第22話許さない。絶対にだ。

「いやまさか、ホントにあのディケンズ侯爵家の奴に正面から突っかかるとは思わなかったすよ」


 ハルがお菓子をつまみながら同じ話を繰り返す。

 彼、彼女らにとっては凄い衝撃的な事だったらしい。


「なぁ、あいつが言ってた、平民甚振るのが貴族の義務ってマジ?」

「マジっすね。昔は違かったらしいんすけど、今はそれが普通っすよ」

「でも、今回のは自業自得だったので、本当に申し訳ないです」


 アナスタシアちゃんの話だと、前髪が目に入って頭を振ったら後ろに運悪くイゴール・ディケンズが居たらしい。


「それで自業自得になっちゃうのかよ。俺だったらそんな綺麗な髪が顔に掛かるとかご褒美だよ」

「そ、そんなっ、こんなぐしゃぐしゃな髪価値無いです」


 困った様に髪の毛をわしゃわしゃ掻きながら首を横に振る彼女を、皆で紅茶を啜りながら温かい目で眺めた。


「何か、癒されるねぇ。この半年話さなかったのが勿体無く感じるわ」

「話さなかった……の?」

「そっすねぇ。基本喋らないから、こっちも遠慮しちゃってたって言うか。その前に皆、貴族のせいでおおっぴらに話せないって感じなんすよ」

「じゃあ、俺たちも含め、いい機会だったな。イゴールの件が収まったらまた遊ぼうぜ。数日は距離開けてくれないと困るけど」


 よしよし、普通にミラも話に参加できてる。こいつらも怖がっているのわかって気を使ってくれてるから見てて安心だ。


「あのっ、私は当事者なので、その……せめて一緒に……」


「えーと、アナスタシアちゃん。

 まず、一つ目。俺が勝手にやった事であって負い目に感じる必要はない。

 二つ目、一緒に居るとしたら、ずっと一緒だ。解決するまではお泊りになる。

 それが出来ないのであれば、距離を開けて自分のみを守って欲しい。

 三つ目、俺はハーレムを作ろうとしているような男だから、それでも一緒に居るかはしっかり考えて欲しい」


「ランス、すげーっすね……俺には言えねぇっす」


 分かってる。俺も結構一杯一杯だよ。


「もし、一緒に居るなら、アナスタシアは、妾さん仲間」

「え? ミラちゃんハーレム了承してんの?」

「了承というか、そろそろ多分限界だから、誰か相手してあげないと私の傍から居なくなってしまう。それが怖い……」


 うっ、そりゃ、分かるよな。俺も顔に出るほうだし。この前ちょっと怒鳴っちゃったしな。


「あの、お泊りとかは、厳しいです……でも、その……こんな体でお返しになるなら……」


 ハルとエレオノーラが仲良く口元を押さえて固まっている。

 アナスタシアちゃんはどう見ても苦い笑顔だ。


「ちょっとストップ。ごめん追加。俺はラブラブエッチ以外はしない。だからまだミラとも一緒に住んでるけど我慢してるんだ。もういい加減爆発しそうだけど」

「爆発しそうなら、お店でも行けばいい。居なくなったら本当に私死ぬから」


 だから、一緒に居るってば。ほらぁ、三人とも固まっちゃったじゃんか。


「そうは言うけど、分かるだろ? 一番最初の相手くらいはちゃんと想い合った人としたいって」

「「「「えっ?」」」」


 な、なんだよ。童貞で悪いか!

 あれ、ミラは知ってるだろ? 言ってないっけ?

 おいハル、お前驚いてるけど経験あるの? え? 何その余裕な顔。ムカッ。

 エレオノーラは? そんな事は言えない? 聞くのはマナー違反だ? それは分かったけど、初めては店の方がいいって? 童貞の妄想は女が痛い思いするだけだ? くっそう。くっそう。


「ううぅ、ちょっと悔しい……ランス、無理やりして。もう大体癒えた。後は体でならそう?」


 なん……だと……

 ああ、これだけでもこいつらと仲良くなった甲斐があったよ。

 うん。さっきの屈辱は許すよ。きっと俺も明日には仲間だ。

 だが、本当に出来るのだろうか? 前科があるからな。お風呂とか。


「え? 何その素敵提案。分かった。けど、余り怖がられると多分俺無理だよ?」

「ちょっとちょっと、そう言うのは二人の時やって! 私達困るからっ!」

「そっすね、流石にオープンすぎて引くっす」

「黙れっ! 邪魔するなっ、この経験者共がっ! 簡単にハードル越えやがって……」

「わ、私だって、経験無いもんっ!」

「「えっ?」」


 いやいや、お前さっき処女失った時の痛みを語ったじゃねぇか!

 ほら、ハルも何言ってんのこの人、ってなってるぞ。


「さっきのは一般常識から言ったの。男なんて何も変わんないんだから、女傷つけてまでこだわってんじゃないわよ」

「言わないでくれっす。トラウマ思いだすっす……」


 どうしたハル。え? 初めての時に理性飛んで大失敗してそれからさせて貰えない? なるほど。俺はお前の屍を越えて行く。為になった。


 そうして俺たちは、知り合った初日に赤裸々な話を暴露しあい、仲良くなっていった。


 というのに……


 ドーン、ドゴーンと変な音が至近距離で響いた。


 激しく家ごと揺さぶられて彼女達の悲鳴が響く。正直俺もかなりびびった。

 ま、マジで? ここ住宅街なんだけど、しかももう来たのかよ。

 全員に『シールド』と『マジックシールド』を掛けて外に飛び出した。

 派手に燃えている。二階がむき出しになってしまっている。我が家が……

 即座に天に向けて『ウォーターブレス』を数発唱える。数秒遅れて豪雨の様な雨が降った。


「もうあったまに来た! 『ソナー』」


 ここまで明確に攻撃魔法を使ったのであれば、人でも敵判定が掛かり赤点が表示される。そうなった相手であれば、仮に殺してもカルマの光に引っかかる事もない。

 もう、こっちも攻撃魔法解禁で行ってやるよ。


「『ウィンドウォーク』『リフレクトシールド』『フォートレス』『マジックバリア』」


 Sランクでもこれくらい掛けておけば十分だ。魔力チートなめんなよ。

 赤点は四つか。よし、魔法攻撃は二発だったから、パーティー判定もちゃんと効果を発揮してる。

 って、すぐそこにいるじゃん。普通に攻撃仕掛けてくるつもりか。


「ほぉ、即座に消火するなんて、結構な魔法使いじゃないか」

「油断はしねぇ方が良さそうだな」

「何言っての? ガキじゃん。あと街中で殺しとかちょっと興奮する」


 なるほど、冒険者連れてきたわけだ。装備しょぼいな。

 まあ、今の俺はアクセだけの普段着だけど。

 ふーん、主人と一緒で異常者っぽいな。遠慮はいらなそうだ。

 あっ……ご本人まで来てるじゃねぇか。丁度いい。てか馬鹿だなこいつ。


「早くしろ。俺は暇じゃないんだ。取り合えず動けなくして俺の前に這いつくばらせろ」

「へいへい、了解ぃ」


 さて何してくるのかな? って、また『ファイアーボルト』かよ。

 どうしようかなぁ。取り合えず手で掻き消すか。と思ったら『マジックバリア』で掻き消えた。


「「「なっ!?」」」


 次は? ってもうビビっちゃったの?

 あ、やっと来るのか。


「クソ、死ねやぁぁ~!」

「はい、どーん」

「ぎゃっ」


 やべっ、ただのパンチで顔つぶれちゃうの? 一応『ヒーリング』

 まっ待ってよ、逃げる判断早すぎだろ!? 友達置いてくなよ!

 絶対にがさねぇ、と思ったらめっちゃ遅い。これ、Dランク以下じゃね?

 どう見ても、雑魚過ぎた。


「ちっと眠ってろ。はいどーん」

「ぐぎゃ」

「あぎゃ」

「お前らゴブリンかっ!?」


 思わず突っ込んでしまった。

 さてと、イゴールくーん。お仕置きのお時間ですよぉ。


「ほら、これで終りか? 弱すぎんぞ?」

「ぐっ、き、きさまぁ、絶対に粛清してやる」


 いやいや、何指差していきってるの? 状況が分かってすらいねぇ……

 俺、ガチ切れだからね? 家を燃やして殺そうとしてきて何言ってんの?

 それでそのまま逃がすほど俺、優しくないよ?


「何言ってんの? 逃がさねぇよ? 『ウィンドカッター』」


 即座に放たれた風の刃がイゴールの両足を落とした。

 ずるりと下に落ちた彼が、転がりながら叫びあがる。


「ぎゃ、ぎゃああああああぁぁぁああ」

「黙れ『ヒーリング』」


 もう近所迷惑だな。家の中連れて行くか。


「あ、足が、俺の脚がぁぁぁぁ」


 うわっ、『ヒーリング』でもほんのちょっとだけ再生した。きもっ……


「うるせぇっての。ぶん殴るぞ。お前弱いからあいつらと違って頭吹き飛んじゃうよ? マジで」


 よし、静かになった。

 取り合えず血で汚れるから『マジックウォーター』で洗い流してと。

 落ちたイゴールのきたねぇ足は『ライトニングボルト』で焼いておこう。

 雷の単体魔法はいいな。範囲指定が楽で。火だと着弾時に爆発するように広がるからなあ。

 取り合えず……洗面所でいいか。風呂桶にぶん投げておこう。

 後は……『音消し』に『アースバインド』これで動けないだろう。

 リビングに戻って報告しなきゃ。いきなり出て行って不安だったろうし。


「終わったよ。悪かったな。巻き込んで」

「み、見てたよ。凄いね。Bランクって」

「やばいっす。今度戦い方教えてほしいっすよ」

「かっこ良かったです。どきどきしましたぁ」


 なるほど。こう見せれば評価がガツンと上がるのか。

 いや、それはいい。ミラは大丈夫かな?

 って洗い物してる。今やる事?


「ミラ、皆とここに居てくれな? ちっと風呂場使って教育してくるから」

「分かってる。邪魔はしない。だから戻ってきたら機嫌直して。家は直る」


 ああ、けど愛の巣を破壊されたら雄なら誰でも切れると思うんだ。

 しかも雌が中に居る状態で攻撃されたんだ。

 もう、そうなったら戦争だろ?

 一応『分かった』と返して再度風呂場へ。


「おっし、待たせたな。『音消し』してるし、聞こえないか」


 このスキルは音を消すスキル。アクセサリーでもスキルレベル上がってるだろうからか本来自分の周囲だけだがある程度操作できる様だ。

 間違いなくこいつには掛かってる。口だけは必死にパクパク動いているから。

 さて、どうやって分からせようかなぁ。攻撃したら死んじゃうんだよなぁ。

 取り合えず腕を握りつぶしてみよう。

 そんで『エクスヒーリング』掛けて『音消し』解除。


「うるさくしたらまた足を落とす所からだ。叫びたければ好きにしていい」

「ま、待て、もう何もしない。今やめれば許してやる」 

「取り合えず、0点という事で腕を潰そう」

「ぎゃぁあぁぁぁ」

「しまった。音消し忘れた。まあ、これくらいいいか。言っておくが声を上げるなよ? お前は攻撃してきたから殺しても、俺はカルマの光というペナルティーを食らわない。どういう事か分かるか? 殺して埋めちまえば知らぬ存ぜぬで通せるんだ」


 魔法がある世界だし、それで本当に通るかは分からないけど、脅しとしては通用したようだ。カルマの光が反応しない状態な事はわかっているようだな。


「今からする質問には答えることを許す。痛みが嫌なら素直に答えろよ? どうして平民を甚振るのが常識になんてなった? 昔はそんな事無かった筈だ。現に他の領地では甚振るどころか命を賭けて守ってるくらいだ」


 アルールしか知らないけど、事実あそこはそうだった。


「……逆らったからだ。何度も貴族に攻撃してきた。だから痛みで分からせる事が必要だと教わった。全員が分かるように大々的にやる必要があると」

「他の家のもそうなのか?」

「知らないが、王都にずっと住まう貴族は大体そうなはずだ」


 なるほど、あの案内すっぽかしたのもその一環なのだとしたらあの子は案外まともかも知れないな。家の命令にしてはやり口が優しすぎるし。


「中には俺みたいなのもいるってのに、そんな事してたら国が滅びるぞ? まあ、外でも平気で暮せる俺の知った事ではないが。じゃあ最後だ。王都の貴族の元締めは誰だ?」


 そこら辺に説教くれに行かないとどんどん酷くなりそうだし。だって、貴族専門の学校にはこんな奴がごろごろいるって事だろ?


「質問の意味が分からない。王族を抜かして一番偉いのなら、侯爵家だ。公爵家は継承権は無い一応の貴族だが、王家の一族だからな」

「そうか。じゃあ、何処か一つを潰しても何も変わらなそうだな」

「ほ、本気で言っているのか?」


 信じられないよな。だけど、ここの生活を捨てる気が無い以上、こいつを殺す事はないし、やろうと思えば出来る事を知ってもらったほうが穏便に行く気がするな。


「望むなら俺の力を見せてやってもいいぞ。もうそろそろ隠して生きていくのは止めるつもりだからな」

「待て、頼む。もう本当に止める。だから……殺さないでくれ……」


 この流れじゃ殺されると思っちまうのは当然か。

 言い方変えなきゃだな。


「殺すのはやめてやる。だが、お前はまだ、俺の力を舐めている。俺の周りに手を出されたら堪らないからな。本当に出来るって所を見せてやるだけだ」

「ど、どうする気だ……」


 そうだなぁ。外門越えるのはちと遠いんだけど、流石に本気見せたら迷惑どころの話じゃ済まないし。

 ……面倒だけど走るか。


「まあ、取り合えず眠れ『エクスヒーリング』『スリープ』」


 ガクッと倒れこむのを支えて風呂桶から出した。ダメージはいると起きちゃうし。

 寝てる奴を担いで門通ったら流石に騒ぎになるだろうから、隠すか。石で包んで空気穴あけてと。うん。これで持ち運びで男を抱っこする気持ち悪さも軽減!


「流石Bランク、非情っす」

「……殺しちゃったの?」


 ドアを開けたら4人全員顔が縦に並んでいた。

 み、見てたのかよ。ちゃっかり興味なさそうにしてたミラまで……

 殺してないからね? 五体満足で無事だからね?


「いい感じだった。後はランスの力見れば本物の馬鹿以外はこれ以上何もしない」

「わ、私のせいで……嫌な事、我慢してやってくれたんですよね?」


 だろう? 俺も結構良い出来だったと思う。部位欠損させる脅しも『ヒーリング』があるから実際に出来るし、精神的に削られるの我慢して本気出したわ。

 アナスタシアちゃん……いい子だ。

 じゃあ、行ってくるから後は適当にやって、と家を後にした。

 面倒だけど一応外門出て5キロ程度は距離を取った。そこで上位魔法を単発から範囲まで10連発くらいづつ適当にばら撒いた。

 王家だろうが、貴族だろうが、町ごとだろうがやろうと思えばいつでもやれる。

 と言うか大切な人を傷つけられたり攫われたりしたら気にせずやるから、これ以上は手を出すなよと念を押した。


 帰りも眠らせて学校の中で開放した。開放した後もへたり込んで呆然としていたが、そこまでは知ったこっちゃないのでおうちへ帰った。

 のだが……真っ黒焦げになって剥き出しになった二階の外観を見て、せめて弁償させるんだったと苛立ちがよみがえった。


「お帰りなさい。三人はもう帰ったよ。ご飯作っておいたから、食べよ」

「おお、嫁の手料理……最高だ。ありがとう、頂くよ」


 ミラの手料理をごちそうになったら、苛々もおさまったのだが、色々あり過ぎて今日は疲れたと一階の部屋で横になったらすぐに寝てしまった。


 朝目覚めると、いつもの如くミラが横にいた。

 俺はムラムラきて漸く何か忘れていた事に気がついた。

 エッチを了承してくれていたのだったという、家よりも重大な事実を。


「くっそぉぉぉぉぉぉぉ。イゴール、ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅ!」


 俺の怒号にびっくりして起きたミラに『昨日は寝ちゃったけど、今日の夜な』と囁いてみたが『昨日平気そうに寝てたし、まだ大丈夫そうだから、後でね』とか言われてしまった。『アナスタシアの攻めに影響されてちょっと攻撃的になり過ぎてた』とか逆に反省されてしまった。

 俺は千載一遇のチャンスを逃したのだ。

 許さない。絶対にだ。

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