第106話魔戦武闘会⑦
「まさか、初戦から当たるとは思っていなかったよ」
「そうね。もうちょっと上で当たりたかったわ。
けど、どっちにしても負けられない。本気で行くからね」
剣を向け合い、ラーサとディアが言葉を交わす。
一回戦の最終枠はこの二人だ。
その間の戦いはあっさりと終わった。
ダイチ君、アリアちゃん、レラは問題無く勝ちあがった。
上手い事バラけてくれたのでユミルの時くらいに圧勝だった。
と言うか、ユミルの勝ち方が好評だったらしいので意識して真似た節がある。
なのでさくさくと進み、すぐにディア対ラーサの試合になった。
「そりゃお互い様さ。恨むんじゃないよ」
そう言って動いたのはラーサだ。
ディアも最初から『心眼』を使い、視線がデフォルトで冷たい感じになっている。
羨ましいな。俺はガイールに笑われたってのに。ディアは似合っててカッコいい。
一人ぐぬぬと呟く。
ディアは『瞬動』で距離を詰めながらも回るように動いた。
それをラーサは体の向きを変えるだけで出方を伺う。
そして、距離が至近距離まで詰まった瞬間、ラーサが動いた。
かなり速くはあるが、見え見えの袈裟切りだ。これは流石に『パリィ』が決まったな。
焦っちゃったのかな?
その瞬間当然の様にディアが『パリィ』で打ち返し、ラーサは強制的に体を横に引っ張られた。
ディアが「貰った」と『パワースラッシュ』の準備に入る。
強い強度の『シールド』が付いているが、ノックバックは継続する。
要するに、態勢が悪い状態での追撃が来るのだ。
とはいえ、無詠唱なのだから掛けなおせば良いだけ。エンドレスになってしまってもあれなので、掛けなおし無しで『シールド』が割られる様な事があれば負けを認める様に言ってある。
これで決まったと思いきや、ラーサは体を仰け反らせたまま回し蹴りを放ち、蹴りでディアを吹き飛ばした。
「おお!」とその対応に俺たち召還者は声を揃えた。
さっきの『パリィ』で決まったというのが俺たちの共通認識だった。
反動を逆に利用してローリングソバットを決めるとは思わなかった。
『バッシュ』や『スラッシュ』であれば反応出来たであろうが、大技の溜めに入って居たディアに避ける術はなく、思いの他大きく吹き飛ばされて転がるディアをラーサが『瞬動』で追いかけた。
「悪いね。冒険者ってのはそこまでお行儀は良くないのさ」
ラーサは決め台詞を吐いて手堅く『バッシュ』で振り下ろした。
「私だって……伊達に死線を潜ってきてないのよっ!! 『パリィ』」
ディアは転がりながらの寝そべった状況からもラーサの『バッシュ』を『パリィ』で打ち上げて見せた。
流石にそれはラーサも予想外だったのだろう。
足技につながることは無く、お互い距離を取って態勢を立て直した。
「あれ? なんか二人とも強くなってない?
ちょっと! 僕も鍛えてよ! ずるいよっ!」
いや、近接だけで言えばそこまで大差は無いはずだぞ?
ディアたちもレベルリセットされてるから、精々二百レベル程度だ。
って、二百レベル程度でもあのときよりは上がってるのか。
ああ、そう言えばディアたちはハルを鍛えた時のレッドドラゴンの猛特訓に参加してないなそれならば有り得るか。死の谷は行ったが、レベルはそっちの方が低いしな。
いや、丁度いいと、俺はレラを呼び寄せて色々吹き込んだ。
お前の連れ強いじゃん? パーティー組んで強い所いけるじゃん?
俺の所みたくハーレムじゃないしちょっと体をちらつかせれば強くなり放題だぜ?
「――っ!? シュウ! ちょっと来て!」
「あん? どした?」
「ちょっとくらいならエッチな事させてあげるから、私を鍛えて!」
「どっ!? どうしたっ!?」
レラの可笑しな発言に目を剥いたシュウ君。
「おい、何吹き込んでんだ!」と矛先がこちらに向うが、観戦を邪魔しないでくれるかと冷たくあしらった。
何故こっちに矛先を向けるのか……
男なら、棚ぼただと思って据え膳喰らえばいいじゃないか全く!
そんな勝手な事を考えつつ、観戦を続ける。
次に仕掛けたのはディアだ。
彼女も考えがあるのか普通に切りかかる。ラーサもディアの剣撃を『パリィ』で打ち上げようとしたのだが、ディアは途中で剣をピタリと止めて『パリィ』掻い潜った。
「いいでしょ。このスキル、見極めやらせたら右に出るものはないのよ!」
嬉しそうな表情をしたディアだが、ガイールの言った意味がわかった。
『心眼』中に笑うと怖い。
そんな感想の最中、ディアは『スラッシュ』でラーサを切りつけた。
これは回避する術が無いようだ。
「くっ」っと声を上げつつも衝撃により小さく後ろの下がった。
だというのに追撃をしないディア。
死角に回るくらいの動作を入れて焦らせても良かったんじゃないかと思うが……
「ふふふ、楽しくなってきた。これで一本ずつよね」
「いや、蹴りとスキルじゃダメージ違いすぎだろ。次は私が決めないとね」
「やらせないってば!」
まるで遊んでいるみたいに二人で回り合う。
ひたすら『飛翔閃』は幾度も撃ち合っている。ラーサは基本はじき、ディアは回避する。そんな攻防が暫く続いた。
そして、決着の時が来た。
ディアがラーサのフェイントに引っかかったのだ。
剣を体で隠す様に後ろで構え、ラーサはディアの接近に合わせて横に払う様に片手を振り抜く。
避けるには近くて厳しい。スキルじゃないから予備動作が無く突如来た攻撃だ。
ディアはそれに合わせて『パリィ』を放ったが、ラーサが振りぬいた方の手には剣が握られていなかった。
もう片方の手に握られていた剣でラーサは即座に『バッシュ』を連撃で決めた。
連続するスキル攻撃に押されて数歩後ろに下がる頃にはディアの『シールド』が割れた。
やるなぁ。正直ディアが勝つと思ってたわ。
ラーサの方が引っ掛け攻撃苦手なくらいだし。
あ……そう言えばあのやり方、ブラックリザードマンの時に俺がラーサにやったやつだ。
そんな話をしていたら、二人が帰ってきた。
珍しくディアが口をへの字に曲げている。
目には涙を溜めて。
「二人ともよく頑張った。ラーサ、中々いい感じにフェイント決めたね」
「ああ。
ランスさんに引っ掛けられた時、そりゃずるいだろって凄く印象に残っててね」
いや、ずるくないよ!
「ディアは慢心があったかな。絶好の機会に追撃しないで楽しもうとしちゃったもんね?」
「ううぅ。だって、本気でやり合う機会なんて早々無いんだもんっ!」
そう言うと同時に涙が決壊して抱きついて来たディアを受け止めた。
彼女の頭を撫でながらも、これで二回戦の面子が決まったなと思考する。
身内では俺、ユミル、ラーサの三人、知り合いも入れればレラ、ダイチ君、アリアちゃん、三人もだ。
残り五人のうちの一人がヒャッハー君。
覆面の女性でA+のソフィア。彼女も最近登録したばかりで情報無しだった。
SSS級の女性イアラ。
後はSS級のバーンズも勝ちあがっていた。
最後の一人も名の知れたSS級らしく、シエラという女性。
司会の話しだとSSS級のイアラがこの国で最強の魔導師らしく、無詠唱も持っていた。
だが、正直俺たちとは戦いにすらならないだろう。
まだ絶対とはいえないが、彼女は多分生粋の後衛なのだ。詠唱が無いから勝ててるに過ぎないと感じた。
覆面の女性は近接で戦っていた。彼女は中々強そうだ。一瞬で終わってしまったからどの程度かはわからないが、剣を突きつけ相手に降参を問う所を見るからに快楽殺人者ではないだろう。
なのでやっぱり難点はヒャッハー君だけだ。彼の隠しだまがどんなのかが問題だ。
そう考えつつもディアをあやしていれば、司会の声が響いた。
『さてさて、激熱過ぎた一回戦が終わった所だが、早くもシードを誰にするかの話し合いが終わったぜぃ!
俺としても、当然だと思う所だな。シードはランスロットだ!
二回戦で彼の勇姿が見られないのは残念だが、人数が合わない。
それも致し方なしだな。
思いの他スムーズに進んでいるし、これから二十分ほど休憩だ。
トイレ等を済ませておけよ。試合は待っちゃくれねえぜ?』
おおう。俺、シードになっちゃった。
けど、結局それじゃ人数合わなくね? その後三人になるじゃん。
まあ、何とかするだろうけど。どうなるんだろ。
『さーて、こっからは紹介も済んでるし、トーナメント表を発表するぜ』
そうして発表された対戦表。
ヒャッハー君対ユミル
ダイチ君対レラ
アリアちゃん対SSS級の女性イアラ
覆面女性ソフィア対シエラ
バーンズ対ラーサ
それが二回戦の面子だ。
半数くらいは深刻な表情をしている。
ダイチ君はレラが相手でシュウ君と敵対しないか不安そうだし、アリアちゃんも国最強の相手と知って青ざめていた。
ユミルも当然笑えない状態だ。
多少気楽そうにしているのはラーサとレラくらいだ。
「ユミル、当たり前だけど制限は無しだ。
魔法もスキルもフルで使っていいから怪我しないでね?」
「えっ!? 流石に無傷は難しいかと……」
「なら降参しよ? ね?」
「はぁ……ランスさん、それは酷ってもんだよ。
死ぬ前に止めれば良いんだ。やらせてやんな」
だってぇ……
「まあ、お姉ちゃんの仕事はあれだね。勝つことじゃなくて戦える事を示す事なんだし、魔法でガンガン攻撃して痛めつけられれば良いんじゃない?」
「あ、そうだよ。魔力切れるまで重ねて全力撃ちしよ? 切れたら速攻で助けに入るから」
「ケンケン……」
「ケンヤ……」
なんだよ、皆して……
「ちょっとは信用してあげて! ランスは過保護すぎ!」
「うぅぅ。わかったよぉ……でも今回だけだぞ!?」
そんな会話をしている間に二回戦が開始された。
ユミルが呼び出されてリングへと上がる。
剣を構え、冷たい視線を送るユミル。どう考えてもヒャッハー君はユミルが心底毛嫌いするタイプだ。熱くならないといいけど……
「お前、あれの連れか……くはっ、おもしれぇじゃねぇか」
その言葉に取り合わず、ユミルは開始の合図を待っている。
『さぁ、お待たせしたな。二回戦の開始するぜぇ!?
ユミルvsハルト・カトー戦、スタートぉぉ!』
騒がしい男は上げた手を振り下ろし、開始を宣言した。
「行きます」
と、ユミルは魔法攻撃をせず『瞬動』で接近した。
その行いに「ちょ、何やってんの!?」と俺は狼狽した。
「いいや、良いんじゃねぇの? 魔法得意なの知らねぇんだろ?
とりま、一回目は『パリィ』で弾かれても魔法の威力で切り抜けられんだろ!?
まあ『マジックバリア』で一発目は相殺されるし、どこまで押し切れるかはわからんけど……」
いや、自分の嫁じゃないシュウはそう言うけどさ……近づいて欲しくないんだよ。
「あっ、仕掛けましたね」
ダイチ君の言ったとおり、ユミルが射程内へと『瞬動』で入り込んだ。
ここまでは悪いチョイスじゃない。入ったには入ったが、素直に仕掛けようとはしていない。至近距離で『飛翔閃』を放った。
「おっと。へぇ、まあ悪くはないが――っ!? ちっ、うぜぇ!!」
避けた後、余裕こいて話しかけるが、それを待たずして追撃が続いた。
それに焦れて動き出すヒャッハー君。
いいぞ。そうやってペースを乱すんだ。
「はっ、調子に乗るなよ。『スワンプ』『瞬動』『バッシュ』」
はっ!? 流石にそれじゃ決まんねぇぞ?
「『パリィ』!! 『スラッシュ』」
ユミルのスキル攻撃がもろにヒットした。
おっし、いいぞ! と思っていたが、ヒャッハー君が余裕の表情なのに不安を感じた。
あいつはその仰け反ったまま後ろを『ストーンウォール』で囲み『フレアバースト』を放った。
ユミルは即座に後方に飛び上がり回避した。ゲーム時は不可能だったけど、そうだよな。あのくらいの高さなら余裕で飛び越せるわ。
「ちっ、んだよ。めんどくせぇ。
まあ、いいや。お前を殺せば面白い顔が見れそうだ。ちょっと本気だしてやるよ」
そう宣言すると、スピードが格段に上がった。確かに調子に乗るだけはある。
離れれば魔法、近寄れば斬撃、絶え間ない攻撃にユミルが翻弄され始めた。
「これはマズイですよ。結構やりますね」
思わず立ち上がった。これは助けに入るべきか!?
そう思った瞬間、ユミルは表情を歪め、杖に持ち替えた。
その直後、結構な速度で範囲魔法『ブリザード』を連発させた。
「ぐはっ、『マジックシールド』『エクスヒーリング』
あぶ、あぶねぇ……マジかよこいつ、自爆しやがった……」
最初は反応しきれず喰らったヒャッハー君だったが、即座に掛けなおしして、今も『マジックシールド』を連発して凌いでいる。
「やった。これでお姉ちゃんの勝ちだよね?」
「いや、多分無理だ。思ったよりかなりレベルが高そうだ。
多分だけど魔力消費の差で競り負ける」
当たり前の話だが、範囲攻撃魔法より『マジックシールド』の方が断然消費が低い。
ダイチ君が言っていたのも間違いじゃないが、それは相手の魔力が低い前提だ。
恐らく、あいつは支援も魔法使いも持っているようだし、魔法よりのステータスなのだろう。その上で高レベルならそれも当然だ。
だが、もう一つやれることはあるだろ?
もしかして殺さない様に配慮しているのか?
そう考えている間に事態は動き、ユミルが氷の上を血を撒き散らせながら滑っていた。
それを見た瞬間、俺は『瞬動』で地を蹴ると同時に『隠密』『音消し』でリングに近寄った。
金貨百枚なんてどうでもいい。そう思って彼女の近くに控えた。
身を隠しているのはただ単にあれに助けに入る妨害を入れさせない為だ。
近寄って見てみれば、ユミルは意識を失っていた。
『そこまで! 勝者、ユキアツぅぅぅ!
何と言う凄まじい戦いだ! 今年のレベルは高すぎるぞぉ!』
その宣言を聞いてなお追撃を行うヒャッハー君。見越して来ておいて良かった。
お前の『シールド』強度はわかってるんだよ。
もう殺しちまってもいいや。
そんな思いを込めて『飛翔閃』を少し多めに重ね撃ちした。
突如至近距離からの『飛翔閃』による攻撃は避けられる訳もなく『シールド』も余裕で突破した。奇しくもユミルと同じ所にダメージを喰らい弾かれて転がっていく。
ユミルに『エクスヒーリング』を掛けて抱き上げた。
「悪いな。終わって尚攻撃したんで防衛させて貰った。
必要なら違約金も払うから、見逃してくれ」
これはヒャッハー君にではない。観客に対する説明だ。
唖然とした空気のまま観客席へと歩を進めた。
『な、なんという事だ。あの一瞬で移動したのだろうか!?
これは、これはここからも熱い戦いになるぜぇぇ!!』
「「「おおおぉ!」」」
良かった。変な空気にはならなかったみたいだ。
「さ、さっきのはなんだよ……あいつ、『シールド』切らせてたの?」
あー、そっか。重ね撃ちの事言ってないか。
けど、どうしよ。
これは流石に信頼できそうな奴に……いや、レラの彼氏ならいいか?
ちらりとダイチ君に視線を送った。
「えっと、僕も聞きたいですね……良ければ、ですが……」
……そう言えばまだダイチ君にも教えてなかったっけ。
今日言おうと思ってたけど、大会の熱気にやられて忘れてた。
「ああ、切り札だもんな。別に俺も無理には聞かないぜ?」
「いや、別にいいよ。重ね撃ちって言ってな――」
と、彼らに説明する。
「二人とも気がつかなかったの? 攻撃スキルでも重ね撃ちは出来るよ?」
「あー、まず威力を出す必要がアダマンタインの時以外に無かったからな」
「え? アシュタロトどうしたん?」
俺もあの時は重ね撃ち出来る事を知らんかったが、あれは威力必要だろ? めっちゃタフだったぞ!?
「ん? 何それ」
あ……れ……?
そう言えばこれダイチ君にも聞いてないな。
「ほら、妖精の国の悪魔封印クエストあったじゃん?
幼馴染の仇を討ってくれってエルフの少年に頼まれて始まる奴」
「あぁ……確かにそんなのもあったけど、あれ雑魚じゃん?
誰かが倒したんじゃね?」
「僕の時もこっちには来ませんでしたよ?」
帝国とか王国は無事だったの? と問い掛けてみれば、帝国はクリスマスイベントの時に、王国はアダマンタインの時に滅ぼされてたくらいしかわからないらしい。
何それ、超カオス。もはや世界の終わりじゃん……
そうか。助けないとそういう事になっていたのか。
「俺がやり方間違えたのかも知れないけど、あれも相当に強かったよ。
レイドボス入れなければ最強クラスだった。
通常のボスなんて目じゃないくらい」
当初はレイドボスと同等くらいに思ってたしな。まあ、レイドボスは予想以上に強かったからそんな事は無かったが。
「マジかよ。俺生活水準の問題でほぼこっちに居たからなぁ……
長いことここ離れたのはレラたちと知り合った時くらいだし」
「僕もですね。最終的にはここの軍に所属してましたし」
そっかぁ。と話が一息つけば、さっき俺が割って入った事の話し合いは終わったらしい。
人が来て、話し合いの結果、試合終了からの割り込みだった事と、禁止されている終了後の追撃があったことを加味してお咎めは無しという話だった。
嫁たちは当然だと頷き、俺もその言葉にほっとした。
そして、次の試合が始まる。
「よーし、やっと僕の出番だね。負けても泣かないでよ?」
「あ、はい。お互いに全力を尽くしましょう」
うんうん。と腰に手を当ててご満悦なレラ。
……ピエロだな。
シュウ君が密かに「お手柔らかに頼むな」と言って、ダイチ君もそれに頷く。
そうして始まった戦いだが、やはりすんなりと片が付いた。
近接をこなせないレラが、前衛無しの戦いで勝てるはずもなかった。
だが、へこんではいない様子。
「前衛が居れば勝てたんだからねっ! シュウ! 今度は二人でやるからね!」
「お、おう。機会があればな?」
「ちょ! それは卑怯ですよ……!?」
と、皆の笑いを取るほどには元気だった。
いや、ダイチ君は笑えないだろうが……だってこの子本気だもの。
「で、では……次はわたしなので……行って、来ます……」
青い顔で立ち上がったアリアちゃん。
ちょっとダイチ君、このまま行かせるつもり?
と、皆して彼に視線を向けた。彼は神妙な面持ちで立ち上がった。
「アリアさん! キミなら大丈夫。
『マジックシールド』を切らさず近接に持ち込むだけで勝てる。僕を信じて?」
「はっ、はいっ!! がんばりまふっ!」
おおう、相当にテンパって居るな。
けど、俺もその助言を守るだけで勝てると思う。
ただここで俺が何か言うのもあれなので黙って見送った。
「それにしてもすげぇよな。この子ら全員カミノの嫁かよ……」
「全員じゃないって。使用人も居るよ! ほら、男も居るだろ?」
「ええ、申し訳程度に気弱そうな少年が一人、ですけどね?」
「なんだよお前ら! 苛めんなよぉ……」
口を尖らせてプイっとやれば、嫁が笑いながら近寄って来てくれた。
そして、アキホが口を開く。
「それほど甲斐性があるんです。
ケンケンはしっかり全員を満足させてますよ?
昼も夜も……ふっ……」
ちょっと、最後の止めて! あと鼻で笑うな。失礼だろ!
「えっ? あ……そうですよね。ちっ、このリア充が……」
ほらー! こんな事言わなさそうなダイチ君まで……
「いや、もうリア充の域じゃねぇだろ。女の敵っていうか、男の敵でもあるな……」
「こらぁ? そういう言い方止めて? ちゃんと紆余曲折があってだな……」
ちょっと、突込みが追いつかない。誰か味方してよぉぉ……
「そうです。人の家庭に口を出す前に、シャーロットさんも貰ってください」
「あのう、だから、私はものじゃないんですけど……」
ふん、もう止めてやらんわ。ナイスアキホ、ドンドン言ってやれ。
あ、ごめん、シャーロットちゃん、止めるから迷惑そうな目で見ないで……
「よしっ! いいぞ!」
どうしたの!? って、そうだ! アリアちゃんの試合が……もう終わってた。
ほらぁ……お前たちが苛めるから見られなかったじゃん!
「いや、まあ、これは見てもしょうがねぇだろ? 勝つの決まってたし」
「いやいや、アリアちゃん大会に向けてめっちゃ頑張ってたんだからね?」
「ええ。真っ直ぐでとても素敵な人なんですよ。それはもう、ケンヤさんのお嫁さんたちを全員足しても決して負けないくらいに……」
「ちょっとぉ? それは私たちがその程度の魅力しかないって言いたいのかなぁ?
お兄さん、やっちゃってくれる?」
「おう。任せろ! ハニートラップの刑だ!」
そして、俺の大変さを知るがいい。
「いや、これはたとえ話というかですね。僕にとってはアリアさんが断トツで一位って事でして……」
などと、話をしていれば、顔を赤く染めたアリアちゃんが後ろに立っていた。なるほど。それを見越してユーカが茶々を入れてきたのか。
グッジョブ!
「アリアちゃんを愛し過ぎていて仕方の無い事だと?」
「え、あ、はい。まあ、そう言う事です……って本人居たぁぁぁ!!」
彼の叫びで大きな笑いが起こり、本人たちはそれどころじゃなかっただろうが、いい雰囲気になった。
ダイチ君の驚いた叫びに、どっと笑った声でユミルが目を覚ます。彼女は、辺りを見回し目を伏せた。
「あっ……負けちゃったんですね。すみません」
彼女は開口一番にそういった。
「いや、良く頑張ったよ。ただ、最初に近接選んだのは何故?」
「ケンヤさんの試合見て思ったんです。魔法を重ねて勝利しても、それは貴方の危機に助けに入れる事には繋がらないだろうと……」
そう言ってまた目を伏せるユミル。
どういう事だと首を捻っていたら、ユミルに言葉を返したのはアキホだった。
「ユミルさん、貴方は勘違いしてます。
後衛だからこそ前衛の危機を減らせるんです。
同じ前衛じゃ、ケンケンを子ども扱い出来るほどに強くならないとそれはできませんよ? それが不可能だという事くらいわかりますよね?」
「どういう、事ですか?」
え? そこから!?
と、そこからは俺がユミルに説明した。
と言うか何度か説明してあったはずだけど……後衛と前衛は守りあう立ち位置にあると。
「ああ、それは知っています!
けど、切り伏せられたりした時、攻撃を弾いたり……」
「それは夢物語の話しですよ。実際にはそんな時間は無いです。
ケンケンがそれを出来ていたのは敵も味方も全てにおいて弱すぎたから。
実際の高レベルの戦闘はそれほど甘くないんですよ」
う、うん。その通りなんだけど、俺が出来ていたのは運が良かったからだよ?
「そう、ですか……けど、それじゃどうやって守ったら良いんですか?」
「……レベル上げれば良いじゃないですか。
ユミルさんはそれをやる根気もありそうだし、その間は私が守っててあげますから、最強目指すつもりでやってみればいいんじゃないですか?」
「っ!? わかりました! ありがとうございます」
うーん……そもそも危険な事しない方向で行きたいんだけど……
「仕方がありませんわ。ランス様が行く先はいつも困難が待ち受けていますもの」
「へぇ、どんな事して来たんだ?」
とシュウ君が問い掛けると嫁達が一人一人自慢げに話す。
余りに長いので聞くんじゃなかったと思っていることだろう。
けど、助けてなんてあげない。結託して苛めて来たのだから。
そんなひと時を過ごしていればラーサが立ち上がった。
え? どしたの?
「いや、私の試合なんだが……」
「え? あ、アリアちゃんの次の試合もう終わったの!? 見てなかった……
ラーサ、全力で応援するから頑張れよ」
「ああ、良かったよ。気にもされてないのかと……」
あほーそんな訳あるかぁぁ!
とアピールして見たが「はいはい」と流されてラーサはリングに行ってしまった。
そして、リングの上にラーサとバーンズの二人が立った。
「あー、あの人か。なら大丈夫だろ。
一回戦の試合見た感じカミノの嫁の方が強いだろうし」
「そうですね。彼も中々にやりますが、正直僕らの領域に届く程じゃないです」
「でも……あの人、SS級ですよ? 魔法が使えればSSS級だと言われる有名人ですけど……」
「いやいや、アリアちゃんSSS級倒したじゃん。今国内最強だよ?」
「いやいやいやいや、何言ってるんですか! 無理ですよ! 無理無理!」
リアクションが激しくて面白いな。
「ほら、ケンヤさん、試合見逃しますよ?」
あらあら、うふふ。
何て冗談で返してみたら、ミラからブーイングを貰った。
何でも情けない奴の口癖だからそれを言ってはいけないのだとか。
そしてラーサ対バーンズ戦の試合が開始された。
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