第31話姉御は、浅はかで情けなく重い子達に憤る。
俺は今、小鳥の囀り亭にて潜入調査を行っている。
『隠密』『音消し』を使い、こっそりと部屋の片隅に立っている。
凄く情けない気持ちにおそわれるが、これは必要かつ重要な事だ。
そう。ミラが目覚めた時、ちゃんと気持ちを持ち直してくれるかが重要なのだ。
いくら『か弱き乙女』に依頼をしたからといって、自ら死にたいと思っている奴を死なせないのは至難の業だろう。
だから、目覚めてからミラがどういう行動を取るのか、それを見てから帝国に行こうと思ったのだ。
ベットに寝ているミラをじっと見つめながら目覚める時を待つ。
ベットの前には椅子が二つ置かれて、そこにはラーサとハルが座っている。
「おい、戻ってて良いぞ。この依頼を受けたのは私らだからな」
「え、あ、はいっす。でも、どうしても聞いてみたいんすよね。どこが嫌になったのか。その理由は嫌いになるのに見合うものなのかって……」
「ガキだなぁ……良くも悪くもそういうのは理屈じゃねぇし、今回は魔法の作用だろうに」
お、おっさんの俺も是非とも聞きたいのだけど……
ハルは『そうっすよね。聞くにしても後でにするっす』と空笑いしながら退室していった。
それと同時にエリーゼとミレイが部屋に入る。
ユーカは仕事中だろうか?
「ねぇ、なんであれの依頼受けたの? 私は御免なんだけど……」
「しつこいねぇ、じゃあ抜ければ良いだろうが。元々あんたのその無駄に感情を持ち込むところが邪魔で仕方なかったしね」
ラーサがミレイに冷たい視線を送る。
「なんで私が抜けなきゃいけないのよ!」
「ああ、そうだね。私が抜けたって良い。どっちにしても、私は受けた依頼を理由も無しに投げるつもりはない」
ミレイに背を向けたラーサにじっと視線を向けたエリーゼ。
「……ラーサさん、この騙されたという感情は作られたものなのでしょうか?」
「あんたはそこまで馬鹿じゃ無い様で安心したよ。他の面子を見れば分かるだろう? あんたらは命を散々救って貰っておいて、恩人に唾を吐いた所なんだよ。まあ、原因作ったランスさんも悪いんだけどよ。お陰で回りはいい迷惑だ」
エリーゼは表情をゆがめた。
記憶が欠けた訳では無いのだ。彼女自身も理解してしまったのだろう。
非道な行為は一切されていない事を。
「言っている事は分かるのですが、感情がそれを許さない。人より心を制御できるつもりでしたが、私もまだまだですね」
「まあ、良いんじゃねぇの? ランスさんならいくらでも良い人捕まえられるだろうし。私なら腹立たしい思いが溢れても、命を救ってもらった恩人に罵声を浴びせるような真似はしないけどな」
ラーサが強く庇ってくれている事で安堵が広がる。
もしかしたら、ある程度は思いなおしてくれるんじゃないかと。
だが、責め立てる様に言われたミレイはエリーゼの様には考えなかった。
「ああ、そう! ラーサはあのクズに本気で惚れてた訳ね。私らが捨てたおこぼれを拾おうと必死って事?」
「ミ、ミレイさん、それはいくらなんでも口が過ぎます!」
ガタリ、と小さな音を立てて立ち上がったラーサが一つ溜息を吐く。
ミレイが表情を強張らせて身構えた。
だが、彼女の視線の先は壁だった。
軽く、コンコンと隣の部屋に続く壁をノックした。
「アーミラ、サシャ、聞いてるね? 私はパーティーを離脱する。依頼は私が持っていくからね」
ガタガタッと音がしたかと思うとすぐさま二人が入室した。
「ラーサ、ずるい。私も恩返しする。装備まで貰ったのに、投げ出せる訳ない」
「当然です。金貨数百枚を持ち逃げしようったってそうはいきません」
「いいのかい? そこの元リーダー気取りにおこぼれ頂戴しようとしてるなんて言われちまうよ?」
「あっはっは! イケメンおこぼれっ! くださいよっ!」
「アーミラ……いつも、必死過ぎ……」
「そっ、そんなに欲しいのならくれてやるわ! あんなクズで良ければねっ!!」
三人のじゃれ合いに嫌気が差したミレイが部屋を飛び出した。
エリーゼが彼女の後を追いかける。
「はぁ、魔法の反作用とは言え、あそこまで知能が落ちるものかねぇ」
「あれが、我らがリーダーと思うと情けない」
「うふふっ、子供のサシャに言われるなんてミレイはもう末期ね」
「アーミラは、いつも情けない。それと私、年はかわらない」
「まあ、こっちの話も終わったし、突っ立ってないで入ってきたらどうだい?」
と、ラーサに言われて入って来たのはエレオノーラとアナスタシアだった。
「悪いね、あんたは私達を評価してくれてたのに、こんな姿を見せちまってさ」
「いえ、と、とんでもないです。なんか、話の流れが急すぎて何が何だかわかりませんが……」
ふんっふんっ! と困惑しながらも同意を示す様に首を縦に振るアナスタシア。
「そりゃこっちだって同じ気持ちさ。正直出来るだけ間違いのない答えを選ぶので必死だよ。ランスさんにゃ驚かされてばかりでやんなっちまうね」
「そう、ですか。……あっ!! ミラさん、大丈夫!?」
沈黙が訪れそうになったところでぱちりとミラの目が開いた。
彼女の状態次第でこれからの行動が決まる。各々がそう思いゴクリと喉をならした。
「ランス、あれからどうした?」
「……ど、どうしたって。自分の心配は無いんですか?」
「聞くまでも無い。あれで生きてるならランスが治療した。ランスが治療したなら荒は無い。だからランスがどうなったか、のが知りたい」
ミラは、早く教えてとエレオノーラを急かす。
「えっと、ぼろぼろに泣いてたね」
他にはと、ラーサに視線を向ける。
「その前に聞きたいんだが、何で死のうとした? あんただけは、まだランスさんを想ってる様に感じるんだが」
「それはちょっと違う。憎んでるし、大嫌いだし、気持ち悪いし、許せない。けど、それでもランスは私の全て。ただそれだけ。だから全身全霊で仕返しをしただけ」
ポカンとした顔で全員から見つめられたミラは少しおどけた様に視線を逸らす。
「……ミラちゃんって凄いね」
「今までで一番こえぇ女だな……」
「うん。凄いと思う反面怖い」
「ま、待って、違うの。全然怖くないの。違うの!」
き、気持ち悪いのか……
けど、こんな状態でも俺が大きな存在だと言ってくれて安心した。
それに、今の彼女を見る限りは大丈夫そうだ。
ラーサが直球で確認をしてくれた。
「もう、死ぬ気は無いんだよな?」
「……うん。あれはランスへの当て付けだから。でもそっか、泣いてたか。ふふっ」
「やっぱり怖い女」
うん。なんかちょっと目も怖いことになってる。
でも、この調子なら帝国に行っても大丈夫そうだな。
情けなさを押してまで確認しに来て良かった。
しっかり大丈夫な姿を確認したからか、精神的に大分楽になった。
自らの胸に手を当てて、気持ちを落ち着ける様に深く息を吐いた。
「でも、ランスに会ったら言って置いて、当て付けはまだ終わってないからって」
「「「ひぃっ!?」」」
薄笑いを浮かべながら宙を見つめる彼女の瞳は、まるで居ることを見透かしているかの様であった。
『音消し』をしていながらも、思わず俺も声を上げてしまった事は言うまでも無い。
これ、見つかったらヤバイ。なんかミラの怒り方がおかしい。
うん。これは早々に帝国に向かおう。そう思って立ち上がり、俺は宿を出るために部屋の扉を開けた。
そして、全員の視線がこちらに向いた。
『音消し』『隠密』のコンボだから俺の存在は確認出来ないはずだが、誰も居ないのに勝手に扉が空いたら視線くらい向けるよな……
何か色々頭一杯過ぎて、素でやっちまった。
「えっ!?」
「あっ!?」
「……やっぱり居た」
ミラには即座にバレた。
「今のって……やっぱりランス君?」
「そう。どうせまたすぐ来る。ただ、分かり辛いのが難点。どうやって炙り出そうかな……」
「炙り出すって、虫じゃねぇんだから……」
『ううん。虫以下よ』と笑う彼女の顔は自決しようとしたばかりとは思えないほどに、生き生きとしていた。
これ以上何か言われる前にと、颯爽とその場から姿を消した。
このまま出て行こうと思ったのだが、まだユーカの事を確認していない。
あの時ミレイと同じく激怒していた彼女の様子を見るのは怖いが、それでも見ておかなければならないだろう。
少なくとも、自らを傷つける様な事をしていないか確認したい。
まあ、ミラじゃないんだからそれは無いだろうけど。
さて、彼女はどこだ。と、厨房に入ると奥からユーカの声が聞こえた。
「だから、お姉ちゃんは騙されているの! 辛い想いをするのが落ちなんだから……」
「もう、ユーカの分からず屋! ランス様は何も悪い事して無いでしょ!?」
「してたじゃん! 私達の心を弄んだよ!」
「いや、何もされてないよ……結局体だって許してないじゃない。ただ、助けて貰っただけ。得したのは一方的に私達。ランス様は何も得してないよね?」
「損得の話じゃないでしょ! 弄んだ罪は大きいんだよ!」
「ローブの力で好意を寄せさせられたとしてもね。故意じゃ無かったんでしょ? 私はそれでも責任取ってくれるなら幸せだと思うんだけど」
「だから、今はそのせいで憎くて仕方ないんだってば!」
何で分からないの、とお互いに言い合っている。
うん。こっちも何とか大丈夫そうだ。
俺は、ユミルにこっそりありがとうと告げて小鳥の囀り亭潜入調査を終了した。
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