第13話人生の教訓はブーメラン

(もうダメ、もう無理、死んじゃう!)


 Cランク冒険者の私、ミレイは大迷宮20階層の中をひた走る。

 最初は順調だった。オークが幾ら出てきても連携を取れば勝てた。

 19階層で頑張って戦い続けてかなり強くなったと思っていた。


 だが、あの赤いオークには通用しなかった。切り裂いても軽い切り傷しかつかない。追い詰められ避ける事が難しくなり、反撃で喰らう蹴りやパンチで二人ともすぐに動けなくなった。


(ラーサがもう余裕で行けるなんて言うからっ。ううん。違う、私も同意した。したけど、けど……このままじゃ……)


「ミレイ、私が誰か人を呼んでくるわ」

「無理よ、貴方が死んじゃうわっ! そんな時間ない! それにどうやって!?」


 アーミラがミレイに提案するが、そこは袋小路、彼女は魔力を失った魔法使いだ。俊敏性の無い彼女ではオークとはいえ逃げ切れるとは思えない。仮に上手く行っても、もうすぐにでも死にそうなのだ。意味が無い。そう彼女は判断した。


「いいの。このままなら皆死ぬ。私はほんの僅かな可能性に賭ける。どっちにしても生きている限り絶対に戻る。ううん。あの赤いのが逃げた私を追えば今度は貴方が人を呼びに行って」


 ただの絵空事だった。

 だが、アーミラの前向きな言葉に少し力が戻ったかの様に剣を握り締めるミレイ。


「必ず、必ず生きて、また会いましょう」

「うん。絶対に戻る。だから死なないで」


 そしてミレイの牽制により、アーミラは包囲を抜けた。まぐれといって良いほどに上手く事が運んだ。


「後は、私が、時間を稼がなきゃ」


 目に再び光がともった。震えて動かなかった体に更に力が戻る。

(アーミラ、ありがとう、命を賭けてくれて)彼女は呟いた。


 だが、その力もすぐに奪われる事となった。

 すぐ近くから聞こえてくる声によって。


「まってぇ、ごめんなさい! もう無いの魔力が無いのよぉ! やだぁ、死にたくない! 死にたくないぃぃ!」


 アーミラの声だった。情けないとは思わない。ましてや先ほどの約束が嘘だったとも。

 彼女自身も同じ事を叫びたい気持を必至に堪えていたのだ。


 そして、彼女の叫び声が途中で少し不自然に途切れた。

 そう言う事なのだろう。

 次は自分。そう思ったら、魔物相手に声を出していた。


「いやぁぁぁ、くるなぁ! くるなぁ!」


 剣で当てるには遠すぎる。数歩踏み込んでやっと届く距離でありながらがむしゃらに振り回す。小さな子供が癇癪を起こしたかのように。

 涙で前が見えづらくなって視界がにじむ。

 それでもオークからは目が離せない。今にも自分を殺そうとしているのだ。

 目を逸らすなんて出来なかった。


 そして視界に突然、綺麗な赤と黒が映る。

(……私もう切られちゃったの?)

 涙で滲んだ世界の中、絶望に埋め尽くされていた彼女は一瞬そう思いかける。

 視点の遠さをオークからその黒と赤にあわせた。


「キミの声が聞こえた。手助けは必要かい?」


 ニッコリと笑う場違いなほどに素敵な青年が何故かオークに背を向けて立っていた。その腕にはアーミラが抱えられている。

 注意するべきなのだろう。オークに背を向けるなと。だが、精神状態はもう限界を超えていた。


「おねがいじまず……わだじをだずげで……おうじざばぁ」


 その瞬間、あの憎い血の色をしたオークが彼に向けて斧を振りかざした。

 彼女は絶望に顔を歪めた。最初に注意するべきだった。背を向けてはダメだと。


(やだぁやだやだ……もう、いやだ……)


 やけにスロウに見える光景。助走をつけた速力、後ろに振りかぶりしならせた腕が斧でありながら捉えるのが難しいほどの速度を出す。

 ズガンッと音を立てた。

 ああ、終わってしまった。彼女はそう思った。


 だが、幻覚だろうか? まだ彼は変わらぬ姿で目の前にいる。

(これは幻覚、もう触れられないし声もかけてくれはしない)


 何処まで絶望すればいいのだろうか。意識をもう手放してしまいたいと切に願った。

 だが、全身の力を抜いても地面に座り込んでしまっただけ。


 幸いなのは視界に収まる幻覚の存在だ。


「もう大丈夫だよ。『サンクチュアリ』ほら、もう、痛くないだろう?」


 ふと、頭を撫でられた。本当に痛みが消えた。地面が淡く光を帯びている。

 撫でられているのが心地よい。

 その手は恐怖とは逆の感情を流し込んでくれる。思わず抱きついていた。

 彼も優しく抱きしめ返してくれた。だが、彼と抱き合ったその先に居たのは赤いオークだった。

 彼女は長い逃避行の末、漸く現実へと引き戻された。


「あの……オーク、まだいるっ、こわいっ、にげるっ」

「外人かっ!」


 場に合わない変な突っ込みを受けて、怒りが込み上げてきた。

 だが、彼の顔を見ると怒りが抜けて心が高揚していく。


「ちがっ、死んじゃうのっ、たお、たお、たおせないの」


 彼は小さく『分かった』と呟いた。離れてアーミラをこちらに預けると、やっとオークの方に体を向けた。

 見逃さなかった……彼が必死に笑いを堪えていた事を。

 こんな状況だというのに、恥ずかしさに悶えそうだった。酷いと罵りたくなった。

 だが彼はその羞恥心すらも飲み込ませた。


 彼の体がぶれる様に移動した。そう思った瞬間にはオークの鳩尾に拳が突き刺さった。オークは衝撃から数瞬遅れて吹き飛び、壁に打ち付けられた。何事も無かった様に振り返る彼。風圧で舞い上がったローブの下は意匠の細工が施された銀色に光り輝く鎧。見れば見るほどに見事な細工だった。胸元に描かれるのはドラゴン。彼の強さに描かれたドラゴンのふさわしさを見せた。


 遅れてオークが消えて魔石が転がる。

 それと同時に取り巻きの緑オークの首が無造作に落ちた。

 え? 何で首が落ち……たの……


「い、今……何を……?」

「ああ、スキルだよ。気にしないで」


 す、すきる? 無造作に首が落ちてしまうスキル? 何も言葉も発せずに?


「え、Sランク冒険者様、ですか?」


 この強さだ、それ以外にありえない。

 だが、帰って来た答えは違った。


「いや、Bランクだよ。ほら」


 ギルドカードをまるで銅貨を投げ捨てるかのように渡された。確かにそこにはBランクだと記載されている。名前はランスロット。

(凄い、名前だけで常人とは違う気すらしてくる。きっと由緒正しい名前だわ)


「あ、あの、私Cランク冒険者のミレイって言います。助けて頂いてありがとうございます。帰ったらお礼をさせてください」

「あー、何もいらないんだけどなぁ。じゃあ、こうしよう。お金が掛かるものはいらない。今お金減らそうと頑張ってる所だから」


 言っている意味が分からなかった。私に気を使ってくれた様にも取れる。だけど、最後の一言が違うのではないかと思わせた。首を傾げるしかなかった。


「彼女達、どうしようか。回復はしてると思うんだけど、目を覚まさないね。起こせる?」

「回復、してくれたんですか?」

「うん。今もしているよ?」


 今もしている? 何もされていないけど。

 ううん。さっき確かに痛みが消えた。彼が何かしてくれているのだ。あの無造作に首が落ちるスキルみたいに。

 なら、起こしてみよう。きっと大丈夫。

 ダメージを受けたようには見えないアーミラからだ。そう思って抱きかかえる彼女の体を揺らそうと少し離した。見えるようになったわき腹には彼女の血がべっとりとついていた。

 どうして今まで気がつかなかったのか。とミレイは自分に問う。そして、自分が彼の顔に見とれ続けていた事を思い出し青ざめた。

 先ほどまで自分に希望を与えようとしてくれた彼女。脱力して死んだようにも見える彼女。

 ミレイは叫んだ。


「あっ! アーミラっ!! しっかりしてっ! アーミラァ!」

「んぁ……ん? ミレイ? どうしたの?」


 瀕死の重傷と思われるほどに血がしたっている彼女アミーラが、だたの寝起きの様に言葉を返した。


「ひぃぇぇぇっ」

「な、何よぉ。ってあれっ、私生きてる!?」


 びっくりして声出ちゃったじゃない!

 何でこんな大怪我してるのにケロッとしてるのよ!

 それになんで彼は笑いを堪えてるのよ! もうっ! もうっ!!


「私、オークに斧で腕を落とされて……そこから記憶が無いわ」

「それで合っているよ。回復させたから大丈夫」


 回復させた!? ぜ、前衛よね? ああ、ポーションか。

 いや待って。腕を落とされた? まさか最上級ポーション?

 アーミラも同じ考えに至った様だ。青ざめている。


「何か心配しているようだけど、大丈夫だよ? ミレイさんには言ったけど、お金は要らないからね? 実際手間しか掛かってないし」

「ぽ、ポーションじゃないの!?」


 あ、ついタメ口になっちゃった。


「うん。魔法だよ」


 わぁ、スマイル貰っちゃった。じゃないっ!

 はぁ……考えるのやめよう。そもそも助けてくれた人を詮索する様な真似は恥知らずだわ。


「アーミラ、二人を起こしましょう。彼を待たせっぱなしは悪いわ」

「ああ、気にしないで。起きなかったとしても、一人起きてくれたなら抱えて行けるからさ」


 叩き起こしましょう。こいつらにさせる役得ではないわ。それにしても本当に素敵な人。助けるだけじゃなくて、心のケアもしてくれているのね。

 先んじてお礼はいらないって言ってくれるし、いの一番に回復かけてくれるし。

 笑っているのもきっと安心させるた……いや、それだけは違う気がするわ。


「えっと、この方が助けてくれたって事でいいのよね?」

「うん。私の声を聞いて駆けつけてくれたの」


 って、何手を握っているのよ! それは私のポジションよ!


「本当に、本当にありがとうございます。あの、か、体で返します! 頑張りますからっ」

「何馬鹿言ってるの! そんな事で済まそうなんて失礼にも程があるわ! ほら、ランスロット様も苦笑いになっちゃったじゃない! この馬鹿アーミラ!」


 全く。ホント調子がいいのよね、こいつ。


「そ、そんな事無いよ。俺はう、嬉しいかなぁ?」

「ほらぁ、気を使わせちゃったじゃない!」

「そ、そんなに言わなくったって……ランスロット様……私アミーラです。よろしくお願いします」


 だから手を話なさいってば! このっ! はーなーせーっ!

 ふうっ、これでよし。

 後はラーサとサシャが起きてくれれば。


 と思っていたが、揺さぶろうが叩こうが起きる様子がない。


「ああ、そこまでしなくていいよ。一人は俺が抱えていくから、アーミラさんは出血した直後だしミレイさんお願いできる?」

「あ、はいっ。ランスロット様がそう仰るのであれば」


 仕方が無いので少しでも重い方とラーサを背負う。

 サシャはまだ子供だ。いや、同い年だが、子供体型だ。うん。安全。

 けど、手がふさがった状態での移動って不味くない?


「あの両手がふさがってしまいます。サシャもアーミラに抱えさせましょう」

「大丈夫大丈夫。オークならブラックでも魔法で一発だからさ。足だけでも倒せるし」


 う、嘘じゃないのよね? アーミラが凄い怪しんでる。

 ふふ、あんたには教えてあげないわ。ランスロット様は凄いんだからっ。

 そう思っているとお約束といわんばかりにオークが出現、と同時にバァァンとけたたましい音を立てて今度は肉体全てが爆ぜた。爆発音がびりびりと伝わる。


「「はっ?」」


 思わず私まで声を上げてしまった。さっきと違いますよ?


「爆発の魔法だね」

「やっぱりSランクですよね?」

「あはは、カード見たでしょ?」


 信じられない。ここだって20階なのよ? ベテランが通う所なのに。

 一秒で爆殺なんておかしい。前衛いらないじゃない。あ、前衛もやってたわ。


「うぅ……う? うわっ何で私運ばれてんの?」


 あーうるさいのが起きた。仕方ない説明してあげよう。

 かくかくしかじかでうまーだったのよ


「マジかよ、ありがとな、少年っ。助かったぜ」

「ええと、残念ながらもう三十路超えてます」

「「「ええっ?」」」


 そんな馬鹿なっ! 仮に童顔だと仮定しても18くらいにしか見えないよ?

 この人はどれだけ驚かせれば気が済むのだろうか。


「じゃあ、私が一番年が近いな。よろしくな。ランスさん」

「ああ、よろしく、ラーサ」


 なっ! 何でラーサだけ呼び捨てになったの!?

 しかもラーサあんた私達と二つしか年変わらないでしょ!?


「あのう、私も呼び捨てて欲しいです。ランスロット様」

「あ、うん。でも俺も様って付けられる立場じゃないよ? アーミラ」


 なっ! 何で一番の私が一番遠いのよ!

 くっそぅ、私のテクニックでメロメロにしてやるんだからっ!


「ランスロット様。二人ばかりずーるーいー」


 ふふん、どうよ? 

 ちらりと二人を伺う。

 はぁ? 何その顔! 何生暖かい目で見てんのよ、マジムカつく!


「じゃあ、この子が起きたらミレイを運んであげようか? なんておっさんが言ってもなぁ……あ、笑ってくれて良いんだよ? ちゃんと宿に帰るまでは泣かないから」


 ほらぁー、ほらぁー!

 ふっふっふ、そう、その顔が見たかったのよ!

 私のテクニックは凄いの!

 どやぁー。



 そして、サシャは宿に着くまで起きなかった。

 結局私は、お姫様抱っこも呼び捨てもして貰えずに終わった。


 解散して宿についた早々に私は筆をとった。

 今日という日を私は一生忘れないだろう。

 この日記を読み返すたび、この女共は信用しちゃいけない事を思い出せるはずだ。

 忘れるな!

 ミレイ・ルーフェン、こいつらは自分の事しか考えてない敵だ。

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