第12話

「あああ、うあああああ! 牛魔王様がああああ!」


 リリスと牛魔王の戦闘を影から見ていた北の魔王軍が城を捨て敗走を始める……。それを見たリリスは呆れたように息を吐く……。


「残念だったわね。北の魔王さん。あなたが死んでも弔い合戦をしようなんて輩はいないようね。人望なかったのね、あなた」


 リリスは麦わら帽子を拾い上げて被るとアルカの元に歩み寄り、頬を軽く叩く。


「ほら、アルカちゃん、いい加減に起きなさい……!」


 目覚める気配がないので、リリスは水魔法を発動してアルカに掛ける。


「うわああぁあって、え? 師匠、牛魔王は?」

「もう、とっくに倒したわよ!」

「さすが、師匠!」


 アルカはリリスに抱きつく……。リリスは面倒くさそうな顔をしてアルカを引き剥がす。


「こんなことしてる場合じゃないわよ。さっさとサイエンさん達を助けて街に帰るわよ」

「はい!」とアルカは元気に答える。魔王城の中はすでに魔族の姿はなく、もぬけの殻となっていた。最上階のひときわ大きな部屋の大きなテーブルの上に設置された大きな皿の上に赤髪のイケメンが……サイエンが縄に縛られた状態で放置されていた……。

「うわあ……」


 アルカが冷めた目でサイエンを見る。


「なんなの、お父さん……。今度はそんなSM趣味に目覚めたの?」

「そんなわけないだろ! 早く解いてくれ!」


 アルカとリリスは手分けしてサイエンを含む囚われの人々を解放していった。


「これで全員かしら……」

「ああ、生きているのはな……。生き残ったのは3分の1くらいだろう……」


 囚われていた男性の一人、アルカが街で助け損ねた中年の男性がポツリと答える……。


「殺された人達の死体は? 牛魔王はおそらく頭部しか食べなかったんでしょう?」

「ああ、ひどい食べ方だった。首から下はあっちの部屋に運ばれていた……。おそらくそこに皆の死体がある……」


 中年は調理室と思しき部屋を指し示す。アルカ達一行は調理室の中を調べる。


「うっ!」


 アルカは思わずえずく……。残酷な光景が広がっていた。頭部のない死体がゴミのように捨てられ、山形になっていた……。


「ひどい。これじゃ、報われない……」


 サイエンが眼をそむけながら、眉間にしわを寄せる……。サイエンだけではない、アルカも捕えられていた人々も皆、眉をしかめ、必死に怒りを抑えようとしていた。そんな中、リリスは死体に近づいて行く……。


「リリーさん、何をするんですか?」

「……私の回復魔法をかけます……」

「生き返るんですか……!?」

「いえ、それは無理です……。だけど、元の状態に……頭を復元して上げることはできます……。せめてそれくらいはしてあげないと、ご家族がお別れを言えるようにくらいはしてあげないと……ね……」


 リリスは回復魔法を死体に向かって放つ。緑色の光が死体を包んでいく。リリスの離した通り、綺麗な顔をした死体になった……。


「さ、彼らを連れて戻りましょう」


 リリス達は転移魔法を使って街へと帰って行った……。転移先はルギの魔道具店だ。こうして、アルカとリリスの長くて短い1日の牛魔王討伐は終わったのである……。


 数日後、死者たちの葬儀は集団で行われた……。同時に北の魔王城へ連合国軍が派遣され、牛魔王こと、北の魔王の絶命が確認され、悲しみの街は歓喜の渦に巻き込まれた。死んだ者の家族の心がすぐに晴れることはないだろう。しかし、少なくとも心のひっかかりはとれたに違いない……。


 その頃、リリスはというと……泣いていた。といっても葬儀で泣いているわけではない……。東の都に向かう馬車の中、リリスは泣いていたのだ。


「うわああああああああん。こんなのってないわよ……!」

「し、師匠、いい加減泣きやんでください……。男なんて星の数ほどいるんですから……」


 ――数日前、牛魔王討伐が終わって、リリス、アルカ、サイエンはその日の内にアルバ村に戻っていた……。アルカに目立って欲しくないサイエン、魔族であることがばれたくないリリスの思惑が一致し、話が大きくなる前に街から引き揚げたのだ。アルカ自身は連合国の兵から勇者として表彰を受けて欲しいと言われ、受ける気満々だったのだが、サイエンとリリスに猛反対され、しぶしぶ辞退したのである。

 家に帰り着くと、サイエンはリリスを呼び出し、こう切り出した。


「リリーさん、アルカにはやっぱり母親が必要だと思いますか?」

「は、はい! 必要だと思いますぅ!」

「やはり、リリーさんもそう思いますか……!」

「……明日、大事な話があるんです……。アルカと一緒に聞いて欲しいんです……」


 リリスは浮かれきっていた。これは間違いなく、お付き合いのお話を私にしてくれるんだ、と思い込んでいた。……次の日、その希望は呆気なく打ち砕かれた……。


「え? サイエンさん? このご婦人はどなたですか?」


 そこには明らかに五十代後半以上と思われる女性がいた。昔は美人であっただろうことが窺える美魔女ぶりではあった。


「僕はこの方と再婚しようと思ってるんです……」


 リリスは石のように固まってしまう……。ピシっとヒビでも入りそうなくらいにショックを受ける……。


「お父さんの馬鹿ぁ! 熟女好きのアブノーマル野郎ぉおおお!」

「こ、こら! アルカ失礼じゃないか! 謝りなさい!」


 サイエンはアルカを叱りつけるが、既にアルカは家を走って飛び出した後であった……。


「リリーさんからも説得して頂けませんか? アルカには母親が必要だと……」

「あ、あ……」


 リリスは言葉に詰まる。若い時代が終わってしまうと思って、息子アモンの反対を押し切り、セカンドライフを始めたというのに、皮肉なことに恋敵は熟女だったのだ。


「ごめんなさいいいいい! 私、出て行きますううう!」


 リリスは涙を流しながら、アルカの後を追って出て行った……。いつもの訓練場でアルカと落ち合った。


「うっ、うっ。アルカちゃんは知ってたの? サイエンさんとあの熟女が付き合っているのを……」

「……確信は持てませんでしたけど、なんとなく……。だから、私、お父さんと師匠をくっつけたかったんです……。あんな、おばあちゃん位の方をおかあさんて呼ぶなんて複雑過ぎますから……」

「うっ、うっ。こんなのってないわ。あんまりよ……」

「師匠、元気出して下さい……。男なんて星の数ほどいますよ……!」

「わ、私の方が熟女なのにいいいい!」

「え?」


 それから、アルカは師匠に付いて行きたいです、と言い出した。世界を見て回りたいといういかにもな理由をリリスには言って来たが、継母と一緒に暮らすのが嫌だという本音がひしひしとリリスに伝わって来た。リリスからしても息子アモンにアルカを会わせたいので、連れていくのはやぶさかではなかった。サイエンに手紙を出し、心配させないことを条件にリリスはアルカを連れていくことにしたのである……。


「うわあああああああん!」

「師匠、もうアルバ村を出て五日ですよ……。そろそろ泣きやんでください……」

「だって、だって……!」

「はぁ。東の都でイケメンを見つけるんでしょ!」


 その言葉を聞いたリリスは耳をぴくっと動かし、泣きやむ。


「そう! 私は東の都でイケメンを見つけるの! 東の都は美男美女が集まってるって話で有名だったもの。一度行ってみたかったのよ!」

「そうです! その意気です!」

「そして、サイエンさんなんかよりも良い男を見つけるんだから……! ……サイエンさんよりも……良い男……を……。……うわあああああああん! 私の方が熟女なのにいいいいいい!」


 アルカは引きつった顔でリリスを見つめる……。アルバ村を出て五日、リリスはずっとこの調子だったのである……。まさに躁鬱状態である。

 こんな調子のまま、アルバ村を出て十日。リリスとアルカはこの世界で一番大きな都、東の都に到着したのである……。


「ふああああああ……」


 リリスとアルカは二人とも驚嘆して息を漏らす……。綺麗な街並み、建物の多さ、公園には噴水も設置されている。そのあまりにも都会な光景に圧倒される。出身が田舎のアルカはもちろん、魔王城が世界の全てになってしまっていたリリスにとっても感動的だったのだ。


「し、師匠! あ、アレを見てください! 三階建の建物全てが服屋になってます! 服ってあんなにあるものなんですか!?」

「アルカちゃん! あっちは建物全部お食事処だそうよ。色んなお店が一つの建物に入ってるんですって!」


 リリスとアルカはテンションが上がりきってしまっていた。特にリリスはアルカ以上にテンションが上がっていた……。理由は一つである……。見渡す限り美男子ばかりだったのだ……。東の都にいる人間はほとんどが金髪金眼で顔の作りが良い者ばかりだった。


「はああ……。ここはこの世の天国ね! アルカちゃん!」

「ふぁふぃ、ふぉふふぇふね、ふぃふぉう!」


 アルカはクレープ屋で買ったクレープを口いっぱいに頬張っていた……。


「はしたないわよ……。アルカちゃん……」

「おい、そこの赤髪と黒髪、止まれ!」


 リリスとアルカは振り返る……。そこには容姿の整った若い騎士が立っていた。アルカは食べていたクレープを飲み込むと騎士に問いかける……。


「なんですか、私達に何かご用事ですか?」

「ああ……。今しがた盗みを働いた二人組の異邦人が出たとの通報があってな。黒髪と赤髪だったそうだ。お前らだろ!」

「なっ!? ち、違います! 私達は盗人などではありません!」

「問答無用!」

「ええ!?」


 若い騎士は剣を抜き出すと、すぐさまアルカ達に切りかかる!


「ちょっと! 話くらい聞きなさいよ!」


 リリスは怒りを露わにする……。


「……アルカちゃん! 馬車に乗っていた時にしていたレッスンを思い出すのよ! やっちゃいなさい!」

「はい、師匠!」


 アルカは東の都に向かう道中、サボっていたわけではない。市街地戦でも戦えるよう身体能力強化の魔法を覚えていたのだ……。実戦はぶっつけ本番であったが、そんなことを言っている場合ではなかった。アルカは騎士の剣戟を避け、みぞおちを殴る……。騎士は衝撃に耐えれず、剣を落としてしまう。アルカが剣を拾い、勝負ありとなった……。


「くそっ! 僕の負けだ……! 殺すなら殺せ……!」

「ちょっと人聞きの悪いことを言わないで下さい! 私達は盗人でも人殺しでもありません!」


 アルカは剣を騎士に返す……。


「な、なぜ剣を返す……? ……本当に盗人ではないのか?」

「何度もそう言ってるじゃないですか!」

「シェルド・ガード! 何を油を売っている!」


 声をする方を見ると、強面の騎士がシェルドと呼ばれた若い騎士を睨みつけている……。


「もう、盗人は捕縛した。城に戻るぞ!」


 強面の騎士が指を指示した方向には赤髪の不細工な男と黒髪の醜い男が捕まっていた……。リリスは堪らずシェルドに詰め寄る。


「ちょっと! 赤髪と黒髪以外、私達と共通点何もないじゃない! ふざけんじゃないわよ! アンタにはあれと私達が一緒に見えるわけ!?」

「も、申し訳ない! どうか許してほしい。お、お詫びにといっては何なんですが、もしよければ今夜は私の屋敷に泊ってもらえないでしょうか……。 自分で言うのもなんですが、そこらの宿より良いはずです。これを渡せば執事かメイドが屋敷に入れてくれるはずです……」


 そう言うと、シェルドは金属でできた名刺のようなプレートをリリスに手渡す。


「あなたの屋敷の場所なんてどうやって探すんですか? こんなものに騙されませんよ!」

「信じてくれといっても無理でしょうけど、ガード家といえば、皆わかると思います……」

「何やってんだ。シェルド! 城に戻るぞ!」

「申し訳ありません。隊長!」


 シェルドは強面の騎士に謝りながらその場を去って行った……。


「どうします? 師匠……」

「とりあえず、行ってみる? もし嘘だったら城に行ってとっちめてやればいいのよ!」

「そ、そうですね……」


 リリスとアルカは試しに街にいた住民の幾人かにガード家がどこにあるか聞いてみたのだが、皆、口をそろえて「ああ、貴族のガード家か」と口を開き、場所を教えてくれた。


「どうやら、ガード家があるのは確か見たいね……」

「そうみたいですね……。あ、そこの角を曲がったら見えて来るらしいですよ……」


 アルカとリリスは口を開けてしまう……。そこには都会の街に似つかわしくない広々とした庭園を持つ立派なお屋敷が立っていた……。


「ええ……。私の村にある家を全部足してもこんな大きさにはなりませんよ……」

「わ、私の城よりも敷地大きいんじゃないの!?」

「え? 城?」


 アルカがリリスの独り言に突っ込む。


「あ、ああ、お屋敷よ、お屋敷。お父様がお屋敷のことを城っていうから口癖が移っちゃった」

「へえ……。そうか師匠もお嬢様ですもんね! 機会があったら訪問させて下さい!」

「え、ええ。そ、その内絶対行きましょう……」

「さて、あの子、執事かメイドにプレートを見せれば屋敷に入れてくれるって言ってましたよね。師匠、門番がいますよ! あの方に見せましょう!」


 アルカとリリスは門番に歩み寄る……。


「何のようですかな?」


 門番が睨みを利かせてくる。しかし、幾多の闘争をくぐり抜けてきたリリスと牛魔王との戦いを経験したアルカは動じることなく、シェルドからもらった金属製のプレートを見せつける……。


「シェルドって人からこれを見せれば、今日ここに泊めてもらえるって聞いたんですけど……」


 門番はカッと目を見開き、プレートを確認する……。


「盗難防止の魔法も発動していない……。これはまさしく、本当に坊ちゃまが手渡されたもの……。皆の者! 出てこい! 十年ぶりに坊ちゃまがご友人を屋敷にお招きになられたぞ! 盛大におもてなしするぞぉ!」


 門番の掛け声とともに、どこから出てきたのかわらわらと羽虫のように数十人の執事とメイドが出てきて開かれた門に整列する……。あまりの手際の良さにリリスとアルカは絶句してしまう……。


「さあ、ご友人の方々、どうぞお屋敷の中へ……!」

「は、はあ……」


 それからは至れりつくせりという奴だった……。まずは風呂に入れられ、体中を洗われた。アルカは気持ち悪いと言って嫌がったのだが、受け入れてもらえなかった。食事も今までアルカとリリスが見たこともないほど豪華だった。リリスは心の中で『魔王の私が食べたことがない料理がたくさんある……』と呟いていた……。その後は二人で遊戯室に入りお菓子を食べながらボードゲームを延々やり続けていた。


「師匠……、私、なんか嫌なんですけど常に人の目がある感じがして落ち着きません……」

「ええ、そう?」

「師匠はお嬢様だから慣れてるのかもしれないですけど……」


 そうこうしている内に、屋敷内で「おかえりなさいませ! シェルド様!」という声が聞こえてきた。


「良かった……。来ていただけたんですね」


 この屋敷のお坊ちゃま、シェルドはリリス達に笑顔を向ける。


「あなたの家、すごいのね! 今日のことは許してあげるわ!」


 リリスが開口一番そういうと、アルカもうなずいていた。


「申し訳ありません。今回は僕の勘違いでご迷惑をおかけしてしまって……」


 シェルドは深々と頭を下げる……。


「まだ、自己紹介をしていませんでしたね……。僕はシェルド……、シェルド・ガードです……。お二人の名を伺ってもよろしいですか?」

「私はリリー、そしてこっちの娘はアルカちゃんよ」

「リリーさんとアルカさん……ですか……。アルカさん! お願いがあります!  僕に戦い方を教えて下さああああい!」


 シェルドは突然土下座をしだす。あまりに突拍子もないことだったので、アルカは口からお菓子を吹き出してしまう……。


「いきなりなに言い出すんですか!?」

「今日あなたと戦って自分の不甲斐なさを知ったんです…… 。僕は強くなりたいんです……! ……強くならなきゃいけないんです……!」

「私も修行中の身……。あなたに戦い方を教えられるような身分ではありません!」

「そうよ、そうよ! アルカちゃんは忙しいの! 」

「そうです!私は修行で忙しいので教えられません! もっと適任がいます! ね、師匠?」


 アルカはリリスに振り向き、笑顔を見せる。リリスは「は?」とでも言いそうな表情でアルカを見つめる。


「ちょっとアルカちゃん! 私に面倒を見ろって言ってんの? 嫌よ! 私はセカンドライフで……恋人探しで忙しいの!」

「師匠……、落ち着いて聞いてください……」


アルカはひそひそとした声でリリスに話しかける。


「あのシェルドって子には一回り年の離れたお兄さんがいるみたいなんです……。さっきメイドさんから聞きました。なんでも凄いイケメンらしいですよ……!」


 リリスは大きく目を見開く。


「な、なんですって!? それを早く言いなさいよ!」


 リリスはシェルドの方を向くとコホンと咳払いをする。


「いいわ……、お坊ちゃん! あなたのこと、鍛えてあげるわ! 」

「あ、ありがとうございます!」


 アルカはリリスの言葉を聞いて驚いた顔をする。


「どうしたの、アルカちゃん? そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔をして……」

「い、いえ……」

「それじゃ、早速明日からレッスンを始めるわよ! 私のしごきは厳しいわよ! 覚悟しなさい!」

「は、はい! よろしくお願いします! 先生!」


シェルドが挨拶を終えた、ちょうどそのときだった……。


「シェルド! この方々だな? お前が盗人と間違えて剣を抜いてしまったというのは……!」


 リリスは突然現れた王子様風のイケメンに目を奪われてしまう……。この地方特有の金髪金眼でスラッとした高身長の青年である。


「この度は本当にい……弟がご迷惑をおかけしました。シェルドは少々、いや、かなりそそっかしいところがありまして……。お詫びになるかはわかりませんが、この街に滞在する間は是非この屋敷をお使いください……」

「は、はいぃいいい! あ、ありがたく使わせてもらいますうぅうう」


 リリスはイケメンと対面した緊張のあまり声が上ずってしまう……。


「師匠……。いつも通りにしてればいいのに……」


 アルカはため息をつきながら、小さく呟くのであった。


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