女魔王のセカンドライフ!
向風歩夢
第1話
神様は世界をお造りになりました。
神様は世界と一緒に妖精をお生みになりました。
神様は言いました。お前たちがこの世界を導きなさい、と。
この世界を人々にとって素晴らしいものにしなさい、と。
そう言って神様はこの世界から消えてしまったのでした。
◇◆◇
「お呼びですか? 我らが王、リリス様……」
一人の男が跪き、段上の玉座に腰を置く女王に問う。男は好青年と呼んで恥ずかしくない整った顔立ちをしている。玉座の女は男によく似た顔をしており、彼女もまた、整った顔立ちをしている。十人男が居れば十人すべてが振り向くであろう美貌だ。ただ、彼女らは普通の人間ではない。彼女らの頭部から生える禍々しい2本の角がそれを証明していた。
「明日からアーくん、あなたが魔王をやるのよ」
「は?」
突然の魔王指名に『アーくん』と呼ばれた好青年は王に敬意を払うことを忘れるほど、驚いた様子で口を開けっ放しにする。
「い、今なんとおっしゃいましたか? リリス様……」
アーくん青年はすかさず聞き直す。
「だから、明日からアーくんが魔王になるの。ママはセカンドライフを楽しむから!」
「リリス様! 錯乱されたのですか? 突然、魔王をやめるなど……」
たまらず口を開いたのは王の側近と思われる狼の頭を持つ獣人だ。この獣人も魔王が隠居する意思を持っていることを知らされていなかったのだろう。額から汗をかき、うろたえている。
「ルフさんは黙ってて! 今はアーくんと話してるんだから!」
女魔王リリスはルフを一喝する。
突然の魔王隠居を宣言したのだ。臣下たちは大層慌てている……などということはなかった。どうやら、この女王、普段から突拍子もないことを話しだすようで、臣下たちも慣れているようだ。うろたえているのは側近のルフだけだ。
「本当に何をおっしゃっているのですか? クソバ……母上。突然魔王を隠居するなど……」
「ああ!? 今、アーくん、ママのこと『クソババア』って言いかけたでしょう!? ママ、アーくんをそんな子に育てた覚えはないわよ! それに隠居じゃないの! 隠居じゃジジクサイでしょ! セカンドライフって言って!」
セカンドライフも十分ジジクサイだろうとアーくん青年は思うが、機嫌を損ねても厄介だと感じ、取りあえず謝罪する。
「申し訳ありません、母上。しかし、普段から進言しておりますが、もう少し、立場を考えた言動をお取り下さい。『アーくん』だの、『ママ』だの、臣下に示しがつきません」
女王の息子『アーくん』は、眉間にしわを寄せ、ため息をつく。
「母上。私はまだ先日、百六十歳となり、元服を迎えたばかり……。いずれは魔王を継ぐつもりではいますが、まだ時期尚早です。セカンドライフとやらは今しばらくお待ちください」
「イヤ! ママはもうセカンドライフを楽しみたいの! もうアーくんは百六十歳なのよ。立派な大人。だから、魔王を継ぎなさい!」
「私のことを大人だと思っているのなら、『アーくん』と呼ぶのはおやめ下さい! 恥ずかしいです! ましてや臣下の前で!」
「ママから見たら、『アーくん』はいつまでも『アーくん』なのよ? ……アーくん、ママの歳がいくつか知ってる?」
「はあ、今年で三百四十九歳だったと記憶しておりますが……」
「そう!」
リリスは大きな声を張り上げ、目に涙を浮かべる。アーくんは突然泣き出した母親の姿を見て心配することなく、むしろ冷めた目で見つめる。
「ママね、来年には三百五十歳になっちゃうの。四捨五入したら四百歳よ。女にとって若さは武器。その武器がもう失われようとしているの……」
「はあ……」
アーくん青年は『なんなの、このババア。百六十歳にもなる息子を持つのに、女の武器がなんだと言い出して……』と心中では思うが、声には出さない。
「もうね、最後のチャンスなの! 女として生きることができる最後のチャンス……。ずっと待ってたのよ、アーくんが元服するのを。私が魔王の座をアーくんに継がせるこの時を!」
「話している最中に申し訳ありませんが……母上、私に魔王を継がせた後、セカンドライフとやらで母上はなにをなさるおつもりなのですか?」
「……恥ずかしいわね。でも言わなくちゃいけないわね……!」
女魔王は顔を赤らめながら、もじもじする。これが歳端もゆかない百歳代の若者なら可愛げもあるかもしれないが、今、眼前にいるのは、美貌こそ凄まじいものの三百歳をゆうにこえる魔王である。アーくん青年は母親の動きを、冷めた目で見続ける。
「……恋を……探しに行くの……」
「いい加減にしろよ!? こんのクソババアぁあああああ!?」
アーくん青年は女魔王に……母親に文句を言おうと玉座への階段を駆け上がろうとする。
「アモン様! 落ち着いて下さい! お気持ちはわかりますが、どうか心をお鎮めください……!」
王座の階段下で整列をしていた幹部達がアーくんことアモンを取り押さえ、なだめる。
「す、すまない。つい取り乱してしまった」
「な、なに!? アーくん怖い。反抗期!? 反抗期なの!? DV!? ママ、アーくんをそんな子に育ててしまったの……?」
女魔王は両手で目を覆い、俯き加減で泣く。
「反抗期でも、DVでもありません! 当然の抗議をしているだけです!」
「うわあああぁん! アーくんが不良になっちゃったあ……!」
女魔王は大声で泣き出す。その場にいる従者の獣人型女魔族たちが見下すような目でアモンを見つめる。アモンにすれば間違った行為をした覚えはないが、気まずくなってしまう。
「申し訳ありません! 母上! もう怒ったり、暴れたりしませんから! 機嫌を直してください!」
その言葉を聞くと満面の笑みで女魔王は顔を上げる。嘘泣きだったようだ。嘘泣きをしていたことに気付いたアモンは文句の一つも言いたかったが、直前に怒らないと言ってしまった手前、『このクソババア』と思いながらも口にはしなかった。
「アモン様……。もうリリス様の好きなようにやらせてはいかがでしょうか……?」
口を開いたのは、四天王が一人、『オロバス』だ。馬の頭部を持つ獣人である。
「オロバス殿……、しかし……」
「リリス様がこうなってはもう意見を曲げることはありますまい。それはご子息であるアモン様が一番ご承知のはず」
オロバスの言葉をアモンは否定することができなかった。これまでもリリスは魔王であることの責任感はなく、自分のしたいこと優先で政治をしていたからだ。それでも、この国が傾かずに維持してこられたのはリリスの夫であり、アモンの父……つまり今は亡き、先代魔王が在位していた頃から忠義を尽くす、臣下たちの努力のおかげであった。
息子のアモンはリリスに対してわがままをしないようこれまでも忠告をしてきたのだが……、聞く耳持たず、だったのだ。
「そもそも、失礼な言い方ではございますが、リリス様が魔王の位についたのはアモン様が魔王となられるまでの『つなぎ』のため。リリス様の肩を持つわけではございませんが、アモン様は元服を迎え、魔王に相応しい力と教養を身に着けておられます。少し早いかもは知れませんが、王位継承をしてもよろしいのではないかと……」
オロバスの言葉を聞き、アモンは眉間にしわを寄せ、目を瞑る。一時して目を開け、決断を下した。
「……わかりました。父上の右腕であったオロバス殿がそうおっしゃるならば……、魔王を継承させていただきます……!」
「ありがと! アーくん! オロバスも普段は嫌なことばっかり言うけど、たまには良いこと言うのね!」
「リリス様! いつも言っているでしょう。威光が損なわれるような言動はお慎みください!」
オロバスはため息を吐く、しかし、オロバスの忠告など、リリスの耳には入っていない。
「ごめんね。アーくん。でもね、これはアーくんにとっても良いことだと思うのよ!」
「私にとっても良いこと……?」
「そう、アーくんも男の子だものね。年頃の女の子といろいろしたいと思うの」
「母上? なにを言っているのです?」
「この前、こっそりアーくんのお部屋の中に入ったの」
「はあ!?」
「そして、見つけたの。ヒトの女の子の春画を……」
アモンは目の前が真っ白になる。『臣下の前でなんてことを口走るんだこの母親は!』と叫びたくなる……。
「やっぱりアーくんもヒト型の女の子が好みなのね。パパとママと一緒ね! でも、もうこの国にはヒト型の魔族は私達親子だけ。アーくんは恋ができなくてかわいそうだと思うの! ママ探してくるわね。ママの恋人とアーくんの嫁候補になる人間を! だから、これからはヒトの女の子の春画を見る必要は……」
「母上ええええええええ! もうその話はおやめください! 臣下の目線が痛いんです!」
アモンに女従者達の汚物を見るような目線が突き刺さる。女従者だけではない。男の臣下からの目線も痛い。基本的に魔族は人間を見下している。魔王の子息が人間の女性に欲情を抱くことが良く思われるわけがないのだ。
「もう! 恥ずかしがらなくても良いのに! 愛は種族を超えるのよ?」
もし願いがかなうなら、ここから消えてしまいたい。母、リリスの言葉を聞きながら、アモンはそう思うのであった。
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