第6話
翌日から、リリスとアルカの特訓が始まった……。もっともリリスは特訓という呼び方はジジクサイと拒否し、レッスンと称していた。どうやらこの女魔王、カタカナにすれば若い感じが出せると思い込んでいるらしい。二人は初めてあった場所……アルカが魔法の練習をしていた森の広場に集まっていた。
「それでは師匠、どんな特訓……もとい、レッスンをするんですか?」
「とりあえず、別の属性魔法を使えるようになってもらうわ。いくら、詠唱が早いと言っても、火属性しか使えないっていうのは問題よ。だから……」
リリスはアルカの頭に手を置く……。
「え? 師匠、何をするんですか?」
「アルカちゃんの頭に直接魔力を流すの……! 他属性の魔法を使えるように脳に新たな回路を増設するの!」
「ストーップッッッ!」
アルカは大声を出して拒否する。
「師匠、それ絶対ヤバいやつでしょ! デメリットあるやつでしょ!」
「大丈夫よ! 成功率七〇%の高確率よ?」
「3割失敗するじゃないですか!? 嫌です! そんなの!」
「大丈夫よ! 失敗しても頭がちょっとおかしくなるだけだから! それに私の魔法で元に戻すし……」
「やっぱり嫌です! たとえ元に戻るにしても頭がおかしくなるのは嫌です!」
「わがままねぇ……。アーくんは我慢してたのに……」
「親戚の子に何してるんですか!?」
リリスを始め魔族にとっては魔法の修行と言えば、脳をいじることが基本だ。どうやら人間の場合は違うらしいことに気付いたリリスは方法を変えることにした。
「それじゃ、ちょっと昔のやり方でやるしかないわね……」
リリスはアルカの背中に回り、アルカが杖を持っている右腕を掴む……。
「な、なにするんですか、師匠?」
「頭をいじくられたくないんだったら、体に覚えさせるしかないでしょ?」
リリスは魔力をアルカの右腕に流し込む……。アルカの腕を経由して魔力は杖に到達し、杖の先端には水球が現れる……。
「いたたたたた!? 熱ううううう!?」
アルカは強制的に魔力を流され、痛みに耐えきれず声を上げる……。うっすらと眼に涙をためる……。
「し、師匠! 駄目です! 私の腕が壊れますううう!?」
「大丈夫! 壊れても治してあげるわ! そんなことより、ほらほら! さっさと水属性の魔法を放出しないと、いつまでも終わらないわよ?」
「そ、そんなああああ!」
スパルタ過ぎる! とアルカは内心思うが、あまりの痛みにそんなことを思う余裕も無くなっていった……。とにかく水魔法を発動させなければということに頭がいっぱいになる……。
「うあああああああああああ!」
アルカは必死になって、どうにかこうにか水魔法を発動することに成功する。といっても、玩具の水鉄砲くらいのチョロチョロとした水が発射されただけなのだが……。
「や、やりました! 師匠、発動しました!」
「なーに言ってんの。こんなしょぼい量の水を出せたくらいで満足するんじゃないわよ。ほら、続けるわよ。もう一回!」
「も、もう一回って……。いつまで続けるんですか……?」
「あなたが唯一使える『リリース・ファイア』と同程度にまで水を出せるようになるまでよ! ほらやるわよ!」
「そ、そんなぁ……」
リリスは再び、アルカの腕に魔力を流し込む……。
「ああああああああああ!」
再びこだまするアルカの叫び声……。リリス自身は十分、手加減しているつもりのようだが、アルカには拷問にも等しい特訓だ……。
「情けないわねえ。それじゃあ立派な魔法使いにはなれないわよ。ささ、もう一回!」
「そんなこと言われても……って、あああああああああ!」
彼女達の特訓は夕方まで続いた……。
リリスは気絶したアルカを、背負ってアルカの家に戻ろうとしていた……。
「情けないわねえ。そんなんじゃ、アーくんのお嫁さんになれないわよ!?」
リリスは意識の無いアルカに話しかける。もちろん、返事はない。
「リリーさん! どうでした特訓の成果は?」
サイエンが玄関の前でリリス達を出迎える。サイエンは大きなバスケットを背中に背負っていた。サイエンも薬草取りから帰宅したばかりのようだ……。
「有意義なレッスンになりましたわ。アルカちゃん、やっぱりセンスがあります。一日で私の補助付きとはいえ、水魔法の出力が実用レベルにまで上がりましたから!」
「そうですか! よかった……。……あまり魔法に触れさせたくないと私が火魔法の入門書しか買い与えていませんでしたから……どうなるかと不安だったんです……」
アルカの魔法が火魔法に偏っていたのはそのせいだったのか、とリリスは知った。やはり、アルカは魔法のセンスがある、とリリスは確信する……。入門書一冊であのレベルの火魔法を使えるようになったのなら、人間レベルでは上等の部類に入るからだ……。
「すいません。リリーさんお世話をかけて……」
サイエンはリリスに背負われた我が子を見る……。
「ええ、疲れて眠ってしまったようです……。仕方ありませんわ。人からレッスンを受けたのは初めてでしょうから……」
アルカは眠っているのではなく、気絶しているのだが、リリスはサイエンに心配をかけさせまいと嘘を吐く……。もっとも、アルカをしごいていることをサイエンに知られて嫌われたくないというのが一番の理由だ。リリスはサイエンに対して、おしとやかな女性を演じたいのだ。
「リリーさんもお疲れでしょう? 夕飯にしましょう……」
サイエンが家に入るように促す……。リリスはコクンと頷き、「ごちそうになります」と答え、家の中に入っていった……。
次の日も早朝からアルカの特訓は行われた……。気絶するほどの魔力を流されたにも関わらず、一晩寝ただけで、アルカは体力を回復させていた……。リリスが回復魔法をかけていたことも要因の一つだが、アルカが持って生まれた才能が高いことの表れでもあった。
「師匠! 今日は何をするんですか?」
「とりあえず、昨日は私の魔力を流し込むことで発動させてた水魔法を自分の力だけ発動してもらうわ! さ、早速だけど撃ってちょうだい!」
「ええ!? 詠唱も教えてもらってないのに……。無理ですよ!」
「詠唱なんてのはイメージを膨らませるためにだけあるのよ。自由自在に魔力を扱えるようになれば必要ないの! あなたを襲ってくるかもしれない魔族はきっと無詠唱で攻撃してくるわよ。対抗するにはアルカちゃんも無詠唱を覚えなきゃいけないわ!」
「わ、わかりました……。でも魔法名だけは言わせて下さい! そうしないと気分が乗らないんで! 魔法使ってるって感じがしないので!」
「別にいいわよ」
「ありがとうございます!」
アルカは杖を構え、魔力を込める……。杖の先端に水球が現れ、揺れる。
「『リリース・ウォーター』!」
アルカが持つ杖の先端から凄まじい勢いで水が放出される。繰り出された水は激流となり、周囲の木々をなぎ倒していく……。アルカとリリスは二人とも想像以上の魔法が繰り出されたことに驚き、口を開け、目を見開く……。
「師匠、ど、どうです!? 凄くないですか!?」
「え、ええ! 凄いわ! やっぱりあなたはアーくんに相応しいわ!」
「え? アーくんに相応しい?」
「あ、ああ。もちろん友達に相応しいってことよ! ……よし、水魔法はもういいわ。次は土魔法ね!」
そう言うと、リリスはアルカの頭に手を置く……。
「え? 師匠なにを?」
「もう面倒くさいから頭をいじるわね……」
「ストップ、ストップうううう!?」
「なに?」
「『なに?』じゃないですよ! 昨日もそれは嫌って言ったじゃないですか!? なんでやろうとするんですか!?」
「ええ……。だって、あのレッスンのやり方疲れるし……。もう! わがままよ、アルカちゃん! そんなにわがままじゃ未来の旦那様に嫌われるわよ?」
「頭をいじるような旦那様なら嫌われても構いませんよ! とにかく嫌です!」
「仕方ないわねえ……。わかったわよ……」
リリスは頭をいじるのを諦め、アルカの腕を握ろうとする……。しかし、それを見たアルカはリリスと距離を取るように後ずさる……。
「どうしたの? アルカちゃん、そんなに離れたら腕握れないじゃない……」
「あ、あの、師匠。できればその昨日の拷問のようなレッスンもやめて頂きたいのですが……。もうちょっと優しいレッスンの方が私、嬉しいかなあ、なんて……」
「はぁあ? アルカちゃん、何を甘いこと言ってるの! それでもヨルムンガンドの杖に選ばれた勇者なの? 根性見せなさい! あと、私これ以外にレッスンのやり方知らないから、これが嫌ならレッスンはなしよ!」
「そ、そんなぁ……」
アルカは腕に魔力を流されたのが相当に辛かったのだろう……。眼に涙をためる……。
「泣いたってレッスンは変わらないわよ! このままやめるの?」
「そ、それは嫌です! や、やります……」
「さ、じゃあ魔力を流すわよ!」
リリスはアルカの腕に土魔法の魔力を流し込む……!
「うあああああああああああん!」
痛みに耐えきれず、アルカは叫び声を上げる……。この日も夕方まで二人の特訓は続いたのであった……。
特訓を終えた二人は家に戻ろうとしていた……。といっても昨日と同じく、リリスが気絶したアルカを背負って移動していたのだが……。
「ほら、もう家に着くわよ! アルカちゃん、起きて起きて!」
リリスは声をかけるが……、アルカは白目を剥いて気絶したままだ……。家に到着するころ、この日も薬草取りを終えたサイエンと玄関前で鉢合わせになった。
「リリーさん……、今日もありがとうございました……。どうですか、特訓の方は……?」
「ええ。順調ですよ。アルカちゃん、やっぱり才能あります! 凄い水魔法も使えるようになりましたから」
「それはよかった! 今日もアルカは疲れて寝てしまったんですか?」
「はい。一生懸命頑張ってましたので……」
「……アルカ、白目を剥いてるんですが……」
ゲッ、とリリスは眼を見開く……。
「わ、私の回復魔法はかけると白目になるんですぅ。その影響ですねぇ……」
なかなか無理な言い訳だった。サイエンは「そ、そうですか……」と答え、それを受け取ったリリスは信じてもらえたと思い込んでいた。もちろん、サイエンは嘘であることを見抜いてはいたが、それ以上は言わなかった。
それから、2週間、アルカとリリスの二人は特訓に明け暮れた……。やはり、アルカの才能は凄まじく、リリスの想像以上の早さで各属性の魔法を覚えて行った。しかも、無詠唱で強力というおまけ付きである……。
「これで全ての属性魔法を放てるようになったわね! よく頑張ったわ、アルカちゃん!」
「はい、これも全て師匠のおかげです! 痛かったですけど! メッチャ痛かったですけど!」
「そんなに強調しなくてもいいじゃない……。さ、明日はお披露目よ!」
「お披露目ですか?」
「ええ! ヨルムンガンドの杖を使って魔法を放つのよ! サイエンさんに見てもらうのよ! 修行の成果を!」
「ヨルムンガンドの杖、ですか……。私の魔法に反応してくれるんでしょうか……?」
アルカが不安を口にする。実は、アルカはヨルムンガンドの杖を使って魔法を発動しようとしたことが過去にあったのだ。しかし、その時はヨルムンガンドの杖は反応せず、魔法が発動することもなかったのだ。杖に選ばれたと思っていたアルカにとってはショッキングな出来事だった。
「大丈夫よ! 私とのレッスンを終えたんだから! ヨルムンガンドの杖が反応しなかったのはアルカちゃんの技量が足りてなかったからよ! 今のアルカちゃんなら余裕よ、余裕」
「そ、そうですよね……。わかりました。自信持ってやってみます!」
次の日、サイエンを特訓場所に呼び出し、アルカの『お披露目』が始まった……。アルカの手にはヨルムンガンドの杖が握られている……。
「さあ、アルカちゃん、始めるわよ!」
「はい、師匠!」
アルカはヨルムンガンドの杖に魔力を込める。
「す、すごい! 魔力がどんどん増幅されていく……」
どうやら、ヨルムンガンドの杖はアルカを正式に持ち主と認めたようだ……。魔法使いの杖はただの飾りではない。術者の魔力を増幅することこそが杖の役割である。ヨルムンガンドの魔力増幅はその辺の杖とは比べ物にならないものであった。まさに桁違いだ……。
「これなら、いける! リリース・エアー!」
ヨルムンガンドの魔力増幅を受けたアルカは竜巻のような風を発生させる。初級魔法とは思えない威力だ……。周囲の木々が根こそぎ引っこ抜かれ、天高く空中へと舞い上がる……!
「燃やしつくせ! リリース・ファイア!」
アルカは舞い上がった十数本の木に向け、巨大な炎を放出する……。初めてリリスと会ったときに放った炎の何十倍もの大きさの炎だ……。あまりの熱に安全圏まで離れているはずのサイエンの周囲の空気も陽炎に変化する……。炎が直撃した木々は一瞬の内に炭となり、そして消滅した……。
「す、すごい……! たった2週間でここまで成長することができるなんて……!」
サイエンが思わず口を開く。アルカ自身も自分がここまで強力な魔法を出力できるとは思っていなかったようで、強張った笑顔を見せる……。
「師匠ー!」
アルカは小走りでリリスに満面の笑みで抱きつく。
「師匠、見ました? これで私も魔法使いですよね!?」
「もちろん見たわよ! これで一流魔法使いの仲間入りよ! でもあなたが目指さないといけないのは超一流……。今後も自己研鑽に努めなさい」
アルカは「はい!」と元気よく答える。二人のもとにサイエンも駆け寄る……。
「リリーさん! 娘を育てていただきありがとうございました……。これでアルカも自分の身を守れると思います。安心しました……。リリーが白目を剥いて背負われてる時はどうしようかと思いましたが……、リリーさんを信用して良かったです……!」
「いえ、お役に立てて何よりですわ……」
リリスは得意な顔をして自信満々で答える。サイエンの言葉はリリスを当初は信用していなかったことの表れに他ならないのだが、そのことに気づいてはいない。
「今日はアルカが一人前になったことのお祝いをしなきゃな……。今日の夕飯はステーキにしよう!」
「えー? お父さん、お金大丈夫?」
「はは、大丈夫さ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます