第110話ハウラーンの勇者達

「久しいな、ルーフェン子爵、アルール男爵。先日は迷惑を掛けてしまったな」


 ハウラーン王が、臣下に言葉を掛けた。

 それは先の誤った上知令に対する謝罪の言葉だ。


「とんでもございません、陛下。

 水際で止めて頂いたのですから、お気になさいませぬよう」

「ええ、アルールもおかげさまで平和そのもの。これも陛下の御威光のたまものでございます」


 王城の一角、王子たちも良く使う憩いの場。

 その応接間にてディケンズ候爵、ルーフェン子爵、アルール男爵がお呼ばれして会談を行っていた。

 国王と宰相の他にブレット王子、ライエル王子が同席している。


「して、此度はどの様なご用件でございましょうか?」


 ハイランド・ルーフェン子爵は少し、困惑を見せながらも問う。

 呼ばれる理由に思い当たりはあったが、それは娘であるミレイが英雄に対して裏切り行為を行った事くらいなもの、そこを突かれるのではないかと気が気ではない。

 宰相クルードが鋭い視線を向けて説明を始める。


「そう身構える事は無い。実はな――――」


 クルードの説明を聞けば聞く程に訝しげな表情へと変わる二人。


 始まりは勇者を名乗る者が現れたという話しだった。


 疑いもせずランスロットの事だろうと踏んでいた二人だが、聞いて行けば彼の事ではなく、しかも複数人現れたと言う。


 それは特別に可笑しな事では無い。


 何時の世も英雄に憧れ自分が勇者だと名乗る冒険者は多数現れるものだ。

 だが、今回に限って違う事はその者達はいずれも有り得ぬ程の強者だという事。


「全員が登録した時から既にSランク。

 そして現存のSランク冒険者では手も足も出ない程の強者。

 それだけでも捨て置けぬ状況であるのじゃが、どうにも国に反意を持っている様子でな。組織立って対立しようとしているそうじゃ……」

「な、なんと……何故その様な事に……?」


 Sランク冒険者とは国の宝。当然その人物との付き合いも慎重に期すものとなる。

 普通ならば早々に仲違いする事はない。こちらから仲良くしようと歩み寄るのだから。


「それがのう……理由はバラバラなのだ。

 民を虐げた罪の責任を如何取るのかと言うものも居れば、そなたらの息女を意に沿わぬ政略結婚の道具にしただの言うものも居た」

「そ、そんな!? エリーゼが自ら選んだのが彼だったのですぞ!?」


 アルール男爵は驚愕し、それは違うと宰相に詰め寄る。

 宰相もそれは知っている。

 あの戦いの際、彼の妻たちは心から彼を愛している事が言わずと見て取れた。

 二人にそこを問題にしている訳では無いと告げ、話を進める。


「勘違いな事はわかっておる。

 そもそも、政略結婚させたとて文句をつけられる謂れは無いのだ。

 勘違いをどう対処するか、が問題である。

 その者らは国と対立してでも事を成すつもりだと宣言までしていきおった。

 これはもう捨て置けぬ状況であるのだ。

 いくら強者でもそう宣言されては黙って見てる訳にもいかぬ」


 その言葉に三人は驚愕で各々驚きの声を上げる。


「では、ランスロット殿に至急連絡を……」


 逸早く声を上げたアルール男爵。

 だが、その言葉を受けた王家や候爵の面持ちは重い。 


「しかしな……あやつは人同士の争いに巻き込むなと散々言って居た。

 この様な案件で頼って、機嫌を損ねないだろうか?」


 候爵は一人ごちる様に懸念事項を呟く。


「うむ。世界の為、命を賭したばかりである。

 何でも頼れば良いという考えはいかんな。

 まずは話し合いで収められぬかやってみるべきであろう。

 まだこの段階でなら上手く事を運べば穏便に話を着ける事も出来よう」


 ディケンズ候爵の懸念に国王陛下が同意を示す。

 宰相がそれに頷き、言葉を続ける。


「先の会談では事情を深く知る者を交え、もう一度話し合いをするという事で落ち着いた。

 その事情を知っている者達である諸侯らに来て貰ったのだ」


 ルーフェン子爵は一先ずの納得はしたが、断りを入れねばならぬ事が出来た。

 そう。まだ面識が無く娘との事も深くは聞いて居らず、知っている事といえば、裏切ってしまい破談になったという話だけだ。


「そうでしたか。

 ですが私はまだ彼と会っておらず良く知らないのですが、どうやらミレイは仲違いをしてしまったようでして……」


 そう前置きを入れてから、彼は事情を話した。

 うちの娘は破談になってしまっているかもしれないと。


「ふむ、そうであったか……じゃがそこは問題では無いな。

 今我らが目指すは勇者を名乗る者たちと敵対関係という図を破る事にある。

 出来る限りランスロットには便宜を図りたいが、国を危険に晒してまではあやつも望まないであろう。

 よって我等は事実を事実として話し、後は本人同士での話し合いをという風に持って行きたい所。その緩衝材になって欲しいのじゃ」


 いまいち現状を掴めて居なかった子爵と男爵であったが、宰相のその言葉に『なるほど。そういう事でしたか』と深い納得の意を示した。


「では……私の話はそういう訳には行きませんな。

 最悪は覚悟も決めて居ります故、如何様にも御使いください」


 そう言葉を発したのはディケンズ候爵。

 勇者を名乗る者達の一人が強く訴えた民を虐げた罪に関する事だ。


 本来であれば平民を虐げようと候爵が責任を取るなどありえない。

 だが、これは国を脅かしうる勢力からの言葉。それを深く理解している候爵は覚悟を決めた目で宣言した。


 その言葉に逸早く待ったをかけたのはライエル王子。

 候爵を軽く手で制する様に言葉を紡ぐ。


「いや、それの責任を取らせるのであれば、法衣貴族の者達でしょう。

 そこはしっかりと説明し処罰を受けた後だという事にさせて欲しいと私は願います。

 そもそも候爵に来て貰ったのは自己保身を図る小物を大勢呼ぶ訳にはいかなかったからなのですから。申し訳ないとは思いますが、宜しくお願いします」

「ライエル様……有難きお言葉にございます。

 ただ、私の覚悟は出来ているという事はお伝えしておきます」

「全く、候爵は覚悟が決まり過ぎていて困る。これからも支えてくれると言ったではないか。居なくなられては困るぞ!」


 ライエル王子とブレット王子の言葉に目を潤ませる候爵。その様を見て満足そうに頷く国王陛下。

 とても暖かい空気に思わずといった風に子爵と男爵も表情を緩ませた。


「では、候爵の処罰は切り札として出来るだけ温存する事と致しましょう」


 うんうんと宰相クルードが言葉を閉めた。

 その後、全員が表情を顰めたのは言うまでも無い。



 ◇◆◇◆◇



「我等は立ち上がらねばならない!

 不当に民を虐げる貴族制度に立ち向かわなければならない!

 それは何故か! 当然自らに降り注ぐ非道な行いを回避する為である!」


 ハウラーン王国の王都、レーベン商会の目の前にて街頭演説を行う少年が居た。

 普段は人が賑わうその場所。だが、今は人の子一人居ない状況となっていた。


「なぁアヤト、誰も聞いてねぇぞ? こんなの意味ねぇだろ……」


 誰も聞いて居ない。彼はその事実を突きつけられて頬を引き攣らせる。


「だよなぁ。俺も虚しくなってきた。まだやるなら先帰るぞ?

 てか、俺は取り合えずエリーゼ取り返せればそれでいいし……」


 演説を行う彼に不服を告げる二人の少年。

 誰も聞いて居ない状況に首を傾げ、彼は少年二人に向き直った。


「おかしいなぁ。前はこれで皆乗って来たんだけど……

 一体なんなんだろ……ここ平行世界か何か?」

「わかんね。けど、皆俺たちの事忘れてるのは確かだな」

「世界の為に戦ったのに生き返る代償がそれとか、酷過ぎねぇ?」

「「全くだ……」」


 彼らは生き返ってまだ数日。

 死闘が終わったと思えば王都の街中に立っていた。

 服は着ていたが装備も持ち物も無くなっていて、取り合えずギルドに行って情報収集をと試みたが、受付から周りの者達まで自分の事を忘れていた。

 それに憤り、声を上げている所で出くわし三人は知り合った。


「まあでも平行世界ってのが一番しっくりくるかな。

 エリーゼが既に結婚してるってのが納得いかないけど……

 取り合えず、相手の男ぶっ殺して取り返さないと」


 特に表情をゆがめるでもなく、淡々と殺す宣言をする。


「ユージもカズヤも新しいの探した方がいいじゃね? もう中古だよ?」

「いやいや、新しいのも追加すればいいじゃん?

 気に入らないし、捨てるにしても取り合えず取り返す」

「だな。ミレイが他の男に靡いてるとか考えただけでイラつくし」

「ふーん。俺はクソ王女の所為でこいつっての居なかったしなぁ。

 取り合えず、折角頑張って王国を乗っ取ったんだから今回もそこからだな」

「好きにすりゃいいけどよ。そこまでは付きあわねぇぞ?」

「だな。俺も早く女遊びでもしたいし」


 お互いのやる事を話し合い、被らないのだから協力しようと話が付いていた。

 だが、一人やる事が違い過ぎた為に彼らの結束は早速ほころび始めた。 


「なら、お前ら王宮に行く必要なくね?

 あいつら、居場所知らないって言ってたじゃん。

 他国行ってるって話しだろ?」

「あー、そうだな。そいつの名前もわかったしなぁ……」

「じゃあ、明日話聞いたら別行動だな。

 戦う事になるならどんな事してきた奴なんか知っておきたいし」


 そんな風に言葉を交わして別々に去っていく三人。

 それを監視していた男もその場を後にする。



 ◇◆◇◆◇


(一体全体どうなってんだって色々探っていたらあの馬鹿三人組を発見したが、監視するのも馬鹿らしいくらいだったな。

 いや、国を乗っ取るつもりならもう少し監視して置いた方がいいか?)


「ああ、もう『音消し』解除したし好きに喋れるぞ」

「は……はい。ありがとうございます……ユキト様」


 少年は、貧民街の少女の頭を優しく撫でつけ、微笑みかける。


「あいつらも馬鹿だよなぁ。

 外見は誰でも可愛いんだから、貧民街の子の方が従順で裏切らないのに。

 っと、早いとこ綺麗にしてやらんとな。いくぞ、ミク」

「は、はいっ……」


 十代半ばの布切れ一つ纏った少女の手を引いて、歩き出した。

 彼は衣服を少女にと色々買い漁る。

 宿に着き体を洗わせ身奇麗に整えれば、町娘の中でも可愛いと呼べるほどの美少女が出来上がっていた。


 その彼女を連れ再び町に出て酒場に入り、つまみをずらりと並べると酒を煽る。


「あの、良いんですか? こんなにお金使っちゃって……」

「ああ。気にすんな。これからはご飯も食い放題だ。

 だが、エロイ事はさせて貰うがな! はっはっは!」

「わ、私なんかで良ければ……」

「なら、何の心配もいらない。大切にするから俺の言う事だけを聞くんだぞ?

 それを守って俺に付いてくるだけでいい。

 そうすれば出来る限りは幸せにしてやるから」


 少女は深刻そうな表情を浮かべたあとゆっくりと頷いた。

 その思いつめた顔にユキトは複雑そうに視線を落としたが、思い直して酒を煽る。


「さて、今回はどうするべきか。またどうせ避けられない戦いが来るんだろうから今回はキッチリレベリングするか」

「レベリングですか?」

「おう。魔物の討伐だな。

 それは俺一人でちょちょいと上げてくるから心配いらないからな?

 あ、お姉さん! 追加でお酒頂戴!」

「はーい」


 カウンターの方に居た女性店員が声を上げる。すぐさま持ってこられた酒を受け取り彼は再び声をかける。


「おっ! お姉さん綺麗だなぁ、名前聞いていい?

 多分行き着けにするから、今のうちに知れたら嬉しいんだけど」

「え? エレオノーラですけど、うちは女を売る商売はしていませんよ?」

「そんな事言わないって。

 これでも結構強い冒険者だからそういうの不自由してないしね。

 純粋に仲良くなった方がお酒楽しく飲めるでしょ?」

「はぁ、そう言う事なら……宜しくお願いします?」

「ありがと。んじゃ、はいチップ。お仕事頑張って!」

「ありがとうございまーす! ごゆっくりどうぞぉ」


 店員の少女は打って変わって良い笑顔で言葉を返すと颯爽と仕事へと戻って行った。


「おいミク、手が動いてないぞ? 腹へってないのか?」

「食べて、良いんですか?」

「おう。これからは出されたものは好きに食っていいぞ。問い掛ける必要もない。

 腹減ったら遠慮せずに言え。

 ま、基本はずっと一緒だから言わなくても出すけどな」


 ミクは顔を綻ばせて手づかみでモグモグと搔き込む様に食べ始める。

 それに苦笑を送っていた彼は入店した男を見て突如舌打ちをした。

 彼女に「この店を出るときお前がお金を払え」と代金を渡して『隠密』を使う。


 入って来たのは先ほどの三人の内の一人、国を乗っ取ろうとしていた男だった。

 両サイドに女性を侍らせている。


「ねぇ、本当にSランクなのぉ?」

「ホントだって、カード見る? 見ちゃう?」

「みるみるぅ!」


 と、馬鹿と称されるのにふさわしい様を見せつけながら酒場に入り割と近い場所で腰を掛けた。

 連れた女性は軽い調子で「すごーい」と声を上げている。

 ユキトは隠れたまま、彼らの雑談に耳を傾け続けた。

 だがただの自慢が永遠と続くだけ、聞けば聞く程に無駄な時間を過ごす事となった。


 そのままミクに会計を済まさせて店を出る。


「はぁ。隠れるのも馬鹿らしいほどだったなぁ」

「……あの人は敵なんですか?」

「いや、知らない人。関わるだけ無駄な奴だろうから避けてただけ。ミクも関わるなよ」


 そう言って彼女を抱き寄せると唐突にバックステップで後ろに下がり、身構え顔を顰めた。

 コツコツと音を立て、正面から一人の少年が姿を現す。


「うん。キミはまともそうだな。どうかな? 私と組まないか?」


 そう言って現れたのは黒髪の少年だ。ユキトはすぐに気が付いた。これまでの経緯から言って召還されて来た者の一人だと。


「組んで何をするんだ?」


 じっと相手を見据え、視線を外さない。


「自衛だよ自衛。キミだってこのまま平和に過ごせるだなんて思ってないだろう?

 こんな状況下だ。どれだけ情報を得られるかが生死を分けるだろう」


 それはあながち間違いじゃない。とはいえ敵の可能性すらある者の情報にそこまでの価値を見出せない。デメリットの方が大きい様に思える。

 ユキトはそう考えつつも、言葉を返した。


「そうだな。だが俺はまだ有力な情報を持っていないし、手駒になるつもりはない。

 時折世間話しに付き合う程度なら構わないが……?」

「ああ。十分だ。

 お互いに信用が無いんだから、情報を売りつけるくらいなつもりでいい。

 私はタカと呼んでくれ。キミは?」

「ユキトだ。

 有力な情報ではないが、あの騒いでいる三人は知っているか?」

「勿論だ。残念過ぎて協力関係を持ちかける気にもならなかった。

 余りに酷いようならこっちで叩いて置くが、構わないかな?」

「ああ……だが随分と自信があるんだな。確かにあれは馬鹿そうだが」


 それでも同じ召還者。ゲーム時代でも強い馬鹿も沢山居た。

 ユキトそう言葉を続けたが、彼は言葉を取り下げるつもりはなさそうだ。


「ああ、そうだ。ユキト、私からも一つお近づきの情報がある。

 ランスロットという男には気をつけろ。アダマンタインを一人で倒したそうだ。

 私も惜しい所まではいったが、ピースが足りなくて断念させられた。

 アダマンタインはそれほどの相手……ってそこは知っているよな」

「――っ!? ……あれ、もう倒されたのかよ。

 なるほどな。そいつの居場所が割れたら伝えるよ。その情報網が欲しいんだろ?」


 タカはニヤリと口端を吊り上げると「ああ、助かるよ」と人声掛けると人ごみへと消えていった。

 その直後、ミクが呟く。


「居なくなっちゃいましたね。連絡、取れるんですか?」

「いや……取れないな。また適当に接触してくるんだろ。

 まあ、来なくても正直どうでもいいし……」


 ユキトは締まらない結末に後ろ頭を搔きつつ、宿へとぽつぽつと歩いた。

 そう言えば、少しミクとの距離が少し縮まったな。などと呟きながら。



 ◇◆◇◆◇


 次の日の昼下がり、国王陛下が直々に勇者を名乗る三人の男たちと会談が開かれた。


「よく来たな。約束通り、詳しく知る者達に来てもらってある。

 じゃがそちらの要望が何でも通るとは思わぬことだ。

 こちらも勝手な願いでは、聞けぬ事が多々ある」


 王城の王族が使う応接間にて、宰相閣下が鋭い眼光で勇者を名乗る者達へ言い放つ。


「へぇ~、いいの? その英雄って今居ないんでしょ?

 逆らったら殺されちゃうかもよ」

「ほう……

 道理を無視し己の欲望に添って我らを殺すと言う事になるが、相違無いか?」


 国と戦ってでも、と主に言っているのはこの少年アヤトである。

 残りの二人はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて居るだけで特に口を出す事はしていない。


「やるなんて言ってないよ? ただ、そう言う事をする強者も中には居るんじゃないって忠告しておきたかったのさ」

「そうか。じゃが、要らぬ話よ。

 無法者の怯えその圧に下るなど、上に立つものにあるまじき行いだからの。

 権力に興味があるのであれば、覚えておくが良い」


 宰相閣下の言葉に王子たち二人が目を剥いた。

『あれ? なんか作戦と違う』と。


「ああそう、折角の好意にそういう事言ってくるんだ。

 じゃあ、もう手加減してやんないからな」

「ちょ、ちょっと待てよ。

 なぁエリーゼパパさん、何でエリーゼが他の男に嫁いでんの?」


 アルール男爵は表情を歪めた。

 そう、知らぬ若輩者にいきなりそんな事を言われたのだ。お前の許可など必要ないわと心内で憤る。

 だが、今は王家がほぼ総出な程の大事。男爵は立場が一番下だ。心を静め、ゆっくりと言葉を返す。


「リーゼが惚れて連れて来た男。

 それが人となりも好人物だと思えたから許可を出しただけの事。

 いくらそちらの納得がいかないと言えど、難癖を付けられる理由にはならないと思うが?」


 エリーゼに御執心な彼ユージは眉間に皺を寄せたが、男爵に言い返す様子は無い。

 すべての原因は自分が忘れられてしまっているという事だと理解しているのだろう。


「ミレイも一緒な訳?」隣に座るカズヤが余裕の表情を崩さずにニヤつきながら問う。


「うむ。

 娘から紹介したいからあって欲しいと言われているな」

「はぁ? 知らねぇ奴なの? んじゃ、それ断ってよ。俺が貰うから」


 ルーフェン子爵を筆頭に、全員が頬を引き攣らせた。

 場に沈黙が訪れる。


「言っとくけど、これ断ったら俺は敵対すっからな」


 子供の我侭だった。

 子爵はチラリと国王陛下と宰相閣下を伺う。子爵の視線に陛下はゆっくりと頷き言葉を発する。


「ならば、すれば良かろう。

 こちらも本気で敵対させて貰う事とする。お引取り願おうか」


「「ち、父上――――っ!?」」


 余りに事前に話し合っていた内容と違うため、ブレット王子とライエル王子は思わず口をついたが、間髪入れずに乱入者が現れた事で再び口を閉じる事となる。


 国王陛下が告げた言葉を受けて、剣を抜いて立ち上がり仕掛けようとしたカズヤに、剣を突きつけたままの突如姿を現した少年が居た。

 その事態に近衛兵が動き、勇者達との間に入る。


 誰も彼もが状況に付いていけないままに、乱入者の少年は口を開く。


「この国には恩がある。これ以上の勝手は許さない。

 国王陛下、勝手に侵入した事をお詫び致します。

 ですが国に害なす事は致しませんのでどうかご容赦を」


 今まで、余裕を浮かべていた国王から男爵までの一向が初めて大きく表情を崩した。

 そう、ここは身を隠すスキルを持っていようが、簡単に入れるような場所ではないのだ。


「先ずは、名乗ってはくれぬか?

 どこの誰かもわからねば、何を話して良いのかもわからぬ」

「すみません、緊急でしたので失礼を致しました。

 私はSランク冒険者のタカと申します。

 此度、彼らが国の乗っ取りを企てているの知りまして、それを阻止する為に動いて居りました」

「ほう。ではそなたも勇者か?

 何にせよ、こうして国のために行動してくれる強者は歓迎する。

 これからはここに来るなら一報はくれぬと困るがな」


 本来、失礼しましたで済む話ではないが、こういったの者の扱いはランスロットに対するもので慣れていた。

「お心遣い、痛み入ります」と恐縮した様子でタカと名乗った少年はお辞儀をする。

 そのお辞儀に合わせる様に額に青筋を浮かべていたカズヤが動いた。


「勝手に割って入って来て、調子に乗ってんじゃねぇ!」


 その言葉と共に打ち出されたのは『飛翔閃』。部屋の中だというのに連発されて打ち出された斬撃をタカは事も無さ気に打ち落とし、冷たい視線で睨みつける。


「早速私の方にも殺す理由が出来たな。

 もう一度生き返れるかの実験だ。死んでくれ」


 彼がそう告げるや否や彼から黒い靄が噴出し、カズヤだけでなく三人に襲い掛かる。煙の様に広がり、三人の居る場所を通り抜けるとすぐに消えた。

 こんな魔法は確認されていない。

 宰相閣下は思わず問い掛けた。


「今の魔法はどんなものだ?」

「即死魔法です。どうやら一人は死んでくれたみたいですね。

 暴れていた奴が一番に死んでくれて助かりました」


 世間話をするかのように淡々と告げるタカ。クロード宰相も「ほう」と関心している様子。

 そんな会話に噛み付いたのは勇者を名乗る者達。 

 カズヤが死んでしまったので今は二人組みとなっていた。


「て、てめぇ、やりやがったな!

 てか、何で俺まで巻き込んでんだ!? ざけんなっ!」

「どれだけ馬鹿なんだか。グルを組んで国を攻めた。

 その時点でお前らは誰から攻撃されても当然な立ち位置に居るんだよ。

 簡単に言えば、賊になったんだ。理解できたか?」


 タカの発言に周囲の者達が、深い納得の意を示す。

 国に対して宣戦布告したのだから余りに当然の事だった。

 敵わぬと見込みが立っていた為に要らぬ被害を出さない様に、と苦肉の策を立てていただけで本来は当然極刑だ。

 その苦肉の策である和解も、先ほど彼が剣を抜いた事で白紙となった。


「逃げても無駄だ。私は感知魔法も持っている。

 お前たちとは既に敵対状態だ。しばらくは赤点のままだろう」

「二対一で何言ってんのお前。

 てかカズヤ馬鹿じゃねぇの? なんで耐性装備付けてないんだよ!」

「え? 俺も付けてないけど……」


 タカは頬を引き攣らせた。自分の戦っている相手はそこまで馬鹿なのだろうかと。


「これは引っ掛けの方が嬉しいが……一応念の為やって置くか。『ハデスの抱擁』」

「なっ、おい、馬鹿っ! やめっ――――」


 黒い霧が再び二人を包むと一人が力なく前のめりに倒れた。

 即死魔法を受けたアヤトは本当に死んでしまった。

 自ら敵対している相手に即死耐性付けていませんと自己申告して。 


「これで一対一だな。キミはこんなのとつるんで恥ずかしくないのか?」

「……ま、マジでやりがやった。ゲームじゃねぇんだぞ!?」


 数の有利が無くなり、及び腰になったユージ。

 その彼から発せられた言葉は自分の事を棚に上げての言葉だった。


 タカは顔を引き攣らせたまま乾いた笑いを洩らした。


「こっちのセリフだ。キミもやっぱりただの馬鹿か。

 神様はこんなの呼んで何させるつもりなんだか……」


 盛大に溜息を吐いたあと、タカは再びオリハルコンの剣を構えた。


「――っ!? わ、わかった。もう敵対しない。だから待ってくれ。

 きっとまたレイドボスが出てくるんだろ? 手伝うからさ!

 そもそも、俺は実際に攻撃してねぇだろ?」


 元々剣すら抜いて居なかったユージは両手を上げて降参のポーズを取った。


「まあ、国を乗っ取るって馬鹿は駆除出来たから、私は構わないが……」


 タカはそう呟きつつも、国王陛下へと視線を向けた。


「そう、であるな……ふむ……クロードよ、どう考える」

「勇者であるというのであれば、お役目の外に居る我らが不用意に命を奪う訳にも行きますまい。

 ここは国外追放が双方にとって一番いいかと」


 命を奪わず罰を与えるとなると、監督できるものが必要となる。

 それをするにはランスロットやタカなどの力を借りなければ出来ないが、そんな頼みごとをする訳にもいかない。

 かといってこのまま懐に置いておくのも怖い。他国に行って貰うのが一番いい形だと宰相は考えた。


「うむ。ではユージよ。我らは争いを好まぬ。

 此度の罪はこの国を出て行く事で仕舞いとする。それで良いか?」

「わ、わかった。わかりました。じゃ、じゃあ俺もう出て行くから……」

「因みに、さっきも言ったが、私の感知魔法で居場所を追える。出て行った振りは止めて置けよ」

「わーってるよ! 死ぬ危険なんて冒せるかよ」


 ユージは足早に出て行き、案内人を振り切って走り去った。

 そうして一応の平穏が保たれると視線が向うは突如現れた少年タカの所。


「うーむ。普段であれば褒美をくれねばならぬ所だが、手続きを踏んでいない手前どう対応して良いのか迷う所じゃな。

 しかし、此処までして貰って追い返す様な真似も出来ん。

 どうじゃ? 今後の話し合いとして茶でも飲んでいかんか?」


 宰相クロードのフレンドリーな問い掛けに、タカは少し目を見開いたが、すぐに平静を取り戻してそれを受け入れた。


 そうして話し合いの末、彼は王国のお抱え冒険者として召抱えられる事が決まった。

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