第16話チュンチュン。

 クソゴブリンゆるすまじ。

 頭の中はそれで一杯だった。まだ、名前も教えてくれないあの子。

 俺の好みのドンピシャだった。もう、可愛くて可愛くて仕方が無い。

 ほんの僅かに青みが掛かった長い銀髪も、華奢な体も、小さめの背も、気品の感じさせる目も、全てが愛らしく見えた。

 だが、そんな彼女に恨まれてしまっている。クソゴブのせいで。

 この世界から消したい。でもポップするんじゃ無理だよな。

 湧いた瞬間に殺す魔道具とか作りたいわまじで。


 久々にご飯食べて辛そうな顔をする彼女に『ヒーリング』をかける。

 光が弱いからこれなら何をしているか気がつかないはず。

 貴方の施しは受けたくないと言わんばかりにさっきご飯すら拒絶されてしまったからな。けどちょっと口を尖らせてぷいってやる様も可愛い。


 そうだ。彼女に聞かなきゃ。


「ねぇ、王都ハウラーンとアルール、住むならどっちがいい?」

「……どっちでもいい。負担なら捨てればいい」

「てことは負担じゃないなら一緒に居てもいい?」

「私に拒否権は無い。何でも好きにしていい」


 ……困った。本気で困った。

 好きにしていいとか……好きにしちゃうよ?

 ダメだろ。心に傷を負ってるの! ケアが先!

 でもあの子俺が着せてるローブの下は全裸なのよね……

 一応見えないようにしばってるけど、余計に想像を掻き立てる。

 ああ、ダメだ手が勝手にぃ~。耐えろ、俺の右手!


「何でも好きにしていいとか言っちゃ駄目だ。俺が我慢できなく……いや我慢するけど?」

「どうせ、こんな気持悪い私に手を出したりなんてしない」

「えいっ」

「ひゃん」

「えいえいっ」

「ちょ、やめっ、ぁぁ」


 あっ、ついやってしまった。後ろから抱きしめて耳まで舐めてしまった。

 あれ? 今日の俺凄くね? こんな事を平然とやってのける日がくるとは。


「ん? さっきなんでもしていいって言ったよね?」

「く、悔しい……けど……」


 けど何だよぉぉ!! 感じちゃうんか? ビクンビクン?

 やばい。この子俺の興奮を煽るのが天才的に上手い。

 その潤んだ目の上目遣いも……

 って待って泣かないでやめてやめて、ごめんなさいっ。


「人として、扱ってくれるのは、嬉しい……」


 そ、そっか。人としてすら見て貰えないって思っちゃうもんなんだな。

 こ、ここはギュッとしてお互いハッピーで行こう。

 かたや性欲かたや安心と随分と開きがある気がするが、幸せならいいのだ。

 できる限り優しくギュッと彼女を抱き寄せた。


「ほ、本当に嘘発見器買ってくれるの?」

「欲しいのならね。じゃあ、行き先は取り合えず王都かな?」

「そ、そんな事で行き先決めるの!?」

「いや、だって後何日かは用事もないし……」


 凄いな。彼女の返答が柔らかい。人肌のヒーリング効果か? いや、肌は触れてないけど。

 にしてもだ。やっと普通に話してくれる様になった。

 めっちゃかわえぇ。くっそぉゴブリンぶっころ!


「まあ、その為には我慢して貰わないといけないことがあるんだけど」

「何?」

「お姫様抱っこで走って王都に行くつもりなんだ」

「はぁ? そんなに近いの?」

「3時間くらいかな」

「大丈夫? 歩くくらい出来るけど……」

「歩いたら多分5日以上かかる」

「意味分かんない」


 おおおお! 会話が続く続く。若干ジト目になっていってるが、それもまた可愛いからよし。

 もういいや。飯も食ったし、実力行使してしまおう。嫌がってなかったし。

 彼女をお姫様抱っこで持ち上げる。


「ひゃっ」

「ひゃ、頂きましたぁぁぁ」


 おふっ、真っ赤にして顔を手で隠した。

 何しても可愛いぞ。頭沸騰しそうだ。


「いくよ。王都に」


 コクリと小さく頷く。そのまま村長に帰りますと告げて村を出た。

 そして全速力で走り出す。


「ひゃっひゃぁぁぁぁぁぁ」

「ひゃっ、頂きましたぁぁ!」


 俺のテンションは更に上がり、スピードは留まる事を知らなかった。

 おかげで二時間半ちょっとで着いた。凄い。愛の力って凄い。


「ほら、あそこの門を潜った先から王都だよ」

「貴方、おかしいわ。絶対におかしい」

「知ってる。あっ、そう言えばまだ名前言ってなかったね。俺はランスロットって名乗ってる。ランスって呼んで」

「あぅ……私は……言いたくない。貴方でもお前でも好きに呼んで」


 あふ、まだ壁はあるようだ。仲良くなってきたと思ったが……

 だが負けない!


「分かった。夫婦みたいだねっあ、な、た!」

「それ、男女逆だしっ。ふ、ふふふ」

「笑ったぁ! めっちゃ可愛い」


 俺はまたたかが外れて彼女の顔に頬ずりをした。


「ちょ、やめっ、取り消す、何でもしていいって言ったの取り消すからぁ」


 ま、まじか……取り消されちまった……

 生きてく気力が出ねぇ……


「ちょっ、落ちちゃう。せめて足の方緩めてってば頭から落ちちゃうからぁっ!」


 四つん這いになってこっちを悔しそうに睨みつける美少女。うん。ちょっと元気出てきた。


「ごめん。お詫びに服を買ってあげる。高い物でも何でもいいから一緒に選びに行こう」


 そう、ウインドウショッピングって奴だ。デートの定番でもあるらしい。

 てことはだ、きっと異性と仲良くなれるのだろう。攻めるぜぇ、ガンガン攻めるぜぇ。そう、悲しい事に今しかないのだ。彼女が立ち直るまで、それまでに仲良くなれなければ、こんな美少女が俺を相手にしてくれるはずが無い。


 外道と思えばいいさ、俺は付け込むぜ彼女の傷心に。

 そして外門を潜ろうとしてちょっと止まり彼女に尋ねた。

 カルマの光の審査あると思うけど、平気? と。

 コクリと頷いたことで安心して門へと進む。

 そして、彼女の審査が無事に終り中へと入れた。


 彼女は歩きながらキョロキョロと周りを見渡す。


「ここ、王都なの? 村じゃない」

「へへへ、俺もつい先日門番に同じ事言ったよ。相性抜群だね。ここは王都の外周で畑をやる区画なんだ。ほら、あそこにちっちゃな城が見えるだろ? あそこが俺の城で俺の畑の区域」


 がわだけなら小さいながらも立派なものだ。彼女は目を見開いてこっちを見た。


「き、金貨400枚も持ってるだけはあるわね」

「って言っても、あそこに俺住んでないけどね。中の宿屋に泊まってる」


 小首を傾げる様に見蕩れて、その先を説明するのを怠ってしまった。

 でも子供たちを見てられなくてとか、良い人アピールみたいでタイミング逃したらもう言えない。

 まあいいや。中に行こう。取り合えずお洋服だ。彼女に似合う良い服を買おう。

 でも、良い服屋なんて知らんぞ。

 どうすんだ? いや、俺にはコネがある! レーベン商会行こう。あそこで聞けば間違いねぇ。


 武器屋が入り口になっている商会に入る。


「こ、これはランスロット様、本日はどの様な御用向きでしょうか?」

「ええと、こちらの商会はお洋服は取り扱っていますか? 女性向けの」

「いえ、当商店は装備と魔道具が主なもので……」

「そうですか。では良い店を紹介して頂けませんか? 高くてもかまわないので良い店を」


 それでしたらと、快く商会してくれた。

 敷居が高いところだから一応と紹介状まで書いてくれた。

 少し気に入らなかった丸メガネだが、こっそりと耳打ちで『再度取引が出来そうですと会長にお伝え下さい』とご褒美を与えといた。

 そして、そのまま洋服屋に向かう。


 店に入るとどう見ても執事ですと言わんばかりの男が丁寧に頭を下げた。

「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」

「彼女の服を、下着も含めて全てコーディネートして頂きたい。ああ、事をせいてしまいました。こちらが紹介状になります。レーベン商会さんに書いて頂きました」

「それはそれは、では、まずはそちらのお美しい方に係りの者をつけましょう」


 そう言うと、何もしていないのに、後ろから女性が歩いてきた。


「本日は私、マーラが担当をさせて頂きます。よろしくお願いいたします」


 と、彼女を手で誘導して連れて行った。

 大丈夫か? とも思ったが、堂々としたものだった。さすが俺の嫁。


「折角ですのでランスロット様も見て回っては如何でしょうか? 女性に合わせた服装をするのも紳士の嗜みでございますれば」


 その言葉に最大限反応をしてしまった。釣られている事は分かっている。

 でもこんなの食いつくしかないじゃない!


「では、お願いしましょう。ああ、合計予算は金貨100枚を超えない程度で頼みます」

「ははは、さすがレーベン商会様のご紹介、剛毅な方でいらっしゃる。ですが、申し訳ございません。恐らくは金貨10枚程度になってしまうでしょう。飾りすぎるのも見た目を損なうと我々は考えますので」


 何という心遣い。つい張っちゃった見栄を上手く交わして安心させてくれるなんて。紳士って凄い。俺も嫁をしっかりエスコートせねば。いや、まだ彼女ですらないが。

 彼に任せて一式選んで貰うと、面白い形のスーツが手に入った。

 後ろが鳥の尾見たくなってる。だが、さすがプロが選んだ品だ。

 しかも、全身を映せる綺麗な鏡があるじゃねぇか。

 ほう、めっちゃカッコいいじゃ……


 と、そこに映ったのは、十代後半の明らかに自分じゃない男だった。

 こちらの人たちと比べると少し暗そうなイメージだが、自分とは比べる事も出来ないほどにイケメンだ。その姿に暫く固まってしまった。


 って、ええええええ!! これ、誰?

 硬直が解けるとともにひっくり返りそうになった。


「ら、ランスロット様!? お気に召しませんでしたでしょうか?」


 あっ、紳士執事が困っていらっしゃる。

 ちょっとこれは後回し、悪い事じゃないんだ、今は取り繕わねば。


「いや、自分が自分じゃないみたいに良い感じで驚いたよ。オーバーリアクションをやりすぎたようだ。勘違いをさせたようで申し訳ない」


 さらさらとそういいながらも自分の目が鏡から離せなかった。

 だって、若すぎるし、若いときの自分じゃない。

 アルールでの記憶を思い起こす。自分はおっさんだと振りまいた時の相手の反応を。衛兵さんは何も言わなかった。あの人は軽く突っ込みを返す人だ。

 他の人たちも、普通に受け入れていたかのように思う。

 あっ、ユーカが違う反応していた。そう言えば、最初はくたびれて見えたけど、次ぎ来た時は良い感じみたいに。

 ……地下墓地攻略後だ。レベルアップでか?

 それとも、愛される者のローブ? いや、それは今彼女が着てるから……


 ん? 『愛される者のローブ』?

 何か引っかかる……


 あーー、分かった! 彼女にローブを着せてるせいで今日、暴走してたのか俺。

 あっ、もしかしてユーカもか!?

 あのローブのおかげでユーカが思いを寄せてくれたのか。

 まじかー……

 いや、でもこの外見ならあるいは……

 ダメだ。色々発覚した事が重大すぎて頭がついていかない。


「では、お会計、金貨10枚となります」


 ああ、金貨10枚ね。はい。てかどうしよう……

 あ、ローブ返してくれるのね。はい。はぁ、本当にどうしよう。


「ねぇ、やっぱり買い与える価値は無かった?」

「え? 何の話?」


 何かちょっと寂しそう。どうしたんだ?

 って、服だろ服!

 あ、可愛いじゃん。ちょっとぐるりと回ってもう一回正面。


「うん。可愛いよ。凄くいい」

「ま、またからかって! 何が何の話よ! 分かってるんじゃない!」


 あれ? うん。普通に変わらず凄く可愛い。怒った姿もキュート。

 そんなに影響ない?

 めっちゃ好みなのは変わってないし、すぐにでも手を出したい。

 なんだ、この程度かよ。じゃあ大丈夫だ。きっと。多分。おそらくは。


「じゃあ、次は魔道具屋か?」

「え? さっき行った所にまた行くの?」

「あっ、そうだった」


 結構抜けてるのねなんて笑われてしまった。

 明日にしようか。と力なく告げて宿に入った。

 昨日は徹夜だったからもう眠い。

 ハイテンションで辛くはなかったけど、どっときたわ。

 二部屋とってさっさと寝よう。


「一部屋でいいわよ」

「なっなんだってぇぇ!? いやいや、じゃあ明日にしよう? 今日俺寝ちゃうもん。あ、朝でも良い?」

「……お金の話」

「あ、はい。じゃあおっさん、一部屋でお願いします。ええ、食事込みの方で。え? 残念だったな? 余計なお世話だよっ!!」


 待て、ベットは一つだよな? 眠いとはいえ俺我慢できるんだろうか?

 いや、一目散に寝てしまえ! まずは信用。最初から手を出すのはNG。

 ちゃんと愛を感じてから。この決まりを守れる気はしないが、それでも最初くらいは……


「俺、昨日徹夜だったから、取り合えずご飯は食べずに寝るから。好きに食べて好きに一緒に寝てて?」

「私は床でいい」

「床で寝るというのならもう一部屋取ってくるよ」

「いい! そうするのなら一緒に寝る」

「そ、そう?」


 ダメだ、掴めない。良く俺あそこまで食いついていけたな。俺って暴走してる方がぐいぐい行けてて良いんじゃないだろうか?

 まあ、今日はもう寝よう。マジでダメ。もう……ダメ……



 ◆◇◆◇◆


 チュンチュン

 あ・さ・ちゅ・ん!


 やばいです。隣に美少女寝てます。寝ぼけた振りして抱きしめちゃう。

 ぽかぽかだよー。はぁぁぁ、これが女の子の匂いかぁ。


「起きてるわよね? あと、起きてるわよ?」

「ううぅん、後5分~」

「別に、いいけど……5分くらいなら」


 春が来た。これ、絶対春だよ。ツンデレだよ。だって今俺ローブ着てないもん。

 よかったぁ、ローブのおかげじゃなくて。傷心につけこむって効くんだなぁ。

 あっ、でもあそこまで好き好きオーラ出しておいて、今更ハーレムの一人な、なんて言うのか? 言えるのか? 彼女に捨てられたら泣くわ。

 ローブ着て無くても、この隣で寝てる感じまじやべぇもん。

 まあ、まだまだ時間はあるんだ。冗談で匂わせて、反応見て、それで決めよう。

 まだ王都に来て一週間くらいだろう?

 あと二週間はここでうだうだやってられるし。うん。まだ焦る時間じゃない。

 大丈夫大丈夫。


「そろそろ5分経ったと思うんだけど」


 緊張を思わせる彼女の声を聞き身体を引き離した。

 そこには予想外の表情が待っていた。

 恐怖一色、口をカタカタと震わせ、それを耐えるように両手で押さえる。そんな彼女を見て、一瞬で眠気も性欲も全て飛んだ。

 これはダメだ。

 うん。俺は外道だけど、これはダメだ。我慢しよう。


「うん。起きようか」


 そう言って離れると彼女は急激に肩の力を抜いて、優しい表情でこちらを見てくれた。

 ああ、良かった。俺への嫌悪は無いようだ。


「あ、あっち向いてて、服着るから」


 おおっ! 何というカップル感。こういうのだよ! 俺が求めてたの!

 いや、そうじゃないだろ!? し、下着だったの?

 もっと堪能しとくべきだった……いや、したけども。

 やばい。最高だわ。

 後は実技のみです。

 いつか、上手くいきますように。

 俺はちらりちらりと後ろを伺いながら神に祈った。


「見てるの分かってるからね? もうっ、変態っ」


 くぅぅぅぅぅっ! 今日は良い日になりそうだ。

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