第97話早い! お前ら早すぎだろ!?

「王よ、只今戻りました」


 忍びっ子が膝を付いて声を上げた。

 俺とアキホは『隠密』で隠れたまま聞き耳を立てる。


「ほう、早いな。進化させた甲斐があったか」


 玉座の向こう側で立って居た男が振り返る。

 銀髪で肩に届かない程度の長髪を振り、首をかしげた。


「後は魔石を数個と詠唱で完成します。

 どうせ詠唱が出来る私が赴くのでしょうから行けば終わる状態となっております」

「ふん、貴様の詠唱など、とうに解明しておるわ。この虚けが!」


 影がムチの様に動き、忍びっ子を叩き付けた。


「うぐっ……申し訳ございません。王よ、一つ、尋ねたい事が……」


 彼女は叩かれても姿勢を崩さず、問いかけた。


「バルド・ルー・グラヌスなる稀代の虚けが悪戯にわが集落を滅ぼしたという話は本当でしょうか?」

「き、きさまぁぁぁぁ!! 余を虚けだと申したなぁ! 死ねっ! しねぇぇぇぇ!!」


 沸点低っ!!


 激怒した皇帝が影のムチを無数に伸ばして叩き付けた。


「なにっ! まだ死なぬだと……いや、それも余の力か……

 ふはは、良いだろう。殴り足らぬ所だ。嬲り殺してくれる!」


 って、アキホは何で変な踊りしてんの?


 何故かアキホはミノタウロスの影に隠れて踊っていた。

 何で今踊るんだと俺は少し引きつつも問いかけた。


 どうしたの? それ、楽しいの?

 え? 馬鹿ですか? 喧嘩売ってる?


 ……あっ、ダンサースキルの敵MPをパーセンテージで減少させるやつか。


 考えたな。


 でもこのままだと忍びっ子が死んじゃうから俺もミノタウルスさんに隠れさせてもらって『シールド』『マジックシールド』『隠密』っと。

 これじゃちょっとした時間稼ぎにしかならんけど。


 と見ていれば「ぐぁぁぁぁっ」と忍びっ子が声を上げて転がった。


 あれ? 喰らってる? 訳ないよね。だってまだ『シールド』割れてないもん。

 びっくりして痛くないけど声出しちゃったのかな?

 まあ、その方が時間稼げるし丁度良いけど。


「な、なにっ! 貴様スキルを覚えおったな! 魔力を奪うなど小癪な!」

「くっ……騙していたのだな……」


 お、アキホのスキルが彼女の所為になった。


「はっ、奴隷の癖に余と戦うつもりか? 命令だ。犬よ、スキルを使うな」

「スキル……? 何を言っている……だが、貴様が仇ならばどうあっても殺すまで」

「な、なに!? 命令がきかぬだと!? ぐぬっ、またか! 許せん!!

 絶対に許さんぞぉぉぉ!!」


 虚け者さん……あんた血管浮き出すほど怒ってるけど、なんでですかね?

 頭おかし過ぎてどん引きなんですけど……


 ドン引きしていたら皇帝が『影移動』で不意打ちを決めた。忍びっ子は吹き飛び壁に激突する。『シールド』が割れたら完全にばれるので、俺は影に隠れてアキホと二人で嫌がらせに徹した。


「何故だ! 何故魔力が減って行く!? 何故死なぬ!」


 混乱を隠せない皇帝。俺とアキホは耐えられず笑ってしまいそうになるが何とか堪えた。


「あははは、どうやら私はお前の攻撃が効かないほどに進化したみたいだな。

 丁度いい。進化させたお前の力で殺してやる!」


 おお、いいねいいね。その調子で時間稼ごうか。

 と、思っていたら「舐めるなぁぁ!」と激高した皇帝が怒涛の攻撃を始めた。

 こっちも怒涛の『シールド』ラッシュだ。

 だが、MPが結構減ってきた。ドリル穴掘りで使いすぎたな。

 その後の戦闘も考えると、そろそろあのクズのMPが尽きて欲しい所だが……


「有り得ぬ! 有り得ぬわぁぁぁぁぁ!」

「あはは、効かぬぞ! 死ねぇ!『ウィンドファングクロー』」


 お、何それっ! 

 ってただの『ファングクロー』が風の爪で行われるだけか。

 それも効いてないし。


「っ!? 何だ、その程度か。

 なるほどな。進化の力が防御に全て回ったという事か。ならばやりようは幾らでもある。グレートミノタウロス、この駄犬を押さえつけろ」


 お、余裕を取り戻したぞ。

 でもちょっと待って、俺達隠れてるんだから動かさないで。

 って、もう無理だな。不意打ちで動けなくするか。


「アキホ、やっちゃっていいか?」

「当然です。いつもの様に美味しい所だけどうぞ」


 おいっ!!

 俺だって『シールド』頑張っただろ!?

 そういう言い方止めて!!


「んじゃ取り合えず隠密で近寄ろうぜ」

「ええ、早く足蹴にしたいです」


 うん。実は俺もしたい。

 

 俺達は『隠密』で身を隠し堂々と後ろから近寄った。

 忍びっ子は組み伏せさせられて、皇帝に踏みつけられながら見下ろされている。


「どうだ? 仇に足蹴にされる気持ちは」

「ぐっ、絶対に殺してやる!」

「ほう? ミノタウロスよ。この雌犬を犯してやれ。余が可愛がるのでは褒美になってしまうからな」


「――っ!!?」なん……だと……


 あいたっ! ちょっとアキホさん? 今『隠密』解けたよ? 

 いや、反応しただけじゃんか……男の性じゃんか……

 ちょっと、無視して踊りだすの止めて。


「ほう、最後の抵抗か? だが、余の魔力が尽きてもミノタウロスは止まらんぞ?」


 俺たち後ろに居るのに、こいつ超馬鹿……あっ、忍びっ子が気が付いちゃった。


「ふ、ふはっ! やれるものならやってみろ!

 お前には天罰がくだる! 絶対になぁ!」


 うむ。と彼女に一つ頷き親指を立てた。


「ちっ、調子づきおって……どうした!! 早くやれ!!」


 ミノタウロスが動き出し、彼女を剥いていく。

 アキホさん、もういい? 助けた方がいいじゃん?

 もうちょっと見ましょう? ねぇ、何でさっき叩いたの?

 なに? 俺がアキホのお尻を叩く様なもの? 愛故に?

 なるほど。ならば仕方あるまい……


 そして、これ以上はダメだと思う一線まで到達して、待ちきれず俺は動き出した。

 限界まで『飛翔閃』を重ねつつ両足を切り飛ばした。


「ぎ、ぎぃゃぁぁぁぁ! な、何故足がぁぁぁ……き、貴様っ!! 何処から……」


 アキホが不思議な踊りを踊りながら移動して、皇帝の頭をがつがつと踏みつける。


「『影移動』あぐっ」


『影移動』で飛んで距離を取ったが、足が無いので転がりダメージを受けている。

 懐から何かを取り出す様を見て即座に『飛翔閃』を飛ばした。


 カシャンとガラスが落ちて割れる音が響いた。

 色からして普通のポーションだ。

 一応と鑑定してみれば、俺が作ったポーションだった。

 皇帝は無様に地に口をつけて啜り、足の大半が再生したが立てるほどではない。


「ぐ、ぐぬぬ、神のポーションがっ! きさまぁ!」

「神のポーション? 何言ってんのお前。馬鹿じゃん?」


 俺が作ったやつだし……


「低脳にはわからぬだろうがな!

 これは神の作った限界値に到達したものなのだ!

 それを壊すとは、罰を与えねばならん! よって、貴様は死ねぇ!」


 こいつ戦っている相手に何言ってるの……なんか寒い。心が寒い。

 こんなただの馬鹿に振り回されてたの?


 取り合えず、俺はひたすら蹴った。

 もう会話するのは止めようと。「ぐはっ、無礼者っ! 許さん、許さんぞ!」と転がりながらも元気な先代皇帝蹴り続ける。


「そういうのもういいから。

 とっくの昔にお前を殺すって決めてたし。許さないのはこっちだよ。『音消し』」


 俺は、アキホが帰りたいと言い出すまで永遠と『ヒーリング』を交えつつ殺さない様に蹴り続けた。


 暫くするとアキホに止められ、仕方がないので音消しを解除した。


「どうする? 簡単には殺したくないほど殺したいんだけど……」

「言っている意味はわかりますが、少し落ち着いてください。ラース様」


 いや、落ち着いてるよ。不幸のどん底に落としたいだけで。


「わ、私も蹴って良いだろうか?」

「おう! 全力で蹴ってやれ! アキホ『戦いの歌』頼む」

「はぁ。もう何時間蹴るんですか? カーチェさんに執着してるなら、見せつけプレイでもすればいいんじゃないです?」


 ――っ!?

 それだ!


「んじゃ、忍びっ子が満足したら帰ろう。見せ付けるだけ見せ付けてやる」


 憤怒の顔のまま固まって動かなくなった皇帝にもう一度MP減少のスキルを掛けてもらい、両手両足を奪い石で固めた。

 

「おい、私にも見せてくれないか……死ぬ前にこいつが殺される所を確認したい」

「それは良いけど、キミを殺すつもりないよ? もう人を恨んでないだろ?」

「……言葉だけ受け取っておく。同行の許可、感謝する」


 もう、魔力も少ないしカートは走らせられないので、忍びっ子を抱き上げて皇帝を引きづり回し、帰還した。


 屋敷に戻り、居間に入れば、何故か皆居た。

 将軍だけじゃない。リーンベルトたちや、国のお偉いさんだろうか?

 知らない人たちまで居た。


「……それがそうなのかい?」

「ああ。だが、何をするにしてもその前に一つやる事がある」


 そう言って皇帝を持ち上げたまま、ミラとカーチェ、アキホを連れて自室へと入った。


「ミラ、カーチェこの勘違い野朗に誰を愛しているか聞かせてやってくれないか?

 転生しようが何しようがお前じゃ無理だってことを見せてやりたいんだ」


 一切口を開かなくなったが目は動いている。


「ランスぅぅ、大好きっ! うーん……この気持ち悪いのの前では不快だよ?」

「そうだぜ。でもまぁ、お前が望むんなら一度くらいかまわねぇけど……

 ほらっ、こっち向けよ。キスできねぇだろ……」

「や、やめろぉぉぉぉぉ!!」


 目から涙を零して叫び声を聞きながら、ストーカー君に見せ付けプレイを続けて心から満足した。


「ははは、ざまぁ!

 ミラやカーチェを傷つけたんだ。当然これだけじゃ済まさねぇけどな」

「それは良いんですけど、私、いつまでこの踊り続けるんですか?」


 あー、うん。そう言えばそうだな。

 仕方ない。カーチェのために取っておいたあれを使うか。また取ってこねば。

 俺はマジックポーションを二本ほど煽り、魔法を唱えた。


「『グラビティフィールド』『戒めの鎖』」


 ありゃ、触媒の骨が残ってる。こりゃ失敗したな。


「ちっと待ってて」


 俺は家中から運装備をかき集めてきてもう一度重ねて隷属魔法を使った。


「おっし、成功。命令だ。逃げるな、攻撃するな、スキルを使うな」


 そこまで命令して拘束を解いて髪の毛を引っつかんで居間の皆の前に転がした。

 当然体は直していない。

 こいつを治してやる気にはなれないからこのままでいいだろ。


「よっし。将軍、隷属成功したんで聴取したら返してもらえます? 殺すんで」

「え? あ、ああ。それは構わないが、時間が掛かるよ?

 王国側にも確認して貰いたい所だしね」

「いいよいいよ。やりたい事はやったし。後はただ殺すだけだから簡単だしね」


 その後、捕まえるまでの流れを話し、将軍の命令を聞くように命令して連れて行かせた。

 ぞろぞろと屋敷から人が去って行く。

 そして、いつもの面子プラス忍びっ子になり、気が抜けた。


「あぁぁぁ。漸く、漸く終わった。

 皆、緊急警戒態勢を解除するから耳と尻尾隠せば自由にお出かけしていいからね」


 ずっと気がかりだった転生した皇帝の件を終わらせてやっとすっきりする事が出来た。

 そうして力を抜くと、所在なさげに座ってる忍びっ子が目に付いた。


「そう言えば、お前どうする? あ、『ディスペル』」


 パリンと音を立てて隷属の印が消え、彼女の隷属が解除された。


「ど、どうするって……処刑されるのだろう? 町を二つも潰したのだぞ?」


 あー、そうか……

 リードは人は無事だけど、ホールディに関しては全滅だもんな……


「うーん、皆はどうおもう?」


 どうしたらいいか良く分からんと嫁達に問う。


「王国の法律で考えるのであれば、奴隷の罪はすべて主にいきます。

 ですがこれほど重い案件ですとどうでしょう……」


 ちっちゃなエリーゼは握った手を口に当ててウーンと首をかしげた。可愛いな。


「帝国でも変らない。

 どんなに罪が重くても隷属された命令ならば奴隷は罪に問われない。

 ただ、主が死刑になっても『譲渡』されて奴隷のままだから金を積んででも恨みを晴らしたいと思われたら終わり」


 なるほど……けどもう奴隷じゃないよ?


「普通、解けない」


 ああ、うん。そうだったね。


「えっと、要するに全部先代皇帝が悪いから、完全ではないが法律的には許される。そんな認識でおけ?」


 皆頷いている。


「よし。忍びっ子逃げてよし! 達者でな」

「ま、待ってくれ! あのクズの死を確認していない!」

「あそっか。じゃあ、暫くここにいる?」

「い、いいのか?」


 チラリと皆を見渡す。何故か皆は視線で牽制しあっている。

 ほらっ、お前が言えよ、早くっ! みたいに。


「別にここでなくともいい。ただ、恩は出来る限り返したい。

 何か、何か私に出来る事はないか?」


 忍びっ子が空気を読んだのか、話を変えた。

 ただ、そう言われても……ん?

 そう言えば、神獣の話しまだ何も聞いてねぇぞ?

 出来れば詳しく聞かせて?

 と、忍びっ子に尋ねてみれば、彼女は青い顔をした。


「そ、そう言えば、目玉の奴がもう一つの神獣の封印を解除しに行ってるんだった。

 急いで止めに行かねば……」

「「「――っ!?」」」


 マジかよ……今度はどっちって言うか今日はもう魔力が残り少ないんですけど。


「だ、大丈夫だ。準備を整えて報告しろと命じられていた。

 すぐに解けることはないはずだ」


 なるほど。ちょっと不安だけど、それなら一晩くらい平気か?


「じゃあ、悪いんだけど、仲間の振りしてその儀式の妨害だけしてきてくれない?

 わかんないレベルで魔法陣を崩しておくとか……」

「なるほど、わかった。それが終わり次第ここに戻る形でいいか?」

「ああ。頼む」


 そして忍びっ子が急いで飛び出していって使用人の皆も気が抜けたのかざわざわと雑談が始まった。


「その神獣ってレイドボスの事なのよね?

 また……また戦う事になるの……?」


 口をへの字に曲げてウルウルと見つめながら問うミレイちゃん。


「どうだろう。止めに行って貰ったから大丈夫だと思うけど、出てきたらやらないと結局全員死ぬしな……

 けど大丈夫だ。今回は一人じゃない。アキホは俺より強いからな」


 その一言で全員の視線がアキホへと向う。


「それはどうでしょうか。元の世界を入れてもレイドボスを一人で倒すような馬鹿はラース様くらいでしょうし。少しレベルが高いくらいではどちらが強いかなんて……

 あ、違いますよ? 馬鹿って言うのは凄いって事です!」


 おい! 罵っておいて期待したような目を向けんな!

 それにお前魔力チート持ってんだろ!?

 俺は一般人に毛が生えた程度だっての!


「何にしても先代皇帝の件が片付いたのは大きいよね。王国との戦争も回避できそうだし、後は……レイドボスさえ倒せたら、カミノさんとの子供が欲しいなぁ?

 私嫡子だし、世継ぎがね? お父さんに何かあれば帰らないといけないし……」


 バッと皆の視線がディアに集まった。

 けどさ、別に避妊なんてしてなくない?

 え? 皆の方でしてるの!? なんで?


「住居も決まっていませんでしたし、これだけバタバタしている状況ですし、離れたくないので……」


 エリーゼが少し申し訳なさそうに言った。


「あ、そっか。気を回してくれてたのか。ありがとう、エリーゼ。

 けど、俺はいつでもいいよ? そこは本人に任せる」


 と告げてみれば皆真剣に悩んでいた。

 いや、ディアとアキホ、ルルらへんはもう子供が欲しい様子。

 俺は迷わず三人を攫って部屋へと駆け込んだ。




 次の日の夕刻、俺達はガイールの来訪理由に唖然としていた。


「ちょっと待って……もう一度いい?」

「悪い。逃げられた」


 いやいや、はえぇよ!

 隷属してあって命令聞くように言ったじゃん?

 既に何もするなレベルの命令してたじゃん?

 逃げていいよって言ったの?


「いや、違うんだ。巧妙に会話を進められたって言うか……」

「馬鹿なの? 会話はする必要ないでしょ? 一方的に言わせるだけ。違う?」


 ……そして何故ガイールが来たのか。

 きっと余りの失態に報告に来たくなくて押し付けられたのだろう。


「そ、そうなんだが聞いてくれよ! 公爵家にも皇帝の隷属者が居たんだよ!」

「そ、そう。それで?」


 ……こいつら皆でお話し合いしましょうって状況でも作っちゃったの?

 普通、罪人の聴取って数人で一方的に追い詰めるようにやるもんでしょ?


「いや、知らしめる必要があってよ……人を集めて親父が主体で進めたんだけど……

 あの皇帝が『余の自由を命ずる、これはグラヌスの名を持つものが受けていい扱いではない』とか言ってよ。

 公爵家の奴が立つことも出来ないから動くくらいはいいだろうって、これでも先代の皇帝だったのだからって言い出して、他のお偉方の大半が頷いちまったから動くなって命令を撤回する他なかったんだ。

 そん時は返答がいかれてるくらいで別に何もなかったんだよ。

 聴取が一通り済んで牢に入れてる間に、ポーションで回復させて開放しちまったんだ。

 牢屋に残ってたのはポーション瓶だけだったみたいだ……

 それで調べてみたらエルドラ公爵家の嫡子が特殊な隷属をされているって事が分かったんだ」


 アホ過ぎなーい?

 見張りは? 攻撃できないんだぜ?


「いや、公爵家の人間が手引きしてたから回りのやつらは皆正式な連れ出しだと思ったらしいんだ。それで……わりぃんだけど……」

「だけど何? その程度の舐めた仕事しかできないのに、もう一度捕まえてきて預けろ何て言わないよな?

 こっちは、命を賭けて戦って来てるんだぞ?」

「うぐ……だよなぁ……」


 それで、何でお前が来たの? 親父は?


「馬鹿ばっかりでもう嫌だって、もう後は任せるって投げられちまった……」


 ああ、なるほど。そう言えば多数決で押し切られたのか。

 いや、でも断れよ! そこは断固としてダメだって言えよ!


「無茶言うなよぉ。ケンヤも知ってるだろ、うちの立ち位置……

 温情で家を残して貰った側なんだよ……」

「そういやそうだったな。まあいいや。見つけたらぶっ殺しとくよ。それ以上は知らん」

「ああ、十分だって。取り合えず謝罪に来ただけだからさ。すまなかった」


 テーブルに手を付いて謝るガイール。

 嫁たちからさまざまな声が飛ぶ。

「土下座以外も出来たのね」

「要するにあの時より軽く見てるって事?」

「すまなかったとか馬鹿にしてる?」


 ああ、うん。まあ、こいつがやらかした訳じゃないしさ?

 将軍の事はちょっと責めたいけど、一番馬鹿なのは公爵家の奴に同意した奴等だろ?

 と、可哀そう過ぎてガイールを庇ってしまったが、本当にこれどうしよう。

 魔力も回復してるし戦うのは良いんだが……

 忍びっ子がピンチじゃね?

 やばいでしょ。何がやばいかって言うと場所聞いてねぇんだわ!

 やっべぇ、俺も色々しくじってるわ……


「アキホ、いい手はないかな?」

「国はわかっていますし、取り合えず行きますか?

 あの女はどうでもいいですが、レイドボスが出てきたら困りますし、回避出来るならしたい所ですものね」


 あー、なるほど。前回の様に『ソナー』でハグレが居る所探せばいいのか。

 魔力も回復してるし、今から万全を整えつつ向えばいいか。


「ああ、これからアキホと二人で事態の解決に向う。途中までの足はリアに頼みたい。狙われるだろうカーチェとミラは連れて行く。他の皆は学園の寮へと移動して待機だ。入れ違いでここに来られたら目も当てられないからな。

 目標が見つかるかレイドボスが確認出来次第、リアは二人を連れて離脱な。

 って、そんなに不安そうな顔するなって……まだ出てきた訳じゃない。止めにいくんだってば」


 皆に言葉を掛けてフル装備とポーション類を纏めてリアの背に乗り飛び立った。

 予定通り、リアの背にはアキホ、ミラ、カーチェが乗っている。


「帝国、無能ばかりで怖がっていた自分が恥ずかしい」

「ああ、それに捕まっていた私も恥ずかしい」

「うん。本気で相手にした俺も恥ずかしい」

「まあ、良いじゃないですか。きっとあれは意気を吹き返す頃でしょう。

 それを全力で叩きましょう。楽しいですよきっと……うふふ」


 ……いや、もういいよ。相手にするのが恥ずかしいレベルだし。


 雑談を続けながらも、魔人国方面へと飛んで行った。

『ソナー』で索敵を続けながら、魔人国外周を飛び回る。


「あ、あれだ!」

「ですわね。じゃあ、行きましょう」


 魔人国、北の山の麓の地中に三つの赤い点が見えた。


「わ、私も行っちゃダメ?」


 ミラが泣きそうな顔で問う。まだ、レイドボスは出ていない。

 だが、それでも安全を期して帰る様に言いたい。

 ここは強く言うべきだろうと声を上げようと思ったら、アキホが口を開いた。


「レイドボスが出たら問答無用で引けますか?

 無能なあれの攻撃なら『シールド』で無効出来ますが、そっちは無理なようですし、それが守れるなら危険は無いと思います」


 アキホは最終的決断は任せるといった風にこちらに視線を送る。

 確かにそうだ。アキホが後衛で付いていてくれるなら安心か。


「となると、リアとカーチェも一緒にってなるがいいか?」

「無論じゃ」

「当然だな」


 二人は即答で了承を返したので、リアの背に乗ったまま降り立った。

 ここはわかり易い所に入り口があった。麓に洞窟の入り口があったのだ。

 そこからそう遠くない所の地下にいるのでここからいけるのだろう。


「アキホ、取り合えずここから防御系のバフは全部よろしく」

「わかりました。と言っても『フォートレス』くらいですね。

 他はもう掛けてありますし」


 魔物の反応はないし、バフも付いていれば後は『隠密』セットを起動して走りぬけるだけだ。

 下へ下へと降りて行き、とうとうあの黒曜石の様な石材で作られた区域へと入った。


「帝国のあそこと同じ作りになった。多分巨大な広間があるはず。

『隠密』は起動してるけど、油断無しで頼むな」


 と、走りながら会話していれば、大きな声が響いた。


「クソっ! クソがぁ! まだ足りぬわぁ! 犬のっ、犬の分際でっ!!」


 ……万全を期そうと考えているのが馬鹿らしくなるな。


「居たね」

「ああ、一発でわかるな」

「うむ。馬鹿じゃな」


 俺とアキホは一応真剣に意識を張り詰めていたからか、虚しさに襲われ言葉が出なかった。

 そして、大広間に到着した。


 そこには、アホ皇帝とサイクロプス、石の壁に張り付けにされた忍びっ子の姿があった。

 すぐさま助けようと『瞬動』を使おうと思った瞬間、足が止まった。

 既に胸に穴をあけられていて、忍びっ子は息絶えていた。

 あれがやっていた事は死体蹴りだったのだ。


 殺してやる。

 そう考えて動き出したとき、先代皇帝は握った拳を突き出した。

 その手には忍びっ子のだと思われる血の滴った魔石が握られている。


「何度だって殺してくれる! 『サモンモンスター』」


 影が拳からあふれ、円を作り広がっていく。

 ゆっくりと影が形を変えて人の姿へと形作ると光を放った。

 そして、光が収まると裸の女の子が現れた。


 どう見ても忍びっ子より若い。外見年齢が十五歳前後にまで若返っている。

 だが、その姿は忍びっ子を若返ったと言うのが一番しっくりきた。


 彼女は力なく座り込むと嫌悪に表情を歪め、睨みあげた。

 それを嬉しそうに眺め、頭の上に足を置き、地に叩き付ける。


「命令だ、神獣との融合の仕方を教えよ」


 はぁ? んな事出来る訳が……


「……触媒を自分にすればいい」


 ――っ!?

 やばっ、これは止めなきゃ……『瞬動』!


 二人の間に割って入り『パワースラッシュ』で皇帝を一刀両断した。

 同時に忍びっ子に『ディスペル』を掛けて隷属を解除する。


「――っ!? 来て、くれたのか……?」

「ああ、あいつらが逃がしたって聞いて飛んできた。

 無駄に辛い思いさせて悪かった」


 忍びっ子は頭を大きく横に振り涙を振り撒いた。

 キラキラと宝石の様に零れ落ちた涙と、赤みの差した目元、そして何より全裸である。

 これはお誘いかな?

 と、思わず体の方に伸ばした右手を左手で押さえ、必死に堪えた。


「……ぅっ……あり、がとう……ぅっ……」


 忍びっ子の頭に左手を置き、頭を撫でる。

 右手もなにやら動いて居る様だが、何をしているのだろうか……やわらかい。


 当然先代皇帝からも目を離しては居ない。

 サイクロプスが動けなくなった先代皇帝を抱えて逃げようと居ていたので『ディスペル』を唱えてサイクロプスの隷属も解いた。


「目玉ぁぁ! 余を魔法陣の中心に投げよ!」


 やっぱりそうくるよな。けど、間に合うと思うなよ?


「っ!? させるか! 『飛翔閃』」

「ぎゃぁぁぁぁ!? ……し、『神獣召還』!」

 

 先代皇帝はそう唱えたが、『飛翔閃』によって弾き返されて魔法陣の外に転がった。


 間に合った。けど、触媒がない場合ってどうなるんだ? 不発だよな?

 と、その場の全員が魔法陣の中心に目を向けていた。


 その所為で反応が遅れてしまう。視界の端でサイクロプスが皇帝の頭を抱えたまま魔法陣の方へと向って走り出していた。

 即座に『飛翔閃』で首を落としたが、倒れた場所はもう魔法陣の内側だった。

 魔法陣が光を発した直後、サイクロプスと皇帝の頭部が消えた。


 これはもうダメっぽいなと全裸の忍びっ子を抱えて離脱する。


「取り合えず、地上に出る! アキホはリアとカーチェを抱えて全力疾走だ!」


 そのままミラも抱えて『瞬動』を繰り返して地上へと飛び出た。


「三人は忍びっ子を連れて退避しろ!」

「お待ち下さい。私は戦います! 捨石で構いません!」

「『スリープ』三人とも、こいつを連れて離脱だ。早くしろ!」


 忍びっ子を問答無用で眠らせてリアに乗せて飛び立ってもらった。


 時を同じくして、地が割れた。


 ゴゴゴゴと地鳴りを響かせ、醜い悪魔が姿を現した。


「……ケンケン、こんなレイドボス居た?」


 思わずアキホが素の言葉遣いになるほどには、俺たちも呆気に取られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る