してアイテムを召喚する。それは盾だった……。


「先生、ちょっと触ってみてください……」


 リリスはシェルドに言われるまま、盾に手を伸ばす……が、盾を触ることはできなかった。リリスが盾に触れようとした瞬間、リリスの指に激しい痛みが襲ったからである。リリスは堪らず、盾から手を引いた。


「な、なによ、これ!?」

「ど、どうしたんですか!? 師匠!」


 アルカは驚きながら、リリスを心配する。シェルドはアルカにも盾に触れてみるよう催促する。アルカは少し躊躇しながらではあったがリリスと同じように盾に手を伸ばしてみた……が、結果はリリスと同様だ。


「いった!? な、なんなんですか、この盾!? 触ろうとしたら急に強力な静電気みたいな痛みが手に……」


 リリスはアルカの様子をみて、盾にかけられたトラップが魔族だけでなく、人間にも有効な術の類であるのを確認し、正体がばれなかったことに安心する……。そして……それよりも気になったのは魔王であるリリスをもってして、触れることのできなかったシェルドの盾である。だが、リリスは少し思考を巡らせるだけで、この盾の正体が理解できた……。そう、リリスは少し前にも同じ体験をしていた。魔王の自分でさえも使うことができない武器を……。リリスは疑念を確信に変えるため、シェルドに問いかける。


「ちょ、ちょっと! ……これって、もしかして……ドラゴンの盾……!? 東の勇者が持っていたという伝説の……!」

「はい、その通りです……。代々僕の家系が守って来た伝説の武具です……。何故か僕がこの盾の所有者に選ばれてしまったのです……。伝説では東の勇者は勇敢な騎士だったと伝わっています……。しかし、この国では男しか騎士にはなれない……。そこで僕は男だと嘘をついているんです……」


 シェルドの回答を聞いて、リリスは腕組みをする。魔王である自分が触れることもできない盾……。アルカのヨルムンガンドの杖と同じく、選ばれし勇者にしか使えないアイテム……。リリスはシェルドがなぜ自分やアルカに特訓をお願いしたのか、わかった気がした。


「騎士になってはみたもののドラゴンの盾に相応しい実力をなかなか持つことができない……。だから、私に戦いを教えて欲しい、と思ったのね?」


 リリスの言葉にシェルドは頷く……。


「先日、アルカさんは、とても女性とは思えない身のこなしをしていたので、教えてもらえば僕ももしかしたら、と思ったんです……」

「……シェルドくん、私はあなたが女の子だってわかったからって手は抜かないわよ?」

「はい、もちろんです!」

「そして、あなたにはアーくんに会ってもらうわ!」

「はい、もちろんで……。え? アーくん?」


 シェルドの見た目は凛々しく、一見好青年に見える容姿である。しかし、リリスが恋愛対象として見ていなかったのは見た目が息子と同じくらいの年齢だったからである。リリスのストライクゾーンは人間でいう20代後半以上からなのだ。

 そして、リリスは思い出していた息子アモンの春画に一人称が僕の娘がいたことを……。シェルドがアモンの好みにあうかもしれないと思ったのだ。


「私の親戚の子よ! その子と友達になってもらうわ!」

「友人にですか? はい、もちろん構いません!」

「師匠……。そのアーくんって男の子なんでしょう? 友人候補に女の子ばっかりってのはどうなんですか……」

「どうでもいいのよ! 性別なんて!」


 アルカの疑問はリリスの勢いでかき消された……。


「あと、シェルドくん、イルドさんはお付き合いされてる女性とかいるの?」

「え? あ、兄ですか? お付き合いしている女性はいないと思いますが……」

「よし!」


 リリスはガッツポーズをする……。


「どうしたんですか、先生? いきなりガッツポーズなんかして……」

「シェルドくん、今師匠は凄くうれしい気分なんです……。許してあげてください……」


 アルカがシェルドに理解を求める……。


「さ、レッスンの続きを始めるわよ! ……さっきの転移魔法を見るに……シェルドくんは魔法が使えるの?」

「あ、はい。本当に威力の低い魔法しか使えませんが……」

「それを早くいいなさいよね! それなら、簡単じゃない! アルカちゃんと同じ身体強化の魔法を覚えれば良いのよ! 体を鍛えるだけじゃ……男子に勝つのは……立派な騎士になるのは無理があるでしょ?」

「身体強化の魔法……そんなものがあるんですか!? 知らなかった……」

「さっそく、魔法を覚えてもらうわよ……」


 リリスはシェルドの頭に手を置く……。


「ストップ! ストーップ!!」


 アルカが慌ててリリスを止める……。


「なによ、アルカちゃん。そんな大声出して……」

「師匠! シェルドくんの頭をいじるつもりだったでしょ!? そんなことしたらダメです!」

「ええ……。でもこっちの方がてっとり早いし……」

「頭をいじるとはどういうことです? アルカさん」


 シェルドは状況を理解できないため、アルカに疑問を投げかける。


「師匠は頭の中をいじることで脳に新たな魔力回路を造り、魔法を強制的に覚えさせることができるらしいんです」

「それはすごい……。さすが、先生!」

「話は最後まで聞いてください! 確かに凄いですが、成功率は7割、失敗したら頭がパーになってしまうというデメリットもあるのです!」

「失敗しても私の回復魔法で治せるって言ってるでしょ? だから、実質デメリットはないようなものよ!」


 リリスはアルカの主張に真っ向から反論する。その様子を見ていたシェルドが口を開く……。


「……確かにデメリットは怖いですね……」

「そうでしょう、そうでしょう! 頭をいじることはやめておき……」

「ですが、先生、僕の頭をいじってください!」


 シェルドはアルカの言葉を遮り、リリスにお願いする。その言葉を聞き、アルカは「ええ……」と引き気味の感嘆詞をもらす。


「シェルドくん! 本気で言っているんですか? どうなっても知りませんよ!」

「騎士たるもの。恐れていては成長は見込めない……。目の前に大きなチャンスがあるのです。乗らない手はない……」

「よく言ったわ。シェルドくん! さ、始めるわよ!」

「はい、来てください!」


 リリスはシェルドの頭に手を置く……。シェルドは強くなれるかもしれないという期待感から少々興奮した様子だ。そんな二人をアルカは呆れた目で見つめていた……。


「それ!」


 リリスはシェルドの脳に魔力を流し込む……。


「うわあああああ!」


 シェルドは白目を剥いて倒れてしまった……。


「はっ!? 失敗しちゃった……」


 リリスがポツリと独り言をもらす……。その言葉を聞き逃さなかったアルカは絶対に師匠に自分の頭をいじらせないと心に誓った。

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