第2話

 女魔王リリスが魔王の座を息子アモンに渡すことが決まり、魔王宮は俄然、慌ただしくなっていた。リリスは『明日からアーくんが魔王になるの!』と言っていたが、さすがにそんなわけにはいかない。アモンと、ルフを始めとする臣下はどうにかリリスを説得し、王位継承式が終わるまでは、リリスに魔王をやめないよう了承させたのだ。


「アモン様! 王位継承式の日程は先日決めたとおりでよろしいでしょうか?」

「ああ、予定通り、父上の命日からちょうど百年の日にしよう。まだ三年と少しあるが、それまで母上には我慢して頂く」

「アモン様! 四大魔王国の来賓も呼ばなくてはなりませんが……」

「それもこの前の打ち合わせのとおりだ。基本的には各国魔王に出席してもらう。止むを得ないときのみ、配偶者か後継者に出席してもらう」

「アモン様! 今の予算では、新来賓館は建造できません!」

「……これ以上の出費は避けたい。現来賓館を再利用できるか再度調査せよ!」


 その後もアモンの元には家臣の相談が相次ぐ。そんな中、リリスはというと……。


「……母上は今日もおられぬのか?」


 アモンは狼獣人の側近ルフに問う。


「はい……」


 ルフはバツが悪そうに答える。


「ご自分の退位に関わることだというのに……。王位を譲ると決めてからのこの一週間ただの一度も出て来られないとは……」


 アモンは頭を抱えて悩む。母親リリスが働かない魔王であることはわかっていたが……、この忙しいときにも顔を出さないことに息子として情けなく感じていたのだ。


「もう、我慢の限界だ! 母上の居室に行く! ルフ! その間、頼んだぞ!」


 アモンは仕事をルフに預け、リリスの居室に……魔王城最上階に向かった。居室の前には獣人の女従者が二人、扉を守るようにして立っていた。


「母上はいらっしゃるのか?」

「あ、ロリコ……、アモン様! 中にいらっしゃいます!」


 ヒトの女の子に興味があるとリリスにばらされて以来、アモンはロリコンと陰で呼ばれていた。人間の寿命は魔族の十分の一程度だから仕方がないのだが……。アモン自身もロリコンと呼ばれているのを知ってはいたが、言い訳をしても信じてもらえないだろうと諦めていた。なにより、アモンがヒトの娘に興味があるのは真実であった。


「は、母上に取り次げ! アモンが来たと!」

「そ、それが……」


 従者の一人が言い淀む。


「なんだ? 取り次げぬ理由があるのか?」

「は! 魔王リリス様から『だれが来ても居室内に入れたらいけないわよ! アーくんも入れちゃだめよ!』と申しつけられまして……」

「我々もお食事を持ってきて声をかけているのですが、返事がなく、どうすればよいのか困っていたところなのです。勝手に居室内に入るわけにもいきませんので……」


 まったく困った母親だとアモンは思いながら、居室の扉に手をかける。


「なにをなさるのですか? アモン様! 我々の首が飛びます!」

「案ずるな! 息子である私が勝手にやることだ! 万が一にも貴様らに不利益は与えん!」


 アモンは居室の扉を開く。鍵は掛けられていないようだ。さすが魔王の居室、無駄にだだっ広い。アモンは従者二人にもリリスを探すように伝える。


「寝室や風呂は私が探す! お前たちは別の場所を探せ! さすがに貴様らに風呂や寝室を見ろというのは気の毒だからな!」

「かしこまりました! ロリコン様!」

「お、おい! 今、貴様何て……」

「あなたは台所を、私はプールを探す!」


 二人の従者はアモンの言いかけた言葉に気がつかなかったのか、打ち合わせを終えると走ってリリスを探しに行く。


「お、オレはロリコンなんかじゃなーい!」


 アモンは目に涙を少し浮かべながら、寝室に走って向かう……。


「母上、私です! アモンです! いらっしゃらないのですか?」


 寝室から返事はない。


「失礼ですが、入らせていただきますよ、母上!」


 アモンは寝室に入るが……、そこにリリスの姿はなかった。代わりに机に置手紙があった。封筒には『親愛なるアーくんへ ママより』と書いてある。アモンは封筒を開き、中に入った手紙を読む。


『アーくん、突然のことでごめんね。ママは王位継承式まで待つことはできません! 新しい恋を見つけに行きます! 心配しないでね。アーくんのお嫁さん候補もしっかり探して帰ってきます。楽しみにしてちょうだい! 後のことは任せるわね! P.S ヒトの女の子が好きなのは良いけど、童顔趣味はどうかと思うの……。ロリコンって言われちゃうわよ!』


 アモンが手紙を読み終わると同時に従者の一人が報告に来る。


「ロ……アモン様! 台所のはめ殺し窓が壊されていました! も、もしかしたらリリス様は外に……」


 手紙を持つアモンの手がプルプルと震える。


「あんの、クソババアあああああああ!」


 アモンは手紙を両手で引きちぎりながら、天を仰ぎみて叫ぶのであった。

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