第10話
「さーて! ダッシュで行くわよ、アルカちゃん!」
そう言うとリリスはアルカの足に魔法をかける……。
「し、師匠、これは何の魔法ですか?」
「身体能力向上の魔法よ! これで早く動けるわ!」
アルカはジョギングするつもりで走ってみた……にもかかわらず、すごいスピードで動くことができた……。
「す、すごいです! 師匠は普段からこんな魔法を使っているのですね!?」
「え、ええ……」
実際は持ち前の身体能力でリリスは動いているのだが、それを言うと人間でないことがバレてしまうので、教えないことにした……。
「とりあえず、北の村に向かうわよ。この眼で確認しておきたいの……」
二人は高スピードで北の村に向かう……。村に到着すると、そこには酷い光景がひろがっていた……。
「ひどい……」
思わず、アルカが口を開く。リリスも眉を歪めていた……。そこにはルギが説明したとおり、頭部のない死体がごろごろと転がっていた……。放置されていた死体は腐ったり、動物に食われたりしたのだろう。骨が見えてしまっている……。
「……本当に頭部だけを持ち去っているのね……」
「こんな残虐な行為、許せません!」
「ええ……!」
リリスとアルカの二人はともに怒りを露わにする……。もっとも、人間の立場であるアルカと魔王の立場であるリリスでは怒りの種類が違ってはくるのだが……。
「これで証拠は掴んだわ……」
「証拠……ですか?」
「ええ……。北の魔王をぶっ飛ばす理由となる証拠よ……」
「師匠? なぜ魔族である北の魔王を倒すのに理由がいるんですか? 魔族というだけで戦う理由にはなると思うんですが……」
アルカの言葉にリリスは戸惑う……。人間のアルカにとっては魔族であれば、それだけで倒していい存在となるのだ……。それは魔族にとっても同じことだ……。相手が人間ならばそれだけで敵対していい存在なのだ。お互いがお互いを敵視する。それが魔族と人間の関係であった。しかし、リリスもアルカもその異様さに違和感を覚えることはなかった。なぜ、人間と魔族は互いに敵対してしまうのだろうか、と疑問に思うことはなかった。まるで、世界がそう仕組まれているかのように……。
「アルカちゃん……。魔族だからという理由だけで魔族を倒すのは間違っていると思うの……。生まれた命を消すんだもの。きちんとした理由がいるわ。あなたも人間ってだけで魔族に殺されることは不愉快でしょう? きっと魔族もそう思ってるわ……」
リリスは他の魔族に比べれば、アルカの魔族は倒すべきとの反応に寛容であった。おそらくそれはリリスがヒト型の魔族であることが大きかったであろう。ヒト型の魔族とヒトは時に男女の仲になることがあるくらいには相性が良いのだ。
「さて、それじゃ、北の魔王城に向かいましょうか……。サイエンさんを助けに行かなくちゃね」
リリスは不思議がるアルカを尻目に魔法を唱える……。
「珍しいですね……。師匠が詠唱をするなんて……」
「これは魔法を発動させるための詠唱ではないわ。合言葉みたいなものよ……」
リリスが詠唱し終わると、空間に球状の穴が現れる……。穴の向こうには淀んだ曇天の世界が広がっている……。
「師匠、これは転移魔法ですか?」
転移魔法……、いわゆるワープができる魔法である。
「ええ、これで直接北の魔王城に向かえるわ……!」
「す、すごいです。師匠! 魔王城に転移できるなんて……!」
「あはは……」
転移魔法はマーキングしたことがある場所、つまり行ったことのある場所しか移動できない……。アルカは魔法使いになってまだ日が浅く、そのことを知らなかった。実はリリスも北の魔王城に行ったことはない……。にもかかわらず、北の魔王城に転移できるのは、西の魔王であった時に、北の魔王城にアクセスする権利を与えられたからである……。東西南北の四大魔王国の魔王は互いを監視できるよう国の行き来を許され、独自の転移魔法を持っている。それを発動するのに必要なのが『合言葉』なのである。
「さあ、さっさと行くわよ。サイエンさんが食べられる前にね!」
「はい!」
二人は空間に開いた穴の中に入って行った……。穴から出ると、そこはもう、岩山に囲まれた北の魔王城の入り口であった。
「き、貴様ら何者だ!? 突然、どこから現れた!?」
「あなたたちに用はないわ……。北の魔王を……牛魔王を出してもらえるかしら……?」
「ふざけるな! 侵入者と牛魔王様を会わせられるわけがなかろう!」
「まあ、そうなるわよね……。それなら力づくでやらせてもらうだけよ! 行くわよ、アルカちゃん!」
「はい!」
リリスとアルカは城門前で北の魔王軍と戦闘に入る……。
「リリース・エアー!」
アルカが風魔法を唱えると、城門前にいた魔王軍は紙きれのように吹っ飛んでいく……。それを確認したリリスは木で造られた城門の扉を炎の魔法で焼き尽くす……。
「さあ、暴れさせてもらうわよ! 牛魔王が出て来るまでね!」
リリスとアルカは下級兵を蹴散らしながら、城本体の入り口へと向かって行く……。
「き、貴様、何故ここにいる!? 人間が使う馬車ではここまで五日はかかるはず……!」
城の入り口の前には街でアルカと戦ったコウモリ魔導師がいた……。そしてアルカに向かって驚嘆した声を上げている……。
「ウチの師匠はすごいんです! 転移魔法でここまで来られたんです!」
「転移魔法だと!? 人間ごときが北の魔王城に転移してきただと!?」
「こら、アルカちゃん! 敵に情報を教えたらだめでしょ!」
リリスはアルカをたしなめる。
「き、貴様が師匠とやらか!?」
「ええ。リリーというわ。よろしく。と言ってもすぐにさよならすることになるでしょうけど……」
「ふざけるな……! まあいい。そこの娘には利用価値があるのだ。珍しい赤髪、紅の眼だからな。貴様の頭を牛魔王様に差し出せば大層お喜びになるだろう……!」
コウモリ魔導師は息を巻くが、リリスはため息を吐く……。
「アルカちゃん、街でこんな三流にやられちゃったの……? 情けない……」
「す、すいません。師匠……」
「さ、三流だと……!? ふざけるな! 良いだろう、本気を見せてやる……」
そう言うとコウモリ魔導師は空気の槍を生成し、投擲の構えに入る……。
「街で放ったエアー・ショットの5倍は速いぞ! 受けてみろ! うりゃあああああ!」
掛け声とともに空気の槍がアルカに向かって放たれる……。しかし、アルカに焦りはない……。
「メイク・ウォール!」
アルカは地面から巨大な岩の壁を造り出し、空気の槍を受けとめる……。
「ば、馬鹿な! 防いだだと!?」
「これくらい私でも防げますよ。この前、攻撃を受けてしまったのは私の魔法が街の人を巻き込むかもしれなかったからです!」
「手加減していたとでもいうのか!? 嘘を吐くな!」
「嘘じゃありません! まだ、ヨルムンガンドの杖を持ってから日が浅いので強大な魔力をコントロールできないのです!」
「ヨルムンガンドの杖だと!? あの伝説の!?」
「あなた、本当に三流魔導師ね。この杖の異様さとこの娘の才能に気がつかないなんて……」
リリスが口を挟むが、もうコウモリ魔導師は聞いていなかった……。
「貴様がヨルムンガンドの杖に選ばれた勇者ならば、なおのこと、殺さなければならんな! 我が最大の魔法を喰らわせてやる……!」
コウモリ魔導師が詠唱を始めると、杖が強く光る……。
「ふはははは! 我が魔力を最大に込めた水魔法『ポセイドン』だ! 喰らえ!」
ポセイドンは水魔法の中でも上位に入る威力のものである。水が龍のようになってアルカに襲いかかろうとする……が、アルカもまた、魔法を放とうとしていた……。アルカは初めて、魔力を全力で杖に流し込んでいた……。ヨルムンガンドの杖が激しく光る……。
「な、なんだ!? その魔力の光は!? 眩しすぎる!」
コウモリ魔導師はあまりの閃光の強さに眼を覆う……。
「リリース・ファイア!」
アルカが炎魔法を発動すると、水龍は一瞬で蒸発する……。
「そんな馬鹿な!? オレのポセイドンが一瞬で……。初級の炎魔法なんかに……。うわあああああああ!」
水龍を蒸発させた巨大な炎がコウモリ魔導師に直撃し、一瞬で焼失した……。
「どうでした? 師匠!」
アルカが眼を輝かせながらリリスの方を向く……。褒めてもらえると思っているのだろう。しかし、リリスはアルカの頭を小突く……。
「いったあ! 何するんですか師匠!」
「何するんですか、はこっちの台詞よ! 何で水魔法相手に炎魔法を撃ってんのよ! ちっちゃい子でもわかるミスよ! 後、杖を光らせすぎ! 魔力変換が上手く行ってない証拠よ!」
「す、すいません……」
「ま、でも良くやったわ。これで牛魔王も出て来るしかないでしょ……」
リリスはアルカの魔法で焼け焦げた魔王城の壁体を見ながらそう呟いた……。
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