第63話『ディスペル』あれ? そんな馬鹿な……
軽く大空を飛び回って戻ってきたレッドスカイドラゴン。
大きな翼をはためかせ、風圧で草原一帯の草を撫でながら屈強な体をそっと降ろすその様は、ただ見るだけで声を漏らしそうになるほどの力強さを見せつける。
その迫力と競い合う様に怒気を放つ女性がいた。
「もう降りても大丈夫っす。今度は気をつけるっすよ?」
「む、そう言うのであれば、最初からお前が降ろしてくれれば良いではないか」
「じゃ、じゃあ抱きしめるけど、いいっすか?」
などと、会話をする程に一つも気がついていないお馬鹿な俺の友人の姿がある。
さて、どうしようか。
流石に二人が別れてしまう程の事にはなって欲しくない。
ここは一先ず、忠告をしてあげなければ。
「ハル、その王女、体に触れたら娶れとか言ってくるから気をつけろよ」
「なっ! 貴様ぁ、さっきから無礼だぞ!
父上の恩人だからと大目に見てやっておれば!」
「勝手についてきた奴を王族扱いする気はないな。
俺が気を使うのはライエル様だけだからそこんところ宜しく」
はぁ、ヘイト集めて一度引き離してやるから、その内にちゃんと気がつくんだぞ。
「ランス! なんて失礼な事言うんすか。アイリス様にあやまるっす」
何こいつ。すげぇむかつく……
いや、耐えろ。ルイズちゃんの為だ。
「おお、流石勇者だ。もう人となりを見る必要など無いな。気に入った!」
「いや、俺は勇者って訳じゃ……けど、そう言ってくれるのは嬉しいっす」
あー完全に舞い上がってる……これはもう俺には無理かも。
ルイズちゃんごめん。
「ランスさんがそういうつもりで連れて来た訳じゃない事はわかりました。
ハルを信じた私が馬鹿でした……」
あちゃぁ……何か本気で泣きそうになってる。元々嫉妬深い子だもんな。
知り合って最初の頃は自分と重ねたのか、ハーレムを作った俺に対する対応が冷たかったし。
このハーレムクソ野朗が! 的な感じで。
そんなこちらの空気に気がついて居ないのか、ハルはしっかりと抱きしめて丁重な装いでアイリス王女を降ろした。
ハルはこちらに戻ってくると、ルイズちゃんの様子がおかしい事に今更気がついた。
「なっ!? ランス、ルイズに何したっすか! 泣かせるなっす!」
「馬鹿野朗。おまえだっつの! いい加減にしないと俺も怒るよ?」
いくら、好みの女に舞い上がったからってそれはねーだろ。
絶対に後で苛めてやる。
と、思っていたのだが……
「ねぇハル、私がランスさんに抱きしめられたらどう思う?」
「なっ、やっぱりランスじゃないっすか! ふざけるなっす!」
うぜぇ。レベル上げたし頭引っぱたくくらいは大丈夫かな?
連れて来たあの日からこれで何度目だよ。
毎回俺は何もしてねぇっての。
てか、ルイズちゃんも俺を引き合いに出すの止めて?
ねぇ、聞いてる?
「そんな事されてない! してたのはハル、貴方じゃない!
人には怒るのに自分はいいの!? 最低よ。ホント最低!」
おおう、流石に修羅場、何一つ聞いてない。
そして俺の心も痛い。はい、最低代表です。
「え? いや、だってあれは落ちそうになったからなだけで……」
もう一言だけ言って離脱しよう。
夫婦喧嘩は犬も食わないのだ。
「兎に角、今回も俺は関係ねぇよ?
お前さ、確認取らないで人のせいにするのそろそろ止めろよ?」
「うぐっ、悪かったっす」
俺も、勘違いで責めた経験はあるけど、ここまで酷くは無かったはず。
嫁の一人でも連れてくれば良かった。正直、俺何のために居るの感が半端ない。
「災難でしたね。姉が申し訳ない」
ライエル君が未だドラゴンに纏わりついているアイリスに苦い表情を向けながら謝罪した。
「いや、それがわかってくれる人が居るだけましかな。
何にせよ、あいつら相当のバカップルだから、どうするにしても引き離さない様に上手くやってね?」
「ええ、それは良く分かりました。ご忠告感謝します。
それにしても、これからどうしましょうか。
相談すべき相手がああなってしまっては……」
だよねぇ。
「なぁ、ケンヤ……あの女は平民なのか?」
「ああ、そうだけどなんでだ?」
「いや、なら、無理やり引き離せばいいだけじゃないか?
アイリス様が気に入ったんだろ? なら譲るべきだと思うんだけど」
うん。お前は黙ってろ。
「どうしてこいつ連れて来たの?」
「は、ははは、ファルケルが唯一貴方と面識があったものですから。
一応不仲では無いと聞いていましたし……」
「なるほど。そうだった。王女が付いて来たのがそもそもイレギュラーだった。
それが無ければ問題は無かった」
「ええ、ですから最初にお伝えしたはずです。お手数をお掛けしますと。
本当に連れてきたくなかった……」
「なるほど。これ程とは思ってなかったからあの時は気が付かなかったな」
空気を読まずに適当言うファルケル。
珍しく言い合いに発展したバカップル。
とても自己中心的で残念な王女。
それらに挟まれた俺は何も無い国境の草原で帰るにも帰れず、ただただライエル君と共に溜息を吐き続けた。
暫くして、ドラゴンの観察に飽きた王女が動き出し事態が動いた。
「おい、勇者。そんな詰まらん女よりも私の相手をしろ」
「いや……ルイズは詰まらない女じゃないっすよ」
「そうなのか? ならばそれはいいが、私を優先しろ。当然だろう?
しかしお前も気が利かぬな。このくらいで喚くなどなんて心の狭い女だ。
勇者も、よく考えるのだな。これからは私とお前が皆の注目を受けるのだ」
何故かもう結婚するつもりで居るアイリス。
そう言われたルイズちゃんも引く気はなさそうだ。睨み返している。
なんと言葉を返して良いのかわからず、アイリスとルイズちゃんに交互に視線を向けるハル。
こいつが居たら何時まで経っても話が纏まらないと、ライエル君に一言尋ねた。
「あれに、お説教かましていいですかね?
いくらなんでも自分勝手過ぎる」
「ええ! 是非っ! 怪我をさせなければ何を言っても何をしても構いません。
是非お願いしますっ!!」
「ちょっと過激な事言いますけど、とりなしお願いしますね」
ライエル君はとても、いい顔をしていた。「言うだけならいくらでもどうぞ」と。
相当に鬱憤が溜まっているのだろう。
とは言え、なにから言ってよいものやら……
「なぁ、ハルを利用したいが為に頑張ってるつもりなんだろうけどさ。
こいつもその気は無いから、止めてくれないかな?」
一応、説得する方面で問いかけた。
「貴様……さっきからなんて無礼な! 勇者、こいつを叩きのめせ!」
本当に勝手な奴だな……武器抜いてどうするの?
ちょっと脅してみるか。
「ほう、俺とやろうってのか? ああ?
よぉ? ハルもそれで良いんだな?」
ハルにも半ギレな視線を送る。
こいつもさっきまで突っかかってきていたので、本当に怒っていると思ったようだ。
ハルの顔がかつて無いほどに急激に青ざめていく。
あー、そうか。俺ハルにこういう顔向けた事ないもんな。
演技だよ? この後に引きずらないと良いんだけど。
「ま、待ってくださいっす。俺がランスに勝てる訳ないじゃないっすか!
無茶言わないで下さいよ!」
「だってよ。お前、俺と戦うつもりなんだよなぁ?」
取り合えず、爆発娘の時に効果抜群だった『エクスプロージョン』を周囲にばら撒いた。
辺りにクレーターがどんどん出来ていく。
一度止めて再び問いかけた。
「おい、どうなんだよ。もう一度言ってみろ」
かなり遠めに撃っているからか、まだ余裕の表情だ。
一応ライエル君に言うだけって言ったから、爆風で転がすのも控えたが、これじゃ時間掛かりそうだな。
「き、貴様、王家に逆らうというのだな!?」
「何が王家だ!
俺は兵士じゃねぇし。お前に何かをして貰った覚えはねぇよ?
お前は、自分の復讐の為に無関係の人を不幸にして良いほど偉いってのか?
よぉっ! どうなんだ?」
さて、なんて答えが返ってくるでしょうか。
「わ、私は王女だぞ!? 偉いに決まってる!
お前こそ何を勘違いしている! 我ら王家に平民は命を捧げて当然なのだ!
王族に逆らって生きていけると思うなよ!」
……ちょっと本当に腹立ってきたな。
それは、戦争ですか? やろうってんですか?
俺は共感覚さえ襲ってこなければ、割と性格悪いみたいだよ?
ぶっころだよ?
「はっ、どんだけ勘違いしてんだ?
俺はどこでだって生きていけるから、お前のいう事聞く必要はねぇんだよ。
お前こそ何様のつもりだ?
聞けば、復讐の為に皆が汗水流して働いた金を馬鹿みてぇにどぶに捨てただけだろうが!
ただ王の威厳のおこぼれ貰ってるだけの奴が調子に乗ってんじゃねーぞこらぁ!」
絶対に許さないといった風に本気で睨みつけるアイリス。
むう。折れない。どうしよ……やるんじゃなかった。
そうか。イゴールや候爵の時も攻撃してからだったな……
「……良いだろう。ならば帝国でもなんでも行くがいい!
勇者を鍛えて貴様なんぞ殺してくれる!」
おっ、これで俺はターゲットをハルに移せば良いのかな?
ガクガクと震えるハル。
ヤバイ、笑いそう。
いや、ナイスだ。カチで苛々してきてたからお前のおかげで少し冷静になれたよ。
「ほう、じゃあ、勇者を先にぶっ殺すか? ク、ククク」
「ひぃぃぃ……ってあれ?」
ダメだ。笑っちまう……
「ランスロットさん、もう良いですよ。ありがとうございました。
この件を父上に報告すれば、それなりの沙汰が下るでしょう。
流石に姉上は国を私物化しすぎです」
「な、に? ライエル! お前の差し金だったのか!?」
「ちげぇよ馬鹿。お前の為に止めてくれたんだよ!!」
弟君の気持ちすらも分からない馬鹿すぎる王女に頭に来て、全員に『マジックシールド』を掛けて周囲一面全てを凍らせた。
それはもう全てをだ。
「言っておくが、帝国と王国と勇者が束になっても負けねぇよ?」
「俺を入れないでくれっす……あやまるっすから……」
はぁ、いい加減にうざいと思ってやっちまった。
ライエル君が絶句してる。
ここまでの苦労が全部吹き飛んだ。
これから先どうしよう。
まずは皆に謝らなきゃ……
「ランスさん、ありがとうございます。もう良いです。
私、ハルと別れます。なんかもう心が寒い」
は? ちょ、どうしてそうなる。
そうならない為にこんな事したってのに……
それに寒いのは物理的にね? 凍らせてごめんね?
「え? うそっすよね? ルイズ……」
「だって、ハルは権力に逆らえないんでしょ?
今のだって見てたらランスさんには勝てないからやらないって言ってるようにしか聞こえなかった。
普通なら一番最初に仲間だから出来ないって言うべきでしょ?
そんなんじゃ結局やっていけないもの。
ミラさんたちみたいな関係ならともかく、あんな人に日陰者にされるくらいなら、別れたい」
あー、確かに。この王女を傍に置くなんて言われ様ものなら誰だって無理だわな。
ハルが、泣きそうな顔でどうしたらいいっすか? と視線を向けた。
流石にここで『自分でなんとかしろっす』とは言えない。ちょっと言いたいが。
「簡単な話だ。このクソ女をきっぱり振ってやればいい。
お前だってルイズちゃんが一番だろ?」
「お、お前がなんと言おうと勇者は私のものだ! 勇者、信じているぞ」
お、ちょっとびびってる。でも、ここまでやってちょっとかぁ……
割に合わん。
さあ、ハル君、キミはどうするんだね?
「そ、そんなのルイズが一番に決まってるっすよ!
いや、その前に何で俺がアイリス王女を娶るって話になってるんすか!
そりゃ、敬う相手だとは思ってるっすけど、何の関係もないっすよ?」
へーい、ざまぁ。
と、視線を送ってみれば、ぐぬぬぬと顔を真っ赤にさせていた。
だがハルよ、娶るとかって話は出てたぞ?
お前が否定せずに自分から誘ったり、腰に手を回したりしてたからルイズちゃんが怒ってたのに……
「だから、だから別れるなんて言わないで欲しいっす」
「ごめん。ちょっと考えさせて。ランスさんが気を回してくれてるのに何一つ分かって無いで逆に突っかかるハルみて、この人で本当に良いのかなって不安になったし」
いや、ルイズちゃん……キミも割りと俺に突っかかるよね?
え? ちょっと黙っててください?
嫌です。そういうの聞いてあげるのは嫁限定。
「もう、やだ帰りたい。
どうでもいいから取り合えずハルは魔力補充してドラゴン置いて来い。
もう王都に戻るぞ。こんな苛々する空気じゃ嫁無しでやってられっか!」
本気で別れを切り出されてしまって放心状態になったハルは、とぼとぼと言う事に従い、ドラゴンに指示をしてカートに乗ると蹲ってしまった。
「お前の所為で散々だよ。早く乗れこのクソ女がっ!」
ぶつぶつと呟いている王女の首根っこ引っつかんでカートに投げ入れた。
珍しく、かなりオロオロとしていたファルケルも何とか乗り込み、移動をスタートさせる。
そして、全力でカートを走らせて、王都へと戻った。
その道中、誰一人として口を開く事はなかった。
「戻って、これたのですね」
市民門を潜ると、ライエルはまるで戦地からの帰還の様に呟いた。
そのままカートを走らせ、嫁達の居る宿へと進む。
「話すなら、この宿に一室取るのでそこでやって。
何か争いごとになれば、ライエル様とファルケルとルイズちゃんは守るから」
いつもなら、何で俺が入ってないんすか! と元気よい声が聞こえるはずだが、省かれた事すら気が付いてない様子のハル。
「わかりました。その時はお願いします」
そうして、やっと開放された俺は、少し気が重くなりながらも嫁達に縋りついた。
「もうぅ、ホント疲れたよ。何なのあの王女、もうやだっ!」
「アイリス王女はとてもお綺麗だと聞いていたのですが、ランス様にここまで言わせるなんて相当ですね」
「ううん。エリーゼ違う。ランスは割と中身見て選んでる。だから私達が特別」
「まあ、でしたら嬉しいですわぁ」
うんうん。嫁達は癒されるなぁ。
「それで、ランスさん情報の共有をお願いしたいんだが?
これからも私達は表に出なくていいって訳でも無いんだろ?」
「ああ、うん。表には出なくても良いけど勿論全部話すよぉ……逆に聞いて?」
俺は、馬鹿王女とそれにまんまと引っかかったハルの話をなるべく正確に全て伝えた。
「何でルイズは別れるのを選んだ? バカップルだったはず」
「そうよねぇ、最終的にはハル君が気が付いてないだけって話でしょ?
きっぱり断ったじゃない。
確かに引っかかったハル君が悪いけど別れるほど?」
「そもそもその元凶のアイリスとかいう奴ぶっ殺した方が良いのだ!」
「メッ! でも、そうですね。ケンヤさんを戦争の道具なんかにされたら……
消えて欲しくなるかも知れません……」
エミリーの疑問にミレイちゃんが同意した。
だが確かにルイズちゃんの気持ちも分かる。
あんなクソ女相手にあそこまで蔑ろにされたらああ言いたくもなる。
ちょっとユミルお母さん? お母さんが変な事言ったらだめだよ?
収集つかないからね?
だって、俺も消えて欲しいと思っちゃってるもの。
「何にせよさ。
嫉妬深いルイズちゃんと俺を疑う馬鹿なハルと空気を読めないファルケル。
王女だけじゃない他も酷くてそれはもう疲れた訳よ」
「お疲れ様っ、おにーさんっ。でも馬鹿だよねぇ。
お兄さんと戦争したら一瞬で滅びるってのに。
まあ、力見せてないんだから分からないか」
「あっ……大切な事言うの忘れてた……魔法……見せちゃった」
王女に食って掛かった件はがっつりと脅した程度にぼかしていた。
俺は、恐る恐るやっちまったことを明かす。
「いいんじゃないかい? そもそもハルに任せるのは面倒だから、だろ?」
「ええ、私達も強くなったのです。
戦争は嫌ですが、魔物で功績を挙げるのであればどんと来いですわ」
おお、流石嫁達、なんて心が広いのだろうか。
そう思ってラーサの膝に頭を乗せた。
だが「こんなの私の柄じゃないよ」とポイされた。
人選を間違えた。人前でなければやってくれるのだが……
「それで、隣に居るんでしょ? ランスは行かなくて良いの?」
「何かあれば呼んでって言ってあるよ。元々ハルが主役だからね。
俺は引き合わせるだけのお役目だったし」
と、ゴロゴロしながら皆の膝を渡り歩いていると、コンコンとノックする音が響いた。
どうやら何かあったらしい。
「どうぞぉ~」
「……失礼します」
少し、所在な下げに入って来たのは、ルイズちゃんだった。
何かあれば伝えに来てくれるのはライエル君だと思っていたが、予想外の相手に思わず「どしたの?」と問いかけた。
「……どーしましょー。私、ハルに別れようって言っちゃいましたぁぁ」
顔を抑えて崩れ落ちるように女の子座りしたルイズちゃん。
「何がどうしましょうなのか分からない。
仕方ないから今回だけ許してあげるって言えば良いじゃん」
「それは無理ですっ! だって許せないもん」
いや、どうしろと……
「ね? 俺疲れるでしょ?」
「「「「うん。良く分かった」」」」
そして、再び戸が開く。今度はノックも無しに。
「おい、ルイズとか言う小娘! 私と決闘しろ!」
「何ですか、藪から棒に。振られた腹いせですか?」
ルイズちゃんのその煽りで王女がもう許せんなどと喚き出した。
お前が人を許した事なんてあるの?
「ね? 俺疲れるでしょ?」
「これは酷い。仕方の無い子というレベルじゃない」
エミリー、お前も大分酷かったけどね……
そう考えると、エミリーは大分頑張ってるな。
あれから切れても実際に殴ったりしたのはハンスくらいだ。
それもちゃんと断りを入れて拳骨だけだし。
「エミリー、おいでっ」
「うんっ! でもなに?」
「ただ、抱きしめたくなっただけ」
「ふふふぅ、ならもっとする!」
チラチラと、心配性な子達がこちらに視線を向けてくる。
多分止めないの? と問いかけたいのだろう。
言ったよね? もう何度も止めたの。どっちも言う事なんて聞かないよ。
開いた戸から遠慮するように、ライエル、ハル、ファルケルが入って来た。
「あっ、ユミルさんにエミリー先生、久しぶり。アンジェも居るんだな。元気か?」
ファルケルはいつもの様子で挨拶をする。気後れした様子は一つも無かった。
あんなにオロオロしてたのに時間が経って復活した様だ。
いや、時間経って忘れたのかな?
逆にこっちの陣営の方が少し「あ、どうも……」みたいな感じになっている。
「すみません。
勇者様に想い人が居る以上、諦めてくださいと言ったら標的がルイズさんに移ってしまったようで、止めていただけないでしょうか?」
すごく申し訳なさそうにするライエル君。
頑張ってはみたんだろうなぁ……
「ああ、うん。その顔で気持ちは伝わったよ。でもさ、どうしたらいい?」
「ルイズさんに何かあっては、勇者様が大激怒しますよね?
出来たら、彼女を守ってあげて欲しいのです」
放心状態でまるで幽霊の様になっているハル。
彼女のピンチに立ち上がらないとは……ああ、勇者よ、なんてなさけない。
「王女のランク、聞いて良い?」
「ああ見えて、かなり強いのです。もうBランクになったと言っていました」
ああ、その程度なら放置で良いや。
「なら、問題ないですよ。王女が死ぬ心配はありますけど。
ルイズちゃんAランクだし」
更新すればSランクだし? まあ、それは言わんで良いだろ。
「流石にあんなのでも姉なのです。どうか……」
「ライエル王子の頼みなら止める事は吝かではないけど、指示貰えます?
俺にはどう止めれば良いかもうわからないので」
「いや、私ももうわからなくて……」
「ランスさまーボコボコにしてやるのだぁ! 動けなくなれば止まるのだ!」
それやって良いなら一番楽なんだけどね。と言うか、それならルイズちゃん本人が決闘でボコボコにすれば良いじゃん。
あれ? 止める必要どこにもねぇな。殺すなって言っておけばいいだけじゃん。
「王子王子、是非やらせましょう! 殺させないんで」
「え? ですが、流石にそれは……」
「いつも人を殴る奴ですよ、たまには殴られた方が本人の為だと思いません?」
「……そう、ですね。わかりました。では、その方向で!」
彼は、颯爽と親指を立ててくれた。
この決断力と悪乗り、やっぱり彼とは気が合いそうだ。
「ルイズちゃん、殺さない程度に甚振って良いよ。何かあっても俺が守るし」
「ほ、本当にやりますよ? 責任取ってくれるんですか?」
いや、殺しちゃダメだよ? そのやりますよに殺意を感じるよ?
それに、責任って言葉止めて? 守るけど。
「ははは、馬鹿め、貴様を殺せば勇者は私の物だ!
決闘の日時は追って知らせを出す。もう取り消しはさせんぞ。
逃げたら刺客を放つからな」
なんか、おかしすぎるな。
いくらなんでも頭がおかしすぎる。だって、あれだけ魔法を見せたりドラゴン見せたりしてんだよ?
ルイズちゃんだって堂々と受けたんだから、警戒くらいするもんじゃない?
俺は試しに部屋を去ろうとする王女に『ディスペル』を掛けてみた。
……何も起こらなかった。
「ねぇ、今の『ディスペル』よね?」
「ああ、マジックアイテムにおかしくされているんじゃないかと思ってさ」
あれが、素なのか?
「いえ、自分の要求が通らない時は概ねこんな感じです。
周りの貴族にも、あれを娶れば家が滅びると言われている程でして。
多少立てて話してやれば、普通の会話は出来るのですが……」
ライエル君、よく頑張って生きてきたね。
余りに可哀そうだと、思わず彼の頭をなでていた。
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