第18話傷は深い……あっそうだ。学校に行こう。(やりたい)

 よし、早く屋敷買って閉じ込めよう。

 お出かけは常に一緒に。お風呂も一緒。

 トイレは別々。お布団は一緒。うん。早く行こう。


「じゃあ、準備してブロコリー商会に行こう。土地管理しているのあそこだから」

「ほ、本当に行くの?」


 行くよぉ。お風呂無いじゃん。

 別にお風呂の為だけなら普通の家でもいいのだろうが、ハーレムを作るにはお屋敷は必須だ。それがあるだけで『まあ、これだけの甲斐性があるのなら仕方ない』を狙っているのである。

 そう思っていたのだが、彼女は乗り気じゃないようだ。


「お屋敷は止めておこ。貴方平民なのでしょう? その状態でお屋敷を買うのは色々と危ないから。多分、平民が貴族の真似事してるなんて言われちゃうから」


 え? 何それ、ダメなの? そう問いかけてみると。

 平民が貴族を装うのは重い犯罪である。それは帝国も王国も変わらない。

 だから平民がお屋敷を買うのであれば、それ相応の立ち位置が必要になる。

 それを無しに豪華なお屋敷に住み、こんな正装で出歩けば、いつ気に入らないと感じた貴族が難癖をつけてくるか分からないのだそうだ。

『一商人、一冒険者として力を隠してるなら、いきなりそれをするのは危ないの』そうミラは教えてくれた。


「把握した。俺はいい嫁を持ったな」

「私は嫁じゃない。囲われた妾でしょ」


 悪態を吐きながらも安心したご様子の我が嫁。

 だが、考えなければいけない事が出来たな。貴族にならず、平民としては高い立ち位置を獲得してから、お屋敷をゲットしなくてはならなくなった。流石にチートがあっても少し時間が掛かる様に感じる。

 まあ、今はまだメンバー一人だ。ゆっくり考えよう。

 そう、一人の段階であれば、甲斐性を無駄に見せる必要はないのだから。


「じゃあ、普通の家を借りに行くか」

「うん。それがいい。でも、王都でいいの? 移動する時アルールか王都って聞いたけど」

「うん。アルールに用事はあるけど、まだ二週間くらいは余裕があるかな。それも顔見せに行く程度で戻る事も出来るだろうし」

「そう」


 そうして俺達は家を借りた。何の問題も無く、年に金貨3枚の普通の家を。

 二階建てで一階がキッチン付きリビングとトイレと洗面所、別に一室。二階が三部屋となっている家だ。間取りは単純でトイレと洗面所の場所が、二階の場合は一部屋になっていて、他は一階と一緒。

 思っていたより良い家でちょっとびっくりした。年間金貨3枚でいいのかよと。

 だが、考えてみれば、今の手持ちがおかしいほどに多いだけで、年間300万だ。適当な計算だが、大体はあっているだろう。そう考えれば王都の借家としてはまあ、こんなもんなのかなとも思える。


「私はこれから何をして生きていけばいい?」

「やってみたい事とか得意な事は無いのか?」

「ここで出来そうなものはない……だって、何も出来なかったもの。せめて、学校には通ってみたかったな」

「よし、じゃあ学校へ行こう!」

「しまった……こういう人だった……でも、それは無理」

「何か資格が必要なのか?」


 ミラはゆっくりと首を横に振った。そして俯き口を開く。『知らない人たちの輪に入るのが怖いから、多分酷い顔して周りと揉めてランスに迷惑掛けちゃう』と。

 俺は少し考え込んだ。これからの人生、ずっと引き篭もって生きる訳にはいかない。金銭的には出来るがダメだ。そう思う。

 人が怖い。それは引き篭もりニートの俺には良く分かる。とても良く分かる気持ちだ。比べるのがおこがましい気もするが。

 それでも自分の恋人の将来は明るくあって欲しい。だから押す事にした。


「あー、怖いなら一緒に通い一緒に授業を受けよう。それが叶いそうなら入学してみようぜ。ダメだったら二人で別の事をすればいいし。どうだ?」

「……その、本気なの? 家まで借りた後でなんだけど、そこまでするほどの女なの? 貴方にとって私は……」


 不安そうに視線をあちこちに飛ばすミラ。途中で言葉を止めて髪先をクルクルと弄り始めてしまう。


「あー、なんとなく分かってきたぞ。怖いからちょっとだけ逃げてるな? 本当は学校が怖いだけだろ? 嫌ならすぐやめてもいいんだから気にしなくていい。もうちょっと頑張れとかそういう事も言わないからさ」


 彼女はとても複雑な顔をした。

 すぐ辞めていいと言った事に安心したのか、少し表情のこわばりが解けたが、そのまま疑問に首を傾げてやっぱり信じられないと疑っている。そんな表情だ。

 合っているかは分からない。だが、きっと近い筈だと感じる。


「まあ、その前に、風呂作ろうぜ風呂。家借りた意味無いし」


 そう告げると一気にジト目に変化した。口数は少なめだが表情の豊かな事で。

 二人で部屋に入り、まずは洗面所に向かう。タライに水を出す魔道具、排水溝。そして、防水に加工された皮の様なものが張られている。

 借り物だから現物を壊す訳にはいかない。だが、余りに質素な作りだからこそ何でも出来そうだ。

 取り合えず、石をツルツルに加工しつつ風呂釜を作り、排水溝をパイプで繋げ合わせる。火を出す魔法具を取り付ける。

 栓も石だから水が漏れそうだが、そこは皮の加工で代用できそうだ。

 そこに火を起こす魔道具に鎖をつけて上から風呂釜に垂らした。

 これを魔石で起動しっぱなしにしておけば暖まるだろう。

 水中がダメなら後で考えなきゃな。部屋の改良が出来ないのだから穴あけてしたから炙る訳にもいかないし。


 と言う事でお風呂の完成。あ、鏡も欲しいな。後で買ってこよ。

 シャワーも作りたいな。けど、温水を作るのはどうやったらいいのか。

 ああ、水を吸い上げる魔道具でもあれば風呂釜から取ればいいのか。あーでもそれなら桶ですくっても変わらんか。

 いやっ、エッチな悪戯が出来ないではないか。それは必要な事だ。うん。


「ねぇ、もしかして、もう出来ちゃったの?」

「うん。試しに沸かして入ってみようか」


 そう言いつつ、早速水を張って魔道具も起動。

 魔石は迷宮産でインキュバスの奴だ。

 媚薬を拾った時に一緒に拾ったのが入りっぱなしになっていた。

 今さら魔石売った程度の金額なんていらんし何て思いつつも拾っておいて良かった。


「えっ? あのっ、もうちょっと待って。いや、ううん。分かった……我慢する」


 ……はぁ? この前構わないって言ったじゃん! 我慢するって何!?

 俺は初めて本気でミラにジト目を送った。エロの恨みは深いのだ。


「あっ、ごめっ……我慢じゃない。嫌じゃないから一緒に入ろっ」


 顔が引きつるほどに無理してる……ここまでしてこれなの?

 なら最初からいいって言うなよ。

 と思うけど、悲壮感溢れる彼女にこれ以上は何も言えない。

 きっと慣れてきた態度がまた最初のほうに戻ってしまうだろうから。


「はぁ。分かったよ。当分は別。だけど覗きは可。それでどうだ?」

「いや……覗かれるくらいなら一緒でいい……そっちのが嫌だし」

「ぐぬっ……分かったよ! じゃあ別々な!」


 あっ、つい声が荒くなってしまった……

 やばいっ、めっちゃ泣きそう。


「わ、悪かったよ。期待してたからさ」

「何で……謝るの……悪いの私じゃない……こんな嬉しい筈の事も怖くなっちゃう私じゃない……やっぱり、もうダメなんだよ……」


 ああ……鬱モード入っちまった。

 やっちまった。どうしよう。慰める? でもどうやって?

 下手な慰めって事が大きいほど本人は逆に辛くなるよな。

 と、とりあえず抱きしめよう。それくらいなら大丈夫だろう。

 それで……えっと、えっと、あ、そうだ。


「今がダメだろうが、ミラはもう俺のだ。手放さないし、いつか無理やりにでも克服させる。もう、約束したんだ。そっちはやぶらせないからな」


 お時間様に頼る事にした。


 うん。それがいい。ミラは俺のと強調しておけばそれでいい。

 本気で恐怖してる女に手を出すことは難しいと言うか無理なのだ。

 NTRは取る側なら興奮できたけど、ガチ陵辱は無理だったのだから。

 あ、でも少しでもデレればあり。それまでの本気な悲痛な顔が無理。

 このままだと間違いなく凄い勢いで性欲を高められて、手を出せないのがヤバイくらい辛そうだが、ハーレムなのだから他に手を出してもいいのだよな?

 おお、凄いぞハーレム。最高だハーレム。

 あっ、それなら学校はいい案じゃないか!

 よし、学校へ行こう。


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」


 ちょ、ガチ泣き止めて!

 削られるからっ! 精神的に削られていくからっ!


「お、俺の女をやめる気が無いのなら泣き止めよ。バ、バカップル的なのが俺は好きなんだよ。せめてそっちで努力してくれ」


 おお、ちょっとイケメン風味な事を言ってしもうた。

 引かれないよな? 雰囲気的にありだよな?

 ミラさん、何か言ってください。


「うん。けど、そんな経験無いから分からない。相談できる人も居ないし難しい……」

「いや、まあ、何年か掛けてでも調べていけばいいだろ。ずっと一緒なんだから。俺からも何か言うかも知れないけど、まずはあれだ。学校で学ぼう。バカップルくらい居るだろ。きっと」


 流石に説明してやって貰うなんて悲しいんだよ。

 自発的にやって貰って訂正するくらいならいいけど。

 いや寧ろそっちはいい感じだ。

 そういえば、ミラの表情は大分柔らかくなったな。

 と言うか抱きつき返してきて可愛い。やりたい。


 しかし、やりたいとなると学校か。

 いや、俺が学校に行ったところでなのだろうが、きっと性欲我慢勢が一杯居る。

 精神的に少し休まる事だろう。

 そう、俺も人だ。『皆我慢している』に弱いはず。

 何処にあるのだろうか。貴族街だとハードルが高いというか、入れなそう。平民も行ける学校があればいいけど。

 また情報貰いにレーベン商会行くのはちょっと微妙だよな。

 もう今月は買い取り勘弁て言われちゃったばかりだし。

 ロレンスさんの所でも久々に顔出しに行くか。あれから市場の様子はどうです? なんて。

 まだ畑は余ってるし、意味あるだろう。


 そうしよう、と決めた直後、風呂の水から湯気が出ているのを感じた。

 ……このタイミングで沸くのか。

 まあ、ずっと入ってないし、入っておくか。

 とりあえず湯加減。後はタオルはこれでいいか。石鹸もないから汗を流すくらいしか出来んが、まあ後で買うとしよう。


「よし、お風呂に入って身を清めるのだ。俺は飯買ってくるから先に入ってて。石鹸もないけどある程度さっぱりは出来るだろ」

「買い物行くなら一緒に行く。離れたくない」

「お、そういうのいいね。嬉しい。けど、今は我慢して。ほんの数十分で帰ってくるから。ゆっくり風呂入れば上がる前には戻ってる」

「分かった。約束だよ?」


 お、弱気なミラ! ありだな。

 しっかりと約束を交わして家を出た。

 折角だからと魔道具屋で家具も一式買う。この前買ったから選ぶのも早いもんだ。

 会長を呼ばれそうになったが何とか引き止めた。学校の事を少し話たら一応紹介状を持っていってくれと渡されてしまった。

 ふむ、メガネ君が親切だ。この前のご褒美が効いたのだろう。

 次に店を移動して食材も同時に買い込む。

 そして雑貨屋で石鹸やタオルなども買った。

 やっと、戻ってこれた。とはいえまだ30分程度。ゆっくり入ったのならそろそろ出るという頃だろう。

 と思ったのだが、彼女は濡れた髪で玄関の前でキョロキョロしていた。


「ただいまぁ、タオル一枚じゃやっぱり女の子はきつかったか。ほい、新品」

「え? あ、うん。ありがとう……」


 それからサクサクと家具に魔石を付けて起動させつつ設置。食材もぶち込み、ベットも二階に一部屋一個設置。やっと俺もお風呂に入れる。一人だけ石鹸を使う事にちょっと申し訳なさも感じたが、今日だけだしな。

 ちゃちゃっと洗い、さっさと出て料理を作ろうと思ったのだが。


「教えて。私が作るから」

「おお、いいね。一緒にやろう。俺も深くは知らないが、料理は普通に食べられて美味しければいいのだ」

「普通に食べられてって?」

「不衛生な物だったり毒が入ってなければいいって事だな」


 『なるほど』と真剣に頷く彼女。そう言えば今まで何をしてたんだと尋ねた。

 お互い風呂に入ってポカポカ状態だからか、割と自然体で会話が出来ている。


「お勉強。マナー、歴史、計算、魔法、法律。他にも嗜みみたいなことも習ったけど、生活の役には立たないと思う」


 そんな事はない。ゲームの事とかですら、人との雑談で役に立ったりするんだから。まあ、そういうの好きな奴の集まりとかでだけど。


「いや、役には立つよ。間違った事じゃなければいつかきっとね。その他には?」

「何もしない事かな。目立っちゃダメだったし、外にも出れなかったから。部屋で寝てるか、専属だったメイドと雑談するかくらい?」


 親とは会った記憶が無いそうだ。

 母親は資格無しに身篭った罪人らしい。だから継承権が低いのだと。皇帝もクソ過ぎだ。やるだけやっておいて責任すら取らないどころか、罪を押し付けるとか。

 その後どうしているのかも知らないとの事。

 皇帝の一存で生むことを許された事を感謝している言うミラ。

 何も疑問を感じてない様が切なさと怒りを助長する。

 俺の価値観を植え付けようと彼女の話にちょこちょこと訂正を入れたが、簡単には受け入れられないようだ。どうしても、周りが認めないのを押し切ってくれたのだとか、俺の知らない常識が邪魔をする。

 悲しむ結果になる事だし、それはいいかと俺ならこうすると話を終わらせた。


「それは分かる。うん。でもそんな人はそうそう居ない。ランスは特別」


 思わず笑いが零れた。皇帝の話だったと思うのだが……と。

 少しムキになったミラにそういう事じゃないと怒られたが、なんだかんだで完全に収まった不協和音。

 その事に安心して食事を取り、今日はそのまま休む事にした。

 早々に狭い部屋を取り、残りをミラに選ばせると、ミラも狭いほうの部屋を選んだ。本当はベットを並べて一緒に寝たい所だが、我慢が効く筈がない。

 ミラにもしっかりと言い付けた。

 布団に進入してきてもいい。それは嬉しい。だが、その場合抱かれる覚悟をしてくれと。


「それくらいは知ってる。怖いからランスの求める事は出来ないけど、拒否するつもりなんて最初からない」


 と、返されてしまった。

 死活問題なのでもう少し突っ込んで聞いてみた。

 我慢して欲しいのか、辛くてもして欲しいのか、と。


「今は、嫌。するならやっぱり酷い顔は見せたくない」


 愛らしい答えに自然と笑みがこぼれた。それに釣られるように照れくさそうに彼女も笑った。

 今はこれでいいやと一人賢者モードへと移行する手続きをトイレで踏み、健やかに眠りに就いた。

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