第30話反転した想い。
どうしてこうなった……
俺は一人、この世界に飛ばされた時に歩いた道を再び焦燥の中歩いている。
「嘘つき……失望した。さよなら」
悲しそうに呟いたミラの言葉が耳に焼き付いている。
思考が上手く回らないと言うのに、強制的に辛い映像がフラッシュバックする。
◆◇◆◇◆
子供達を連れて、王都ハルラーンからアルールに出発した。
荷車の速度にワーキャー言う子供達と喋りながらの道中だった為、あっという間だった。
町に入る時も、門番に話が通っていて素通りする事ができて、無事に小鳥の囀り亭にたどり着いた。
なんとなく仮面装備を装着した。
これの価値を分かってくれるはずが無いのだが、それでも少し自慢したい気持ちに駆られた。
フル装備のままに宿の扉を開ける。
扉の先に出迎えてくれた四人がこちらに近づこうとして突如、足を止めた。
まるで、思っていた人と違う人だった。そんな風に見えた。
今は何故か数歩下がり、こちらを本気で睨みつけている。
あれ? お、俺だよ? と、悪鬼の遺物(仮面装備)を外して顔をはっきり見せた。
だが、様子は何も変わらない。
戻ってきて早々、何故かこんな状況になっていた。
な、何が起こった。
「お兄さん、正直に答えて欲しいんだけど、私たちに心を操る魔法使った?」
「は!? いや、使って無いけど……なんで、そう思ったの?」
本当に使っていない。
とは言え、思い当たる節はあった。愛される者のローブだ。あれがお亡くなりになって効力が切れた時にそれを自覚できてしまったのかも知れない。
どうしたらいいのだろう。
正直に言うか、知らぬ存ぜぬで通すか……
「でも、この感じは、精神系の魔法が切れたと取るのが一番しっくり来るのよね」
「はい、私も同じ見解です」
声がした方に顔を向けるとミレイがはじめて見る程に冷たい視線をこちらに向けていた。エリーゼも澄ました顔をしていて、本気で疑っている事が伺えた。
これは、正直に全部言うしかないな。
うん。俺が悪い訳じゃないし、きっと大丈夫。
「ま、待ってくれ! 思い当たる節はあるが、故意じゃない。取り合えず話を聞いて欲しい」
「やっぱり……思い当たる事があるんだ……最低だよ」
ユーカが嫌悪感を丸出しにして二歩後ろに下がる。
その様を見て早く誤解を解かねばと、ローブの効果の可能性が高いという事を早口に説明した。
「あれは本来、魔物使いが魔物を使役する時に使う物なんだ。人に効果があるなんて知らなかったし、俺たちの関係はそれだけって訳じゃないだろ?」
そう、何も無しにって訳じゃない。
好意を抱いてもおかしくない出会いだったはずだ。
「それだけじゃ無いって……大迷宮で助けたのも演出だったんでしょ。レッドオーク連れて来たのもあんただったんじゃないの?」
疑問系でありながら確信的な物言い。余りに突拍子もない疑いに否定の言葉も出なかった。
「その話が事実となると、アルールに魔物を送り込んだのも貴方、という事ですか?」
「じゃあ、何? お姉ちゃんの病気が治らないようにしてたのも?」
何故か勝手に誤解が進んでいく。
漸く思考が追いつき否定しなければと言葉を紡ぐ。
「ふ、ふざけるなよ! 俺はこっちの世界に来たばかりだって言っているだろ! 前提から不可能な疑いを何でお前らが俺にかけてくるんだよ!」
やっぱり、できればやるのね。そう小さく声が聞こえた。
話が、会話が成り立たない。
「……すみませんが、私は昨日のお話、白紙に戻して頂きます」
「私も、こんな事されたんじゃ、もう無理だわ……正直殺したい」
「うん、こんな事されたら流石に顔も見たくなくなるよね」
エリーゼは丁寧に頭を下げながら、拒絶の意を示した。
それにミレイ、ユーカも続いた。
こんな事、ってどんな事だよ……何もしてないだろ……
まさか……まさか、ミラはそんな事言わないよな?
立ちくらみを起こしたようにたたらを踏み、ゆっくりとミラに視線を向けた。
「ランス、あのローブの効果、知ってて黙ってたの?」
「え? い、いや、はっきりとは……」
「また……嘘。私がローブ着てた時、ランスおかしかった。自覚があるはず」
そ、そうだ。あの時俺は自覚した。だけど……
「確かに、あの時そうなのかもって思ったけど、鑑定でもそんな言葉は出てこないし、継続的なのかその場限りなのかも分からない。それを言っても仕方ないだろ?」
いや、何を言ってるんだ……逆の立場で考えれば分かるだろ。心を操られたと思ってて、故意じゃ無かった、言っても仕方なかった、とか言われたって……
「そう……でも、私にとっては良かったのかも知れない。貴方と出会わなければ、私を勝手に助けたのが貴方でなければ私はあんな洞窟で哀れに死んでいたのだから」
その言葉をミラが言った瞬間ミレイやエリーゼの表情も少し揺れた。
「な、なら……い、いや、ミラは約束したからな。絶対に離れないって。今更やっぱり止めたってのは無しだぞ」
そうだ。だから、頼む……
涙が溢れそうになるのを堪えながら懇願する様にミラを見つめた。
「私ね、貴方が心優しい人だから、せめて目が届かない所で分からない様に死のうって思ってたの。でも、もう貴方に気を使う理由もなくなっちゃった……」
「な、何言ってんだよ! 生きていたいって思えるようになったんだろ!? そんな事言うなよ! お、俺が、俺が一緒に居……」
苦しそうな笑みを浮かべているミラを見たら、その続きの言葉が出てこなかった。
「ランスは酷いね。無理やりに心の拠り所になって、それが嘘だったって分からせちゃうんだから」
彼女は徐に体を寄せて胸の辺りに頭を乗せた。
ああ、良かった。
なんだかんだ言っても、終りじゃないんだ。
そんな事を考えた俺が馬鹿だった。
ミラは腰に差してあるオリハルコンの剣を引き抜いた。
「な、何だよ……そ、そこまで……殺そうとする程に嫌いだって言うのかよ……」
「嘘つき……失望した。さよなら」
そう言って彼女は自らの胸に剣を突き立てた。
「なっ!? ふ、ふざけんなぁぁぁ!!」
即座に剣を引き抜き『エクスヒーリング』を数回かけた。
傷は問題なく塞がった。気を失っているが、息もある。
だが、これから如何したら良いのか分からなかった。
彼女に言われた言葉が耳に焼き付いて、涙が止まらない。
ゴトっと音がした方に目を向けると、皆が居た。
ハルたちが緊迫した表情でこちらを見ている。
「なぁ、ハル……俺、どうしたらいい?」
「そ、そんなの俺に判る訳ないっすよ。話聞いてたっすけど、ランスそんなに悪くないっすよね? 何でこんな事になっちゃってんすか? じ、自決なんて……」
ハルはラーサやサシャの方に視線を向けて問いかけた。
「いやいや、しらねぇのか? 心を捻じ曲げられた反動で愛が憎しみに変わるんだよ。だから、精神魔法は禁忌って言われる程に忌み嫌われてるし、やる奴もいねぇんだろうが」
「でもラーサ、ランス様は故意じゃない。拾ったアイテムが効果を持っていた。呪い食らったようなものでしょ?」
サシャのその問いかけに、ラーサは頭を掻きながら答える。
「ああ、まあそうだな。だが、何にしたってこの呪いは解けない。関係は破綻って奴だ。ちゃんと相談してりゃ、打つ手もあったんだろうけどよ」
か、関係は……破綻……
嘘……だろ……
「でも、何かおかしくないっすか? そのローブが無差別なら俺もその姿見てるのに何とも思ってないっすよ?」
「言われてみりゃ、私も見てるが何とも無いな。愛するまではいかなかったからじゃねぇか?」
ラーサや、ハルが何かくっちゃべってるが、頭に入ってこない。
俺は、これからどうしたらいい……
気を失っているミラを見た。
胸の辺り血だらけになっている。
その事が僅かに思考を現実に引き戻した。
「な……なぁ、俺が憎くないなら、一つ頼みを聞いて欲しい。報酬は十分に出す」
座り込んでミラを抱いたまま、ぐちゃぐちゃな顔のまま問いかけた。
「なんだい? 言ってみな」
「ちょっと、ラーサ、勝手に決めないでよ。こんな奴の依頼、受けないからね」
ラーサは顔を顰めたミレイをうっとおしそうに払いのけてこちらを見ている。
「ミラを、ミラを守って欲しい。心が落ち着くまで、どうか……お願いします」
懐から金貨が入った袋を取り出し、差し出した。
その中身を確認したラーサが『くはっ、マジかよ』と苦笑いする。
「本気か?」
眉間に皺を寄せたラーサが問いかける。
この状況だと金の問題じゃないのかもしれない。
持って来たミスリル鉱石を装備に変えながら、問う。
「足りなければ、金になる物を作る。だから頼む」
「お、おいおい、待て、そうじゃねぇ。馬鹿言うなよ。金貨数百枚も出されて足りない訳ねぇだろ!?」
「「「「はっ!?」」」」
エレオノーラや、アナスタシアたちの驚いて出た声が響き渡り視線がラーサに集まるなか、ハルの腕を取り、無理やりドラゴンキラーを握らせた。
「頼む、この剣と鎧やるから、ミラがまだ学校に通うようなら気にかけてやってくれ」
「いやいや、こんなの貰わなくってもそのくらい……俺ら友達っすよね?」
「いいんだ。貰ってくれ、頼む」
サシャにアサシンナイフとミスリルで作った装備のセットを渡す。
アーミラに氷槍の杖とアクセサリーに無詠唱や魔法に良さそうなものをぶっ詰めた物を渡す。
「二人も、これでどうか、お願いします」
価値のある物を貰って欲しかった。
貰ってしまったから仕方ない、と人は思うものだから。
だから、その後全員に装備を配り、子供達の事も頼んだ。
王都の子供達の事もたまに様子を見てくれると言ってくれた。
「えっと、ランスはこれからどうするんすか?」
そう問いかけたハルの頭をラーサが軽く叩いた。
「ランスさん、これはアイテムのせいだ。あんたが原因じゃない。自暴自棄になっちゃいけないよ」
「あ、ああ……俺は、戻す方法を探しに旅に出ようと思う」
「……やっぱりあんた、良い男だね。戻ってくるの待ってるよ」
笑みを向けられて言われた言葉は嬉しかったが、笑みを返すことが難しく、頭を下げるのが精一杯だった。
「ラ、ランス様! それ、私も手伝いますよ。この杖があれば、足手纏いにならなさそうですし! な、なんなら私にしちゃえば良いと思いますし!」
「アーミラ、お前は黙ってな。次、口開いたら引っ叩くからね」
「はぁ?『黙れっ!』痛ったぁ!! 何すんのよ!」
置いてきぼりにされ、キャットファイトが始まった。
サシャに手持ちの回復薬を全て渡して取り合えず、やるべき事は終わった。
未だに睨んでいるユーカやミレイの視線に押されて、出て行かなければとミラをゆっくりと寝かせて立ち上がり、踵を返した。
心が再び冷えていくのを感じているとふと手を握られた。
驚いて視線を向けた先には目を赤くしたユミルがこちらを見上げていた。
「ランスさん、私、帰ってくるの待っています。私は、関係を白紙に戻したつもりは無いので、えっと、今は私だけが恋人……でもいいですか?」
と、ユミルが恐る恐る問いかける。
「……ありがとう」
ラーサさんが言った事が本当ならば、彼女の想いは愛では無かったという事。
だけど、いまだ三人から嫌悪感を向けられている今、その言葉が凄く嬉しかった。
そしてその言葉を最後に、当ても無く一人町を出た。
放心状態のまま歩いていたら、いつの間にかこの世界に転移した時に居た場所に立っていた。
「ああ、ここは……この先は……レウトか。はは……そっち行ってもしょうがねぇな……」
放心状態から戻ると、再びあの言葉とあの光景がちらつく。
別れの言葉を告げられて血に染まるミラ。
その光景を思い出すたびに胸が苦しくなる。
「くそっ、くそっ……なんでいきなりこんな事になってんだよっ!!」
本当ならば、ここから目と鼻の先にある森の中に皆で行って楽しくレベル上げをするはずだったのに。
こんな少しの事で終わってしまう関係だったってのかよ……
あっ、そうだ。ボスレイスを狩りに行こう。もうそろそろ沸く頃だろ?
うん。もう一度『愛される者のローブ』を出せばそれで解決だ。
……なんてそう上手く出るわけないだろ。
それ以前にその効果で元通りになるとも限らない。
それに、彼女達が忌避した心を操る行為というのを今度は自らの意思でやる事になる。
ミレイやユーカの嫌悪した表情が頭に浮かんだ。
……やっぱり、正常に戻す方向で考えよう。
ならば、まずは勉強しなければならないだろう。
ラーサは精神魔法と言っていた。その副作用だと。
まずはどういったものかを知らないと予測すら付かないからな。
ならば、王都の学校に戻るか?
いや、ダメだ!
多分俺と会ったらまたミラは……
……いっその事、グラヌス帝国の首都を目指すか。
あそこの魔法学院に大図書館があったはず。
その前に、魔法の先生なら何か知っているかもしれない。
いや、そもそもこれは魔法なのか? アイテムの効果ってどうなんだ?
この世界の事に詳しい人が居ればいいんだが、そんな知り合いは……
あっ、エルフ!
そうだ。そっちの方が可能性が高い。何てったって長寿だからな。
もしかしたら解く方法を知っているかも。
そう思ったらいつの間にか走り出していた。
ジェシカの家に押しかけ、挨拶も飛ばして問いかけた。
「はぁ? 精神魔法なんて知らないわよ! エルフが得意とするのは風と水よ」
長時間の移動の末にたどり着いた答えはそんなものだった。
「って言うか何なの! いきなり来て開口一番そんな事聞いてくるなんて……今度は何を相手にしてるのよ!?」
そう問われて、一応の説明はした。
だが、検討も付かないらしく、それは災難ね、の一言で終わってしまった。
アンジェリカは俺に付いて共に方法を模索するといってくれたが、当然エルフの長が許さなかった。
前回と同じく、彼女は泣いてしまった。
正直、可哀そうでも今は構っていられなかったのでまた来ると告げてその場を後にした。
次に向かうはグラヌス帝国の首都グランだ。
絶対、絶対元に戻す方法を探してみせる。
ミラは死なせないし、手放さない。
ちょっとくらい拒絶されたって諦めるもんか!
あー、もー!
こうなったらストーカー男にでも何でもなってやろうじゃねぇか!
そうそう、最初は嫌われてたんだし、余裕余裕。
鼻をすすりながら走り抜けた先には、何故か帝都ではなくアルールの町並みがあった。
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