第4話

 リリスは咄嗟に出た『リリー』という偽名を使うことにした。


「それではいきますよ! リリー師匠!」

「師匠って言うなってのに……。くどい子ねぇ……。かかってきなさい!」


 アルカは呪文を唱え始める。常人には聞きとることが不可能なほどの高速詠唱だ。


「へぇ……。こんな田舎の農村に、こんな高速詠唱を使える魔法使いがいるなんて……」


 リリスは口から感心の言葉をこぼす。アルカの杖の先端に直径1m程度の火球が出来あがる。


「師匠、いきますよ! リリース・ファイア!」


 アルカはリリスに向け、杖を振るう。火球は爆発し、炎がリリスに襲いかかる……が、リリスに焦りはない。余裕からだろうか、口を歪ませ右手掌を炎に掲げる。水の盾が現れ、リリスの身を守った。


「やっぱり、魔法の発動が早い……! というより今詠唱してたの!?」


 アルカは驚きを隠せなかった。一方のリリスは余裕の表情を崩さない。


「私レベルになれば、詠唱なんて不要なのよ!」

「なにそれ!? 反則ですよ!?」


 アルカは攻撃されないよう、動き回る。


「リリース・ファイア!」


 再び、アルカは火炎を繰り出す。しかし、リリスの水の盾を打ち破ることはできない。


「なるほど。あなたが魔法の師を求めるのはこれが理由ね。あなた、その初歩魔法しかまともに発動出来ないのね? そうでしょ?」

「…………」


 アルカは閉口し、黙る。おそらく図星なのだろうとリリスは判断した。


「おかしいと思ったのよ。あなたみたいな年齢の娘さんが、高速詠唱を使えるなんて! リリース・ファイアだけを練習してきたのね。なぜ、そんな歪な魔法の覚え方をしたのかしら? まあ、いいわ」


 リリスは地面に手を付け、魔法名を唱える。


「クラック・アース!」

「な!?」


 アルカは思わず、立ち止まる。リリスの魔法により、周囲に地割れが発生し、移動できる場所が無くなったからだ。


「ど、どうしよう……」


 アルカは涙目でその場に立ち往生する。その姿を確認し、リリスは勝利を確信した。


「とどめよ!」


 リリスは宣言すると、突然歌いだした。今まで戦っていたことを忘れさせるような綺麗な歌声である。


「その歌は一体な……に……?」


 歌を聞いたアルカは意識が遠のいていった。ついには耐えきれず、その場に倒れ込んでしまう。意識を失ったようだ。


「フフフ、これが必殺の子守唄……『アブソリュート・ララバイ』……! アーくんにもいつも使って上げていたわ。まだまだ、お子様のようね。娘さん……!」


 眠ったアルカを木陰に連れていくと、リリスはアルカの顔をまじまじと見つめる。リリスが統治していた魔王国にはヒト型の魔族がほぼいない。リリス自身とその息子アモンしか残っていない。そのため、若いヒト型の娘をじっくり観察したことがなく、アルカに興味を抱いたのだ。もっとも、アルカはヒト型の魔族ではなく、正真正銘ヒトなのだが……。


「うーん……。この娘って可愛いのかしら?」


 リリスはアルカの赤髪をなでてみたり、透き通るような白い肌でできた頬をツンツンと指でつついてみたりする。


「少し、子供っぽい感じもするけど……、……アーくんの好きな春画を見るに、アーくんは童顔趣味だし気に入るかも……」


 そんなことを考えていると、アルカの体が小刻みに動く。どうやら、眠りから覚めようとしているらしい。アルカは起き上がると、寝ぼけ眼でリリスを見る。


「アレ? 私、一体……」

「私の子守唄で眠っていたのよ。あなた、戦闘不能になったの。私の勝ちよ」

「そ、そんなぁ……」

「さ、約束通り、村一番のイケメンを紹介してもらおうかしら?」

「うぅ……」


 アルカは悔しいのだろう。目に涙をため、上目遣いでリリスを睨むように見つめていた。不覚にも小動物見たいでかわいいとリリスは顔を赤らめてしまう。


「そんな顔で見ないで! 大丈夫よ。安心しなさい。あなたに魔法は教えてあげるから!」

「ほ、本当ですか!?」


 アルカの顔が泣き顔から一変し、パッと明るくなる。


「本当よ! でも条件があるわ」

「条件? 何ですか!?」

「ある男の子と友達になってもらうわ……!」

「え? それだけですか?」

「ええ。それだけ。その男の子は同年代の子が周りにいないの。だから、友達になって上げてほしいの」

「そんなことならお安い御用です! 私もこの村には同年代の子がいないし、むしろ私も友達になりたいです!」

「そう、それなら良かったわ」

「ところで、その男の子はどこにいるんですか?」


 うっ、とリリスは返答に詰まる。まさか、魔王城にいるなどと本当のことを言うわけにもいかない。


「ここから、ずっと西の方、私の故郷にいるの……」

「へぇ……」

「そんなことより、早くイケメンを紹介してもらえる?」

「わかりました! 師匠!」


 リリスは師匠って言うな、と釘を刺そうと思ったがもう効果はないと思い、あきらめることにした。アルカは村の集落にリリスを案内する。どうやら、この村には若者はほとんどいないようで、会う人全てご老人という有様だ。そもそも人が少ない。こんな村に本当に男前がいるのだろうか、とリリスは不安になる。


「ちょっと、アルカちゃん! 本当にイケメンいるの? まさか、昔はイケメンだった、なんて言って、おじいさんを連れてきたりしないでしょうね!?」

「大丈夫ですよ。ギリお兄さんのはずです」

「なによ。ギリって……」


 アルカの言葉に一抹の不安を覚えつつ、リリスとアルカの二人は歩き続ける。


「師匠、着きましたよ! あそこに見える家にいるんです……!」


 アルカは森がすぐ後ろに迫っている小さな家を指さす。すると、アルカは走ってその家に向かう。


「ただいまぁ! お父さん、いるぅ?」

「え、お父さん?」とリリスは家の方を覗きこむ。

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