第7話
夕食を終えると、この2週間の疲れが溜まっていたのか、アルカはテーブルにうつ伏せになって寝てしまった。サイエンはアルカが風邪をひかないよう毛布を肩にかける……。
「まったく、だらしのない……。こんなとこで寝てしまって……」
「許してあげて下さい……。アルカちゃん、頑張ってましたから……」
「……頑張ってました、か……。そうですね。この子は物心着いた頃から母親がいませんでしたから……、本当に苦労をかけています。……頑張ってくれています……」
サイエンが感慨深そうに、言葉を紡ぐ……。
「この子には負担をかけてばかりいます……。やはり、母親が必要なのだろうか、と考えてしまいます……。ただ同時にこの子が受け入れてくれるのか、とも思ってしまうんです……」
「サ、サイエンさん……。も、もし、アルカちゃんのお母さんをお探しなら……、サイエンさえご迷惑でなければ、わ、私……」
そこまで言いかけたところで、アルカが「うーん」と声を出しながら眼を覚ました……。
「アルカ、目が覚めたか……? こんなところで寝たら風邪をひく……。ベッドで寝なさい……」
「はーい……」
アルカは眼をこすりながら、返事をする。
「アルカ、明日は朝一から街に行くぞ! よければリリーさんも一緒に行きましょう……!」
「街? お父さん、なにしに行くの?」
「お前の服を買いに行く……。せっかく魔法使いになれたのに、普通の村娘が着るような服じゃ格好つかないだろう? 魔法使いにふさわしい服装をしなくちゃな……。リリーさん、アルカの魔法使いの服を選んでいただけませんか? 僕じゃあ、女の子の服装や魔法使いの服なんて何を選んだらよいか分かりませんから……」
「お安いごようです……! アルカちゃんにぴったりの服を選んで見せます…!」
「ありがとうございます! リリーさん! ……さっき、僕に何か言いかけてませんでしたか?」
「……また、今度ゆっくり話させていただきますわ……。明日は早いですよね。私、もう寝かせていただきますわ」
リリスは自分の寝床である客間に入っていった……。
「なあ、アルカ。リリーさんはなんで、ご飯を食べる時もそうだが、ずっと麦わら帽子をかぶり続けてるんだ?」
サイエンは小さな声でアルカに問いかける……。サイエンはリリーが麦わら帽子を外した姿を見たことがない……。もちろん、リリスが麦わら帽子を外さないのは、魔族の証たる角が見えないよう隠すためである。しかし、当然サイエンからすれば不可解な姿であった。
「私もわかんない……。気になるんだったらリリーさんを口説いたらいいんだよ……!」
「子供が下品なことを言うんじゃない!」
「私、もう子供じゃないもん!」
「そういうところがまだ子供なんだ……! ……もう今日は寝るぞ……」
翌日、リリス達、三人は早朝から街に向かった……。馬車で3時間程かかる距離だ……。街に到着すると、リリス達は早速、魔道具店に向かう……。
「いらっしゃい……」
魔道具店には、いかにもベテランな雰囲気を醸し出す老婆の魔女がいた……。どうやらこの店の主人のようだ。
「この娘の魔導服を購入に来たのだけれど……、見せてもらえるかしら……?」
リリスが先頭を切って、店主とやり取りを始める……。サイエンとアルカには前もって『本物』を購入するために自分が主導となって交渉をすると伝えてあった……。
「ひひひ……。ではこちらはどうですかな……?」
魔女はひらひらの付いた一見するとかわいらしい感じの魔導服を出してくる……。リリスはため息を吐き、口を開く……。
「アルカちゃん。この魔導服どう思う?」
「え? わ、私ですか?」
突然、話を振られ、アルカは少し動揺するが感想を述べる……。
「魔力は感じられるんですが……、その、なんというか……ハリボテのような印象を受けます……。外側だけ綺麗に取り繕ったような……、中身がなさそうというか……」
「そのとおり! 正解よ! ちょっと店主さん、いい度胸じゃない、そんなまがい物だしてくるなんて! その辺の新米魔導師や力の無い魔導師に売りつけてるんでしょ? 私達そんなんで騙されないわよ!」
店主の魔女がにやりと口を歪める……。
「気づかれたか……。それにしても、そこの娘さん、歳の割に見る目がある……。そして、美人さん、あんたタダものじゃあないねぇ。ま、お客のことを深く詮索はしないよ。それが魔道具店を営む者のルールだからねぇ」
リリスは食えない魔女だ、と思いながらも次の商品を出すように促す……。
「へぇ。結構品揃えがいいじゃない……」
老魔女が出してきた品は年季こそ入っていそうだが……、どれも一級の防御魔法がかけられている『本物』だった……。
「リリーさん……。値段が百万とか二百万なんですが……、とてもじゃありませんが
サイエンが心配そうに値札を覗きこむ……。
「ご心配なく、サイエンさん! ここは私が立て替えて置きますわ! アルカちゃんに出世払いで払ってもらいます!」
「しゅ、出世払いって……。師匠、わたし、そんなお金持ちになんてなれませんよ!」
「なーに言ってんの! あなた、選ばれし魔法使いなのよ。百万、二百万なんて楽に稼げるようになるわよ!」
リリスは笑顔をアルカに向ける。「それに……、もし稼げなくてもアーくんのお嫁さんになればいいんだから!」とリリスは心の中でほくそ笑む……。
「さ、アルカちゃん選びなさい! 今出してくれてる魔導服、性能は甲乙つけがたいわ! 後は直感よ。自分と相性が良いと思うものを選ぶの!」
アルカはカウンターの前に立ち、並べられた魔導服に眼を向ける……。ひときわ目立つエンジ色の魔導服にアルカは眼を奪われる……。
「これです……。このエンジ色の魔導服から運命みたいなものを感じます……」
「わかったわ……。店主さん、この魔導服をもらえるかしら?」
「フフフ……。縁とは不思議なものじゃ……。ヨルムンガンドの杖に選ばれたものがこの服を選ぶとはのう……」
店主の老魔女は不敵な笑みを浮かべる……。アルカは布に隠してヨルムンガンドの杖を持ってきていた。彼女は杖を守ろうとギュッと抱きしめるようにして力を入れる……。
「店主さん。あなたヨルムンガンドの杖に気づいていたのね……」
「ああ、我が故郷の教会に封印されている杖だからねえ。懐かしい魔力の波長だ……。まさか、私が生きている内に後継者が現れるとは思わなんだが……。そう警戒するでない。杖をどうこうしようという考えはわしにはないから安心せい……。」
「おばあちゃんもアルバの村出身なんですか?」
アルカが老魔女に問う。
「ああ……。といっても、もう百年前に村を出たきり帰っておらぬのじゃがの……」
「百年前って……。店主さん、あなたおいくつよ?」
「ヒヒヒ、美人さんよ、年老いているとはいえ、乙女にそういうことを聞くものではない……」
「誰が乙女よ!」
「誰かさんと比べれば十分乙女じゃて……。さて、赤髪の娘さんよ。折角買ったのじゃ……。着て帰るじゃろ? 奥に部屋がある。そこで着替えるといい……」
アルカは奥の部屋に入る……。リリスは老魔女に話しかける。
「あのエンジ色の服、いわく付きみたいだけど……何なの?」
「ヒヒヒ、あれはな、かつてヨルムンガンドの杖に見初められた北の勇者が着ていたものなんじゃよ……」
「なるほど……ね」
アルカは着替え終わって部屋から出て来る……。エンジ色のエナン、マント、スカート、ブーツ……。ブラウスが白である以外は全てエンジ色に染まっている。アルカの赤髪と紅の眼と相まって絶妙な一体感を放っている……。
「どうです、師匠! 似合ってますか?」
「ええ、不気味なくらいに似合ってるわ……」
「不気味……」
アルカは少し落ち込んでいる様子だ……。
「魔法使いなんだから不気味なくらいの方がちょうど良いでしょ! そんな顔しない!」
「そうだぞ! アルカ、似合ってるぞ! 馬子にも衣装とはこのことだな!」
「お父さんに至っては完全に馬鹿にしてるじゃない!」
リリス一行がアルカの服装についてそれぞれに感想を言っていると、魔道具店の外からやけに騒がしい音が聞こえてくる……。それに気づいたサイエンは魔道具店の扉を開き様子を窺った。騒がしい音の正体は悲鳴だった……。街中の人々は我先にと駆け出している。
「あ、あんたら、早く逃げるんだ! ま、魔族が襲ってきやがった!」
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