第95話これが人生の終着点か!?


「ふーふふんふんふんふーん」

 カーチェが鼻歌を歌い、ご機嫌そうに頭を胸の上に乗せた。

 ベットの上、二人とも目が覚めてからまだ一度も起き上がっていない。


 カーチェの甘えぶりに精神的ダメージを癒して貰い、一晩明けた早朝、これからやるべき事を考えていた。

 もうお互いに目を覚ましていたが、もう少しこの温もりに身を任せていたいと一番心地よい時間をすごしていた。


「なぁ、カーチェ」

「うーん? なぁにぃぃ?」

「あの胸の赤い魔法陣もう一度出せない?」


 どこかで見た気がするんだよな。

 あっ! 思い出した! 大図書館ダンジョンの入り口の棺だ!


 思い出しちゃったけど、カーチェが胸を出して色々頑張ってるし、取り合えず見ておこう。

 うん。きっと勉強になる。


「だめぇ、出ないよぉ。あっ、ちょっと待って……」


 彼女は甘えん坊モードからキリっと顔つきを変えると、嫌悪丸出しの顔をした。

 すると、胸に赤い光が再び浮かび上がる。

 その顔は今まで見た事が無いほどに険しく、完全な拒絶の顔だった。

 思わず心配になり体を起こして彼女の手を握った。


「ちょ、ど、どうしたの? 大丈夫?」

「ああ、うん。あいつを殺したいって気持ちを心の表層に上げただけ。

 多分、心の奥底でずっと思ってたんだろうな。すっげぇしっくりくる」


 そっか。けど、そんな顔はもう止めよう? ほら、モミモミ。


「ちょ、おまっ! ばかぁぁ! お前がやれって言ったんだろ!?」


 突然の攻撃に驚いて表情を崩せば、いつものどこか抜けた美少女に早変わりした。

 自然とこっちも安堵に表情を緩まされて再び横になる。


「ごめん。そういう方向だとは思わなくて。

 カーチェはアホっぽい顔が一番可愛いよ!」

「んだとぉ!」


 などと、布団の上で暴れていれば、ふと視線を感じた。 

 目をやれば、ドアの前にミラとアキホが居た。

「どうした?」と問いかければ二人がそそくさと近寄り、布団に潜り込む。


「カーチェばかりずるい。私も混ぜて?」

「私も、普通のイチャラブが欲しいです」


 いや、流石にそろそろ起きる時間だからね? まあ、それまでならドンと来い。

 というかドンドン来いだ。

 ああ、丁度良いや。今日の予定を話そうか。

 いや、もう少しイチャイチャしたい所だが……いいか。カーチェも何やらそそくさと服を着てしまっているし。

 布団に潜り込んできた二人に腕枕をしつつ、話を始めた。


「今日はさ、カーチェの胸の魔法陣をどうにか出来ないかを調べに行こうと思うんだが、二人も付いて来て貰っていいか?」

「一緒に居て良いならずっと一緒に居たい。けど、何でも言う事聞くよ?」

「同じくです」


 うーむ。あの一件のお陰で皆が従順すぎる。ミラが我侭言わないとなんか拍子抜けしてしまうな。

 だが、そのうち戻るだろうし、これはこのままでいいだろう。ちょっといき過ぎなほどに我侭だったしな。


「と言っても、大図書館のダンジョン入り口の魔法陣ぶっ壊してみるくらいしか思いつかないんだけど……」

「じゃあ、ついでに将軍に言いに行く? 戦争止めるのに役立つんでしょ?」


 ああ、そうだった!


「忘れてた。カーチェとミラの安全しか考えて無かったわ。どうにもダメだな。何かあると一つの事しか見れなくなっちまう……」

「良いんじゃねぇの? それがお前っぽいし。

 これだけ居るんだ。他の事は他の誰かが気がつくだろ?」

「うん。情報の共有。そこしっかりしてくれれば皆ちゃんと考える」


 ミラとカーチェ、二人の綺麗な銀髪に手を置いて「ありがとな」と優しく撫で付けた。

 あれ?

 そういえばいつの間にか隣がアキホからカーチェに、と思えば布団の中をもぞもぞ動く物体があった。

 アキホは何故か、股間を枕に寝始めた……


「ランス、こいつ変態。どうにかして?」


 え? 何があったの?

 と、問いかけてみれば、今までのプレイ情報や俺が持つテクニックを洗いざらい聞き出そうとして余り寝かせて貰えなかったそうだ。

 

「あー、うん。知ってる。まあそのうち落ち着くだろ?」



 三人でアキホの顔の部分あろう盛り上がりにジト目を送りつつも、そろそろ飯にしようかと居間へと移動する。


 既に皆起床していて、俺が降りてくるのを待っていた様子。

 軽く謝罪を入れつつも席に付くと、使用人の子達が朝食を並べる。


 朝食を取りながら、取り合えず今日は帝国内を回ると話しあってみた。


「なら私も行く。学校はマイホーム」

「おう、他に行きたい人は居る? 余りに大人数もあれだから理由がある子優先ね」


 エミリーも連れて行くことを決めつつも問いかけた。

 ディアも皆の様子が気になるとついてくる事を決め、こっちに来てから構ってやれていないルルを俺から誘った。


 今日は偉い人に会いに行くという言い回しをしたからか、他は遠慮するそうだ。

 将軍だからそこまで気にする事もないが、押しかけるならこのくらいの人数の方がいいだろう。

 行く人数が決定して話が落ち着く。


「皆は今日はどうするんだ?」と問いかけてみれば、魔石を買い込むのだとか。

 もう既にリアに魔人国に送り迎えして貰う話が着いていると言う。


「行ってきてもいいでしょうか? ご主人様……」


 と、あれからご主人様呼びを定着させたユミルが懇願する。

 もう一週間過ぎてるし、戻してくれていいのだけど……

 と思いつつも、悪くないので俺から訂正はしない。絶対にだ。


「構わないぞ。ただ、ちゃんとやれよ? 絶対に無茶はするな。

 無茶するくらいなら期間を延ばしてでも時間を使え」

「はい。貴方の体だと思って大切にします」


 何それっ! キュンと来た!

 俺の体か……どれ、ちょっと触って……


「ほらっ、行くんだろう? さっさとしないと昼になっちまうよ」


 おおう、ユミルの所に移動したらラーサに突っ込まれてしまった。

 皆も苦笑いだ。


 じゃあ、行くか。




 俺たちは七人での移動を始めて一先ずはと将軍に報告に行った。

 ハルードラ邸宅にお邪魔して慣れた様に話を始める。


「とうとう出てきたよ。先代のクソ皇帝。バルドだっけ?」

「なにっ! 本当かい!?」


 彼は立ち上がり、前のめりに問う。


「ああ。完全な人型だった。

 スキルや髪の色からして間違いなくバンパイアだろうな。

 カーチェを攫って行ったから取り合えずボコって奪い返してきた所だよ」

「そ、それでその後は……!?」

「逃げられた。『影移動』で地下に逃げられてさ」


「そ、そうか」と腰を降ろし、思考を一つ巡らせると続きを話して欲しいと頼まれた。


「取り合えず、この国の奴らじゃ相手にもならないくらいには強い。

 この前見てもらったドラゴンが相手にならなかったって言ってたからさ」

「……そ、それは困ったね。勇者を退けた竜より強いのか。

 今回もキミに対応して貰えるのかい?」


 彼は表情を歪めた。

 当然対応するが、彼らにとっては身から出た錆の様な感覚だろう。

 断られても可笑しくないと思っているのかもしれない。


「逆に俺がやる。俺の女を三人も傷つけたんだ。絶対にぶっ殺す。

 情報等の共有で、協力してほしい」

「ああ、当然だ!!

 失礼……

 だが一度手酷くやられて逃げたとなれば、次は素直に出てくるかどうか……

 あれは、頭の良さと悪さが混在しているというか、考えが読めない厄介な奴でね」


 確かに、情緒不安定な異常者に見えたな。

 取り合えずわかる事はカーチェに執着している事だ。

 だから、彼女を守ってれば俺の所に現れるはず。

 そんな話をしつつやるべき事を詰めて行く。


「そうだね。だが、問題はキミの所へ行くまで何をするかわからないことだね」

「って言っても、魔物じゃやれることは戦争吹っ掛けるくらいでしょ?」


 流石に俺も一人だから、悪いけど全部を助けるなんて無理だけど、正直魔物相手の方が俺的には楽だ。

 民衆全員から敵視される様な政策でも打たれたら俺のメンタルは崩壊するだろう。


「そう、だよね。強迫観念というのかな……無駄に恐怖を感じてしまうよ。

 では、私のする事は……情報収集に王国との話し合いか。

 ああそうだ。王国から文が届いたよ。これで漸く話し合いが始められる」


「キミのお陰だ」と彼は少し申し訳なさそうに微笑む。

 後光でも差しそうな程の余りのイケメン具合にちょっとイラっと来たのは内緒だ。

 どちらかといえば力を入れるのは王国方面で良いと告げてカーチェの事に話を移行させた。

 だが、全く持って分からないらしい。

 先代皇帝に色々やらされていた研究チームとやらも、あれから聴取を取ったみたいだが何を目的にしていたかが良く分かっていない様子らしいのだ。


 取り合えず、獣人と王国の事は任せたと将軍の所を後にした。


「へへへ、こんなヒロインっぽいの初めてだ。ま、守ってくれよな?」


 うきうきと歩き出すカーチェに俺は強く頷き、ミラは生暖かい目を向けた。

 アキホは若干の嫉妬を感じている様子。

 困惑を隠せないルルにこれまでの事を話していると、ディアも知らない事が多々あったらしく、漸くしっかりと皆の情報共有がなされた。


「何度聞いてもそれからリーンベルト皇子が生まれたって信じられない。

 殿下は凄く優しい人、まるで聖人。本当にあれが父親?」


 エミリーが話し終わって早々に疑問を投げかけた。


「そうだな。

 リーンベルトは外見が幼いから一見無理してる様にも見えるけど、全部本心だろうしなぁ。

 まあ、ミラも我侭だけどいい子だし、そういうの関係ないんだろ」


 ミラを抱き寄せてそう返すと小さく「我侭なのはランスの所為」と脇を攻撃された。

 うん。自分自身甘やかしまくってる自覚はある。


「確かにそうね。ティファ殿下だってちょっとあれだけど素敵な方よ。

 先代皇帝が異質過ぎたって考えるのが普通じゃない?」


 うん。ちょっとあれだよね? なんて笑いながら魔法学院へと歩を進める。


「父親がクソだった分、母親が良かったんじゃねぇか?」


 と、カーチェがほわほわとした顔で何気なく問いかける。

 自画自賛である。いや、本人は気がついていないが。


「「「「どうだろうね?」」」」


 俺たちは自然と声を合わせた。

 本人には言っていないが、全員が知っている事だ。

 似ているね、からの実は親子なの。え? 嘘!? という会話をうちではちらほら聞くのである。

 最初にその話が出た時に「カーチェは不器用過ぎておかしくなるから黙っているように」と言った事で本人に言わないのが暗黙の了解となっている。

 だが、今思い起こせば二人の関係は大体出来上がっている。

 仲が良いと言っていいのかは分からないが、気兼ねない間柄だ。

 もう教えてもいいのではないかとふと思った。


「なぁ、カーチェ。ミラの母親、お前だぞ? 自我自賛?」

「「「――っ!?」」」


 ミラ、エミリー、ディアがハッとしてこちらを見た。

 このタイミングで言うの? と言わんばかりである。

 アキホ、ルルは興味深そうに視線を二人に送っている。


「はっ! 馬鹿じゃねぇの? 子供生んだ事なんてねぇし。

 そんな手には乗らねぇっての。

 第一、私はこんなに我侭じゃねぇ」


 あれ? 皇帝への恨みを覚えてるからおぼろげにでも記憶は残ってるのかなって思ってたけど忘れちゃってるのか……?


「私はカーチェほど不器用じゃない!! こんなに馬鹿じゃない!!」

「なんだとぉ、私は馬鹿じゃねぇ!」

「そう、じゃあむっつりスケベの淫乱!」

「――っ!! う、うるせぇ! な訳ねぇし! もう怒った口聞いてやらねぇ!」

「こっちのセリフ」


 二人は腕を組み同時にぷいっと顔を背けて背を向け合った。

 うーむ。カーチェがまるっきり信じないとは……

 まあ、一応伝えたしいいか? でもこのままじゃミラがちょっと可哀そうかも?


「なぁ、カーチェ……」

「いい、黙ってて。教えてやる必要ない」


 えぇぇ。ミラちゃん、相手はカーチェだからね? 本気で怒っちゃダメだよ?


「いいのっ!!」


 あらあら……

 顔を赤くして、割と本気で怒っちゃってるなこれ。

 もしかして、結構期待していたのだろうか? 二人の時にちゃんと前もって伝えるべきだったかも。これは俺が頑張らねばならんな。

 とはいえ、取り合えずミラの怒りが鎮火するまで待つか。

 そう思っていたらディアが背伸びをしながら声を上げた。


「あー、なんか久々に感じる。ついこの間ここで死闘したばかりなのに……」


 ちょっとディアちゃん死闘とか言わないの。なんかびっくりしちゃうし。

 しかし、もう着いたか。

 襲撃受けたけど、図書館は無事なんだな。

 まあ、人が居なかった所は割と無事みたいだしな。


 そのまま歩を進め、地下に続く大きな棺がある場所にたどり着いた。

 今では棺の片側がくり抜かれていて、そのまま歩いて階段を下りられるようになっている。

 壁際にはお目当ての棺の蓋が立てかけてあった。


「あーこれこれ。なぁカーチェ、これと一緒じゃね?」


 彼女を呼び寄せ、棺の蓋の裏にびっしりと書いてある魔法陣の一部を指差した。


「あー、確かに同じっぽいな。けど、これ見つけてどうすんだ?」

「ぶっ壊す。魔道具は基本壊せば効力を無くすらしいからな」

「って、勝手に壊していいのかよ……」


 知らんわ。カーチェがそれで助かるかも知れんのだからそんな常識はスルーだ。


「あぁたたたたたたたたたたぁっ! ほぉわっちゃぁ!」


 俺は全力でぶっ壊した。ぶっ壊してその後魔法でこっぱ微塵にしてやった。


「――っ!? あぐっ……なんだ……これ……」

「カ、カーチェ!? どうした!?」

「頭が……頭が痛い……あああああああああ」


 頭を抑えてのた打ち回るカーチェ。その場に取り合えず『サンクチュアリ』を敷いて彼女を抱き寄せた。

 困惑して、さまざまな回復系の魔法を試すが効果が無い。

 なにか、なにか良い方法はと考えをめぐらせて居るうちに彼女の様態が落ち着いた。


「ああ……嫌な事思い出した……」


 そう呟いた彼女の目は俺の知っているカーチェの目ではなかった。

 疲れきって荒んだ目だ。


「体は大丈夫なのか? カーチェ?」

「あ、ああ。そんなに心配するなよ。全部思い出しただけだ……

 家畜みてぇに飼われて居た時の事を……」


 ぎりっ、歯を食いしばった。そんな彼女を見ていられなくて抱きしめる。


「ごめんな。嫌な事を思い出させて……」

「いや、いいよ。

 お前は私が生まれて、初めて本当の愛をくれた人……

 今はそれを大切にしたい。

 けど、その前にあれだけは、あれだけは許せない……」


 無事な姿をしっかりと確認できて一先ずは安心できた。

 だが、別の問題が残った。少し人格が変って見える。

 俺の事は覚えていてくれて居る様だが、どうしても困惑してしまう。


「なぁ、俺の事、まだ好きでいてくれてるか?」

「……この前と逆になったな。当たり前だろ?

 愛を確かめ合ったばかりじゃないかよ」


 少しだけ、ほんの少しだけ頬を染めて似合わないキリっとした目つきで見上げるカーチェ。

 キリっとし過ぎていた。

 俺は普段のカーチェに戻って欲しくて思わず悪戯をした。


「いやんっ、もうっ! こんな所で止めろよぉ馬鹿ぁっ!」


 ――っ!!!!? エロイ事ですら利かないだと!?

 だが、これはこれでいいかも……

 淫らな声を上げながらも、困った人ねといった目つきで見つつ馬鹿と罵る彼女。

 うん。記憶が全て残っているなら別にいいかなぁ……


「カーチェ、ケンヤじゃ埒があかないからこっちと話す。

 何を思い出してどうするつもり?」


 エミリーがカーチェと向き合い真剣に問いかけた。

 

「バルドを殺す。私の子を殺した恨みは絶対に晴らす」

「それは問題無く果される。ケンヤが切れてる。出てくるの待ってるだけで良い。

 皇室が何をしてきたのか、どのくらい閉じ込められていたのか、聞いてもいい?」


 エミリーの顔は教師の時のそれだった。いや、それよりも真剣みあふれる顔だ。


「そこまでの事は知らない。前回の私だって十五年ほどしか生きていられなかったし。

 術式で魔素を使っているからダンジョンの魔素を得てても長くは生きられないのよ。命令によって消費されるから。

 代々皇帝が消費するなんですって。私は……」

「待った待った! カーチェは十四才なんだよな? 死んだりしないよな?」


 思わず不安になって話しに割り込んだが、カーチェは「大丈夫。ダンジョンが封じられていた分魔素値が上がってたから。それにね……」と言って話を続けた。


「違うのよ。魔力を与えられるけど、与えないの。

 いらぬ知識を身につけたり強くなりすぎれば新しくして自分の好みに育てるって言ってた。

 だから、一代の皇帝で大半が代替わりしたそうよ。見た目なんて変らないのにね」


 クソ過ぎる……


「あの時はこんな幸せがあるなんて知らなかったし、それも受け入れていた。

 けど、あいつがある日、変な質問をしたの。全てから開放されても余を選んでくれるかって……家畜の様な扱いをして来た奴がよ?

 呆気に取られて思わず素で怒りをぶつけたわ。

 あんたみたいに気持ち悪い奴、選ぶ訳ないじゃないって。

 それから魔物になるだの、転生するだの言い出して、私の赤ちゃんにまで魔石埋め込んで……毒だっていうのに……」


 ぐぬぅ……昔の事とはいえ、あのクソとの子供の話となると複雑。

 って言っても前世の話しだし、それミラなんだよな。

 うん。そう考えれば少しは……

 などと考えていたら、ミラがカーチェの頭を叩いた。


「それ、その赤ちゃん私! ミラ・ルー・グラヌス。死んでない!」

「え? だって……え? いやいや、嘘よね?」


 叩かれた頭を抑えて、カーチェらしい顔に戻ると、少し口調は違うもののいつもと変らない様を見せた。

 エミリーが今までの事を話して本当だと告げる。


「……な、何で言わないんだよ!」

「だってカーチェ不器用だし、ミラとの関係が確りしてからが良いかと思って……

 変に意識してカーチェが身を引くとか言い出したら困ると思って……」


 本気で責める視線と強い言葉を受けて、俺は少したじたじになりながらも言葉を返した。

 カーチェはその言葉を吟味する様に聞くと、ハッとして片手を前に出す。


「待った待った! 身を引くのは普通娘だよな? 父親、母親、娘。だろ?」


 一人一人指をさして「当然だろ?」と問いかけた。

 すると、再びミラが頭をぺしっと叩いた。


「馬鹿なの? 父親はあのクソ。娘と娘の旦那。お前はただの母親!」


 こらこら、お前とか言わないの!

 叩かれた所を両手で押さえながらも、ミラと見詰め合う。

 その顔はお互いに困惑交じりだが、引かないぞと言外に言い合うように口元を引き締め意思表示を強めていく。


「待つんだ二人とも。

 カーチェの前世の話しだろ? 気にしない気にしない!」

「「……気にする」」


 ぐぬぬ、やはりこうなるか……

 だが、ここは引けない。引く訳にはいかないのだ!


「じゃあ、二人とも関係を終わらすつもりか?

 俺は片方だけを取るような器用な真似は出来ないぞ!

 メンタルクソ弱いからなっ!」

「「「「「逆切れっ(ですか)!?」」」」」


 ちょ! 皆しては止めて!

 なぁ、ルル? 全員でって酷いよなぁ?


「そうです。これはご主人様の優しさです。二人とも脱落しちゃってください。

 そうやって困らせるなら、また置いて行かれればいいです」


 ちょっとルルさん? いい顔でそんな事言うの止めて!

 ほら、二人とも青い顔しちゃってるし……煽らないで! 俺は引き止めたいの!


「か、考えてみればこれはただのカーチェ。うん。母親じゃない」

「そ、そうだな。無事だったんだし、前世は前世だ。終わった事だな。うん」


 あれ? 一発で元に戻ったぞ。

 でも、二人ともそれでいいの?


 そう思っていたら、両側からくっ付いてきたミラとカーチェ。


 こ、これは二人とも一緒で良いよって事?

 ん? なになに?

 背に腹は変えられない?

 メンタル弱いのは知ってる?

 うむ。ならば仕方あるまい。


 そうして普段の空気に戻り、まだ日も高いがやるべき事は終わったと屋敷へと帰る事にした。

 だが、二人は争いをやめるつもりは無かった様だ。俺を挟みチクチクと言葉の応酬を繰り返す。


「お前が甘やかすからこんなに我侭なんだぞ? わかってるのか?」

「ランスが愛しすぎた結果なの。雑に扱われてる奴は黙ってて」

「はっ! 私だって超愛されて……おい、これ恥ずかしいからもう止めようぜ?」

「恥ずかしい事だと思うのがそもそも間違い。嫌なら出て行けば良い」

「嫌なんて言ってねぇし。お前が慎みがないだけだし」


「そ、そろそろ止めようぜ? 二人とも、仲良くしないとお仕置きだよ?」

「ラース様、あれですね? 私も混ぜてください」


 ふむ、混ざりたいのであれば構わんぞ。遠慮はせんがいいのか?


「ご主人様、あれってなんですか?」


 ルルの問いにこれだな。と、残り一本になった精力剤を取り出した。


「ひぃっ」と、ミラとルルの声が小さく響く。

 顔を青くさせたミラが俯きながらも声を上げた。


「そ、それはお母さんに譲る」

「――っ!? お、お前今……も、もう一回、もう一回だけ……」

「言えばお仕置き変わってくれる?」


 いやいやミラちゃん、お仕置きってそういうものじゃないからね?

 え? 子供の失態は親の責任? ちょっと? それなんか違うよ?

 カーチェも真剣に悩まないの!


 そんな会話を交わしているうちに家着いた。

 結構早かったな何て言いながらも居間へと行けば、帝国勢がお茶を啜っていた。


「あっ、兄上お邪魔しております」


 立ち上がり頭を下げるリーンベルト。面々を見渡せば、レラ、ガイール、ティファが寛いでいる。


「おう、遊びきたの?」

「いえ。その、出てきたのですよね? 父上が……」


 ああ、そうか。

 リーンベルトとティファは自分の親父だもんな。話しは聞いておきたいよな。


「えっと、悪いが最初に言っておく。お前らに恨まれようともあいつは殺すぞ」

「恨みなんてしないわ。申し訳ないとは思うけど……お願いします」

「そうです。手が及ぶならば私たちがするべき事ですから……

 兄上にはいつもいつも嫌な役ばかりさせてしまってすみません」


 どーんとL字のソファーの上座の様な場所に座ったティファがテーブルに両手を着いて深く頭をさげた。それに追従する様にガイールも頭を下げる。

 リーンベルトも立ったまま深く頭を下げていた。

 レラは「やっちゃえー」と枠外で楽しそうにしている。


「気にすんな。これは、俺の恨みだ! 誰にも邪魔させないし、強行する。

 ミラと会ったあの日からずっと決めていた事だからな」

「あの時は本気だとは思ってなかったけど……今言われるとすごく嬉しい。

 えへへ……ランスぅ、ちゅーしてぇ?」


 カーチェは、目を瞑り顔を上げるミラに驚いた様に離れつつも、指を差して声を上げる。


「ちょ、ばっ! お前人前でそういう事すんじゃねぇよ!

 ほらっ、おまえもちゃんと注意しろって!」


 え? いや、俺は嬉しいけど?

 ミラがこういう風に人前で甘えてくるのは珍しいし。


「ガイール! お座りっ!」

「はいっ!」

「ちょっと姉さん!? 何故対抗しているのですか!?」

「リーンベルト! 止めないでくれ!」


 ぼそぼそと「出た。土下座のガイール」と囁かれるガイール。

 だが、彼は満面の笑みである。


 ガイールの頭に手を置いて、ミラと俺をじっと見るティファ。

 こいつは何がしたいのだろうか?

 リーンベルト何か知ってる? と彼に視線を向けた。


「すいません。姉さんはあれでプライドが高いんです。

 きっと兄上に振られた事を根に持って居るんでしょう。

 多分、私の方が幸せだと言いたいのかと……」


 あっそう。じゃあ、対抗して貰おうじゃないか!

 俺はニヤニヤと余裕の笑みを一つティファに向けてミラにディープなキスをした。


「んっ……ランスぅ……ちゅぱっ……んっ……」


 純情勢が赤い顔でじっと見ている。もう良いだろうとミラをギュッと抱きしめつつも顔を離してティファに声をかけた。


「俺たちの幸せに対抗出来るものならしてみるがいい。ふははは」


 煽り耐性の低いティファはキっと睨みつけ、ガイールと向き合った。


「ガ、ガイール!」

「は、はいっ!!」


 ガイールは期待する様に座る場所を床からソファーの上に変えて、顔の高さをあわせた。

 ティファもその気の様だ。一歩近づくと顔を赤くして目を閉じた。

 ガイールもはわわと困惑を見せながらも意を決して目を閉じる。


 だが、二人は離れたままお互いに目を瞑り、一向に動かない。


 皆気を利かせて黙っていたが、口を尖らせて固まっているガイールの滑稽さに耐えられず「プッ」「クスッ」と噴出した。

 俺は、少しイラついていた。ティファが可哀そう過ぎるだろ。


「ガイール……なんでお前が受身なんだよ……

 肩を抱き寄せてガバっと行けっての! 女に恥かかせるなよ!」

「――っ!? す、すみませんでしたぁ!」


 ハッとしたので今からするのかと思いきや、この男は土下座を選んだ。

 ティファは赤くさせた顔を両手で隠すとテーブルに突っ伏してしまう。


「こいつはホントに……ティファはガイールでいいの?」

「いえ、兄上、あれで居て二人は結構気が合うようですよ。

 最近はいつも嬉しそうにガイールの駄目な所を話しますから」


 さっきの光景に顔を赤くしていて居ながらも、気を回し小声で話すリーンベルト。

 その言葉を聞いていたミラが、腕の中から離脱するとちょこちょことティファの所へと行って、頭に手を乗せた。


「お、お姉ちゃん、元気出して? 人は変る。教育すればきっと大丈夫」


 ビクリと顔を上げたティファはその言葉を受けてミラに抱きついた。


「ありがとぉ……おねぇちゃんは嬉しいです……わかりました!

 この馬鹿を教育します。もう手加減なんてしません!」

「うん、その意気。こいつは何しても死なない。頑張って!」


 ミラはそう言ってこちらに戻り、呟いた。「これでこっちには来ないはず」と。

 ええ!? 感動の励ましを見せ付けておいてそれ!?


 その後、アキホやユーカとミラはハイタッチを交わしていた。

 何やら他のみんなにも褒められている様子。

 どっちにしてもそんな事には成らないのに……


 そうして、なんだかんだ元気を取り戻したティファ。

 そのまま帝国勢を交えて、皆でお菓子を摘みながら談笑を楽しんだ。


 その夜、今日はミラとかな? と思って居たのだが、アキホにカーチェとミラの両方を連れて行かれてしまった。

 何やらアキホは今日の二人を見て仲を取り持ってみようと考えた様だ。

 ふむ、それならば是非お願いしたい。

 だが今晩はどうしようかと頭を悩ませていたら、エリーゼが皆を連れて部屋へと入って来た。


「そ、その……私たちも偶には可愛がってほしいのですが……」



 そこには、全員居た。



 俺は、その光景を二度見した。


 困惑しているのを見破られてしまい、ディアが補足をいれてくれた。


「カミノさん、言ってたから。全員で相手してくれないかな? 無理だろうなって。

 これは、お詫びと言うか、その……皆で話し合って決めたの」


 いやいやいや、本当にいいの? ってそこじゃねぇ! 

 ララたちも混ざっている。と言うかユキやハナ、獣人の元奴隷だった子達もいる。

 ミィすらもだ。さり気なくアンジェもいる。


 さ、最終回かな?


 と俺は訳の分からない事を考えつつも、懐から小瓶を取り出した。


「これ飲んだらもう止まらんぞ? 本当に飲むぞ?」


 いいのか? 本当にいいのか?

 と、問いかけていたら、ラーサが「そこまで言うなら私は別に……」と退場しかけた。

 あっ、しまった……と思って急いで飲んだが、彼女の両肩はユミルとディアによってがっちり掴まれていた。



 俺はこの日、満貫全席と言うものを体験した。

 もう、これはゴールって事でいいよね?


 いや、今はこの幸せを全身で味わいながら、明日大迷宮の深層へと赴こうと決意した。

 大至急手に入れなければなるまい。


 これを常とする為に。


 とはいえあの素敵アイテムがなければ干乾びてしまう。急いで行かなければ。

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