第19話俺は、表情だけで女を制す男。

 冷たい風が頬を撫で、無意識に少し目を開け、また閉じた。

 暖かい。布団の中が、優しい暖かさで満たされていると感じた。

 あまりの心地よさに体を布団に擦り付ける。

 そこで漸く気がついた。

 同じベットでミラが寝て居てじっと顔を見ていた。


「お、おはようぅ。うーん……どういう事?」

「ランスが寝ぼけて無理やり寝かされた。別に嫌じゃないけど、寝相悪い」


 おおう、先に聞いておいて良かった。

 俺ならありうる。と言うか普通にやりそうだ。

 一応『悪い、変な事口走ったりしなかったか?』と謝罪と確認をすると。目を逸らされた。やっぱり言ったのか……だが、今回は記憶にすらない。

 傷口を抉る必要は無いだろうと『忘れてくれ』と頼んだ。


 さっさと起きて出かける支度を整えた。

 当然、学校に通う為の手続きだ。場所も昨日しっかりと聞けた。

 朝食後ミラに場所や学校の事を聞いた範囲で説明をしながら向かった。


 まず、学校は三つあるらしい。平民用、合同、貴族用の三つらしい。

 ただ、平民用は色々と質が低いらしい。お金をある程度持っている人は平民であろうと合同の方へと行く様だ。

 なので、そっちに最初に行ってみようと伝える。

 場所は貴族門の向こう側にある。

 学校用に設けられた門があり、そこから入る事となる為、そこで手続きをして通行証を作らなくてはならないそうだ。

 入学資格は学費と犯罪歴がない事、後は言葉が普通に分かれば問題ないらしい。

 ただ、年に一度、試験があり、それに落ちると一年やり直しでその分の学費も請求される。だが、同じ問題で一度だけ受けなおす事が可能。という仕組みだ。


 こちらでも学校はステータスの一種で学んだ内容が生かされる事は少ない。

 一般教養と人付き合いやコネ作りの一環だとメガネが教えてくれた。

 正直、俺が通う必要は一つも無いとも言われた。

 ステータスはBランク冒険者が高い価値を持っている。

 コネも作ろうと思えば幾らでも作れるそうだ。それは分かる。

 人付き合いは商会と交渉して円滑に話を進められるならそれ以上に必要になる事はまず無いと言われた。一般教養はどの程度か分からないが、見る限り可笑しなところは見当たらないらしい。


 自分が知った学校の内容を説明し終わった後、ミラに徐に視線を向けた。


「だから俺は、学校に遊びに行こうと思っている」

「そ、そう。色々説明して貰ったけど、私の場合、行く意味はどれかしら……」


 いやいや、どう考えても人付き合いだろ。と思うが口には出さない。

 気を楽に持って貰おうと『一緒に遊びに行こう』と軽く流した。

 そして、専用の門にたどり着き、通行証を作成した。僅かばかりの金は掛かったが、安いものだった。

 このまま校舎に入って教員に見せて入学の意思を伝えろとの事。


 そして、中に入ると一面、割と高い壁に覆われている場所に出た。当然だが、この通行証では貴族街には入れない。その為の囲いだろう。

 結構な広さがあり、門から一直線に伸びる道の先に校舎の入り口がある。

 なるほど。貴族とは門も入り口も別なのか。丁度いい。

 教室も別だといいな。女の子の質は高い方がいいが、愛の無い関係は嫌だし。

 どうしてもラノベとか見てるせいか、権力者の娘は信じられないと思ってしまう。ミラはもうそういうの関係無しで信じてるから別だが。

 そう考えながら何の気兼ねもなく、職員室を目指そうとしたら入る前に止められた。


「えっと、キミは入学希望かい?」


 むう、やっぱりイケメンかよ。草食系が大人になった感じだ。

 知的なメガネで無精ひげが生えてるのに不衛生に見えない。ずるいな。


「ええ、これ通行証です。どちらに手続きに行ったら良いでしょうか?」

「案内しましょう。こちらです」


 二人で彼について行く。連れて行かれたのはちょっと豪華な応接間。当然だが、お客さん対応だな。

 そして、待たされること数分、入って来たのは白髪が混じり始めた年配の女性だった。


「私はこの学園の理事をしているハーバルト・マクレーン。平民という事でいいのよね?」

「ええ、これが紹介状となります」


 あー、何か紹介状があるだけで気持ちが凄く楽になるな。ホント助かる。


「あら、レーベン商会なんて、結構な大手ですね……しかも会長直筆に印までですか。しっかりとした身元の方で安心しました。ですが、優遇する事はありません。それでも宜しいですか?」


 え? あのメガネあの短時間で会長に?

 あ、いや、話を出したらすぐに何か書いて紙を受付の女の子に渡していたな。

 もしかしてかなり出来る男なのか?

 

「あー、二つほど入学の前に質問させて頂きたいのですが……」

「ええ、勿論構いませんわ」


 と言ってくれたので、ミラと一緒の教室で、同じ授業を受けられるのかと尋ねたところ、受ける講義を合わせれば全て可能だと言う事だ。教室も貴族が使用人を連れる事が認められているし、平民でも供をつれて来た前例があるので問題は無いらしい。

 もう一点、自由に休んでも構わないかと言う事、仕事の打ち合わせがあるのでと前置き押した。それも問題が無いらしい。年に一度の試験さえ通ればいいそうだ。

 ただ、授業を一切聞いてない人には厳しいと伝えられた。

 問題なさそうなので金貨6枚を支払い入学手続きをした。一人3枚、試験に落ちたら一年やり直しで金貨1枚追加で払う事になる。


「中途で時期が宜しくありませんが、どうされますか?」


 試験まで半年も無い。来年から通う事も出来ると問われた。勿論今すぐだ。

 今すぐやりたいのですよ。性的に発散したいんですよ。

 もしくは未経験者の同士を募る。いや、募ってどうする。

 少しでもいいんだ。なんにしても楽になりたい。

 そんな想いを胸にぐっと秘め、二つ返事で入学をお願いした。

 今日、他の先生に通達を出すので明日から自分のペースで通って下さいとの事。


 それなら今日のうちに準備をしなくちゃな、と格好や持参するものを尋ねる。

 制服は二年に上がるまでは着なくていいので普段着で登校すればいい様だ。

 後は、食堂で使うお昼代。弁当持参も自由。他は全て学校で用意。

 注意事項は武器、防具、その他、危険物の持ち込みは禁止。

 魔道具でどうしてもと言うものがあれば、申請して許可を貰う事。

 校内では家の権力を持ち込まないとされているが、トラブルに学校は対応しない。当然、犯罪行為であれば国に報告するくらいはするが。

 そんな説明がなされた後、帰宅する事となった。


 その後、二人で街に出てあれやこれやと買い物をする。

 ドレスしかなかったミラの服や、調理器具、他にも欲しいものは適当にどんどん買い込んだ。もう家があるので遠慮する必要がなくなったから。

 ミラも『一着しかなかったから助かる』と頬を緩めていた。

 そういうのは言って欲しいのだけど。

 あ、服を何着も買ったらタンスが居るな。

 買い込んでは家に設置してとやっているとすぐに日が落ちた。

 仲良く料理して、別々にお風呂に入り、就寝した。



 ◆◇◆◇◆



「今日は編入生が来てくれましたので紹介しますね。では二人とも、自己紹介を」


 なぬっ、こんな異世界でどんな事言うのが普通かもわからんと言うのに。

 まあ、普通に商会行った時とかの挨拶でいいよな。


「ええ、私は冒険者をメインでやっております。ランスロットと申します。よろしくお願いします」


 さあ、次はお前だとミラを見ると表情を強張らせて固まっていた。

 仕方がないと続けてミラの紹介もしてしまおうと再度口を開いた。


「彼女はミラ、自分の婚約者です。あがり症なので緊張で固まってしまっていますが、宜しければ仲良くしてやって下さい」


 へへ、俺のものだアピールもしてやったぜ。手を出したらぶっ殺すからな。


「はぁい、ありがとうございます。では一番後ろの並んだ席を使ってくださいね」


 この少し緩い喋り方の先生はクリッシーという歴史の先生で担任。

 クリッシー先生は紫の髪色したおばさんだが、優しくて良い感じ。

 だが、いかんせん生徒の空気が宜しくない。見た感じ、はばを効かせているのが三人。と言うのも、表情が険しい男が一人、涼しい顔した女が二人、後は視線を落としていた。

 取り合えず、指定された席に二人で座り、先生の話す内容に耳を傾けた。


「では、二人は色々と分からない事が多いでしょうから、誰か教えて上げられる人は……うーん、そうねぇ、女性もいるのだから女性がいいわね。それじゃあ……」

「先生。その役私が引き受けましょう」


 先生が視線を這わせている途中で声が上がった。涼しい顔をしていた一人だ。

 大人びた良い体つきの勝気な女性。背丈も大きすぎず小さすぎずだ。性格が良ければ候補になりうるが、態度を見るにまず貴族だろうしあの見下した表情が残念な性格だと告げている。

 面倒そうな空気だこと。うちのミラが借りてきた猫状態じゃないか。

 此処は見えない様に手を握っててあげよう。


「えっ? 本当にやってくれるのですか?」

「何か問題でも?」


 クリッシー先生の問い直しでもう確定だよ。

 はぁ、何されるんだか……ミラを苛めたらぶっ飛ばしちゃうぞ?

 その生意気で上を向いたおっぱいでビンタさせるからな? 俺の顔を。

 と、考えているうちに先生は出て行った。

 えっと、これからどうしたらいいんだ?

 まあ、一応あの子が説明してくれるだろう。

 正しい事教えてくれるかは分からんが。

 と、思っていたのだが、誰も近寄ってくる様子は無い。

 何故、しょっぱな何もしていないのにこの空気なんだろうか。

 ミラに小声で相談してみる。


「何でこんな空気なんだと思う? 俺自己紹介失敗しちゃった?」

「分かんない。けど、理由は無いかも……教室の他の人たちを見て……入ったときにはもうああだった」


 ああ、なるほど。

 もう既に嫌がらせを振りまいた後だから皆視線を落としてたのか。

 だから、直接的な原因は俺達ではなく、横暴な奴が何かしそうな展開だったと。


「凄いじゃないかミラ、俺よりもずっと周りが見えてる。たまに助言頼むな」

「で、でも、これからどうするの? さっきの人来ないけど……」

「良いじゃないか、俺は何しに来てるんだ?」

「えっと……あ、遊びに?」


 そうそう、適当でいいのと笑いかけた。ミラもやっと少し落ち着いたな。

 そう思っていると皆移動を始めた。さてと、俺達も移動しようか。


「えっ? 何処行くの?」

「まあ、まずは職員室に行って仕組みを説明して貰おう。んで、堂々と授業を受ければ良い。寮生活じゃないんだ。仕組みさえ分かっちまえば偉そうな奴らと付き合う必要は無いさ」


 そう。貴族連中は貴族街に帰るか寮に入っているのだから、自分から関わらなければ接点は少ない。出入り口すら別なのだから。

 授業のやり方次第ではあるが、態々揉める様な事もさせないだろう。

 納得できた様で自信の持てた頷きを見せて、一緒に移動を開始した。

 職員室に入るとクリッシー先生がいたので説明を求む。

 何の説明も無くいなくなったのでこちらに来ましたと。


「はぁ、またですか。まあ、講義が始まる頃に様子を見ようと思っていましたが」


 下手に前もって助けようとすると、先生が非難されてしまうそうで、謝罪されてしまった。

 一応、彼女の事を聞いておく。

 名はエドウィナ・マクレーン。伯爵家の長女だ。最初の子だから甘やかされたのでしょうとクリッシー先生は遠い目をして語る。

 他にも注意したほうがいいのがいるらしい。

 ディケンズ侯爵家の次男、イゴール・ディケンズ。

 リード伯爵家の4女。マーガレット・リード

 この三名はこの学年の要注意人物なのだそうだ。クリッシー先生は特別手当をもらったが、割が合わないと嘆いている。

 本来、上級貴族と言われる伯爵家より上は貴族だけの学校に通うらしいが、家の恥になりそうな子の場合はこちらに通わせるらしい。

 なので、最初に一箇所に集めて徒党を組みにくくする為に下級貴族を少なめにして、担当する先生に特別手当を出すのだとか。


「いえ、構いませんよ。逆に先生は自分を守る事に専念してください。俺はそんなに弱くないので」


 流石は紹介状を持ってきただけありますねと嬉しそうにお礼を言われた。

 そして、仕組みの説明を受けた。まずは適当に自分の受けたい講義を回り、メインを絞るらしい。試験はメインの科目だけとなる。他の講義も受けたければどれを受けてもかまわない。

 ただ、時間が被っている為、メインの授業のみにしておいた方が良いとの事。

 受けなくても罰則は無いが受ける事が推奨の一般教養の授業もあるらしい。

 どんな事をやるのか少し気になるな。

 教科書でもあれば、参考に出来るのだが、この学校にあるのはノートのみ。

 それも実費購入。最初に説明に入っていなかったのは、そんなに真面目に受ける生徒がいないからと言う理由のようだ。


「じゃあ、適当に講義まわろっか」

「ど、何処にする!」


 緊張しすぎなミラの頭を撫でつつ、取り合えず魔法科の講義を受けてみた。

 ……全く持って意味が分からなかった。


「魔法って普通あんな呪文を唱えるの?」

「そう。そうしないと発動しない。って、知らなかったの!?」

「最初から詠唱無しで出来たから」

「そう……」


 魔法科はダメだ。あんな意味分からない発音の言葉をずっと聞いていたら頭痛くなっちゃう。

 次は数学、いや、算数だった。

 それを草食インテリメガネ先生が教えていた。


「あれを受けるのは悲しすぎて無理」

「分からないの?」

「待て、あれが分からないとかどんな目で見てたんだ!? レベル低すぎて悲しいんだよぉ。十の位の引き算とか……」


 という事で更に移動。教室の札を見てみたが、ミラが言っていたマナーが学校の授業としてもあった。礼儀作法科という名称だが。

 これも見てみたくなったので中に入り話を聞く。

 黒板は大きくてずっと消していないのか、色々な事が細かく書かれている。膝のつき方、その際の手の位置、身分に置ける頭の下げ方。どれも興味を引くものだった。

 だが、これはミラの言葉によって打ち切られた。


「これなら私が教えられる。王国のも習ったから」


 それなら必要ないねと節目で席を立ち他へと移動。

 そしてたどり着いたのが歴史科だった。

 これも面白そうだった。だが、ミラがこれも知っているのでは? と視線を向ける。


「習ったのとちょっと違う。この国の教える歴史は教えられない」 

「なるほど。どっちも都合よく解釈するか、規制入れるだろうからな。この国でやってくなら、この国ではどう言われているかを知っておくのはプラスになりそうだな」


 その意見にミラも賛成だった為、二人でこの講義を受ける事にした。

 丁度歴史の担当はクリッシー先生だったので、メイン教科の申請も楽だった。

 それで丁度午前中が終わった。午後は担任教師による必須ではないが受ける事推奨の科目である、一般教養だ。とはいえ、話すことも多くないので大抵が雑談をして終わるらしい。


 食堂での昼食後、再度自身の教室へと戻り、席へと着いた。

 先ほどの案内を買って出た女子がこちらを視線を向けている事に気がついた。

 クリッシー先生から聞いた情報だと、彼女の名はエドウィナ・マクレーン。

 伯爵家の長女という話だ。


 その彼女がこちらを見下しながらドヤ顔を決めている。

 それに対し、俺もドヤ顔で返した。

 彼女は眉をビクリと反応させて真顔になる。その顔は『何? 私の完璧な作戦が通用しなかったの!?』とでも言いたげだ。

 笑わない様に注意しつつ首を傾げた。『どうしたのですか?』と紳士に伝えるように。

 彼女はムッとした顔を見せた。視線は鋭いものへと変わる。なので即座に対応を変え、少しびっくりした表情を見せる。『怒らせるような事しちゃった?』と。

 彼女の頭にはてなマークが浮かんだ。

 それに合わせて同じく首を傾げた。

 後はこっち見るんじゃないわよと言うかの様にうざそうに視線を切られた。

 やりきった感が芽生えたが、ミラに小声で怒られた。


(馬鹿っ! 笑っちゃう所だったじゃない! 何でそんな意味の分からない事を自信を持ってやるのよ!)

(何言ってんだ! 俺はあいつの攻撃を交わし、敵意を交わし、なおかつ混乱までさせたんだぜ? ただの表情だけで。もうこれは高等魔法の域だぞ?)


 まったく、褒めて欲しいくらいだ。これなら変な奴だという評価はあっても、無駄に絡まれる事もない。俺もしてやったりで気持ちいい。良い事だらけだ。

 それからも下らない事を小声で話し、さりげなく影でつつき合い、楽しい時間が過ぎて言った。

 そして一日目は、友達は出来なかったものの、無事にいい気持ちのまま終えられた。

 やるじゃないか俺。学生時代はコミュ障だと思っていたが、一応は年を重ねた今なら完璧とは言えなくても対応は出来ているのだから。

 帰宅した後も、学校での話でミラと盛り上がり、早くもこれなら入学して良かったとミラに言わせる事が出来た。

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