第11話

 ――アルカが魔法を放ったその数刻前……。牛魔王は食事を楽しんでいた……。大きな皿の上には生きた人間が縄に縛られた状態で配置されている。


「うわああああ! やめてくれ! 死にたくないいいいいい!」


 男は必死の命乞いをするが、牛魔王はその叫び声もスパイスの一種だと思っているのか、全く気にせず、男に巨大なフォークを突き刺す……。


「あ、あああ、あ」


 男は絶命寸前なのだろう……。声にもならない声を上げる……。牛魔王はそのまま口に運ぶと男の頭部だけを噛みちぎり、皿に戻す……。


「うむ。まあまあだな……」


 牛魔王はそう呟くと、新しいさらに乗った次の人間にフォークを刺す……。サイエンはその様子を怯えながら見ていた……。


「なんてむごいことを……」


 サイエンは眼を強く瞑り、眉間にしわを寄せながら恐怖と戦っていた……。一枚、また一枚とサイエンが載る皿の番が近づいてくる……。悲鳴の声が、命乞いの声が大きくなる……。そしてついにその時が来てしまった……。


「ほう、赤髪、赤眼か……。珍しい……」


 牛魔王はフォークをとめ、しばらくサイエンを観察していた。……この観察がサイエンにとっては命の分かれ目であった。城の外から巨大な爆発音がする……。開いていた窓から少し焦げ臭いにおいもした……。


「牛魔王様! お食事中失礼いたします! 城の前に侵入者が……、人間の女二人が、来ております……」


 兵隊が牛魔王に報告をする。


「なんだと? あいつ、名前なんだったか……、コウモリのやつはどうした?」

「は! 先ほど侵入者により殺害されました……」

「情けない奴め……。仕方あるまい……。わしが出よう……」


 牛魔王は立ちあがり、テーブルから離れて行く……。助かったとサイエンは安堵する。しかし、兵隊が言っていた人間の女二人とはもしかしてリリーさんとアルカじゃないのか、とサイエンは思い素直に喜びきれなかった。サイエンはただ祈るしかなかった。二人が無事であることを……。牛魔王が帰って来ないことを……


 ――城前でリリスは入口を魔法で壊すため、魔法を発動させようとしていた……。その時だった……。入口が開き、中から巨大な化物が現れる……。身長は7、8メートルはあるだろうか……。肩幅も広い……。


「お前たちか? この牛魔王の城に入って来た侵入者というのは……」

「ええ、そうよ。出てきてくれたおかげで探す手間が省けたわ……」

「何の用があってここに来た……」

「言わなくてもわかるでしょう? 街でさらった人間を解放しなさい! さもなければあなたを殺すわ!」

「ふん、そのことか……。残念だったな……。もう粗方食ってしまったぞ……」

「なっ!? ……あなた、まさかサイエンさんまで食べてないでしょうねえ……」


 リリスが凄みを利かせて牛魔王に問う……。


「なんだ、そのサイエンというのは?」

「赤髪、赤眼の男です。私のお父さんです」

「ああ、あれか。あれはまだ食していないな……」


 アルカはホッと胸を撫で下ろす……。


「命拾いしたわね、あなた。もしサイエンさんを食べてたら問答無用で殺すところだったわ……。さあ、街の人を解放しなさい……。死にたくなければね……」

「そんな申し出をわしが受けると思うか……? 死ぬのは貴様らの方だ……!」


 牛魔王は巨大な体に見合った強大なハンマーを振り下ろす……。地面は砕かれ、衝撃波が発生する……。さすがは北の魔王と言ったところだろう……。


「な、なんてデタラメなパワーなんですか!?」

「……赤髪の小娘、貴様が持っている杖はまさか……、ヨルムンガンドの杖、か……?」

「さすがに気づいたのね……」


 リリスがアルカに代わって答える。


「当然だ! 我が祖父の世界征服の達成目前に、邪魔をし、死に追い詰めた北の勇者の忌まわしき遺物だからな……! どこを探しても見つからなかったが、まさかこんな娘が後継者とはな……」

「小娘で悪かったですね! 伝説と同じく、あなたを倒させてもらいます! そして、お父さんを助け出します!」


 アルカは鼻息を荒くして宣言する。多少の緊張はあるようだが、気負いはしていないようにリリスには見えた……。


「小娘が生意気な……! 今すぐあの世に送ってやろう……!」


 牛魔王は再びハンマーを振りかぶり、アルカに向かって殴りかかる……。アルカは何とか避けるが、崩れた足場でバランスを崩してしまう……。牛魔王はその隙を見逃さない。横向きにハンマーを振り、アルカを襲う……。


「アルカちゃん!」


 リリスは猛スピードで、アルカを助けに向かう……! ハンマーがアルカに直撃する寸前、アルカを抱えて逃げる……。


「アルカちゃん、大丈夫!?」

「は、はい。ありがとうございます。師匠……」


 リリスは「ふう」と安堵のため息を吐き、牛魔王を睨みつける……!


「ちょっと、嫁入り前の大事な体に傷が付いたらどうするつもり!?」

「フン、下らんことを言いおって……。……黒髪の娘、貴様ただの人間ではないな? 小娘を助けた時のそのスピード……。明らかに人間を超えている……。何者だ……?」

「さあね。自分の胸に手を置いて考えてみたら?」

「……時間の無駄だったか……。貴様が何者だろうと構わん……。終わらせてやる……!」

「それはこっちの台詞よ! アルカちゃん、終わらせるわよ! 二人でありったけの魔力を込めてリリース・ファイアを放つわよ!」

「はい! 師匠!」

「ククク……」


 牛魔王は肩を震わせて不気味に笑う……。


「何がおかしいのよ? 私達の魔法は強力よ? 覚悟しなさい!」

「無駄なことだ……」

「言ってなさい! アルカちゃん、やるわよ!」


 アルカとリリスは全力の魔力を込め、『リリース・ファイア』を牛魔王に向け、打ち込む……。


「ステーキになりなさい!」


 巨大な炎が牛魔王を包むように放たれる……。余りの高熱に周囲の岩は溶け、溶岩となる……。普通ならば、絶命は免れないであろう高熱を牛魔王は受ける……。


「終わったわね……」


 リリスが少し油断したその時だった。火炎の中から巨大な影が現れたのだ……。牛魔王である。あろうことか、牛魔王は高熱の中を生き延び、直進してきたのだ……。その姿には傷一つ無かった……。牛魔王はアルカを素手で殴り飛ばす……!


「アルカちゃん!?」


 リリスは叫び声を上げながら吹き飛ばされたアルカの元に駆け寄る……。アルカは口の中を切ったのか、よだれのように血を吐いていた。


「今、治してあげるわよ……」


 リリスは素早く回復魔法をアルカにかける。体中に付いていた擦り傷が全て回復したが、意識はまだ戻らない……。


「ふん、貴様らの魔法のせいでお気に入りのハンマー溶けてしまったではないか……!」


 牛魔王は苛立ちを隠せず、口調が荒くなっている。リリスは牛魔王を睨みつける……。


「どういうこと? 間違いなくあなたを倒せるだけの魔法を放ったはずよ。どんなマジックを使ったの?」

「フフフ、冥土の土産だ。教えてやろう……」


 牛魔王は話しながら、右手の中指に付けた指輪を見せつける……。


「この指輪は魔法を完全無効する超級アイテムだ……。上級魔導師十人が命を賭して造り出したものだ……」

「魔法を完全に無効化する……ですって!? そんなの反則じゃない!」

「フン、何とでも言うが良い……。我は絶対に同じ轍を踏まん……。ヨルムンガンドの杖を持った魔法使いの勇者に負けた祖父と同じ運命を辿るわけにはいかんのだ……。さて、黒髪の娘よ。大人しく殺されるがよい……」

「あっはははははは!」

「どうした? あまりの恐怖に気が触れたか? 中途半端な力を持ってこの牛魔王に楯突いたのが、間違いだったな……」

「中途半端な力ぁ? その言葉そのまま、あなたに返して上げるわ……」

「なんだと? まだ力の差がわからんのか? 愚か者め……」

「だからぁ、まだ気付かないわけ? 頭の方もお牛さん並みなのね……残念な人だわ……。アルカちゃんには悪いけど気絶してもらって好都合だったわ。まだ知られたくなかったから……」


 そう言うと、リリスは麦わら帽子を取り、頭部を露わにする……。


「……頭部に角だと……? 貴様魔族だったのか……。っ!? 貴様、どこかで……」

「私の顔を見忘れたとは言わせないわよ? 北の魔王よ……」

「き、貴様、西の魔王リリス、か!? 貴様、なぜ人間の……勇者の肩を持っているのだ!?」

「気まぐれってやつよ……。貴方に説明する必要はないわ……。ちなみに『元』魔王よ。私はもうセカンドライフを楽しんでるの」

「セカ……なんだと? ……そんなことはどうでもいい。わしにケンカを売ってただで済むと思っておるのか……?」

「それはこっちの台詞よ……。我々の協定をお忘れになったのかしら? 人間は限られた資源……。数を確保するため、自国の領土に入って来た人間以外は捕えてはいけない。領土に入った人間であっても必要以上に殺してはいけない。殺す場合も虐待行為は可能な限り行わない。殺した人間の死体は人間の自治体に返さない場合は無駄のないように有効に使わなければならない……。あなた、どれ一つ守ってないじゃない……!」

「フン! そんな前世代の王達が作った決まりごとなんぞに振り回されてたまるか……! 我は人間を食わなければ真の力を発揮できんのだ。見よ! このパワーを……! 人間達を食うことで我はこれを手に入れることができたのだ……!」


 牛魔王は力瘤を作り、パワーをアピールする……。


「人間を食べると力が漲るっていうのは一種の興奮によるもので勘違いみたいなものだって、千年以上前に判明したんでしょ?」

「ふん、あんな説は勇者を恐れた一部の魔族が作った戯言に違いないのだ!」

「頭がお牛さんの人と話しても無駄なようね……。まあ、反省したところであなたを殺すことはもう決定事項なんだけど……」

「ふざけろ! つなぎの魔王ごときにこのわしがやられるか……!」


 牛魔王は拳を振り上げ殴りかかる……。リリスはかわして、アルカを抱きかかえ、その場から離れる……。


「ククク、威勢が良いのは口だけのようだな。精々逃げ回ると良い……」

「何を勘違いしてんのよ! アルカちゃんを巻き込んだら可哀想でしょうが!」


 リリスは牛魔王から離れた岩場にアルカを寝かせて再び、牛魔王のそばに移動し対峙する……。


「ククク、知っているぞ? 貴様は魔法が得意なのだろう? 残念だったな。このわしに魔法は通用しない……。貴様には死しかないということだ……」

「さあて、それはどうかしら?」

「強がりを言いおって……! 喰らえ!」


 牛魔王は巨大な拳を作り、リリスに殴りかかる……。拳は地面に衝突し、砂埃を上げる……。牛魔王は勝利を確信し、口元を歪める……。しかし、砂埃が消えるとそこには何事もなかったかのようにリリスが立っていた……。


「ば、馬鹿なこの至近距離でわしの拳を避けられるはずが……。く、くそぉおおおおお!」


 牛魔王は何度も拳を振り下ろすが、結果は同じであった。リリスは拳の軌道を完全に見切り、最小の動きで牛魔王の攻撃をかわし続けたのだ。


「こ、こんなことがあってたまるか! わしは先々代、先代の牛魔王を超え、最強と言われた先々代の西の魔王「アラド」よりも強くなったはずだ……。なのに、なぜ!?」

「ま、たしかにあなた、私の旦那様よりも……アラドさんよりも強いかもね……」

「なんだと!?」

「でも、残念だったわね……」


 リリスはにやりと笑った……。


「私は魔法抜きでも旦那の十倍強い!」

「ふ、ふざけるなあああああ!」


 牛魔王は怒りのままにリリスへの攻撃を再開する……。数発殴った頃、牛魔王の拳がピタッと止まった……。リリスが、牛魔王の巨大な拳を止めて掴んだのだ……。


「ぐっ! クソ! 離さんか、小娘があああああああ!」

「そうそう。言い忘れてたわね……。私が許せないのは協定を守ってないこともそうだけど……、なによりアルカちゃんを傷つけたことよ! 西の魔王アモンの将来の伴侶を殴ってんじゃないわよ! 覚悟しなさい!」


 牛魔王は拳をリリスから引き離そうと腕に力を入れるが、それ以上にリリスの力が強く、動かすことができない……! その様子を見ながら、リリスは殴る構えを見せる……。


「や、やめ……」


 牛魔王がやめろという言葉を放つ間もなく、リリスは拳を牛魔王に叩きこむ……。その圧倒的な拳圧は衝撃波となり、牛魔王の腹部に巨大な風穴を明けた……。牛魔王にとって幸いだったのは痛みを感じることなく、一瞬で死に至れたことだろうか……。魂の抜けた巨体はズシンと音をたてて、地面に転がった……。

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