第9話
リリスとルギが街のアンデットと対峙していた頃、アルカも魔族と戦っていた……。リリスに動かないよう指示を受けていたアルカだったが、住民の悲鳴を聞いていてもたってもいられず、魔道具店を飛び出していたのだ……。
「リリース・ライト!」
アルカはアンデットに向かって光属性の初級魔法を放つ……。アンデットに光属性の魔法が有効であることはリリーから教えてもらっていたのだ……。本来ならば、初級の光魔法程度ではアンデットを葬ることはできないのだが、そこはヨルムンガンドに選ばれた魔法使いの勇者アルカである……。増幅により強大な魔力を与えてくれるヨルムンガンドの杖の後押しのおかげで初級魔法でも十分にアンデットと渡り合うことができていた……。
「お穣さん。助けてくれてありがとう……!」
「いえ、当然のことをしたまでです!」
アルカは助けた中年の男から礼の言葉を受け取る……。
「……これならいける!」
修行により強力な魔法を撃つことができるようになり、自信を持つようになっていた……。……持ち過ぎていた……。
「全く予想外だな……。こんな田舎の街に強力な魔法使いが3人も現れるとは……」
アルカの前に現れたのはローブを被り、杖を持ったコウモリ型獣人の男魔導師であった。背中にはもう本来の機能は果たせないであろう小さな翼が付いていた……。
「あなたがアンデットを使役しているの!?」
「答える義理はないが……、違うな……。アンデッドを使役しているのは別の魔導師だ。オレは別の任務があるのでねえ……」
コウモリ魔導師はアルカの質問に答えるとにやりと笑って、今しがたアルカが助けた中年の元に高速で移動すると、持っていた袋を中年男に向けて広げる……。
「バキューム!」
「うわあああああああ!」
コウモリ男の持っていた袋の中に中年男は吸い込まれていってしまった……。
「あ、あなた何をしたの!?」
「見ての通りだ。人間を生け捕りにしたのだ……。我らが主、北の魔王様のためにな……!」
「北の魔王……」
アルカはゴクリと唾を飲む……。アルカの生まれたアルバ村を含め、ここら一帯の地方は遠い昔、北の魔王に蹂躙されていたそうだ。アルカ自身も当然昔話でしか知らないが、多くの人間達が虐殺されたと聞いている……。その伝説の中ではヨルムンガンドの杖を持った勇者が北の魔王を滅ぼしたと伝えられていた。もっとも今の北の魔王は代替わりし、伝説に出て来る魔王とは別人なのだが、人間側のアルカにしてみれば、魔王が代わっていることに大した意味はなく、魔王という存在が恐怖の象徴であることに変わりはない。
「……人間を生け捕りにして何をするつもりなの?」
「魔王様に食してもらうのだ……。先日襲った村にいた人間の頭部を魔王様にお持ちしたところ、大層お気に召したようでな……。今度は生きたままの人間の頭部を食したいとおっしゃっているのだ。そこで我々は生け捕りをしているというわけだ」
「な!? そんなことさせない……! リリース・ファイア!」
アルカはコウモリ魔導師に向かって炎の魔法を撃つ……。しかし、すばやい身のこなしでかわされてしまう……。攻撃を避けたコウモリ魔導師はアルカに対して風魔法を放つ……。
「エアーショット!」
風の弾丸がアルカを襲う……。アルカは風に吹き飛ばされ、建物の壁に体を打ち付けられる。アルカは堪らず、その場にうずくまるが、コウモリ魔導師はアルカの胸倉を掴み、体を持ち上げる。
「ほう、燃えるような赤髪と紅の眼だな。珍しい色をしている……。きっと、珍しい味がするに違いない。魔王様も喜ぶだろう……」
そう言うと、コウモリ魔導師はアルカを地面に放り投げ、袋をアルカに向けて広げる……。
「バキューム!」
コウモリ魔導師が魔法名を唱える……。「吸い込まれる……!」とアルカが思ったその時だった……。
「アルカあああああああ!」
サイエンがコウモリ魔導師とアルカの間に入る……。
「うわあああああああああ!?」
サイエンが叫び声を残してアルカの代わりに袋の中に一瞬で吸い込まれる……。
「お父さああああああん!」
アルカも叫ぶが、その声がサイエンに届くことはなかった……。
「ちっ! 邪魔をしおって。まあいい。今の男も貴様と同じ赤髪、紅眼だった。魔王様も喜ばれることだろう……。それに貴様も連れて行けばいいだけの話だ……」
コウモリ魔導師は再びアルカに袋の口を向ける……。その時だった……。巨大な魔法陣が足元に現れる。ギルが発動した探知魔法である……。
「探知魔法か……。っ! ……ちっ……アンデッド使いがやられたようだな……」
「お父さんを返せ! リリース・ファイア!」
アルカはコウモリ魔導師に攻撃を加える……が、やはり避けられてしまう……。
「さすがに魔法使い3人を相手にするのは、多勢に無勢というわけでもないが少々面倒だ……。ここは引かせてもらおう……」
コウモリ魔導師は逃げ出す……。サイエンが入った袋を持って……。
「ま、待ちなさ……い……」
アルカは呼びとめるが、風魔法で体を打ち付けたダメージが残っていたのだろう……。眼の前が暗くなり、意識を失ってしまった……。
「大丈夫!? アルカちゃん!」
眼を覚ました時、アルカは魔道具店の中の居室で横になっていた……。隣にはアルカを心配するリリスの姿があった……。
「し、師匠……。お父さんが……」
「サイエンさんに何かあったの?」
「私のせいなんです……。私が師匠のいうことを聞かずに外に出て戦ったから……」
「どういうこと? 詳しく教えなさい……!」
アルカは事の次第を……サイエンが連れていかれてしまったことをリリスに伝える……。
「許せないわね……。協定を無視して人間を襲うばかりか……、……よりにもよってサイエンさんに手を出すとわね……。ただじゃ済ませないんだから……!」
リリスは舌唇を噛むようにして怒りの感情を顔に表す……。
「し、師匠……。協定ってなんですか?」
「あ、ああ。私も風のうわさで聞いただけなんだけどね。東西南北の四大魔王国は協定を結んでいるそうなのよ、色々と。その中の一つに自分達の領土に入って来た人間以外を襲ってはならないって決まりがあるのよ……」
なんで、そんなことをリリスが知っているのか、普通に考えればおかしな話なのだが、アルカはリリスが物知りであるからなのだと、特に不審には思わなかった。もちろんリリスがそのことを知っているのはリリス自身が元西の魔王だからである。
「ルギ殿! この度も街を救って頂き感謝します!」
一人の兵が魔道具店の中に入ってくる……。一般兵ではないようだ。鎧の装飾が少し異なっている……。
「連合国軍様は、ようやく到着かい……。遅いったらないねえ……」
魔道具店店主の老魔女、ルギがチクリと苦言を呈する……。
「申し訳ありません。しかし、ご理解いただきたい……」
「まあ、期待なんかしちゃいないよ……。後、今回わしは大したことをしていない……。そちらのお穣さんが追い払ってくれたのさ……」
ルギは目配せでリリスの方に兵の視線を向けさせる……。リリスの美貌を目の当たりにした兵は思わず、赤面してしまう……。
「ま、まさかこの美しい方が……? 信じられない……」
「美しいなんて……そんなことないですよ……!」
突然容姿を褒められたリリスは少し舞い上がってしまう……。
「口説くなら覚悟を持つことじゃ。わしよりも格段に強いぞ?」
ルギが口を開く。兵は「そんなつもりでは……」としどろもどろな様子で答える……。
「ルギさん! アルカちゃんの介抱にお店使わせてくれてありがとね! アルカちゃん、もう動けるわよね?」
アルカは「はい!」と答えて立ちあがる……。
「どこに行くつもりじゃ?」
「決まってるじゃない! サイエンさんを助けにいくのよ!」
「北の魔王が住む城に向かうつもりか?」
「まあ、そうなるでしょうね。アルカちゃんの話を聞く限り、北の魔王城に連れて行かれたのは間違いないでしょうから」
ルギとリリスの話を聞いた兵は驚いて声を上げてしまう……。
「そちらの赤髪の娘さんと二人で魔王城に乗り込むおつもりですか? いくらなんでも無茶でしょう! どれだけお強いか知りませんが、やめた方がいい。今、中央に連絡が行っています。時期、進軍の命令が……」
「出ないわよ」
リリスが兵に向かって言葉を投げる……。
「あなた、小隊長ってとこかしら? あなたも本当はわかってるでしょ? 報告したって連合国軍が動くことはないわ。もし、動いてくれるなら、北の村が襲われたときに既に動いてるはずでしょ?」
兵は「うっ」と言葉に詰まる……。
「それに動いてくれるってなったとしてもそれじゃ、遅いのよ。悠長なことしてたらこの娘の父親が……サイエンさんが食べられちゃうわ」
「し、しかしさすがに二人では……」
「大丈夫よ!」
リリスは得意そうに笑みを浮かべると、ヨルムンガンドの杖を兵に持たせるように促す……。兵はアルカから手渡されたヨルムンガンドの杖を持ち切れずその場に落してしまう。拾おうと兵はヨルムンガンドの杖を持ち上げようとするが、もちろん持ちあがらない……。
「な、なんです? この杖は……重すぎて全く持ちあがらない……」
「ヨルムンガンドの杖よ……」
「ヨルムンガンドの杖!? 北の魔王を滅ぼしたという伝説の勇者の杖ですか!?」
「そのとおり……。連合国軍の奴らに……ついでに連合国の長に伝えときなさい! 伝説の杖に認められた勇者アルカとその師匠リリーが北の魔王にお灸を据えに行くってね!」
リリスはそう言い残して、アルカとともに魔道具店を後にした……。
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