第83話初めてお会いした時に聞いたアダマンタインとは、それほどですか。
ああ、とうとうランス様が行ってしまいました……
本当に、大丈夫でしょうか。
初めて会った時、この魔物を倒す為に強くなると言ってた。
地を割り、山を砕くとランス様が言う程の魔物。
アダマンタイン
伝説の暗黒竜ですらテイムしてみせるあの人が、あんな顔を見せた。
私だけじゃない。他の皆も、なんと声を掛けて良いのか迷ってしまうほどに。
そんなあの人を見て居たくなくて笑顔を取り戻そうと頑張ってみましたが、それにどれだけの意味があるのでしょうか。
ユミルさんではないですが、もっと力が欲しい。隣に立てるほどの。
彼が居なくなり、喋る言葉も無く無言の時間が続いている時でした。
「ああ、こちらに居たのですね。宜しければ皆さんもご覧になりませんか?
ランスロットさんが戦う勇士を」
そう、声を掛けて来たのは、第二王子ライエル様。
その言葉に驚いた様に顔を上げ、視線が集まった。
思わず、挨拶も無しに問いかけた。
「見るとは、どの様にしてでしょうか……」
「マジックアイテムです。これは国家の機密でもあるので他言はして欲しくありませんが、遠くの映像も音も鮮明に伝えられるものがあるのです。
とは言え、万能に何処でも見れるわけではないのですけどね。
リードくらいまでなら何とかと言った所です。
我らもこれよりどうするべきか、それを見て決めねばなりません。
貴方がたも知る事で自分が何をすべきかに至れるかもしれませんよ。
それが良いか悪いかはわかりませんが……」
「見る! 見せて! お願いします!」
飛びつくように胸倉を掴みあげてしまったミラさんを押さえつけて、私たちはライエル様に案内されてお城の頂上にある塔の上にやってまいりました。
そこにはとても大きな鏡が置いてあり、こちらに背を向けてリードの方角を移すように設置されていました。
「さて、来て貰って早速だが問いたい事がある。
これはずっと映し続けられるものではない。
ブラックオーガの魔石を大量に消費してせいぜい二時間と言った所だ。
彼がどれほどで到達できるか、教えてはくれぬか?」
国王陛下が、準備されていた椅子に腰を掛けて言う。ライエル様に前もって挨拶や礼は省いて良いとの言葉を頂いていたのですが、私は二の足を踏んでしまいました。
なるほど。呼んで頂けた理由はそこですか。
そう考えている間に、ミラさんが言葉を返します。
「一人なら普通に走って多分、一時間くらい。だから、もう着くはず。
スキルは使わないで行ってるはずだから大体あってる」
「そうか。恐ろしいほどの早さであるな。だが、それほどのものがああ言うか……
いや、それも全ては見てからだ。
では、お前たちも私を気にする事はない。
好きな所に腰を落ち着け、しっかりと見て行くと良い」
その言葉にせめてとお辞儀を返して座らせて頂き、時間が来るのを待ちました。
ミラさんの予想は私とも変わりません。映せるのであれば見れるはず。
不安なのは変わりありませんが、声を掛けて頂けて良かった。
妻として、しっかりと見させて頂きます。
ですが、鏡が逆では?
そう思っていたら空に光の板が現れ、波紋を打つように映像が拡大されていき、その波紋が数度繰り返され続けとうとうあるはずの無い山が映し出され、その映像に「そんな馬鹿な」「あんな所に山は」と声が上がる。
そう。皆、ひと目でわかりました。
王都の隣町と言えるリードのすぐ目の前の事なのですから。
本当ならばそこに平原が広がっているはずなのは、この場に居る者は誰もが知っている事。
山と言うくくりで言えばとても低い方だと言えます。
ですが、それが魔物だと言うのであればどう考えても有り得ないほどの大きさ。
皇都の時も有り得ぬ大きさに驚かされましたが、それとすら比較にならないでしょう。
「本当に、あれが魔物なのか?」
国王陛下がつぶやいた一言。それは誰に向けられたものでもない事は一目瞭然。
兵士ですら、直立を崩し力なく立ち尽くしている。
「ケンヤが見えない! もっと近く!」
エミリーさんのその懇願にもう一度波紋が広がり、映像が拡大されました。
そして映ったのは、巨大な亀の全身でした。
裸の岩山。その四方に巨大な足とこちらに向かい合うように更に巨大な顔がある。
どうしても、リードの外壁が邪魔して見渡せません。ですが、大きすぎるそれは、今の時点で何者なのかをはっきり見せました。
「あれが……アダマンタイン」
思わず声が漏れてしまい口を押さえましたが、咎める様子もありません。
逆に「何か知っているのか」と問われ視線が集まってしまいました。
「超大型ボス、アダマンタイン。
ランス様の話では山を砕き地を割る、世界を滅ぼす最悪の魔物の一角だ。と……」
返る言葉は暫くありませんでしたが、思い出したかのように問いかけが来ました。
「何故、あやつはその様な事を知っておるのだ?」
その言葉を発したのは宰相閣下。さて、どう答えたものかと考えを巡らせましたが、その言葉に答えたのはアンジェさんでした。
「そんな事、決まっているのだ! ランスさまは神様の使いなのだ!」
不覚でした。まさか横入りするとは……
「……それはどういう事か聞かせてくれぬか?」
今更横から止めた所で無駄でしょう。
きっと、この場のもの全てが聞きたいはずですから。
溜息を盛大に吐きたい気持ちをぐっと堪え、余りおかしな事は言わないでくださいと神に祈りを捧げます。
「良く分からないのだ。とにかくランスさまはすごいのだ!」
ふぅ。祈りが届きました。神よ、感謝致します。
宰相閣下もこれ以上の問いかけはしない様に見えますね。
無駄だと気がついた事でしょう。
昔の私でしたら高らかに語ったかも知れませんが、王女の一件からどうにも真実を明かす気にはなれません。
そんなアンジェさんが、その場の空気をおかしな方向へと変えた時でした……
鏡から大きな音が響きます。
それは、暴風や地鳴り、土石流、さまざまな音が一度に来たような轟音。
その音を初めに、地が液体の様に波紋を打ち、その巨大すぎる波紋が街ごと飲み込んでいってしまう。
「そ、そんな馬鹿な……これでは、これでは町が滅びる所では……」
「なんという事だ……世界が、世界が終わると言うのか……」
「こ、誇張どころか……控えめに言っていたのだな……これは無理だ。
戦術云々の話ではない……」
ただ一回の攻撃に、町が吹き飛んでいく様を見せ付けられ、宰相閣下、国王陛下、ブレット様が思い思いに言葉を発したが、頭に入らない。
更地になり、全てが一掃された様を見て呆然としたまま声が漏れ出た。
最愛の人が、巻き込まれてしまった……
「あっ、あああああ」
思わず立ち上がり、その映像の中へと行かなければと数歩前に出て、無駄な事をしている事に気が付き涙が滲んでしまいました。
「いやぁ……」と掠れた声が響く。
皆も同様だと、同じ気持ちを堪えていると「大丈夫、きっと大丈夫」と自分に言い聞かせぐっと耐えて見据えます。
「ああ! 居た! ケンヤ! 居た!」
「ど、何処だよ!?」
「あそこだから! ちょっと黙って!!」
えっ、どこですか? 空に映し出された大きな映像を嘗め回すように見つめた。
ミラさんの指の先を見れば、確かに小さく人の姿が見えました。
あの装備の色は確かに、間違いありません。
安堵があふれ涙が零れてしまいましたが、そんな事はどうでも良かった。
その場にしゃがみ込み、ひたすら見続けました。
もっと、もっとちゃんと見たい。
その想いに答えてくれたのでしょうか? もう一度波紋が広がり、ランス様の姿が映ります。
それはもう、素敵な姿でした。
全身黒のオリハルコン装備、私たちと同じだというのにあの人が着ると全然違う。
妖精の杖でトントンと肩を叩くと今度は鏡から彼の声が響きました。
「はっ! ラーサの太もものが破壊力あるぜ、この野朗っ!」
……私ももうちょっと足を鍛えた方が良いでしょうか。
泣いていた事も忘れ、そんな事を想ってしまう程に口元が緩みます。
いつものランス様でした。
徐に杖の先を肩からアダマンタインへと向けて、ニヤリと悪い笑みを作りました。
カッコ良過ぎですわ。あんな強大な相手に、あの余裕。
もしかして、ランス様って一人で戦っている時の方がカッコいいのでしょうか?
そんな風に呆けていれば、再びけたたましい音が響きます。
「待て、あれは彼がやっているのか!?」
魔法では有り得ないほどに巨大な隕石が何度も降り注いで山を削っていき、幾度と無く降り注いだ事で巻き上げた土埃が全てを隠す程。
「あれは『メテオ』。ランス、偶にしか使わないけど私は知ってる」
ドヤ顔で語るミラさん。私だって色々見せて貰いました!
「あれはどうみても神々の領域じゃ……っ!?」と一人の兵士が呟き何かに気がついた様子を見せた。
ハッとして視線を一点に向けました。
それは職務中にやってしまった。というものではありません。
全員の視線がアンジェさんへと向かいます。
まさか、さっきの『神様の使い』という言葉は本当なのでは、と顔がそう言ってました。
不覚です。引き離して言ってはダメだと伝えておくべきでした。
注目を浴びて気を良くした彼女は再び口を開きます。
止めて下さい。
「私も知ってるのだ! これは『メテオ』なのだ!」
先ほどの祈りが有効だったのでしょうか……いえ、これがアンジェさんでした。
そして、彼らは思い出した。聞いても無駄だという事を。
今だけはそのままで居て下さい。そして、これが済んだら成長してくださいね……
そんな事を考えていた時に再び大地が波を作り、外壁が無くなった事でそれが何か理解する。
巨大な岩が竜巻の様に周り、地面ごと全てを削り取り広がっていった。
彼の所へとその災害が到達した時、山が空を飛んだ。
向こう側が見えるほどの高さで。
それは彼を確実に押しつぶさんと狙いを定めて落ちていった。
あ、あんなの、流石にランス様でも……
再び視線を彼に戻せば、押し寄せる岩の竜巻に打ち付けられて後方に弾かれていた。そこは、山が落ちてくる中心部。どうやっても避けられる時間がない。
「「「逃げてっ!」」」
必死に叫ぶミラさんやエミリーさん。私は締め付けられる胸に声が出なかった。
無情にも、それは彼が避けられなかった事を示すかの様に即座に落ちた。
暫くの間をおいて大地の揺れがこちらまで届き、衝撃の強大さを伝えた。
「た、民に触れを出せ、み、南に逃げよと……」
王は、力なく呟いた。
だが、動くものはいない。唖然と映像を見続けている。
そして、再び音が響く。
空からの隕石だ。先ほどよりも多くなっている。
「な、何が起こっている……」
「ランスさまがあれくらいで死ぬわけないのだ。
皆怖がりすぎなのだ。あの悪魔の時も凄かったのだ」
わ、わかっています。それでも、怖いものは怖いのです!
で、でも良かったですわ……本当に……
あの山が邪魔ですわ! 早く無事な姿を見せてくださいまし!
「……ですが、何故ランスロットさんは『メテオ』を?
あれは恐らく動物系か悪魔系。であれば弱点は火では?」
そう言えばそうですわね。何時も弱点など関係無いほどの威力を出すので失念していました。
「ケンヤさんから聞いた事があります。レイドボスなるものは、殆どが弱点属性を持っていないそうです。それどころか全ての属性に耐性を持っているとか。
だから兎に角威力を出す必要があるのだと」
……ユミルさん、いつの間にそんな話を?
きっと帝国の時ですわね。羨ましいですわ。
マジックアイテムの所為で私などは酷い醜態を晒していた時に……
その時、再び彼の声が聞こえた。
「いい加減どけっつのぉぉぉぉ!!」
山の端が爆発を起こすように埃が膨れ上がる様に舞い、そこから彼が飛び出してきた。
「あ、あはは、全然平気そうよ?」
泣きながら笑うミレイさん。そのお気持ち、良く分かります。
よく見れば、傷一つ無い様子。
流石ですわ!
彼が少し距離をとって完全に無事な姿をみせた。兵士が先の命令を思い出し、走ろうとしたがそれを宰相が止める。国王陛下も「今しばらく見るとしよう」と頷き映像に視線を戻す。
頭を搔いて首を傾げるランス様の声が再び聞こえた。
「にしても、かてぇなぁ。これ、魔力もたないかも……どうすっかな……
めっちゃ痛いしもう帰りたい。っていうか帰って……しっし」
え? 魔力が持たないってそれ拙いのでは……?
でも、余裕そうにも見えますけど……
「珍しく弱気ですわね。傷一つない様に見えますが……」
「エリーゼ、わかってない。ランスは怖がり。本当は関わりたくも無いはず」
……知ってます! わかってました!
けど、ルルさんじゃないですけど、本当に頼りすぎていますわね。
それは私たちだけじゃない。
世界を一人で救うのですから……
「まあ、嫁の為にがんばりますか。これだけ頑張ってんだ。
全員が一度に相手してくれたりしないかな……
流石にそれは無理か……
恥ずかしがりやさんが居るしな。ラーサとかカーチェとか。
ホントはエッチなくせに」
「「おいっ!!」」
映像に言っても仕方がありませんわよ。ランス様にとっては独り言なんですから。
「にしても、昨日のエリーゼはやばかったな。エッチ過ぎた。
今日も頼もう。あ、今日はディアだった。一人の方がいいか。
うん。最初はしっかり優しく丁寧に。
よーし、やる気出てきた。即効でぶっ殺す!」
……ひ、控えた方がいいのかしら。
でも確かに、この場で言われるのは気まずいですわね。
ディアさんが茹タコみたいになってますわ。
ふふ、私はもう慣れましたけど。
ランス様は羞恥心と喜びを同時に与えるのがお好きでしたから。
私がどれだけ恥ずかしい事をさせられたか……もうっ。
あ、動き出しましたわ。
次は何をするのでしょうか?
動きを見逃さない様にと目を向けていると、大亀の頭が凍り付き爆発を起こした。
氷を散らばせながら亀の顔が弾かれた。
人の大きさと比べ縮尺が合わないほどの顔が弾かれる様は圧巻。
顔を変形させるほどではないが、効いているのは間違いない。
『メテオ』によって岩を剥がれて甲羅をむき出しにさせた事も、十分に戦えている様を見せた。
「なんて威力だ」「あれほどならば……」「なんと凄まじい……」
と各々、感嘆の声を漏らした。
「あ、あれは知ってるよ! 『ブリザード』と『エクスプロージョン』だよ」
あーユーカさん、私が言いたかったですのに!
ユミルさんは悔しくなさそうですね。
彼女は懇願するように映像を見続ける。
そうでした。命をかけているのでした……
ランス様の声を聞いているとどうしても大丈夫だと安心しきってしまいます。
だって「凍らせても駄目かー、んじゃお次はと……」ととても軽い感じに呟いているのですもの。
そして、再びアダマンタインの範囲攻撃が始まる。
だが、今回は範囲攻撃だけで動いていない。これならば大丈夫。
そう思った時、アダマンタインは徐に大口を開けた。
そこから赤い光が放たれ、その光は収束するように細くなり瞬きをする程度の時間もなく突き刺さった。
肩から先を切り飛ばされて、高速で飛来する大岩に弾かれた。
うそっ……
彼は衝撃に宙を舞い、ゆっくりと地面に叩き付けられた。
地に赤いものが染み広がる……
「ぎゃぁあぁああああ!! え、え『エクスヒーリング』!!」
彼のこんな声は聞いた事が無かった。こんな顔は見た事が無かった。
想像する事すらできなかった。そんな声が届く。
「ああ、まだいてぇ……頭がおかしくなりそうだ……」
肩を抑えて、跳ね起き再びバックステップし距離を取る。
「くっそぉ……なんで俺がこんな事しなきゃなんねんだ……ふざけんな!
嫁さえ居なきゃ絶対逃げてるわ」
初めて聞く彼の本音。
私たちが居なければ。その言葉は、悪い方の意味ではない事を知っている。
でも、それでも胸が苦しくなる言葉だった。
それからも、弾かれ、血まみれになりながらも魔法を撃ち続ける。
魔法で傷は癒える。それでも確実に精神をすり減らしていた。
「こ、こんなの見てられないよ! 私も行く、魔法で援護ならできるもん!」
「ユーカ! 黙って見てなさい! 間に合わないし邪魔にしかならないっ!
あそこに立つには強くなるしかないの……」
いつもは大人しいユミルさんがここまでは初めてだ、と思うほどに激しく強い声を出した。
きっと彼女はわかって居たんのですね。人一倍狩りに気持ちが入ってました。
「冒険者とは、これほどの思いをして戦い続けるのだな……」
第一王子ブレット様が声を漏らした。
その言葉へ何も返しはしないが、他と一緒にしないで欲しい、そうただ強く思う。
彼が剣に持ち替えた。
眼前に突っ込み切り裂いていくが、大きさが違いすぎて何故そんな事をと思ってしまう。
まさか、もう魔力が無いのでは?
……どうして、どうしてそれで逃げないのです!
仕切りなおしをすればいいだけなのに……
「ああ、なんだ。物理なら削り取れるじゃん。
今更嫌がってもおせぇからなお前は絶対にぶっ殺すよ?
嫁に誓ったからな。
お前たちの為なら何とだって戦ってやるって……」
嬉しい言葉。
そのはずが苦しくなる。
死んでしまっては意味がないのです……
「もう嫌です! 声は伝えられないのですか? せめて一度引いてと……」
私は国王陛下に責めるように声を荒げた。
もう、相手が誰だとか、考える気すらも起きない。
「その様なすべはないな……
確かに、魔力を回復しながら遠距離で攻撃し続けた方が良いとは思うが……」
「全てはランスロットさんの判断です。信じて祈るしかありません」
その言葉に、力なく頭を垂れるしかなかった。
「エリーゼ、顔を上げな。ランスさんが命かけてんだよ。せめてちゃんと見とけ」
ラーサさんすらも泣きそうな顔をしていた。
その間にも激闘が続いている。
どうやら、近づくとあの光の矢が降り注ぐ様だ。眼前はどう考えても危険すぎた。
あれから、体の一部を奪われるほどの傷は負っていないが、鎧が赤黒く光るくらいに血が流れた。
「あの時でも、ここまで苦戦しなかったのだ……ランスさまぁ……」
アンジェさんももうボロボロに泣いている。
見渡せば、泣いていないのはミラさんくらい。
何故かすごく怒っている。
今も貫かれては肉を剥ぎ落としと、どうして生きているのか、そう思える程に捨て身の攻撃が行われていた。
そして、ずっと張り付いていた彼が、再び距離を取った。
緊張が走る。もう、回復する魔力も残っていないのだろうか?
「あぁ……もう痛覚が麻痺してきた。逆に助かる。準備は整ったぞこのクソ亀!
食らいやがれ! 『フレアバースト』!!」
張り尽き続けて作った大きな傷跡、そこを目掛けて放たれた。
それは、いつもの重ねた強力なものではなかった。だが、連続して打たれ続け、一部が赤く染まって行く。
その赤は連続した『フレアバースト』により広がっていく。
「ふはははは! やっぱりな、溶けろ溶けろ!
ぜってぇとめねぇ。耐えられるもんなら耐えて見やがれ!」
アダマンタインの顔の一部に作られた傷。
その一箇所に火の最上級である単体魔法『フレアバースト』を撃たれ続けて真っ赤に染まり、余りの高熱にそこから中身が溶け落ちる。
「あ、れ? 魔力切れそうだったんじゃ……」
「違う! あれくらいじゃ切れない!
遊んでるのかと思った。ちゃんと作戦あったのか……」
そうならそうと言って欲しかったですわ。きっと皆もそう思っているはず。
でも、問いかけていないのだから仕方ありませんが。
ええ、ならば仕方あるまい、ですわ。
ふふふ。
ああ、また安堵から涙が滲みます。どれだけこの人は私を泣かせるのでしょうか。
「クェェェェェェェェエ」
相当効いているのだろう。
魔法から逃げる様に首を振り、耳を塞ぎたくなるほどの声を上げた。
それでも、一つも外さないで撃たれ続け、顔の形が大きく変形していく。
その後は垂れ下がった皮膚を剥いで傷を広げ、その穴に再び『フレアバースト』が撃たれた。
その頃にはダメージを負う事も殆どなくなり、当事者、観戦者含めて、余裕を取り戻していた。
「ほーれどうしたどうした? このクソ亀が!
んだよ、これさえわかってればこんな痛い思いすることなかったのに。
これならミラの方がよっぽど厄介だ」
「――っ!? 私……厄介者だったの……」
あらあら、これは帰ったらまた苦労させられますわよ?
「あー、痛い思いしまくったし早くエリーゼに甘えたい。早く死なねぇかな……」
まぁっ! ほらほらみなさん聞きました?
もぉー、そうですか。仕方がありませんね。私が一番のようですわねっ!
「ああ、今日はディアだよ。ディアもいい子だからな。一杯愛してやらねば……
ふふふ、可愛いディア、待ってろよぉぉ!」
「えへっ、えへへへへ。待ってますぅ」
ディアさん、聞こえていませんからね?
それからのランス様は、さまざまな呟きを洩らしながらも攻撃の手を休める事無く魔法を撃ち続けます。
その時、突如アダマンタインは、体を地に落とし頭を力なく垂れ下げて、思わず声を上げさせられました。
「か、勝った……のか?」
「勝ちました……よね?」
「勝ったという事で良いのか?」
国王陛下から始まったその問いかけが伝言ゲームでもしているかのように続いて行く。
「『クリエイトレザー』」
そして、彼が一つの言葉を口にして、勝ちが確信へと変わる。
「完全に倒しましたわ! ランス様の勝利です!」
私は立ち上がり宣言をした。
「ほ、本当なのか?」
「ええ、あのスキルは死後でないと発動しないとランス様が言っておりましたので」
「おお! せ、世界は、救われたのだな?」
「ええ! ランス様が世界を救ってくださいました!」
「「「「うおおおおお」」」」
兵士は武器を掲げ、文官はもろ手を挙げた。
私たちも思わず仲間内で手を握り合い喜びに耽り、ふと我に返ります。
「そう言えば、ランス様は今私たちが見ていたこと、知らないのですよね?」
「だろうね。まあ私としちゃぁ色々物申したい事があるけど……どうする?」
ラーサさんの問いかけに、ユミルさんが真剣な面持ちで言葉を返します。
「私は是非とも知らせずにどうでしたか、と聞きたいです。
こういう時にちゃんと真実を伝えてくれるのか知っておきたいと思います」
「あ、それ私も知りたいわ。
幾らランス様がつよいって言ったって何処で無茶してるかわからないもの」
確かにそうですわ!
耳当りの良い言葉で騙されて、知らずに置いて行かれるなんて泣かされるより御免ですもの!
けど、それを知るのにネックなのはミラさんです。チラリと視線が送られる。
「じゃあ、それを聞き出すまでは待つ。
けどその後は止めないで! 私、絶対に許さないもんっ!」
そんな協定が結ばれ、私たちはランス様の帰還を待った。
◇◆◇◆◇
時を同じくして、ホールディの町にてその戦闘を見ていた人型の魔物がいた。
「……信じられん。神獣を倒せる人族が居るだと!?
これは、我らの王に急遽報告せねば……忌々しい人族如きでありながら……
必ず、必ず滅ぼしてくれようぞ」
ワーウルフの様な外見の魔物。
だがワーウルフは普通の魔物、自我など持っていない。
そして、人に向けるは深い憎悪。
その魔物は鏡を持ち、腹立たしげに森の中へと消えて行く。
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